20.

テレビに雑誌、飲食店にスーパーのポップまで。
世間はバレンタインムード一色だった。
劇団にも少しずつ俺ら役者宛のプレゼントが届くようになって、バレンタインの時期はなんの公演もやらないけれどもし公演日だったらプレゼントボックスが大変なことになりそうだと監督ちゃんが言っていた。

「…俺っち、こんなにバレンタインチョコもらうの初めてッス……!」
「既製品以外はお手紙だけ抜いてまた戻してね」
「ッス!」

毎日のように団員ごとに分けられたプレゼントが談話室に置いてある。
それも一部らしくて運べる分はそれぞれの部屋に配っているというから全体量を考えるととんでもないのではないだろうか。

「新生春組発足の頃はこんなこと夢にも思わなかったからありがたいね」
「俺は監督のチョコだけでいい」
「真澄くん、ファンの方からの贈り物は大切にしないとダメだよ」
「当日監督のチョコがもらえれば、」
「はいはい、ちゃんとみんなの分考えてあるから!」

みんなの分と監督ちゃんは言ったし、多分全員同じものをもらうんだろうに真澄はめちゃくちゃ嬉しそうに「楽しみにしてる」とうっとりしている、ブレねーな。

「真澄くん、学校でもすごくたくさんもらうんじゃないかな」
「花学はバレンタインチョコ学校に持っていくのOKなんですね」
「O高も大丈夫だよな、聖フロは禁止なのか?」
「見つかったら没収」
「えーそうなんスか?!ロマンのかけらもない…俺っちO高でよかった…」
「バカ犬は禁止されてなくてももらえるかわかんないでしょ」
「ゆ、幸ちゃんひどいッス〜!」

学生組はそれぞれの学校の校則の話で盛り上がっている一方で、至さんは「バレンタインなんて文化消え失せてほしい」とプレゼントの箱を見てげんなりしていた。
去年会社の女性陣に押し付けられたチョコを消費するのも、ホワイトデーにお返しをするのも相当大変だったらしい。

「万里くん、去年までは断ってたって聞いたけど今年はちゃんともらってね」
「はぁ?なんでだよ」
「なんでって劇団の顔でもあるんだから。笑顔でお礼を言って受け取るようにしてください。これはみんなもね」

監督ちゃんがそう言って、「天馬くんは事務所と相談して決めてね」と付け足した。




……正直、こんなことになると思っていなかった。
渡されそうになることは去年もあったけれど我ながら素行が良いとは言えない俺に近寄ってくる女子なんてそう多いわけではなかったし断りまくっていた前例があるから今年は友人からもらうかどうかだろうと、そう考えていたのに。

朝から授業合間の十分休憩から昼休みから放課後まで。
代わる代わる女子が手に何かを持って声をかけて来るもんだから断るほうが面倒だなと思ったほどだ。
ガン無視するならまだしも適当に理由をつけて断るのは時間がかかる。
監督ちゃんに言われた通り受け取ると一様に嬉しそうにされた。
…これホワイトデーどうすんだよ、さすがに全員に返すのはダルすぎんだけど。

机の上やらロッカーやらに散乱状態になっていたチョコレートを見かねて、担任が百貨店のデカい紙袋をくれた。
モテる男は大変だな〜!なんて言う担任は嬉しそうで「お前が学校に馴染んでいることが嬉しい」と言うから大人しく紙袋を二枚受け取ってチョコを詰めると結構な重さだった。




「摂津さん、こんにち、は…」
「おー」

いや、だからこんなはずじゃなかった。
両手にぎっしりラッピングされた箱が入った紙袋を持って歩いていると、すれ違った人にも「うわ、すご」とか「あんな人初めて見た」とかこそこそ言われた、聞こえてんだよ。

「重そうですね」

寮の前で会ってしまったなまえが俺の荷物を一瞬見て目を丸くしていてなぜか気まずいと思ったのに、重そうだという声は至極いつも通りだった。

「全部チョコですか?」
「あーまぁ」
「そんなにチョコもらう人初めて見ました」
「それさっきすれ違った人にも言われたわ」

へきえきした顔をしている自覚はあって、溜息をつけばなまえも苦笑いだった。

「そっちは?兵頭に渡しに来たのかよ」
「はい。あと椋とみなさんにも」

なまえの手には小さな紙袋と、寮から一番近いスーパーの袋。
透けて見える中には菓子の材料らしきものが入っていて「臣さんといづみさんがキッチン使っていいって言ってくれて」と少し恥ずかしそうに目を伏せた。
よく表情が変わる奴だとは思うけれど、この顔は初めて見た。
今までも手作りの菓子を作って持ってきたことはあったし、臣と一緒にケーキを作っていたことはあったけれど話ぶり的に今日は一人で寮の台所を使うんだろう。
団員は人数が多いから全員に渡そうと思うなら寮で作ってその場であげてしまったほうがいいというのも頷けける。

「摂津さん、こんなにもらって食べ切れるんですか?」
「いや兵頭にやるわ」

甘いもんが苦手というわけではないけれど限度ってもんがある。
賞味期限を見て食いきれそうにないものは兵頭に押し付けようと思っていたからそのまま伝えれば「食べないんですね」と眉を下げて弱く笑っていた。

寮に入ると、いつも通りというかやっぱりというかカレーのにおいがした。
今日はバレンタインだし夜ご飯はわたしが作るよ!と監督ちゃんが臣に申し出た時点でメニューはカレーだろうなと思っていたけれど「ただいま」と言いに行けば「今日のカレーは隠し味にチョコをね、」と語られそうになったから一旦制服から着替えに部屋に逃げた。
なまえはなまえで着替えるからと総監督室を借りる許可を監督ちゃんにもらっていて、談話室から一緒に移動する。

「わざわざ着替えんの?」
「制服のままってなんか衛生的に微妙じゃないですか?」
「着替えの服、荷物じゃん」
「いづみさんがお洋服貸してくれるって言ってくれたんです。一回家に帰ると遅くなっちゃうでしょって」
「……そこは兵頭じゃねぇんだな」

こいつが兵頭の服を借りたところでもう驚かねぇのに、冬組メンバーに付き合っているのかと聞かれたことを気にしているんだろうか。
兵頭の名前を出したら「あらぬ誤解を生むんだなと思ったので」と歯切れが悪くなる。

「あの、」
「ん?」

総監督室と104号室の分岐点、階段の下でなまえが立ち止まる。

「その………あとで、食べてください、チョコプリン。作ったら冷蔵庫に入れておくので」

俺が何を言ってもまっすぐ睨み返してきた、隣を歩けば顔を覗き込むように見上げて来た瞳がこっちを向かない。
なんかわかんねぇけどそれがおもしろくない。
「おう」と返事をしたらやっと目が合って、小さく会釈をして総監督室のある二階へそそくさと上がって行った。



部屋についてからもらったチョコを整理する。
劇団宛に送られてきた荷物には手紙が入っているものがほとんどだったけれど学校で受け取った分にはあんま入ってねーな。
手作り、既製品、賞味期限、いちいち確認して仕分けすんのもめんどくせぇと嫌になってきた頃に部屋の扉が開いて兵頭が入ってきた。
兵頭の手にも小さな紙袋があって、通学カバンのふくらみかた的にもいくつか入っていそうだ。
こんな野郎にチョコ渡す女の気が知れねぇけど役者っつー肩書もあってなんだろう、多分。

「おーちょうどよかった。これ好きなもんやるよ」
「…いいのか?」

普段ならお前がもらったもんなんていらねぇとか、くれた相手の気持ちをうんぬんと言いそうなところだけれど甘いもんをもらえるとなると目を輝かせていて気持ち悪ぃ。
まぁ捨てるより誰かの口に入ったほうがチョコも浮かばれるっつーことで。

「てかお前にチョコ渡す物好きな女がいんだな」
「は?」
「その紙袋」

持っていたものを顎で指すと、「あぁこれは」と兵頭が二つの紙袋を掲げた。

「なまえからだ」

毎年くれる、と言う表情がいつものガラの悪い顔ではなくこっちは寒気がしそうだ。

「…そーかよ」
「今年はなぜか二つくれた。余ったらしい」
「余る?んだよそれ」

部屋の中央のローテーブルで兵頭が袋から箱を取り出した。
明らかに既製品ではない箱には小さなメッセージカードが花のシールで留められていて、一つ目を取り出した兵頭がそのカードを読んで頬を緩めるとかほんっと気色悪ぃ。
俺は仕分け作業を再開させて兵頭は二つ目の袋から箱を取り出す。
それにもカードがついているらしく、目を通した兵頭が「おい」と低い声で俺を呼んだ。

「んだよ」
「これ、お前にだ」
「はぁ?」
「なまえがお前に渡すのを間違えて俺にくれたらしい」
「…は?」

ずいっと差し出すように渡された小さな箱とメッセージ。
カードには女らしい字で「摂津さん」と確かに書いてある。
「いつもありがとうございます」って、なんだよいつもって。
礼言われるようなことをした覚えは…まぁなくはねぇけど。

……もしかして、さっき廊下で分かれる前に口籠っていたのはこれのせいなんじゃ、なんて。
いやいやいや、多分あいつだったら何も考えず「はいどうぞ」とか言って渡してくる。
じゃあなんで、余ったなんて言って兵頭にやるんだ。
「ちゃんとなまえに礼言えよ」と不服そうに言う兵頭には「わーってる」と一応返事をするけれど、どうして俺に直接渡さなかったのか、理由を考えてもわからなかった。



(2020.11.28.)



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