17.春高一次予選前

「げっ」

夏休みの半ば、春高の一次予選が始まった。
大会会場を慌ただしく移動していたら曲がり角を曲がったところで壁みたいに大きな選手とぶつかりそうになった。
「すみません」と謝ったのに、その返事が「げっ」てどういうことなんだろうか。
普通に道を歩いていてそんな失礼な声のかけられ方をされたのは初めてだった。
いや、正確に言うと声をかけられたわけではないのだけれど。
明らかにわたしに向けて発せられた声に怪訝な顔をしてしまうのは仕方がないと思う。

「……こんにちは」
「どーもー」

全然顔がどうもって言ってない。
及川とは違う性格の悪さというか、軽さにプラスして三回転くらいねじ曲がっているんじゃないかなって感じの憎たらしさ。
まともに話したことはないのにわたしが彼、二口くんに抱いている印象はだいぶよろしくない。

「烏野はシードっすよね、いやぁ一回戦免除とか羨ましいです」
「インハイ予選で準決勝まで進んだので」
「あぁ決勝には行けなかったんですよね、残念でしたね」

だから表情と言葉が合ってないんだけど?!
自分よりも高いところにある二口くんの目をキッとにらむように見上げたら「なんすか」と細められる。
相手を逆撫でするような態度は多分わたしがライバル校のマネージャーだからってわけではないんだと思う。
自分のチームの先輩にも怒られていたし。
だけどうちに負けた後に悔しそうに涙を浮かべながら先輩たちの元へ向かう姿は未だに思い出せる。
伊達工でレギュラー、しかもこの大会からたしかキャプテンだったはず。
二か月前に対戦した時よりも心なしか大きくなった身体から自信とか闘志が溢れているような気がした。

「だからなんすか、見すぎでしょ」
「……二口くんも練習すっごいしてきたんだろうな、と思って」
「はぁ?」
「インハイ予選の時より威圧感が増したから」
「それ褒めてんの」
「不本意ながら?」

首を傾げながら答えたら二口くんの顔が歪んだ。
普通にしてたらかわいい感じの顔なのにな、なんてことは絶対に言わない。

「金取りますよ」
「じゃあこのへんにしておきます。またね、一回戦頑張って」
「頑張っていいんすかー烏野と当たったら次は負けませんよ」
「そこはうちが勝つけど」
「はいはい。てかあんた名前は?」
「え?」
「俺ばっか名前知られてんのなんかやだ」
「やだって。みょうじなまえです」
「なまえさんね。じゃーまた」
「うん、また」

さらっと下の名前で呼ばれたな、ということには夜になってから気が付いた。



(2020.12.05.)


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