19.開会式後

春高一次予選を通過して、慌ただしい夏休みを終えて二学期。
担任の先生に公休願いを提出したら「いよいよ最終予選だってな、頑張れよ」と言われた。
高校三年生の秋なんて本当なら受験勉強に本腰を入れないといけない時期で、先生との面談でも最初は渋い顔をされてしまったけれどこんな風に声をかけてくれて背筋が伸びる。
最終予選は十月末。
三日に渡って行われることになっていて、トーナメント表がついこの間発表された。
烏野の第一試合は条善寺高校。
青葉城西は新山工業と。
お互いに勝ち進めばまた準決勝で当たる。
及川からは夏休みに飛雄と一緒に会ったときから連絡が来ていなかった。



「……なまえ?」

トイレから出たところで名前を呼ばれて振り返ると、呆けたような顔をしている及川と岩ちゃんが立っていた
こんなこと今更気にする仲でもないけれど、トイレから出てすぐに会うってちょっと恥ずかしいな。

「及川、岩ちゃん!久しぶり」
「久しぶり……って、げぇ」

げぇって、そっちから声かけておいて何それ、と思ったけれど及川も岩ちゃんもわたしを通り越した先を見ていて、視線を追うように振り向くとその理由がすぐにわかった。

「牛島くん……」
「?……あぁ、北一のマネージャーだった、」
「みょうじです」
「なまえ、こんな奴に名乗らなくていいんだよ!」
「牛島だ」
「ウシワカも律儀に返すし!」

牛島くんの姿を会場で見るのも久しぶりな気がする。
相変わらず大きくて威圧感がすごい。
ずっと越えられなかった高くてぶ厚い壁、そう思うと握っている手にも引き結んだ唇にも力が入ってしまう。
悔しいけれど牛島くんのスパイクってかっこいいんだよな、左利きっていうのも神様からのギフトみたいで羨ましい。
もちろんすごく努力をしているに決まっているんだけど、と考えている間にもわたしの頭上で及川たちの会話が繰り広げられている。
どうしよう、逃げてもいいかな……なんて思っていたらオレンジ色が飛び込んできた。

「みょうじ先輩……?!だ、大丈夫ですか…!!」
「日向くん。うん、絶賛巻き込まれてたところ……」

ちょうど日向くんがトイレから出てきたのだ。
牛島くんと及川たちの間にいるわたしのそばに来てくれた。
あたふたしているのにわたしを背中でかばおうとしてくれているのがわかる。
この前も条善寺の選手に潔子が絡まれたときに日向くんが助けてくれたと言っていたし、ビクビクしているのに男前なんだなぁ。

「お前たちにとっては最後の大会か、健闘を祈る」
「はぁ?!」

巻き込まれてしまってなんだか抜け出しにくいしどうしたものか、と思っていたら牛島くんが聞き捨てならないことを言うからわたしも思わず彼を見上げてしまう。
うっ…大きい……。

「春高行くから最後じゃねーんだよ」
「本戦に進めるのは一校だけだが……?」

そう言って真面目な顔をして首をかしげるから及川と岩ちゃんの熱が上がるのがわかるし日向くんは「負けません!」とぴょんぴょん飛び跳ねているし、周りが熱いと逆に冷静になる現象ってなんていうんだろう。
廊下の真ん中で代表争いをしている学校の選手たちがただならぬ空気で話しているものだから少しギャラリーが集まってきてしまった。
「日向くん、戻ろう」と声をかけようとしたところで今度は白と緑のジャージが割って入って来て、広くない会場とはいえこんなに一同に会することなくない?と胸の中思っていたら青根くんと二口くんは意外にもわたしにも会釈をしてくれた。

「なまえさんコンニチハ」
「二口くん、青根くん、お疲れさま」
「なーんでこんなとこでデカいのに囲まれてんすか」
「いや、わたしはたまたま……」
「ちょっと。なんで伊達工の二口くんがなまえのこと下の名前で呼んでるわけ?」
「なんでって、この前自己紹介したから?」
「そーゆー及川サンはなんでなまえさんのこと呼び捨てなんすか?」
「中学の同級生だからだけど」
「あ、なんだ。それだけっすか」

うわぁ、これは……。
二口くんって本当に人の神経を逆撫でする喋りがうまいっていうか、一瞬で及川とわたしの間にある何かを感じ取ったのかは定かではないけれど、及川はしっかりあおられたようで眉間とこめかみがひくついていた。

「試合始まりますよ、ほら行きましょ」

二口くんがそう言ってわたしの両肩に手を置いた。
ちゃんと話すのは二回目だし前回はわりと感じ悪かったのにいきなり態度違うな?!と振り返ると嫌な笑いを浮かべていた。

「え、何その顔……」
「別に?あ、みなさんも早いとこ戻ったほうがいいんじゃないですか?」
「ちょ、ちょっと。戻るにしてもわたしは日向くんと戻るから」
「みょうじ先輩〜!」



ぐいぐい肩を押された先には当然というか烏野のみんながいて、驚いたように目を丸くする人、ぽかんと口を開けている人、めちゃくちゃ人相が悪くなっている人……。
反応は様々だけれど二口くんはぽんぽんっとわたしの肩を叩いてようやく離してくれた。

「どーも、烏野のみなさん。じゃ、なまえさん俺ら第二試合なんで」
「ん?うん」
「試合で次こそボッコボコにするんでまさか一回戦で負けるなんてやめてくださいね」
「ボッコボコにするのはこっちなので!」
「なまえさん口悪いの似合わねー」

じゃあ、と言って二口くんとおろおろしていた青根くんは自分たちのチームに戻って行ったのだけれど。
どうしてくれようこの空気。
さっき及川と岩ちゃんにもちゃんとバイバイって言えなかったし、烏野のみんなの顔が怖すぎる。

「みょうじ、なんで伊達工の奴と」
「えーっと…なんかこの前ちょっと話したら急にあんな感じになって」

わたしだってよくわかりませんという気持ちを込めて言ってみたけれどこれじゃ全然だめだ。
みんなの顔は納得いったようには到底見えない、そりゃそうか。

「日向も他校とよくなんかあるけど、なまえもだな」
「そうでしょうか……」
「あんま心配かけないで」

スガの手がぽんっと頭に乗っかる。

「ごめん」
「目離すとすーぐ絡まれてんだもん」

……試合前だっていうのに無駄に疲れた。



(2021.01.01.)



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