23.

「今日なまえが告白されてた」

夕飯の時間、学生組でテーブルを囲み臣が作ってくれた飯を食っていたら幸がそんなことを言うもんだから口の中に入れたスペアリブをかたまりのまま飲み込んでしまった。

「ど、どういうことッスか幸チャン!」
「どうもこうも、言葉のままだけど」

文化祭の時もクラスの演劇で相手役をした男子生徒に告白されたらしいけれど、マジか。
体育館裏とかベタなところに呼び出されていて被服室のある校舎からばっちり見えちゃったんだよね、と言う幸と一瞬目が合った。

「男のほうがやたら声デカかったから聞こえちゃったんだけど、なまえはなんて返してたのか聞こえなかった」
「雰囲気でわからなかったのか?」

肉のかたまりを喉に詰まらせそうになっている俺に気付いたのか、臣が麦茶を入れたコップを置きながら聞いている。
気遣いの鬼かよ。
っつーか気付かれたのがダサすぎる。

「さぁ、俺も最後まで見てたわけじゃないから」
「てかなんでこのタイミング?!ホワイトデーだから?」
「告るのにホワイトデー関係なくない?!」

爆弾を投下した本人は涼しい顔でスープをすすって、告白だとかモテだとかに敏感な太一と一成が立ち上がりそうな勢いで話している。

「俺っちふと思ったんスけど」
「おっなになに?」
「もしなまえチャンに彼氏ができたら劇団の手伝い、今まで通りにできるのかな?」
「どういうことだ」

兵頭が神妙な顔で聞き返す。

「だってさ、彼女がこんな男ばっかの劇団に出入りするって嫌じゃないッスか?もし彼氏になった人が手伝い行くなって言ったら……」
「…たしかにね」
「……それは困る」

夏組公演から何かと手伝いをしてくれているなまえがもう来ないとなったらそれは困るだろう。
幸と、さっきまで黙って聞いていた監督ちゃんも顎に手を当てて考え込むような仕草をした。
てか今日の相手と付き合ったのかもわかんねーのに外野があーだーこーだ言ってもしょうがなくね?
冷める前にさっき味わうことなく飲み下してしまった臣特製のスペアリブを今度はしっかり噛みながら、話を他人事のごとく聞き流す。

「とりあえずなまえちゃんが断ったのかどうか確認しないと!」

そう言うと一成がスマホを操作してなまえの連絡先を呼び出した。
飯食ってる最中はスマホ禁止!と普段なら言う監督ちゃんも今日ばかりは許すらしい。

「もしもしなまえちゃん?!うん、今だいじょーぶ?えっあ、マジか〜わかった、ごめん!ううん、大したことじゃないからまた今度!」

電話は速攻で終わった。

「カズくん?なまえちゃんなんだって?」
「やばいかも…」
「や、やばいって何がッスか?!」
「今友達といるから後でもいいかって」
「こんな時間に?!友達ってまさか…」
「彼氏かも」

いやいやいや、飛躍がすげーな。
こんな時間ってまだ七時にもなってねぇよ。
一成が男の声がしたような気がするとか言ってるけど外にいりゃその辺歩いてる男の声くらい入るだろ、わかんねーけど。

「次の公演準備ってもう始まるよな」
「今回で終わりとか言われたらどうしよう…」
「なまえちゃん好きじゃない人とは付き合わないって言ってたのに…」
「いやまだわかんねーだろ」
「万チャン!」
「んだよ」
「〜〜〜なんでもないッス!!」
「はぁ?」

なまえ本人に聞く作戦はあっさり失敗してしまったけれど俺たちが(いや俺は会話にはほとんど参加してねぇけど)考えたところでなまえの現状がどんなもんなのかなんてわかるはずもなく。
幸と椋が学校で会えたらそれとなく聞いてみると言っていたけれど中学と高校で校舎が違うんじゃなかなか会わねぇんじゃねーの。
わかったらまた報告します!と椋が気合たっぷりに言った。




「あ、摂津さんこんにちは」
「…よぉ」

春組公演の脚本が仕上がって、幸の衣装作りが始まった週末にさっそくなまえが寮に来た。
挨拶だけしてさっさとその場を離れればよかったのに、そうする前に言葉を投げかけられてしまってタイミングを逃した。
別に急いでいるわけでもなんでもねぇけど、なんとなく顔を合わせるのが嫌だとこいつに対して思ったのは久しぶりな気がする。

「ホワイトデーにもらったチョコ、すっごく美味しかったです」

いつになくうずうずとした様子で俺の前でこんな態度なことは珍しいと思ったらこれを伝えたかったのか。
ホワイトデー、となまえが言ったことで少し身構えてしまう。
その日になまえが告白されていたという話の後、結果はどうだったのかの答えはまだ幸からも椋からも報告されていなかったからだ。
俺が聞くのもちげーよな、と逡巡してなまえの言葉に返事をするのに遅れた。

「…摂津さん?大丈夫ですか?」
「は?」
「もしかして具合悪いですか?」

顔を覗き込むようにされて一歩後ずさると、丸い目がひとつ大きく瞬きをした。

「別に普通」

思い切り顔をそらして出した声は思ったよりも低くなってしまってなまえが少し戸惑っていることがわかる。

「ならいいんですけど…わたし幸ちゃんの部屋戻りますね」
「……おい」

小さく会釈をしてすれ違うというところでなまえを引き留めた。
とっさに掴んだ手首は細い。

「幸が、またお前が告られてたっつってたけど」

俺の様子をうかがうような表情だったなまえの顔は強張っていて、そりゃ機嫌の悪そうな男にいきなりこんなこと言われたらビビるわな。
自分でも何を言おうとしてどうしてこんなことをしているのかわかんねぇ。

「なんて返事したんだよ」
「ゆ、幸ちゃんにもさっき聞かれたんだけど…断りました」

じゃーこの前の会話は一成たちの早とちりもいいところで、なまえが寮に来れなくなるかもしれないという心配も今のところはないっつーことだ。
気まずそうに視線を外したなまえが早く部屋に戻りたそうなのが伝わってなぜかイラつく。
断ったというならそいつのことも好きじゃなかったということか。
じゃあ誰とだったら……なんてことを考える俺の思考回路はバグでも起こしてんのかよ。
どうでもいいはずだろ、こいつのことなんか。

「……前、ミカエルみたいな奴がいいって言ってたよな」

一瞬きょとんとした顔をしたあとに思い出したように一度頷いた。
俺の言葉の続きを待っているらしい。
ミカエルみたいな奴に想われたら幸せ、だけど好きだと言われたからってそいつのことを好きになるわけでもないらしい。
理想とかそんなもんどうでもいいしこの手の話には興味なんてねぇのに、俺に手を掴まれてかたまっているなまえの目がまっすぐ俺を見て来るからぼろっと言葉がこぼれた。

「好きな奴いんの」
「え、」

今度は俺がなまえの言葉を待つ。
掴んだ手首を離すタイミングを逃したなと思う。

「好きな、人は」

最後まで聞かなくてもわかってしまった。
多分、前に椋や太一と映画を観たときはいなかったんだろう。
だからあんな風に平気な顔で「好きじゃないから付き合えない」みてぇなことを言っていたわけで、だけど今こいつが目を泳がせて掴まれた手から逃れようとしている様子からして、わかってしまった。
一度きゅっと引き結んだ唇をほどいて出した返事は消えそうに小さかったけれどこんだけ近けりゃしっかり聞こえる。

「わ、わかんないです」

頬が熱をもったようにじわじわと赤くなって、外された瞳は足元をジッと見ていた。
いつだったかこいつに表情作るのがへただと言ったことがあったけれど、役者にはなれねぇな。
無意識に少し力が入ってしまっていた手を離すとなまえがほっとしたように息をついた。

「…悪い、掴んじまって」
「い、いえ」

なまえが顔にかかった髪の毛を耳にかけると耳まで少し赤い。
見たことねぇ表情に自分の顔が歪むのがわかる。

「…太一たちが、お前に彼氏ができたら手伝い来なくなるんじゃって騒いでた」
「え、」
「彼氏作んのは勝手だけど、お前が来ないと困る奴らもいるってことはわかっといて」

こんなことが言いたかったわけじゃねぇのに、いや別に他に言いたいことがあったわけでもねぇんだけど。
告白の返事は俺が確認しなくたって幸が聞いていた。
好きな奴がいるかなんて聞いてどうすんだ、これは完全に余計だった。
てか彼氏作るのは勝手とか、いきなり呼び止めて手首掴んで威圧的に言うことじゃねぇなと我ながら思う。

…つーか、わかんねぇってなんだよ。
本当にわかっていないならあんな顔をするわけがない。
嘘でごまかそうとするならもっと涼しい表情で「好きな人なんていないです」とか言え。

いっそ劇団の奴と付き合うなら手伝いに来る来ないなんて話は解決するのに。
劇団の奴、と頭によぎってすぐ浮かんだのは紬さんとか、なんなんだよ。



(2020.12.29.)



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -