16.続東京合宿

一週間続いた東京合宿も明日で最終日。
練習後の自主練をするのは今日で最後かぁ、といつも烏野のみんなが練習をしている体育館に足を進めていたら第三体育館の中から「みょうじちゃん」と声をかけられた。

「黒尾くん、お疲れ様」
「お疲れ。今木兎とツッキーとかとミニゲームやってんだけど寄ってかない?」
「え、月島くん?」
「そ。ツッキー最近やる気出たっぽい」

やる気の出た月島くん、それは見たい。
確かに最近昼間の練習試合の時も少し様子が違うというか、試合への取り組み方が変わってきたような気がする。
体育館の中を覗くと、他にも赤葦くんや日向くん、灰羽くんもいておもしろいメンバーだ。
木兎くんと目が合ってしまって「みょうじさんだ!」と声をかけられたらなんだかもう足を踏み入れないわけにはいかない空気になってしまった。

「じゃあちょっとだけ。お邪魔します」

三対三のミニゲーム、人数が少ない分ひとりひとりがいろいろなことができないといけない。
月島くんが合同練習後の自主練に付き合うようになったこともビックリで、意識というものは周りが強要しても変わるものではない。
この合宿で彼の中の何かが変わったのなら、月島くんも烏野ももっと強くなれる。
そう思える練習を見せてもらえて顔がにやけてしまう。
月島くん、何かあったのかな。
心境の変化を聞かせてほしいところだけれど素直に教えてはくれないのだろう。
ただただ後輩の成長を喜んでおこうと思う。

「ツッキー」
「みょうじ先輩までその呼び方やめてください」
「えへへ、なんか嬉しくて」
「……何がですか」
「なんだろうねぇ。月島くんが調子良さそうなの見れたしわたしそろそろあっちの体育館行くね」
「はい」

ちょっとだけ、と言ったものの抜けるタイミングがわからなくなってキリのいいところまで見てしまった。
スガたちが心配しているかもしれない。
みんなと目を合わせて「食堂閉まる時間気を付けてね」と体育館を出ようとしたら黒尾くんも一緒に外に出た。
思わず隣を見上げる。

「どうしたの?」
「ちょっと休憩。ついでに散歩」
「散歩?」
「そう。ほら、合宿の夜も今日で最後だから空気を味わっておこうかと」
「次の合宿、音駒でやるからこの時期に森然来るのは最後だもんね」
「音駒のほうが都会だけど、このちょい郊外っぽい雰囲気もいいよな」
「そっか、ここで郊外なんだもんなぁ。宮城来たとき田舎でビックリしたんじゃない?」
「いや、あれはあれで。人全然いなくてそりゃ独り言も出るわなって感じだった」

にやっと笑いながら見下ろされて、日向くんが迷子になった時にこぼしていた盛大な独り言を聞かれていたことが黒尾くんとの初対面だったことを思い出す。
そんなこともあったね、と隣を歩く黒尾くんをまた見上げると、さっきの笑みをひっこめた黒尾くんの真っ黒な瞳がまっすぐこっちを見るから思わずそらしてしまった。

「ゴミ捨て場の決戦、やろうな」

何を言われるのか少し身構えてしまったけれど、降ってきた声はいつもの黒尾くんのものだった。
この合宿に来ているみんな、春高出場のため、全国制覇のためにこの夏を過ごしている。
そらした視線をもう一度合わせて「うん」と大きく頷いた。



「なまえ、お疲れ。仕事残ってた?」
「お疲れ様。仕事は大丈夫、別の体育館の練習ちょっと見てて遅くなっちゃった、ごめんね」
「おーそれはいいけど」

いつも烏野のみんなが自主練している体育館まで黒尾くんは送ってくれた。
中からはきゅっきゅっというシューズの音、バシンとボールが床を叩く音が聞こえて来て当たり前だけれどみんなとっくに練習を始めていた。
ここまで遅れたら急いでも同じだとは思うけれど慌てて体育館シューズに履き替えていたらスガに声をかけられる。

「シンクロ攻撃、ちょっとずつ形になってきたね」
「うん。なまえも手伝ってくれてありがとな」
「全然!わたしにできることならなんでも言って」

シューズの紐をきゅっと結んで立ち上がる。
スガを見上げるときょとんとした表情の後に少し考えるようなそぶり。

「個人的なことでもいい?」
「?うん、いいけど……」

深く考えて言った言葉ではなかったから、改めて「いい?」と聞かれるとなんだろうと身構えてしまう。
多分それが顔に出ていて、スガに「そんな怯えなくても大丈夫」と笑われた。

「合宿から帰った次の日さ、部活休みだろ」
「うん」
「夏休みの宿題一緒にやんない?」

どんなことを頼まれるのかと思ったら、お願いというよりもお誘いだった。
部活に入っていようがどんなにのんびり夏休みを過ごしていようが、宿題は全生徒平等に同じだけ課されている。
少しずつ進めるようにしているけれど、オフの日に一気に片付けられたら後々楽だろう。
今年は受験勉強もしなければいけないし、学校の宿題は早く終わらせてしまいたいと思っていた。

「それはわたしも助かる」
「おーじゃあ……図書館とか、ファミレスとか。どっか行く?」
「うん、ちょっと考えておくね。澤村たちにも声かけてみる」
「えっ」
「ん?」
「あー……そうだな、うん。頼んだ」

宿題を写させてもらうなんてことは自分のためにならないから受験を控えたこの年でしようとは思っていないけれど、もしわからない問題とかつまずいた教科があったら人数が多いほうが教えてもらいやすいよね。
部活のない日にまでみんなで集まるなんて仲良しだな、と自分たちのことながら少し顔がにやけてしまった。






「……大地」
「おースガ、どうした」
「この後、なまえに何を言われても断ってほしい」
「は?」
「詳しくは聞かないでくれ」
「わかったけど、旭にはそれ言っておかなくていいのか?」

大地にそう言われて指さされたほうを見たら、ちょうどなまえが旭に「今度のオフの日みんなでさ、」と声をかけていて、旭が「それは助かるなー」と汗を拭きながらのんびりとした口調で返していたところだった。
それを聞いていた田中や西谷まで「宿題見てほしいです!」となまえに飛び掛からんばかりの勢いで結局大宿題大会になったことは言うまでもない。


(2020.11.21.)



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