14.東京合宿その2

一週間の夏休み合宿が始まった。
今回は埼玉にある森然高校が開催地で、東京よりも熱さがマシだという理由で夏休みの合宿は毎年森然で行われているらしい。
見渡す限り山だけど、学校の敷地に入る前に確かにコンビニがあった。
スガが言っていたのはあそこだなぁとバスの窓から見える景色を眺めているとバスがゆっくりと減速した。



「あれ、音駒マネージャー入ったの?!」
「木兎さん違いますよ、烏野のマネージャーさんです」

この前の合宿でも挨拶したでしょう、と梟谷のキャプテンである木兎くんに温度の低い返事をしているのは二年生セッターの赤葦くんだ。
早速始まった東京合宿一日目、音駒と梟谷の試合前に音駒コートにドリンクとタオルを用意していたら話しかけられたのだ。

「そうだっけ。ねぇ、名前なんていうの?俺木兎光太郎!」
「みょうじです。烏野の三年なんですけど、合宿中だけ音駒の手伝いすることになって」
「ふぅん、なるほど」

木兎くん、背も声も大きい。
いや背はうちにも同じくらいの人がいるけれど、豪快な感じが身体を大きく見せているのかもしれない。
東峰にも見習ってもらわないと。
気になることがあるとすぐ猫背になるからなぁ、うちのエースは。
なるほどって、何がですか?と聞き返したら元気いっぱいの悪意ゼロですって感じの大声が体育館に響いた。

「黒尾が言ってた烏野のかわいいマネージャーってみょうじさんだ!」
「っえ?」
「ちょっと木兎さん、怒られますよ」

赤葦くんが焦ったように言って、すみませんと言いながら木兎さんを梟谷のコートに連れて帰った。
木兎くんみたいなキャプテンでエースの先輩を面倒みている二年生セッターって大変そう。
そう思いながら二人の背中を見送って仕事に戻ろうとしたら頭上にぬっと影ができて驚く。

「っわ……黒尾くん。ビックリした」

いきなり背後立たないで、と見上げるといつも食えない感じの表情で目を細めているのに今は気まずいですって顔に書いてある。

「おはよう。どうしたの?」
「はよ。さっき木兎の言っていたことは気にしないでください」
「さっきのって、あぁ……うん、了解です」
「合宿中よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします。何かあったら言ってね」
「おう」

やたら他人行儀に話された。
すぐにアップに戻ってしまうのかと思ったら、その足で木兎くんのもとに向かって行ってガッと肩を組むと何やら話をしていて木兎くんがけらけらと笑っている。
仲良しなんだなぁ。
梟谷グループというくらいだし東京の強豪校同士だから付き合いも長いのだろうか。

「みょうじさん、おはよ」
「夜久くん、おはよう。よろしくお願いします!」
「黒尾のあれは照れ隠しだから気にしないでやって」
「はぁ」
「いやーやっぱ女子マネがいるとみんなテンションあがるよな!」

そういうものかなぁと首を傾げるけれど歓迎されているなら嬉しい。
試合中は烏野のコートに戻るし、サポートといってもできることは限られているけれど、音駒の手伝いをすることで合宿全体の質が上がるならマネージャー冥利に尽きるというものだ。
大量のスクイズボトルと、大きなジャグふたつにドリンクを用意したから午前中は大丈夫のはずだけれど、なんせ暑いからなぁ。
あとは試合に負けてペナルティを受けるってなった時に裏山を走ることになるらしいから、その時は手伝ったほうがいいかもしれない。
音駒の一年生に準備が終わったことと、何かあったら遠慮なく言ってほしいことを伝えてから烏野のコートに戻った。



「……みょうじ、なんかされなかったか。黒尾に」
「え?ないない、何もされてないよ」

ベンチに戻るなり険しい顔をした烏野部員たちに囲まれてしまった。
もしかしなくてもさっきの木兎くんの大きな声が聞こえたんだろうけれど、そんなに心配しなくても。
澤村に詰め寄られながら大丈夫だよ、と伝えるけれどあんまり納得していないという表情をされる
東峰は相変わらずおろおろしているけれど、スガの無言が逆に怖い。

「えーっと…音駒の手伝いで抜けることもあると思うけど、みんなには迷惑をかけないようにするので!合宿頑張ろうね」
「俺もなまえさんからドリンク受け取りたいです!」
「はいどうぞ」
「今じゃなくて!いや今でも嬉しいんですけど!」
「ずるいそ龍!なまえさん、俺も!俺もください!」
「あはは、はい、西谷もどうぞ」
「あざーす!」

何やってるんですか、と月島くんに冷めた目で見られてしまった。

「……わたしも潔子みたいにクールを貫けばいいのかな」
「なにそれ」
「男子をあしらえるようになろうかと」
「なまえはそのままでいて」

あとあしらってるわけじゃない、と言う潔子は少し不満そうに唇をとがらせていてかわいかった。
実はよく笑うし熱い気持ちも持っていて、あとやっぱりこんなにもかわいい潔子のことが大好きだな。

「仁花ちゃんもごめんね、任せちゃうこと多いかもしれないけど困ったら言ってね」
「はい!大丈夫であります!」
「うん、あと自分の水分補給は忘れずに」
「はい!」

人の面倒ばっかりみているとつい忘れがちになってしまうけれど、暑い体育館で動き回っているのはわたしたちマネージャーも同じなのだ。
真夏の体育館はサウナか蒸し風呂みたいに熱気がこもっていて、いくら東京より涼しいらしいとはいえ時間が昼に近付くにつれて気温があがってきたのがわかる。
改めて気合を入れ直して、東京合宿第一試合に向けて準備を進めた。



ペナルティを受けることになったら音駒のサポートに…なんて思っていたけれど、圧倒的に負けが多いのは烏野だった。
前回の梟谷合宿は室内でフライングという身体全体をばねにして行うものだったけれど森然は周りを緑に囲まれている環境を利用して裏山をダッシュするペナルティだ。
どっちもキツイことには変わりはなくて、山道を駆け上って折り返して下って来たみんなに急いでタオルとドリンクを渡す。
お礼を言ってくれるけれど息が上がっていて見ているこっちまで苦しい。
最初はまだ良かったけれど、ペナルティの回数が積み重なればそのぶん足も上がらなくなるし、太陽が高いところにある時間帯はしんどそうだ。
午前中で何本も裏山を走った烏野の面々は、お昼ご飯の時には大分ぐったりしていた。

「月島くん平気?」
「……はい」
「ご飯食べたほうがいいけど無理はしないでね、軽いものがよかったら言えば対応してくれるみたいだから」
「ありがとうございます」

食堂では一年生同士がかたまって食べていて、山口くんと並んで座る月島くんはお箸が進んでいないようだった。
あんまり気にかけられるのは好きじゃないみたいだけど声をかけたら返事をしてくれてホッとする。
隣の山口くんにも「山口くんもお疲れ様。おかわりできそう?」と聞くと苦笑いを返された。

「みょうじちゃんは何食うの?」
「黒尾くん」
「げっ米少な。そんなんで足りんの」
「普段お昼そんなに食べないんだよね」
「ふーん。てかここ空いてんなら一緒に食おうぜ」
「えっうん。月島くん、山口くん、前いい?」
「どうぞ」
「はい!大丈夫です!」

学校入り混じって食べているのも合宿ならではだなぁ、と夜久くんと食べているスガを見ながら思っていたらまさかの黒尾くんから誘われてしまった。
周りの目が気になるのはわたしだけなんだろうか。
誘われたというかわたしが近くにいてすぐそばの席が空いていたからだろうけれど、朝木兎くんに言われたことを忘れろと言われても難しい。
チラッと隣に座った黒尾くんの横顔を盗み見する。

「なに?」

なんでもないよ、と返したけれど目の前の月島くんと山口くんの視線がなんだか痛かった。



「なまえ、夜出てこれそう?」

午後練の後に選手たちの自主練に付き合って、そろそろ食堂が閉まってしまうからと慌ててみんなで片付けをしていたらスガに声をかけられた。
どこに、とは言われなかったけれど昨日話していたコンビニにアイスを買いに行く話だろうとすぐにわかって頷く。

「うん、わたしは大丈夫。スガは平気?疲れてない?」

別に今日じゃなくてもいいよ、と一応聞いたけれど一日中動き回っていて疲れていないはずはないのにいつもと変わらない表情で「全然へーき」と笑うんだからすごい。
わたしだったらめちゃくちゃグロッキーになっていると思う。

「じゃあ夜ご飯食べ終わったら玄関…っつーか昇降口?集合な」
「わかった、また後でね」

そう約束をして夜ご飯はアイスを食べる余力を残しておかないとな、と思っていたのに食堂の対角線上の席で食べていたスガは大盛のご飯をぱくぱくと食べていてやっぱりすごいと思った。



「よっ」
「スガ、お疲れ」
「おう。夜でも蒸してるなー」

緑が多いところだから東京よりはマシだと研磨くんが言っていたけれど、すっかり夜になったというのにまだ暑い、というか空気はもわっとしている。
虫が多いと言っていたけれどセミが鳴く声がどこからか聞こえて来て夏だなぁとつぶやいたらスガも同じような口調で「だなぁ」と返してくれた。
来る時は車で楽々あがってきた坂道を、一歩ずつ下がっていく。
二人分の足音とセミの声と風が葉っぱを揺らす音が混ざってさっきまでいた体育館や食堂の騒がしさとのギャップになんだかおもしろくなってしまって笑いがもれた。

「え、なんで笑ってんの」
「なんでだろ。なんか合宿楽しいなって。まだ一日目なのに」
「まぁ初日とは思えない濃さだよな。この前の梟谷合宿の延長みたいなもんだし」

夏休みに入る前にあった合宿で見えた課題を、今度は実戦で試してみる。
こんなに短期間に強豪校と練習試合を行える機会なんてそうそうない。
スガが出ない練習試合もあって実は少し心配していたけれど、コートの中にいない時だってできることを探している。
烏野の選手として、三年生として、セッターとして。
前を向いて走り続ける背中を支えたいと思う。
もし立ち止まったり振り返りたくなった時には宿り木になれるような、おおげさでおこがましいかもしれないけれど、そんな存在でいられたらいいと、そう思う。
コンビニの駐車場でアイスを二人一緒に食べながらそんなことを考えた。



(2020.11.12.)



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