12.夏休み

「あれ、飛雄?」

東京合宿で飛雄と日向くんのコンビネーションがガタガタに狂ってしまった。
今までできていたことができなくなったというわけではなくて、スパイカーである日向くんが自由に意思を持ちボールを打ちたいと言ったからだ。
それができたら、できたなら、烏野を強くする変人速攻はもっと可能性が広がる。
飛雄と日向くんはいつもケンカばっかりだけれど今回の言い合いはそれとはまったく違っていて、お互いに譲れないものがあるのだと思う。

二人が険悪だとチームの雰囲気もあんまり良くない。
事態は好転しないまま夏休みになり、部活終わりに暗い顔をして歩いている飛雄を見かけた。

「なまえさん?」
「外で会うの珍しいね、どこか行くの?」
「いや…あの……」
「……言いにくいことなら無理には聞かないけど」

もしかしてデート?と冗談交じりで聞いたら案の定大きな声で「違います!」と否定された。
うん、まぁTシャツにジャージだしそんなわけないとは思ったけれど。

「これに、行こうかと」

もごもごと唇をとがらせながら見せてくれたのは、ポケットから取り出したくしゃくしゃのチラシ。
大きく「プロが教える!ちびっこバレーボール教室」と書いてあるそれは我が家のリビングにも置いてあった気がする。

「バレーボール教室?飛雄が?」
「昔、じいちゃんに教わってたんです、バレー」
「そうなんだ」
「こういうのも参加したことあって、懐かしいなと……」

多分、どうしたらいいのか飛雄も悩んでいて何か突破口はないか彼なりに考えている。
それがどこまで考えたうえでの行動なのかはわからないけれど、直感でもなんでもこれに行ってみようと思ったのなら足止めをするようなことがあってはいけないと思った。

「いいじゃん!プロの指導聞けるかもだし行ってみなよ」
「なまえさんも一緒にどうですか」
「え、わたし?」
「はい、俺一人だと浮くだろうから……」

めちゃくちゃ眉間にシワを寄せて背を丸めた180センチの男子高校生が一人でちびっこバレーボール教室に参加していたらたしかにちょっと驚かれるかもしれない。
特に急ぎの用があったわけではないから「わたしでいいなら」と答えたらぎゅっと硬く引き結んでいた唇が少しだけゆるんだように見えた。

……のだけれど。
何か掴めたらいいと思いながら会場に着いた頃には、もう開催時間は過ぎて子供たちが続々と帰っているところだった。
チラシにちゃんと時間が書いてあったのにわたしも飛雄も肝心なところが抜けていて二人で呆然としてしまう。

「ごめん飛雄、ちゃんと時間見ればよかったね」
「いえ、俺こそすみません」
「どうする?帰る?プロの人は残ってるかもだけど……」

そう飛雄に尋ねたところで、後ろから大きな声が飛んで来た。

「徹!サーブ教えてくれよ!」
「まず呼び捨てやめようか……」

子供らしき声と、徹と呼ばれた人の弱々しい声。
反射的に振り返るとそこにはインハイ予選ぶりに顔を見る及川が、驚いた表情で立っていた。

「え、なまえ?……に飛雄じゃん、なんで二人でこんなとこいんのさ」
「ちょっとかくかくしかじかで」
「は?何どういうこと」

説明するのも面倒だし烏野バレー部の問題でもあるから雑にごまかそうとしたら及川の綺麗な顔が歪んだ。
飛雄も及川との思わぬ遭遇に驚いた顔をしていたけれど、真剣な表情に変わって「話を聞いてください」とめちゃくちゃ不本意なことが伝わってくるような、しぼりだすような声で及川に頭を下げた。
中学生の時は素直に「教えてください」と言っていたし、バレーへの探求心や向上心は彼のプライドを越えているのだと改めて思う。

「飛雄、わたしあっちで待ってるね。及川、ちゃんと話聞いてあげて」
「はい」
「……なんで俺が」
「かわいい後輩の頼みなんだから」
「くそ生意気の間違いでしょ」

わたしがいないほうが話しやすいかな、と二人から少し離れたところで待とうと階段を下りていたら、猛くんと呼ばれていた及川の甥っ子くんの大きな声が聞こえてしまって思わず振り返った。

「彼女にフラれたから暇だってゆったじゃん!」

もう夏休みだし、あの練習試合から四か月近く経っているし、会っていなかった二年間だって何もなかったわけではないだろうし。
何より及川徹だし。
振り返った先では及川が慌てたように猛くんの口をふさごうとしていたけれどもう全部聞こえてしまった。
そんなまずい、みたいな顔しなくたっていいのに。
わたしは及川のなんでもないんだから。

あぁ、振り向かなきゃよかったのにわたしのバカ。
ぱちりと目が合ってしまったけれどすぐにそらして階段を下りた。
及川もフラれることなんてあるんだな、と自分のことを棚に上げて思う。
及川は女の子には平等に優しいけれど彼の優先順位の一番はダントツでバレーボールだ。
それをわからない人とは続かないだろうし、理解できたとしても自分に構ってほしいと思ってしまったら付き合っているのが苦しくなるのかもしれない。
きっと、及川は大切にしているつもりでも。
付き合ったら大切にしてくれるんだろうな。
これは本人も言っていたし嘘じゃないと思う。
なんとも思っていない子と付き合うほど暇じゃないはずだし、そういう適当なことはしない人だ。
及川をフッたという女の子は、及川のどこが好きで何を嫌になったんだろう。
誰かと想い合うってどんな感じなのかな。
及川に特別にされるって、どんな感じなのかな。



「なまえ!」
「あれ、話終わったの?飛雄は?」
「いま猛と遊んでもらってる。パス練くらいなら猛もできるから」

話とやらは数分で終わったらしい。
階段の下で何をするでもなく待っていて、直射日光を避けた木の陰にいたら焦ったような足音が聞こえて来て及川が走って向かってきた。

「そっか」

及川が猛くんを飛雄に任せてわざわざ一人で来た理由はなんとなくわかったけれど、わかった顔をしてあげるほどのかわいげは持ち合わせていなかった。
わたしから何か言うことなんてないし、及川から何を言われてもどうしたいいのかわからないから飛雄のところへ戻ろうと思ったのに「なまえ」とまた名前を呼ばれて手首を掴まれてしまった。

「どうしたの?」
「さっきのだけど」
「さっきのって?」

なんで及川が傷付いたみたいな顔をするんだろう。
わからないフリをして聞き返したら情けない表情を向けられる。

「聞こえてたくせに……」
「彼女にフラれたって話?」

わたしからその話を引き出そうとしたくせに口に出したら焦ったような顔をするんだから及川が一体どうしたいのかわからない。
あんまりこの話したくないんだけどな。

「それがどうかしたの」

わたし今、ちゃんと「それがどうかしたの」って言葉に合った顔ができているかな。
中学生のとき及川が誰かに告白されたって話題があがったらどうしていたっけ。

「猛の勘違いだから。フラれたのは彼女にじゃなくて、なまえに」
「……何言ってるの?」
「オフに家でだらだらしてたら彼女とデートとかないのかって姉ちゃんに言われて。フラれたから彼女なんていないって話したら勘違いされて訂正するのもむなしいからそのままにしてた」

あ、姉ちゃんって猛の母親ね、と一息に早口で言う及川の顔は焦っているようで掴まれた手首が痛い。

「本当だよ」
「……疑ってないよ」

ていうか、そんなに必死になって説明しなくても、と返した声は我ながら小さかったけれど及川は眉を寄せてやっぱり少し悲しそうな顔をする。

「なまえに勘違いされたままなのは嫌だから」

せっかくオフの日に偶然でも会えたのに、と手を掴まれたまま及川がしゃがみこむから、引っ張られるようにしてわたしもしゃがむ。
前も思ったけれど、掴まれた手を振り払おうと思えないのは及川の手が大きくてあたたかいからだろうか。
心地良いなんて思っちゃいけないのに。
あたたかくて、心地良いのに、そわそわと落ち着かない。
振り払うことはできないけれど早く離してほしい。

「……わかったから、手離して?」
「……やだ」
「え、」
「なんか久しぶりに会ったらこう、なんか、ぐわってなった。わかる?」
「いや、わかんないよ。何それ」
「好きだなって思ったってこと」

はぁ……なんてため息をついた及川の背が丸まっていて、わたしはなぜか息がしづらい。



(2020.10.26.)



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