22.

バレンタインの後、二月の最終日曜にもなまえは紬さんに勉強を教えてもらいに寮に来ていた。
談話室の扉を開けようとドアノブに手をかけたところで紬さんがあいつの名前を呼ぶ声がして思わず手を止めてしまった。

「なまえちゃんってお菓子よく作るの?プリンもブラウニーも美味しかったなぁ」
「そんなにしょっちゅうってわけじゃないんですけど、昔から好きなんです」

お口に合ってよかったです、と返す声は柔らかくて会話のテンポが俺が相手の時とは違うなんてことは前から気付いていた。
てか、ブラウニーって。
冷蔵庫に入っていたのはチョコプリンだけで、ほとんどの奴ら…っつーか兵頭と椋、俺以外はなまえからそれしかもらっていないのだと思っていたけれど違ったらしい。
紬さんにもあげてたのか。
俺にくれた理由も「お世話になったから」だったから、紬さんにも同じ理由で渡したんだろう。

「ホワイトデーのお返し、何か欲しいものある?」
「えっいえ、そんな気にしないでください」
「そういうわけにはいかないよ。劇団のみんなからもお返しする予定だけど、俺からもちゃんとさせて?」

……なんか、紬さんって一見ふわっとしてるっつーか優柔不断なとこもあるし頼りなさげな態度の時もあるのに、言うときは言うっつーか自分の意見をすぱっと言う場面もあって。
そんなこと言われたら女は喜ぶんじゃねぇかな。
過去に付き合ったことがあんのは一人だけだと言っていたけれど天然人たらしっぽいところがあると思う。

「うーん…じゃあ、中庭のお花、とか」
「え、中庭に咲いてるのでいいの?」
「はい!いつも綺麗だなぁと思ってて…摘むのが大丈夫だったらお花がいいです」
「そっか、嬉しいな。ホワイトデーのあたりでなまえちゃんが寮に来る日が決まったら教えてくれる?」
「わかりました」

俺も、何か返さなねぇととは思うけれどいつなまえが寮に来るかわかんねぇから用意するにも悩んでいた。
本人に何がいいか聞いて、次いつ来るのか紬さんみてぇにすればいいんだろうけれどなまえ相手にガラじゃない。
ひとつ深呼吸をしてやっと入った談話室には紬さんとなまえしかいなくてなぜか気まずかった。




「ばーんチャン!」
「おー」
「ねぇねぇ、今度の土曜日って万チャンも寮にいるよね?」
「土曜?あー買い物行こうと思ってたけど時間によっては」
「えっそうなの?!せっかくなまえチャン来るのに」
「…何しに?春組の衣装作りまだ始まってねえだろ」
「ホワイトデーのお返しみんなでするから来てほしいってお願いしたんだよな」
「あーなる」

秋組での稽古後、各自でストレッチをしていたら太一に予定を聞かれて臣がいつものように穏やかに会話に加わる。
いつの間にかなまえの予定はフィックスされていてホワイトデーに近い土曜に来ることになったらしい。

「万チャン、何あげるんスか?」
「決めてねー」
「なんだ、ちゃんとあげるつもりではあるんだな」
「ふっふっふ、だってね、臣くん」
「ん?」
「万チャン、なまえちゃんから個人的にチョコもらったんスよ!」
「え?そうなのか?」
「あー…まぁ。この前GOD座行くの付き合った礼だと」

てか俺だけじゃねぇし。
今そこでかってぇ身体を左京さんにぐいぐい押されながらストレッチしている兵頭も、椋も、紬さんだって。
そのことを二人に言うと、二人して数回瞬きをした後に顔を見合わせている。
んだよその反応。

「紬さんは何あげるんスかね?」
「花って言ってた」
「紬さんらしいなぁ」

言っていたというよりも聞いてしまったんだけど。

「十座さんはなまえちゃんにお返しどうするんスか?」
「俺は土曜にパンケーキ食いに行く」
「それじゃいつも通りじゃないのか?」
「いや、いつも自分の分は自分で払うんだがホワイトデーは俺がおごることになってる」
「へ〜!なんかそういうの特別感あっていいッスね!」

いいな、俺っちもデートして〜!と叫ぶ太一に兵頭がデートとじゃねぇと普段の調子で返していた。

「椋は別の日に一緒に映画観に行くって言ってたぞ」
「…あーそう」



三月に入りバレンタインの時のように世間の空気も寮の雰囲気もホワイトデーを意識せざるをえない感じになってようやく俺もなまえへ渡すもんを買った。
なまえが来るという日は太一に時間によっては寮にいると言った手前、ずっと待機してんのもな…と昼間は出かけたけれど時計ばかり気にしてしまうのが嫌で早々に切り上げた。
寮に戻るとほぼ全員がそろっている。

「万里くんおかえりなさい!なまえちゃんまだ来てないよ!」
「ただいま。りょーかい」

咲也が含みゼロっつー感じで言って来るけれど他の奴らには「ちゃんと帰って来たな」とか言われて俺は子供か。

「万里くんはお返し何あげるの?」
「あー…」
「えっセッツァーの持ってる袋って並ばないと買えないって有名なチョコレートショップの?」
「マジかよ、万里さんがチョコレート屋並んだのか」

屈託なく聞いて来る咲也に、持っていた袋を掲げたら一成がめざとく気が付いて天馬に驚かれる。
でけぇ声出すんじゃねぇよ…。

「並んでねぇ。ホワイトデーはバレンタインほど混まないんだと」
「そうなんだ!どこにあるの?」
「自由が丘」
「えっ万チャンわざわざ買いに行ったの?」
「行く予定があったんだよ。ついでだ、ついで」

てかうるせーな、マジで。
何かとイベントごとには盛り上がる劇団だけれど、身内みてぇな相手に何をやるかでここまで騒ぐもんかね。
談話室には土曜ということもあってほとんどの団員が集まっていて全員が渡すだけでも時間がかかりそうだ。
さっさと渡して部屋に戻ろうと考えていたら、談話室の扉が開いてようやくなまえが顔を出した。

結局順番待ちみてぇになってなんかの握手会かよ、と思うけれど口には出さずに大人しく待つこと数十分。

「ん」
「あ、ありがとうございます…ショコラヴィのチョコだぁ」
「知ってんの?」
「はい!よく雑誌で見るんですけど、デパートの催事とか出ないから食べたことなかったんです」

あんま高いもんやっても遠慮されそうだし消え物がいいだろうと無難にチョコにしたけれど正解だったらしい。
他の奴らからのお返しにも嬉しそうに礼を言っていたけれど、俺に対しての言葉も嘘とかお世辞じゃなさそうで少し胸を撫でおろす。
……用意したもんが喜ばれたらホッとすんだろ普通に。

「食べるのもったいないです」
「味落ちる前に食って」
「はい。ありがとうございます、摂津さん」
「おー」

渡すもんは渡したし、まだ後ろが控えていたから会話を切り上げた。
部屋に戻ろうかと思ったけれど、ソファに沈みながらソシャゲをしていた至さんに「ばーんり」と呼び止められた。
ゲームに付き合わされんのは良いけれど人口密度の高い談話室にこれ以上いるのは勘弁だと伝えたら目を細めて見上げられて思わず眉間に力が入る。

「…なんすか」
「いつの間にか君たちが仲良くなっていてお兄さんは感慨深いよ」

誰と誰のことだよと言い返したいところだけれどタイミング的に聞かなくてもわかってしまうのが悔しい。

「普通に話せるようになったんだね、前まで小学生みたいな態度だったのに」
「誰が小学生だよ」
「いるよね、女子に冷たくしちゃう男子」
「はぁ?」
「けどショコラヴィかぁ。会社の人たちへのお返しには値段がなぁ、安くないんだよなぁ」
「…何が言いたいんすか」
「俺だったらちゃんとお礼がしたい人にしか渡さないっていうか買いに行かないなぁ」
「俺は至さんじゃないんで」
「そりゃそうだ」

あ、順番待ちなくなったっぽいから俺もなまえにお返しして来るわ、と言ってソファから立ち上がった至さんはいつもの廃人の装いではなかった。
外面モードの至さんが渡したものは袋から何かはわからなかったけれどいつの間にか隣に来ていた幸に「インチキエリート、寮から出ないのにわざわざ着替えたんだ、珍しい」と言われて確かに頷いた。

また次の公演準備の時に、と言って帰って行ったなまえの隣にはこれからパンケーキを食いに行くという兵頭が歩いていて、兵頭の手にはなまえが受け取ったホワイトデーのお返しがどっさり入っている袋がぶらさがっている。
デカい袋に入りきらなかったらしい分はなまえが自分で持っていて、俺がやったチョコレートショップの紙袋と紬さんがあげたらしい小さな花束が妙に目についた。



(2020.12.13.)



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