18.

「そうそう。で、ここが…」
「はい、わ、なるほど!」

冬組公演でGOD座とのタイマンACTに無事勝利して、劇団の借金も全部チャラ。
春夏秋冬と劇団員が揃ったMANKAIカンパニーは次回公演の準備に向けてまた新しい一歩を歩き出したというのに、俺の心はどうにも晴れない。
最近ずっとだ。
秋組の公演が終わった頃は達成感みたいなもんで満たされていたはずなのにここんとこイライラしてしょうがない。

朝までゲームをして、目が覚めたのは昼過ぎだった。
部屋着のまま談話室に向かうとそこにはなまえと紬さんが並んで座っていた。
何をしているのかはすぐにわかって、紬さんが勉強を教えているらしい。
前にこいつが太一と天馬に教えているところに居合わせたことがあるけれど、教わる側っつーのを見るのは初めてだった。
ソファスペースではテレビがついていて、こんな騒がしいとこでよく勉強なんてできんな。
いや俺はどこだろうがやんねーけど…なんて起ききっていない頭で考えていたら紬さんが俺に気が付いた。

「万里くん、おはよう」
「はよーございます」
「おはようございます、お邪魔してます」
「…おう」

珍しい組み合わせ、でもないか。
紬さんは家庭教師の仕事をしているからなまえが頼んだのだろう。
だったらなまえの家でやればいいのに、家庭教師ってそう言うもんだろ…っていや、でもそれもなんかな。
起き抜けに想定していなかった光景を見てしまって心臓のあたりが重たくなるような気がしたけれどシリアルと牛乳を取り出して適当に皿に入れる。
ダイニングテーブルでは紬さんとなまえが教科書とノートを広げているから、一成と太一がいるソファに向かうとそっちには太一の教科書とノート、多分宿題。
それから一成のものらしい雑誌が置いてあった。

「セッツァーおはよん!」
「はよ。勉強してんならテレビ消せば」
「雑音があったほうが集中できるッス!」
「いや今どう見ても視線テレビのほうにあっただろ」
「だってさ、バレンタインのチョコ特集とか高まるじゃん!」
「今年こそは…俺っちもチョコでいっぱいの紙袋を持って帰って来たい……!」
「なんだそれ」

だってー!と叫ぶ太一をはいはいといなして朝飯…時間的には昼飯を食う。
バレンタインねぇ。
もうそんな時期かとレポーターが百貨店のチョコレートショップを案内している様子を眺めていたら太一が俺の方に身を乗り出してきた。

「万チャンは毎年どれくらいもらうの?!」
「セッツァーめっちゃモテそうだよね」
「いや、基本もらわねーし」
「え?!」
「断っちゃうってこと?!義理も本命も?!」
「義理…あーまぁ知ってる奴のならもらうか」

とりあえず顔も名前も知らない女だったら断るわ、と言いながらスプーンでシリアルをすくう。
朝飯が用意されていない日はこれを食うことが多い。
バレンタインに告白ってんなベタな、とは思うけれど本命っぽいチョコはもらうだけ無駄っつーか、告白は断るんだからチョコもまとめて断る。

「彼女からもらったこととかないんスか?」
「いやそれはさすがにもらうっしょ?!ね、セッツァー!」

……太一お前恋愛の話になるとマジで余計なことばっか言うな、と少し前に椋たちと天馬が出ていた恋愛映画を観たときのことを思い出す。
なまえと紬さんはこんな騒がしい中で会話もテレビの音も気にならないのだろうか、とそちらに視線をやるけれどさっきと変わらない体勢で二人とも手元のノートを覗き込んでいた。

「…どうだったっけな」
「えー!なんかわかんないけどかっけー!さすが万チャン!」
「うるせぇな、黙って勉強しとけ」
「うぅ…この宿題明日までなんスよね…」

わかんないとこあったら聞いてねんと一成が太一に声をかけている。
こんなチャラついた見た目なのに一成は昔から勉強ができるらしい。
本人いわくガリ勉だったっつーけど想像できねぇな。
情報番組のコーナーは既に切り替わっていて、今度はテーマパークのシーズンイベントの様子が映し出されていた。



「紬さん、本当にありがとうございました」
「いえいえ、またいつでも声かけて」

勉強を終えたらしいなまえと紬さんが話しながらコーヒーを飲んでいる姿はとても和やかで、日曜の昼下がりという感じだ。
太一は勉強を再開した途端につまずきまくっているらしく結局一成がべたつきで見てやっている。
俺はとっくに食い終わっているシリアルの皿を下げることもせずにつきっぱなしのテレビをぼけっと眺めていた。

「なまえちゃんって聖フローラなんだよね?」
「はい。椋と幸ちゃんとは校舎が別なんですけど」
「そっか、中高で分かれてるんだ。聖フロのある駅の近くに行ってみたいカフェがあるんだよね」

なまえちゃん行ったこととある?と紬さんが店名を言うとなまえが「あぁ、かわいい外装の!」と弾んだ声をあげる。

「通るたびに入ってみたいとは思うんですけど…制服のまま寄り道って本当は禁止なので学校から近すぎて行ったことないんです」
「そっか、聖フロはそういうの厳しそうだもんね」
「はい…学校から遠いところならこっそり行けるんですけど」

さっきの明るい声が一転して少し悲しそうな声に変わる。
声だけでも感情の変化がわかって、なんでこんな喜怒哀楽感受性豊かで涙もろい…みたいな奴が兵頭と仲良いのかいまだに謎だ。

「そうだ!このあと時間あるなら一緒に行かない?」
「え、いいんですか?」
「うん、なまえちゃんが良ければ。勉強疲れただろうし甘いもの食べに行こうよ」

今日は制服じゃないし、と紬さんが言うとなまえが笑ったのが聞こえた。
……兵頭とだけじゃない。
俺の隣にいる太一とも一成とも。
夏組は、夏組公演の手伝いから入ったらしいから同期みたいな感覚なのか特に仲が良いらしく一緒に出掛けることもあるっつーのはこの前察した。
臣も撮影で手伝いに来たときに顔を合わせたことがあったらしいけれど太一は俺と同じタイミングで知り合ったはず。
紬さんとはここ数か月の付き合いのはずなのに勉強見てもらってこのあとカフェとか。
まぁそんなこと考えたとこでどうしようもねぇっつーか、どうでもいいんだけど。
会話を聞こうと思っているわけではないのに耳に入ってくるやりとりに嫌気がさしてきたあたりで紬さんが「あ、そうだ」と声のトーンを少しあげた。

「万里くんも行こうよ、あそこ行きたいって言ってたよね?」

今から時間ある?なんて突然振り向いた紬さんが言うものだから一瞬返事に遅れて「俺っすか?」と聞き返せばなまえも驚いたように「えっ」とつぶやいていた。

「ほら、聖フロの裏にあるカフェ。万里くんが教えてくれて結局行けてないから。どうかな?」
「時間はありますけど」
「じゃあよかったら!せっかくだし三人で行こうよ」

それを聞いた太一が俺っちも行きたいとわめいたけれど一成に宿題終わってないでしょ!とくそ真面目な理由でNGを出されていた。



(2020.10.31.)

季節は冬なのですが、春になっても学年は上がらず季節を繰り返す予定です。
ご都合主義ですみません…。
こっそり注意書きにも(「※」)書き足しておきます




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