18.春高最終予選前

「あ〜……」
「うるせぇ」
「ねぇ岩ちゃん〜」
「なんだよ」
「……なまえに会いたい」

ぽろっと言葉にしたら余計に会いたくなった。
中学三年間、北川第一バレー部で切磋琢磨してきたマネージャー。
北一は県内でも強豪として有名で選手も多かったけれどなまえはみんなに声をかけていつも体育館を走り回っていた。
レギュラー以外の選手、入りたての一年生の様子も見てくれていて、主将の俺よりもなまえとのほうが交流があるなんて奴も少なくなかったかもしれない。
飛雄の時もそうだった。
入部した時には既に他の一年は大きな実力差があって、ボールを触るのが大好きだという顔をしていた飛雄のこともなまえは目をかけていた。
それがすごく嫌だったことを覚えている。

「なまえ、今年の一年生どう?」
「たくさん入ったね。未経験ですって子も多いんだけど……影山くんってわかる?」
「あーうん。名前は」
「小さい時からやってたみたいですごい上手だった、どこのポジションでもできそう」
「……へぇ」

コーチや監督と話した時も話題にあがっていたから本当は知っていたし、その飛雄が濁りのない瞳で俺のほうを見ていることにも気が付いていた。

「影山くんと話したときにね、及川さんってすごいですねって言ってたよ」
「入ってまだ一か月なのに?」

たった一か月で何がわかる、と思うけれど俺たちは影山飛雄の才能にすぐ気が付いた。
すごいと言われることは悪い気はしないけれどあんな才能のカタマリみたいな奴に言われても素直に受け入れられなかった。
俺だって子供の頃から暇があれば岩ちゃんと河原でサーブの練習をして泥だらけになって怒られて、それでもこりずに次の日も、その次の日も、バレーばっかりしてきた。
練習すればするだけ上手くなっていく実感はあったし、周りから褒められ頼られることも比例して多くなった。
誰かに認められるためにやっているのではないけれど、なまえには俺のほうを見てほしいとこの時に思ったこともよく覚えている。


「及川?まだ帰らないの?」
「うん。もうちょっとだけ」
「明日も早いんだからそろそろ、」
「なまえは先帰ってて。鍵なら閉めとく」
「……わかった、また明日ね」

誰もいない体育館でひとり練習する時間だって嫌いじゃなかった。
やりたいことが数えきれないくらいある。
もっと、もっと練習して上手くなりたい。
強くなってチームを引っ張って、白鳥沢に勝って、俺のトスでみんなと全国に。
俺のトスで、俺のサーブで。
ひとりよがりになっていたことに気が付いたのは練習試合でベンチに下げられた時だった。
すれ違うようにコートに入って行った飛雄の嬉しそうな顔がひどく歪んで見えて、ベンチでスコアノートを抱えていたなまえは慌てたようにノートを置いて新しいタオルとドリンクを渡してくれる。
唇を噛んで、なぜかなまえが辛そうな顔をしていた。

届かない高い壁、追い立てて来る才能。
押しつぶされそうになっていた俺を殴って目を覚まさせたのは、チームメイトの岩ちゃんだった。
ふっきれた時、なまえはやっぱり少し泣きそうな顔をしていて、次の大会で勝ったら笑ってくれるだろうかと思ったのに結果は準優勝でくしゃくしゃな顔で泣かせてしまった。
高校に上がったら次こそ全国大会へなまえと一緒に行くのだと思っていたのに、なまえは俺と違う高校を選んだ。


「本当にバレー部のマネージャーやるの?」
「よっぽど雰囲気がやばいとか荒れてるとかじゃない限りは」
「じゃあそうであるように願っておこう」
「なにそれ、やめてよ」
「だってさぁ」
「情けない声出さないの。対戦できるの楽しみにしてるから」
「俺は敵チームのベンチにいるなまえも俺と違うジャージ着てるなまえも見たくない」
「それは大会があっても会いたくないってこと?」
「違うよ!わかるでしょ!」

お互いの進路が決まってからこんな会話ばっかりしていた気がする。
なまえは一般受験で烏野高校への進学が決まって俺は推薦で青葉城西。
選手ではないなまえは強豪へ進学するよりも自分の将来のことや利便性とか校風とかいろんなことを考えて決めたんだろうし、付き合っていたわけでもない俺が口出しできることじゃないことはわかっていたけれど卒業の直前までうだうだと言っていた俺の相手をいつもと変わらない調子でしてくれた。

「はいはい、卒業してもチームが変わっても会おうね」
「……約束だよ」
「うん、約束」

そう言ったくせに、離れることが怖かった俺の告白を断ったなまえは卒業してから会うことはおろか、連絡すら返してくれなくなってしまった。
岩ちゃんくらいしか相談できる相手がいなくて、卒業してもすぐはさすがに言えなかったけれど「なまえに告白してフラれてから音信不通」と言ったら珍しく驚いた顔をしていたっけ。

「告白なんてしなきゃよかった」
「あー……俺はそういうのよくわかんねぇけど」
「岩ちゃんには縁のない話だったねって痛い痛い!ごめんなさい!」
「相談してんのかけなしてんのかどっちだクソ川」
「相談です、すみませんでした」

実際、相談してどうなるって話でもなかった。
連絡が取れなくても大会で顔を合わせるだろうと思っていたのに大会会場がかぶらないし試合で当たることもない。
青城はシードや予選免除が常だったけれど最近の烏野はそうでもないらしく、戦績はパッとしないものだった。
(こんなことなまえに言ったら怒られそうだ)

なまえに会いたいなとか元気かな、とか考えている暇があったらバレーボールをやらなければとも思った。
自分で言うのもなんだけど周りの女の子に騒がれるのには慣れていて、告白されて付き合ってみたこともあるけれど最優先事項はバレーですぐにフラれるなんてことばっかりで。
彼女がいないときのほうが調子は良くて雑念はいらないな、といつからか告白されても全て断るようになった。
それでも記念受験かのようにしょっちゅう呼び出されてそのたびにバレー部のみんなから「腹立つ」とか言われるのはけっこう理不尽だと思う。

このままもう会えずに高校を卒業するのではないかなんて思っていた矢先、三年生になってすぐに入畑監督が「練習試合を組んだ」と烏野の名前を聞いたときは心臓がバクバクとうるさかった。
やっと会える、連絡してみようか、けどまた返ってこなかったら、そのせいで練習試合にも来ないなんてことになったら。
ていうかなまえは本当にマネージャーやってんのかな、そこから知らないや。
ぐるぐると考えても仕方がないことを考えていたら当日滑って転んで捻挫とか情けなさすぎて泣くかと思った。

急いで病院に行って、遅れて参加した烏野との練習試合。
体育館の扉を開ける手は多分ちょっと震えていて、烏野のベンチには真っ黒なジャージを着たなまえが座っていた。
なんでもないって顔をして再会してやろうと思ったのに、練習試合が終わってから声をかけに行く足はもつれそうだったしダウンしたのかって久しぶりに会ったのに昔と同じ態度のなまえになんかいろんな感情が重なってやっぱり泣きそうだった。

その練習試合からしばらく経った。
普通に話してくれたなまえにはもう一度ばっさりフラれてしまったけれど前と違って連絡を返してくれるようになった。
その一方で。
前よりもなまえのことを思い出す時間が多くなってしまって、会いたいなと思ってしまうようになった、どうしてくれよう。



「会いたいな」とつぶやいた声を聞いているのは岩ちゃんだけで、またうるさいって言われると思ったのに「会えるだろ、春高予選で」と帰ってきた声はおだやかだった。

「つーかお前、インハイ予選で烏野とあんな試合したのに気まずくねーの」
「気まずいと思ってたらスポーツできなくない?」
「まーそうだけどよ」

案外こういうところは岩ちゃんのほうが人情味があると思う。
インハイ予選の準決勝で烏野対青葉城西はフルセットまでもつれこみ、結果は俺たちが勝った。
ベンチで呆然としていたなまえの顔を見ることはできなかったけれど、次の日の決勝で白鳥沢に負けたことを連絡したらすぐに返事がきてすごくホッとした。
練習試合の後も数回しか、しかも偶然にしか会えていなくて、とりとめのない話をしていたのなんてもう二年半も前のことなのに今でもなまえのことが好きだなんておかしいだろうか。

「会いてぇならそう連絡すりゃいいだろ」

しごくシンプルなことを言う男前な幼馴染のようになれたらいいのに。



(2020.12.05.)



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -