15.合宿中日の昼夜

「マネージャー陣、ちょっといいか」

お昼ご飯の後、洗濯物を干していたら森然高校のコーチに声をかけられた。
その隣には見たことのない人が立っていて、大きな段ボールが乗った台車が脇に置いてある。

「大庭さん!お疲れ様です!」
「おう、久しぶり」

大庭さんと呼ばれた人は、どうやら森然のOBさんらしくて差し入れにスイカを何玉も持ってきてくれたそうだ。
森然のマネージャーさんが嬉しそうに挨拶をしていてきっと慕われていた人なんだろうなと思う。
冷やした状態で持って来てくれたというスイカを早速切って、午後の休憩時間に体育館に持っていくことになった。



「スイカの差し入れだよー!」

一日の中で一番暑い時間帯は過ぎていたけれど体育館の中はまだまだ蒸し暑い。
冷たいスイカの差し入れに選手のみんなも飛び跳ねて喜んでくれるけれど、一人眉間にシワを寄せたままの子がいる。
月島くんだ。
自分から取りに来てくれる人がほとんどだったけれど、輪から離れたところでドリンクを飲んでいたからお皿を持って近付くと驚いたような顔をされる。

「月島くん、スイカどうぞ!」
「……どうも」
「さっきわたしも食べたんだけど甘くておいしかったよ」
「そうですか」
「うん。種出すビニール、外にあるからあっちで食べない?」

一瞬嫌そうな顔をしていて苦笑いしてしまった。
あんまり騒がしいのとか好きじゃないんだろうけれど、本当に人と関わることが煩わしいならバレーボールなんてやらないし、まして部活なんて入らないだろう。

「ちょっと外の空気吸ったほうがいいと思うし。ね?」
「……わかりました」

ちょっと無理矢理だったかなと思いつつ頷いてくれた月島くんと体育館の出入り口のほうに向かうと山口くんが嬉しそうに「ツッキー!」と呼んだ。
この二人は小学生の頃から幼馴染らしい。
山口くんが月島くんを大好きなことはわかりやすすぎるのだけど、きっと月島くんも山口くんのことを信頼している。
いいなぁ、幼馴染って。
そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、月島くんに「なんですかみょうじ先輩」と眉を寄せられてしまった。

「なんでもないよ。おかわりあるからいっぱい食べてね」
「ツッキー甘いもの好きだもんね!」
「山口……」
「えっそうなの?」
「果物は普通です」
「ツッキーはケーキが好きで、特に好きなのは、」
「ちょっと。黙って食べて」
「ごめんツッキー!」
「好きなケーキの種類だけぜひ教えてほしいんだけど」
「……」
「月島くん、誕生日のとき買ってあげるから」
「………ショートケーキです」
「了解、覚えました!」
「ちなみにツッキーの誕生日は九月です!」
「そうなんだ、来月だね。山口くんは?」
「えっじゅ、十一月です!」
「わかった!お祝いしようね」
「は、はい!」

九月は春高の最終予選前で、十一月は春高出場校が決まっている。
それまでわたしたち三年生は部活に参加しているのかなんて誰にもわからないけれど、不確定な未来を手にするためにわたしたちはこの夏を過ごしている。

「裏山ダッシュしんどそうだよねぇ」
「……きついです」
「ね、見てるこっちも辛い。月島くんはどう?合宿半分終わったけど」
「別に、暑いなってだけです」
「これだけ暑かったらそれしか言えなくなるよね」

月島くんが「別に」と言った時の山口くんの何か言いたげな表情が気になったけれど、残りも頑張ろうねと声をかけたら二人とも頷いてくれた。



「みょうじちゃん、スイカのゴミ頼んでいい?」
「はーい」
「ん、サンキュー」

ぽいぽいっとゴミ袋にスイカの皮を投げたのは黒尾くんで、どうやら二切れ食べたらしい。
ゴミ袋を捨てに行こうとしたら「手ぇべたべたになった」と言いながら一緒に歩き出す。
水道まで行くんだろうけれど隣を歩かれるとみんなの視線が気になってしまうのですが。

「みょうじちゃんはスイカ食えた?」
「うん、選手に持ってくる前に食べたよ」
「ならよかった。いやーまじで助かるな、マネージャー」

音駒の手伝い、と言いながらも決まった時間にドリンクを作ってタオルを並べて、いつもより多めに洗濯をして……というくらいでたいしたことはしていないのだけれどそう言ってもらえると嬉しい。

「いつもよりタオルふかふかだしドリンクもうまく感じる」
「タオルは洗い方の違いかもだけどドリンクは気のせいだよ絶対」

どこも作り方なんて同じでしょ、と黒尾くんを見上げる。
手が汚れたからとさっきから微妙な位置に手を掲げたまま歩いていておもしろい。
キョンシーみたい。

「そのはずなんだけどね、なんか違う気ぃすんだよ」

不思議だわ、と言いながら見下ろされてその視線に特別な何かなんて含まれていない、と思う。
午後もよろしくねと伝えたらたまには自主練付き合ってと言われてしまった。
いや、自主練の手伝い自体はいいんだけど。
今のところ毎日シンクロ攻撃を練習している烏野メンバーの手伝いをしているから、烏野のみんなに「黒尾くんに頼まれて」とは言いにくいな。
黒尾くんにはあいまいな返事しかできなかった。



合宿中は夜も長い。
森然高校には合宿所はないから、普通の校舎の教室で寝泊まりをしていてマネージャー陣はみんな同じ教室にお布団を敷いて眠っている。
バレー部のマネージャーだし部活の話や合宿の話ももちろんするけれど、女子高生が集まってすることの定番と言えば、

「ねぇねえ、なまえちゃんは黒尾くんとどうなの?」

そう、恋愛の話です。
人の話だったら修学旅行みたいだなと楽しく参加できるのに自分のことを話すのは苦手だ。

「え、黒尾くん?」
「だって木兎が叫んでたじゃん。黒尾がかわいいって言ってたマネージャーだーって」
「あぁ……」

初日のことを掘り返されて思わず苦笑いがもれる。
あの後すぐに黒尾くんに気にするなと言われて、お昼を一緒に食べはしたけれど何もない。
あったら困る。
貴重な一週間の合宿中に、黒尾くんだってバレー以外のことに気をとられている場合ではないだろう。
木兎くんとの世間話のなかで「かわいい」と言ってくれたのかどうかは定かではないけれど、仮に本当でも深い意味なんてなかったと思いたい。
真に受けて黒尾くんへの態度がぎこちなくなったら自意識過剰だと逆に恥ずかしい気がする。

「烏野のみんなは彼氏いないの?」
「誰もいないよね」
「うん」
「か、彼氏…なんてそんな恐れ多い……」
「バレー部のマネやってると忙しくてそれどころじゃないよね」

他の学校のみんなが神妙な顔で頷いていて、それぞれ色々あるんだろうなぁというのがわかる。
放課後はもちろん部活だし土日だってないようなもので、長期休みは毎日部活。
この生活に彼氏という存在が入り込む余地なんてない気がする…というのはみんなきっと同じだ。

「だねぇ。じゃあ遠距離なんてもっと無理か」
「遠距離?」
「宮城と東京。なまえちゃんと黒尾くん」
「だからそんなんじゃないって!」

マネ部屋での恋愛トークは終わる気配がなくて、黒尾くんの話が終わってもどんどん話題が出て来る。
身体は疲れているのに眠たくならないのが不思議だったけれど潔子はすよすよと眠ってしまっていた。
寝顔も美しい。
みんなの最近の恋愛事情が出尽くしたのか、中学の時は?と話題が変わったタイミングで「ちょっとトイレ」と逃げてきてしまった。

廊下に出ると、まだ起きている人が多いのか話し声がどこからか聞こえてくる。
この時間だと主将と副主将のミーティングが行われているからか、みんな思う存分騒いでいる。
昼間あれだけハードな練習試合を繰り返しているのに元気だなぁ。
多分あと三十分もしたら電池が切れたように眠るんじゃないだろうか。

「あれ、なまえ?」
「スガ。ミーティング終わったの?」

校舎は真っ暗ではないけれど、夜に一人でトイレってちょっと怖いな…と手を拭きながら教室に戻ろうとしたところでスガに会った。

「うん。けっこう前に終わってたんだけど」
「何かあった?」
「なぜかトランプ対決が始まって……途中で抜けてきた」
「トランプしてるの?主将と副主将で?」
「そう」
「なんかすごそう……」
「みんな負けず嫌いだからな〜」

明日も早いのに、多分あれはまだまだ終わらないと思うと苦笑いを浮かべてスガがあくびをかみ殺す。

「眠そう」
「ん?あーうん、眠い。なまえは寝ないの?」
「マネージャーも話が盛り上がってて。潔子は寝ちゃったんだけど寝かせてもらえなさそうで」
「寝かせてもらえないって。なんの話してたの」

あ、これは言わないほうがよかったかもしれない。
クラスの子とだったら恋愛の話をすることもあるけれど、部活仲間ととなると話が違う。
マネージャー同士だったらまだしも選手とすることって今までなかった。

「……」
「なまえ?」
「遠距離恋愛の話とか」
「誰か遠恋してんの?」
「そういうわけじゃないけど、一般論?」
「なんだそれ」

だいぶ濁してしまったけれどスガは笑ってくれる。
眠いからかいつも以上に目尻が下がっているような気がして、「部屋戻らないの?」と聞いたらぱちりと大きく瞬きをした。

「戻ったほうがいい?」
「だってスガ眠そう」
「うん、眠いんだけど。もうちょい話したい」

選手とマネージャーの部屋は離れているから、就寝時間が近くなると校舎内で会うことはあんまりない。
合宿に来てからスガとゆっくり話す時間は実はほとんどなくて、初日に約束していたコンビニアイスは食べたけれどこんな風に言われると少し照れる。

「なまえさ、黒尾のことどう思う?」

さっき避けた話題をスガから出されて「え?」と思わず聞き返してしまった。
マネ部屋の話が聞こえていたなんてことは絶対にないし、どうと聞かれても何もないのだけれど。

「どうって?」
「男としてどう?」

なんて答えようか悩んでいたら、スガが直球を投げてきた。
男の人としてと言われてもわからないというのが正直な答えだった。
話しやすいし良い人だなと思う。
かわいいと思われているなら嬉しいけどそれ以上でも以下でもない、と思う。

「……音駒の主将としては、手ごわいけどありがたい練習相手だなって思ってるけど」
「うん」
「男としてって言われても、」

言葉を続けられずに窓を背に廊下に寄りかかっているスガを見上げる。
別に黒尾くんに告白されたわけでも好意を示されたわけでもないのにこんなこと勝手に言って失礼だなとは思う。
ごめん黒尾くん。

「そっか。黒尾さ、なまえのこと気に入ってるじゃん、どう見ても」
「そんなことないと思うけど」
「そーなの。さっきもトランプしてるときなまえの話になった」
「えっ」
「あー……ごめん、なんか、なまえは俺らのマネなのにってちょっと、だいぶおもしろくない」

スガが自分の顔を両手で覆うようにして隠して、はぁ…と大きなため息をはいた。
選手の部屋からは相変わらず騒がしい声が聞こえてきている。

「烏野のマネだよ、わたし」

なんて、当たり前だけど……と何を言えばいいのかわからなくて我ながら小さな声で言うとスガがこっちを見た。

「前にさ、黒尾と昼飯食べてただろ、あれもおもしろくなかった」
「誘われてしまったもので……」
「……俺女々しいな」
「あはは」
「そこは否定してくれよ」
「だってスガなんかかわいい」
「この前も言われたけどさ、男にかわいいって褒め言葉じゃないよ」
「ごめんごめん」

俺も、とスガが言って、そこで言葉が止まる。
なに?と聞き返すけれど少しだけ沈黙が落ちて色素の薄いスガの瞳がまっすぐわたしの目を見た。

「俺も…あー……ごめん、なんでもない。やっぱ寝る、頭回ってない」

急に早口になったスガに部屋まで送る、と言われたけれど同じフロアだし大丈夫だよとやんわり断ったらムッとした顔をされてしまった。
今わたしたちがいるところは選手の部屋とマネ部屋の中間地点だから送ってもらわないのならここで分かれることになる。
明日からも合宿は続くし頭が回らないくらい眠たいのなら早く寝てほしい。
部屋が眠れる環境になっているかは怪しいところだけれど。

「もうちょい話したいって言ったじゃん。送られてよ」

そう言ってマネージャーの部屋のほうへ足を動かしたスガについて行くけれど、結局部屋につくまでスガもわたしも何も発することはなかった。
「おやすみ、また明日」と言い合った会話を室内にいたマネージャーたちに聞かれて「密会してたの?」と問い詰められてしまった。



(2020.11.13.)



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