13.夏休みとアイス

同じ人に三回も好きだと言われたのは初めてだ。
三回目は返事を求められたわけではなかったから「うん」とだけ返したら情けない曖昧な笑顔を浮かべていた。
大きな身体を丸めている及川のつむじが見えて胸が苦しくなるなんて夏の暑さのせいだろうかと思っていたら「とおる〜!話終わった?」と階段の上から猛くんが駆け下りてきた。
あんまり及川には似ていないかもしれない、お姉さんの旦那さん似なのかな。

「猛ちょっと本当空気読んで……」

猛くんに体当たりされて及川がよろりと地面に倒れて、その拍子にわたしの手首を掴んでいた手が離れた。

「おねーさん、徹の新しい彼女?」
「違うよ」
「じゃあ飛雄の彼女だ!」
「あはは」
「ちょっとなまえそこもはっきり否定して」

猛くんと飛雄はトス練をしている間に少し打ち解けたらしい。
あとから追いかけてきた飛雄に「またな!」と猛くんが大きく手を振りながら帰って行って、飛雄は頭を下げて及川に「ありがとうございました」と言うから驚いた。
くそ生意気とかぶっ潰すとか、決してかわいがっているとは言えない後輩の話、ちゃんと聞いてあげたんだ。
基本的に面倒見はいいんだよな、それじゃなきゃ主将なんて務まらない。

及川からもらった熱を逃がすようにふぅ……と思わず大きく息を吐く。
なんであんなこと言ってくれるんだろう。
わたし及川にそんな風に想ってもらえるような人間じゃないよ。
自分になびかない女子が珍しいのかなと一瞬意地の悪い考えが浮かんだけれど、及川に失礼だなとすぐに頭の外に追いやった。
好きだと言われて嬉しくないわけじゃない。
困るけれど、受け入れることはできないけれど、嬉しかった。



「飛雄の彼女、だって」
「……及川さんってなまえさんのこと」
「違う違う」
「けど手繋いでましたよね」
「一方的にね。及川ってパーソナルスペース狭いから」
「パーソナルスペース……」
「人との距離って意味かな」

飛雄はむっと納得していないような顔をしていたけれど、今は恋愛に心を揺さぶられている場合ではないのだ。
きっとこの先も、及川に何回好きだと言われてもわたしは頷くことができない。
なのに他に特別な子がいたことを目の当たりにしたら苦しくなるんだから身勝手だなぁ。
勘違いでよかったなんて、思いたくなかった。

「そういえば飛雄って彼女いるの?」
「いません」
「そっか、モテそうなのにね」
「……そういうのわかんないです」
「まぁ飛雄ちゃんは日向くんと走り回ってるのが見ているこっちとしてもしっくりくるかな」
「その呼び方やめてください」
「あはは、うん、ごめんね」

及川と飛雄が何を話したのかはわからないし、まだ難しそうな顔をしている後輩の背中をぽんっと軽く叩いてもその顔は冴えない。
だけど、飛雄が咄嗟にでも及川に意見を求めたということが、飛雄の話を及川が聞いて何かしらのアドバイスをしたということが、なんだかすごく嬉しかった。
二人とも嫌々なんだろうなってことは表情からわかったけれど。
昔は飛雄が純粋に教えてくださいとお願いしても及川が受け入れることなんてなかった。
二年という年月は、いろんなことを変えるんだなぁと中学のときよりも背が伸びた飛雄を見上げながら思う。




真夜中に出発した遠征のバスは、今回はOBの滝ノ上さんが運転してくれている。
わたしたちがぐうぐう寝るのは申し訳ないなと思うけれど「しっかり眠らないと明日から辛いですよ!」と武田先生に言われてしまったからお言葉に甘えて睡眠を優先することにした。
宮城から森然高校のある埼玉までは五時間くらいで着くらしい。
途中休憩で立ち寄ったパーキングエリアは時間も時間だから静かではあったけれど人は少なくなくてこんな時間でも活動している人はいるんだなぁ。

「なまえ、寝れてる?」
「スガ。うん、それはもう爆睡です」
「なによりだなー。なんか買うの?」

お財布とハンカチだけ持ってきて、飲み物を買おうか悩んでいたらスガに声をかけられた。
潔子と仁花ちゃんはトイレだけ寄って戻ってしまっていて一人だと少し心細いと思っていたから嬉しい。

「飲み物かアイスで悩んでて」
「この時間にアイス?」
「うん……けど夜中に食べるアイスっておいしいでしょ?」
「外蒸し暑いしなぁ」
「スガも食べない?」

食べたいなぁと思ったけれど一人でというのはなんだか……と思っていたところにスガが声をかけてくれたからアイス仲間に引き込もうと提案したらすぐに「食おっかな」と爽やかな笑顔をくれる。
時計を確認したら出発時間として武田先生に告げられた時間まではあと十分くらいある。
アイスを食べてバスに戻るのにそれだけあれば間に合うだろう。

昼間の時間であれば店員さんが対応してソフトクリームが買えるらしいけれど、夜中に買えるのは自動販売機で買えるアイスだけだった。
たくさん種類があって、悩んでいたらスガが小銭を入れる。

「スガ何食べるの?」
「キャラメル」
「えっおいしそう」
「なまえは?」
「うーん…悩んでて。いちごかチョコ……」
「じゃあ今日はいちごにして、明日チョコ食えば?」
「明日?」
「うん。森然の近くにコンビニあるらしいから、一緒に買いに行こう」

合宿中にコンビニでアイス。
なんだかすごく夏休みって感じだ。
バレー漬け間違いなしの合宿で他の楽しみができてしまった。

「じゃあそうする。約束ね」
「おう」

スガが自動販売機のボタンを押すと、ガコンと音を立ててアイスが落ちてきた。
キャラメルと、いちご。
ふたつを取り出して、いちごのほうをわたしにくれる。
「おごり」といつもみたいにニコッと笑ってくれる笑顔が、真夜中のサービスエリアとは不似合いだった。



(2020.10.26.)



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