19.

「なまえちゃんと十座くんってよく一緒にカフェ行くんだよね」
「はい、十ちゃん甘いもの大好きなのに一人でカフェはさすがに行けないみたいで」
「まぁ男一人だとね。お茶だけならまだしも十座くんは色々食べたいだろうし」
「そうなんです。高校生になってからよく二人で出掛けるようになりました」
「俺と万里くんもたまにこうやって出掛けるんだ」

ね、万里くん、と紬さんがコーヒーカップを持ちながら笑いかけて来る。
どうして俺と紬さんとなまえでこんなとこに来なくちゃなんねーんだよ。
部屋着のまま出掛ける予定もなくだらだらしてたっつーのに髪をセットして服を着替えて。
急ぐのがシャクでいつも通りに準備したけれど談話室に戻ると紬さんとなまえはいなくて、中庭で花を見ながら何やら話していた。
……俺、一緒に行く必要なくね?とは思ったけれどもう準備しちまったし「お待たせしました」とかけた声は低かった。

駅までの道のりも電車の中でも俺と紬さんがなまえを間に挟みながら話をしていて、俺は元々こいつ相手だとべらべら喋らねぇから紬さんとなまえばっか喋ってて、たまに俺にも話が飛んでくる。
いややっぱ俺が行く必要…と思ってしまうけれど向かっているカフェに行きたかったのは事実だし、もう今日はそういう日だと諦めて足を進めた。
紬さんけっこう強引っつーか有無を言わせないとこあんだよな。

「摂津さんって意外とカフェとか詳しいですよね」
「意外ってなんだよ」
「前に十ちゃんとわたしが待ち合わせしていたとこも場所知ってたし」
「寮の近くは大体知ってる」
「この前万里くんが連れて行ってくれたカフェは少し遠かったけど美味しかったよね。雰囲気もよくて」
「あー、紬さん気に入ってましたね」

店の名前を出せばなまえは知らないところらしく、まぁ天鵞絨町駅からは離れたところにあるし有名店というわけではないから仕方がないだろう。
あんまり混む店は俺も紬さんも好きではない。

「万里くん、写真撮ってなかったっけ?」

紬さんに暗になまえに見せてやれというように言われて、机に置いていた携帯のカメラフォルダを渋々さかのぼり写真を探していると紬さんの携帯が鳴った。

「あ、ごめん。家庭教師先のおうちからだ…ちょっと出て来るね」

そう言って自分のスケジュール帳をカバンから取り出して席を立ってしまった。
二人で紬さんの背中を見送ってお互いに黙る。
さっきまで紬さんとこいつが主に話していたから急に二人にされると手持無沙汰になったようで間が持たなくてコーヒーをすすった。

「……紬さんにカテキョ頼んだのか」
「はい、今のうちに苦手科目しっかり見ておいたほうがいいって言われて」
「ふぅん。あ、あった」

これ、となまえのほうに携帯を向ける。
内装の写真や頼んだコーヒーとドーナツの写真をスワイプして見せたらなまえが「摂津さんがカフェでドーナツ…」とつぶやく。
なんか文句あんのか、と返したら笑いをこらえるように「いえ、別に」ってなんだその顔。
兵頭と甘いもんのほうがよっぽど違和感あんだろ。
美味しそう、と言いながらソファ席の隣に座っていたなまえが俺のほうに少しだけ寄る。
机の上の携帯画面を覗き込んでいるから顔は俯いていて表情は見えない。
なまえが顔にかかっていた髪を耳にかけたところで俺の携帯からLIMEの受信音が小さく鳴って画面に視線をやる。
……そして二人でかたまってしまった。

「あ、す、すみません。見ちゃいました」
「あー…別に」

通知に表示されていたのは「エミリ」という女の名前と「万里、久しぶりに遊んでよ」の文字。
俺たちが固まっている間にポコンっとまた通知が鳴ってスタンプが送られてきた。
携帯を取って、一旦通知をオフにした。
既読をつけると面倒そうだからそのまま携帯を伏せて机の隅に追いやる。

「彼女さんですか?」
「いや、彼女いねぇけど」
「え、じゃあ…いや、いいです言わなくて」
「おいなんか勘違いしてんだろ」

てか誰だよ、名前に覚えがない。
何か月もこの類の連絡は来ていなかったのになんでよりによって今送ってくんだ、空気読め。
そんでこのタイミングで席を外している紬さんも早く戻って来てくれ。

「彼女じゃねぇけど変な知り合いとかでもねぇから。顔も曖昧だし」

本当は曖昧どころかカケラも思い出せねぇけどそれは言わないほうがいいとなんとなく思った。

「それはそれでどうかと思いますけど…」
「なんかの時に連絡先だけ交換したんだろ、多分」

やましいことがあるわけでもねぇし、もしあったとしてもこいつにどう思われてもなんの支障もないのに内心で言い訳を考えてしまって、それでいてうまい言葉が見つかんねぇとかなんなんだ。
はぁ…と納得したのか判別のつかない生返事をしてなまえがマグカップを手に取ってぬるくなっているだろうココアを飲んだ。

「摂津さんの彼女って、なんか想像つかないです」
「だから彼女じゃねーって」
「はい、えっと…摂津さんが好きになる人が、想像できないなって」
「…なんで」
「なんかすっごい美人さんと歩いてそう」
「んだよそれ」

理想が高そう…っていうとちょっと違うんですけど、という声はなまえがマグカップを机に置くコトッという音でかき消されそうなくらい小さい。

「…そっちはどーなんだよ」
「何がですか?」
「理想とか、タイプとか。あんの」

前に恋愛映画を観たときは天馬の役がかっこよかったと椋と手を取り合っていて、冬組公演を観たときは紬さんのミカエルにすげー感動していた。
丞さんの王子が見たいと言っていたこともあったし、こいつの場合は理想が高いっつーか椋のように憧れがあるとかって感じなのかもしれねぇけど。

「理想…ですか」

うーん、と考え込む仕草。
別に恋愛の話をしたいわけではないのに口が勝手に動いたなんて、太一じゃあるまいし。

「ミカエルみたいな人に想われたら幸せなんだろうなぁとは思いますけど…」

タイプかって聞かれるとそういうんじゃないし難しいですね、となまえが首をかしげたところで紬さんが戻って来た。

「ごめんね。ミカエルがどうかしたの?」
「おかえりなさい!ミカエル素敵だったなぁって」
「なまえちゃん会うたびに褒めてくれるから照れるなぁ」

ミカエルみたいな人、ね。
うちの劇団で言ったらまぁ紬さんみたいな人っつーことだろうな。
さっきも二人で庭の花を見ながら話している姿は兵頭の隣にいるときよりも妙にしっくり来た…って別に紬さんが好きだと言われたわけでもねぇんだけど。



寮に帰って部屋に戻ると兵頭がいて、こいつの部屋でもあるから当たり前と言えば当たり前なのに舌打ちが出たのはマジで無意識だった。

「なんだ、人の顔見るなり」
「うっせ。条件反射だ」
「…お前、なまえと出かけてたんだってな」
「紬さんも一緒にな」
「この前のことといい……どういうつもりだ」
「はぁ?」
「俺が補講になった時。なまえのことGOD劇場まで送りに行っただろう」
「あぁ…」

今更そんな前のことを、と思うけれど兵頭はまっすぐ俺の方を睨みつけてきやがる。

「お前が補講引っかかるとかクソダセェことになったから俺が仕方なく行ってやったんだろ」
「他に行ける奴はいたのになんでお前が」
「うるせぇな。礼言われるならまだしも文句言われる筋合いねぇんだけど」

アウターを脱ぎながらまた舌打ちをすると座っていた兵頭が立ち上がって鋭い目つきに睨み返すけれど当然ひるまない。
その日は確かに他に行ける奴はいたけれど、太一はGOD座に行くのはまだ気まずそうだったし椋や幸じゃいざという時に頼りねぇ。
そもそも監督ちゃんがなまえに送迎をつけたのは、GOD座がまた何か企んでなまえに危害を加えるんじゃないかと考えたからだ。
なまえに話した不審者っつーのもあながち間違いではないけれど。
万が一何かあった時にあいつを守れる奴、その日はたまたま俺が適任だという話になった、それだけだ。

「……なまえと、」

こいつは口数が多いほうじゃねぇし俺相手に無駄口を叩くことはまずない。
言いたいことがなんとなくわかってしまって苦々しい気持ちになる。

「親しくすんなとは言わねぇけど。だけど、もし傷付けるようなことがあったら俺はお前を許さねぇ」

親しくというのも、傷付けるというのにもピンとこない。
なのに許さねぇとこぶしを握る兵頭の視線から初めて目をそらしてしまった。



(2020.11.06.)


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