▼ 21.
「おい」
「はい?」
台所に行くと見覚えのあるスウェットのプルオーバーとデニムを着たなまえがこれまた見覚えのあるエプロンをつけて立っていた。
まるごと監督ちゃんに借りたらしい。
少しデカいけれど兵頭のTシャツやアウターを借りているときよりも大分マシだ。
声をかけると振り向いたときに髪が揺れた。
「どうしたんですか?」
「……さっき兵頭に、渡しただろ」
「え?」
「チョコ、俺宛のカードついてた」
「えっ!あ、はがし忘れ…って、あ……」
しまったという風になまえが手を口に当てた。
そんなことしても言った言葉は消えねぇしばっちり聞こえてんだよ。
袖をまくっているから手首の細さやなまっちろい白さが妙に目についた。
「……兵頭より先に顔合わせてんだからそん時に渡しゃいいだろ、なんなんだよ」
「なんなんだよと言われましても…摂津さん、いらないかなぁと思って…」
「いるいらねぇは俺が決める」
いや、言い方。
歯切れ悪く意味がわかんねぇことばっか言うなまえにイラついてきたからって言い方ってもんがあると自分でも思う。
俺となまえがただならぬ空気で話しているからか談話スペースにいた他の奴らがこっちを見て心配そうにしている。
なまえは呆気にとられたような表情をしていた。
「俺が決めるって…全部食べないで十ちゃんにあげるって言ってたから、だったら最初から十ちゃんにあげたほうがいいと思っただけです」
「全部やるとは言ってねぇだろ」
こいつは多分売られたケンカは買うタイプ。
俺がきつく言ったら同じ温度で返ってきて知り合った頃みてぇな言い合いになりそうでまずいと思う。
礼を言おうと思ったはずなのに。
「摂津さんより十ちゃんのほうが味わって食べてくれそうですし」
「はぁ?あんな馬鹿舌の甘党味音痴より俺の方がよっぽど味はわかる」
「十ちゃん、わたしがお菓子あげるといっつも美味しいって食べてくれます」
「俺だってなぁ、」
……ちょっと待て、口が滑りそうになった。
俺だって、美味いと思って食ってると喉まで出かかった言葉を無理矢理押し込めたら見上げて来るなまえの瞳に涙がたまってきて焦る。
今まで言い合いになってこんな顔をされたことがあっただろうか。
「ちょ、ちょっとセッツァーどったの?!顔怖いよー!」
「なまえチャンも落ち着いて!はい、紬さんのコーヒー!」
太一が紬さんの、と差し出したマグカップを見て舌打ちが出たのも意味がわからない。
豆にもこだわりがあるという紬さんのいれたコーヒーは美味いし、この場を和ませようとしている太一の気持ちもわかるのに。
「あ…ごめんね、一成くんも太一くんも……」
「ううん!てか何?ヒョードルもセッツァーもなまえちゃんから個別にチョコもらえた感じ?」
めちゃくちゃ羨ましーんだけど、といつものテンションで言う一成には正直助かった。
さっきまで俺に向いていたマイナスの感情がすっと消えたみたいな声でなまえが返事をする。
「あの、十ちゃんは毎年あげてて、椋にも。摂津さんは…この前付き合わせちゃったから」
この前って言ってもけっこう前なんだけど、GOD座のお芝居観に行ったとき…と消えそうな声だったけれどしっかり聞こえた。
別に、あれくらい。
「お礼のために渡そうと思ったのに怒らせちゃってごめんなさい」
「……怒ってねぇけど」
「だって顔怖かったです」
「それはお前が、」
あーやばい、ダメだ。
これじゃまた言い合いになる。
「…お前が、素直に渡さねぇからだろ。カードなかったら気付かねぇで兵頭に食われてた」
後ろ髪をかきながら、怒っていると思われないように抑えて発した声は思ったよりも小さくなってしまった。
「…万チャン、なまえチャンのチョコが欲しかったってことッスか?」
「ちょっとたいっちゃん」
「いやだって今のってそういうことじゃん」
太一の言葉に一成が焦ったように間に入って、俺となまえは二人してぽかんとしてしまった。
一拍置いてなまえが俺を見上げる。
「いや、なんつーか、俺のもんを兵頭に取られるとかむかつくだろ」
「あっそうですよね、本当仲悪いですね」
「そう。だから、あー…とにかく俺がもらったから、サンキューな」
「いえ、はい、こちらこそ」
逃げるように台所を出て扉を閉めた……いやだからなんだ逃げるって。
夕飯の時間に談話室に戻って飲み物を出そうと冷蔵庫を開けたらチョコレートプリンらしきプラスチックカップが大量に並んでいた。
俺がもらったカードと同じ文字で「みなさんで食べてください」と書かれたメモ。
あいつと知り合ったばっかの頃も同じようなシチュエーションがあって、その時はなまえが作ったと知っていたら食わなかったなんて思ったっつーのに。
監督ちゃんが盛り付けてくれたカレーは今日は一杯だけにして、自分でコーヒーをいれた。
右手にコーヒー、左手にプリンを持って部屋に戻る。
相部屋だけれどしっかりスペースはわけてある自分の机の上に置いていた箱をもう一度手に取って、カードをもう一度読む。
何回読んだって書いてあることは変わらねぇし一瞬で読み終わる内容。
もらったファンレターは読み終わったら倉庫にあるそれぞれの箱に保管しているけれど、このカードを机の引き出しにしまったのはこれのためだけに倉庫まで行くのが面倒だからだ。
(2020.11.28.)
短くてすみません。