3.天の川の向こう側

合同練習が終わって、合同ミーティングも終わって、誠凛と海常に分かれてのミーティングが始まる頃には体育館の外は暗くなり始めていた。
見学に来ていた女子たちは練習試合が終わったあたりで飽きてきたのか、帰って行く子たちも少なくなかった。

みょうじさんは…と何回見上げたかわからない二階のギャラリーに目をやると、彼女はまだ残っている。
退屈じゃないだろうかと思うけれど、小さくなって座っている様子にホッとするのと同時に、終わったあと少し話せないかと言っておけばよかったと後悔する。

こっち見ないかな、とちょっと見つめてみたら視線に気づいたみょうじさんが俺の方を見た。

「あ、」と彼女の口が動くのがわかる。

慌てて手をあげて口パクで「待ってて」と言うと一瞬きょとんとしたあとで、コクコクと小さく頷いた。


よかった、伝わった。


反射的に緩みそうになる顔をなんとか引き締める。

監督に怒られる前に意識をミーティングに戻すけれど、内心では口から心臓が出そうなほど緊張が増していた。
待ってて、なんて言ったけれど何を話そう。
いきなりあんな態度とってみょうじさんはどう思っただろうか。
自分でも考えなしの行動をしてしまった。




片付けやら着替えやらをさっさと終わらせて、すっかり人気のなくなったギャラリーに一人で隅っこに座っていたみょうじさんのところへ急いだ。

「待たせてごめん!」
「ううん、お疲れ様ー」
「みょうじさん歩きっスか?」
「駅まで歩きだよ。黄瀬くんはバスで海常まで戻るの?」
「いや、もちろん学校戻る奴もいるんスけど、俺は誠凛からのほうが家近いからこのまま帰るよ」
「あ、そうなんだ。中学は東京だったんだもんね」

お互いの帰り方を話すものの、みょうじさんは一向に立ち上がる気配がない。
もしかして俺と一緒に帰るの嫌、とか…。
けどだったらそもそも待っててくれないよな?

一抹の不安を覚えつつ、「帰らないんスか?」と聞くと、「帰るけど、黄瀬くん何か話あったんじゃないの?」と言う。

「話っつーか、うん。歩きながら話さないっスか?」
「え?!」
「え?なに?」
「…えっと、一緒に帰るってこと?」

えぇー…と心の中で盛大な溜息をはいたことは恐らくみょうじさんにはバレていない。

「そのつもりで待っててって言ったんスけど、」
「そ、そっか。ごめんちょっとビックリして。帰ろっか、うん」

慌てすぎじゃないっスか…と思わず苦笑したら「わ、わたし変なこと言った…?」と顔を青くさせるみょうじさんがかわいくて顔が緩んだ。









「みょうじさんって、バスケ好きなんスか?」
「え?」
「今日観に来てたし、俺のこと海常バスケ部って知ってたし」
「黄瀬くんのこと知らない子なんていないんじゃないかなぁ」

ふわふわ、そんな効果音が似合う笑顔を浮かべるみょうじさんが隣を歩いている。

…駅までの道のりなんて正直あっと言う間だ。
いつものように頭の中でぐだぐだ考えて言葉を呑み込んでいたら、また家に帰って後悔に襲われることが目に見えている。
その教訓から、今日は自分から話題を振ることができた。

隣を歩くみょうじさんの小さい歩幅に合わせたり、話すときに俺のほうを見上げてくれたり、そういうのが嬉しいなんて自分らしくない。


「体育以外でバスケの試合観たのは初めてだよ」
「あ、そうなんスか」
「うん。黄瀬くんすごかったねー女の子たちが騒ぐの無理ないね」

あ、あと黒子くん試合中にどこにいるのか全然わからなくてね。
木吉さんのリバウンド?って言うんだよね?もすごかったなぁ。
あと火神くんのダンクもすごかった、高校生なのにダンクなんて出来ちゃうんだね。


興奮しているように話すみょうじさんの口から次々に誠凛メンツの名前が出てきて、そこに木吉さんの名前が混じっていて、思わず唇を噛む。


「けど、やっぱり黄瀬くんすごく目立ってたなぁ」
「え?」
「なんか目で追っちゃうっていうか。元々の容姿とかもあるかもしれないけど、その…かっこよかった」



一瞬、何を言われたのかわからなかった。



「かっこいいなんて言われ慣れてるかな」
「…いや、」



確かに、そういうことはよく言われる。

けれど。


自分に興味がないのかと思っていた女の子からそんなことを言われるなんて、不意打ちすぎる。
ましてそれが気になっている女の子だったら尚更だ。
顔に熱が集まっていくのがわかった。

「黄瀬くん?」
「…ごめ、ちょっとこっち見ないで」

いま絶対、顔赤い。

社交辞令かもしれないような言葉ひとつでこんな風になるなんて、と信じられない。
右の手のひらでにやけそうな口もとを隠すようにしてそっぽを向く。

と、道に面している店のショーウィンドウに俺とみょうじさんがうつっていた。
俺の情けない姿と、隣でみょうじさんが気まずそうに俯いている。



…っやばい。


いくら恥ずかしかったからってこっち見ないではねぇよ、俺の馬鹿野郎。



「みょうじさんっ!」

勢い良すぎだろ、ってくらい勢いをつけてみょうじさんの方を向くと、下を向いてしまっていたみょうじさんの華奢な肩が震えた。
恐る恐る…という感じで俺を見上げたみょうじさんは完全に委縮してしまっていた。

あぁもう、俺の馬鹿野郎。


「ごめん、俺、」
「ううん、わたし馴れ馴れしかったよね。調子のってごめんなさい」
「そうじゃなくて…なんつーか、」
「黄瀬くんが一緒に帰ろうって言ってくれたの、嬉しくて」

ん?

「わたし、黄瀬くんに嫌われてるんだと思ってたから、」

はぁ?

「待って、みょうじさん、嫌われてるとか、ほんとないっスから」

話しながら次第に涙目になるみょうじさんに食い気味で必死の弁明をする。
震えた肩を掴んでしまったのは反射的なものだった。

「きせく、痛い…」
「あ、ごめん…」

慌てて手を離すけれど、みょうじさんは困ったように眉毛を下げているし、大きな目には涙が溜まったままだった。
どうしたもんか、と逡巡している間に、注目を集めてしまったようで道行く人たちの視線が痛い。

「ちょっと場所変えよう」と彼女の手を引いた。


咄嗟に握ったみょうじさんの手首は折れそうに細い。





辿りついたのは俺とみょうじさんが初めて会った公園で、早歩きして来たもんだから俺の歩幅に合わせていたみょうじさんは息が切れていた。

「ごめん、大丈夫っスか?」
「っうん、大丈夫、です」

運動不足バレちゃうね、恥ずかしいーと苦しそうなのに笑ってくれるあたりがもうみょうじさんって感じで、心臓が掴まれたみたいだ。

「あのさ、さっきの…俺に嫌われてるとかって、なんで?」
「え、っと」

掴んだ手首から、みょうじさんがぎゅって拳を握ったのが伝わってきた。

みょうじさんはいつも笑ってくれて、人当りがよくて一緒にいて心地良い。
(それ以上に緊張するっていうのが本音だけど)
そんなみょうじさんが、今目の前で言葉を選んで話そうとしてくれていることが新鮮。

「初めて会ったときから、なんとなく嫌われてるのかなって…目ぇ合わせてくれなかったし…」
「え、そうだっけ…?」


この公園で、黒子っちとみょうじさんがなくした携帯を見つけたのがキッカケだった。
たしかにあの時、俺は携帯のことなんてどうでもよくて、持ち主と顔を合わせるのが面倒でさっさと帰ろうとしたんだっけ。

にこにこ接してくれていたのに、内心ではそう思わせてしまっていたことにめちゃくちゃ罪悪感。


「だから今日部活観に行くのもちょっと迷ってて、声かけたときも黒子くんたちと話してたの邪魔しちゃったかなって反省した」
「あー…ごめん、そんな風に思わせたの俺の態度のせいっスよね…。とにかく嫌いじゃないし邪魔なんて思うわけないんだけど、」

目ぇ合わせられなかったのは、裏表のない目でまっすぐ見られて照れたから。
声をかけてくれたら自分のものじゃないと思うくらい心拍数があがるのに、邪魔なんてあるわけない。

嫌いとか、本当ありえない。


「みょうじさんがそう思うのは、多分、俺がみょうじさんといるとき緊張してるからっス」






無意識に引いていた線を、飛び越えろ。






「…俺、みょうじさんと友達になりたい」



(2014.11.16.)



友達かーいってツッコむとこ
タイトル季節外れなのは書いていたのが7月だったからです…





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