17.

飛鳥さんがチケットを手配してくれたGOD座の公演を観る日。

実は昨日十ちゃんから連絡が来ていた。
「悪い、明日補講になっちまって送りに行けねぇ。迎えは俺が行くけど送りだけ別の奴に任せることになる」とのことで、誰が来てくれるのかは相談中とかでまだ聞いていなかったけれど待ち合わせ時間に駅に着いたらまさかの人物が立っていて驚いた。
冬組のみなさんは休演日だから身体を休めているだろうし、社会人組は仕事の都合があるだろうから学生組の誰かかなぁ、申し訳ないな…と思っていたのに、一番面倒くさがりそうな人がいるんだもん。

「…よぉ」
「え?代わりって摂津さんですか?」

ちげーよ、俺は通りかかっただけ、なんて返事が来てもおかしくないと思いながら聞くと「そう」と短く返された。
制服姿の摂津さんに会うのは偶然会って十ちゃんとの待ち合わせのカフェに送ってもらった時以来だ。
……わたし摂津さんに送ってもらってばっかりだな。
当時はまだ知り合ったばっかりでお互い犬猿の仲みたいな感じだった。
今は前よりマシになったと思っているんだけど、摂津さんの態度は一定じゃない。
十ちゃんとはなんだかんだケンカしながらも一緒に公演をやり遂げて、仲間というよりもライバルなのかもしれないけれど良い関係を築けているんじゃないかなぁと思っているんだけど。

「公演って六時半からだろ、まだ時間あるな」
「はい、近くまで送ってもらえたらどこかで時間つぶします」
「はぁ?それじゃ送る意味ねーだろ。時間まで付き合う」
「えっ」

そこまでしてもらうわけには、と思うけれど摂津さんは「行くぞ」と歩き出してしまう。

「……GOD劇場に併設されてるカフェがあるんですけど、」
「あー公演限定メニューとかあんだっけ、そこ行くか」

ダメ元で言ってみたら案外あっさりOKが出た。
いづみさんも今日のことはすごく心配してくれていたから、摂津さんにちゃんと送るようにお願いしてくれたんだろうか。

「花学って校則ゆるいんですね」
「は?なんで」
「だって制服。すごい着崩してるしピアスもつけっぱなし」
「あーまぁな。たまに生活指導に言われるけど」
「……摂津さんが不良だってこと忘れてました」
「不良じゃねーよ」

持っているカバンもぺったんこで教科書なんて入ってなさそう。
だけど成績は良いらしいって太一くんが言ってたから人は見かけによらない。

GOD劇場に着いて、併設のカフェに行こうとすると劇場前のチケットボックスがちょうど開くところだった。
チラッと目線をやるとスタッフさんが「当日券あり」と看板を出しているところで思わず「えっ」と足を止めてしまう。
連日完売の超人気劇団のはずなのに。

「GOD座で当日券なんて出るんですね」
「関係者席のキャンセルが出たとかじゃねーの?」
「なるほど」
「てか当日券あんのか、俺も観劇すっかな」
「え、でも摂津さんは千秋楽の日に観れるんですよね」
「敵情視察は早いほうがいいだろ」

そういうものかぁと思っている間に摂津さんはチケットボックスのほうに行き「一枚欲しいんすけど」と声をかけていた。
スタッフさんは手際良く対応をしてくれて、摂津さんがチケットを手に戻って来る。
前に文化祭の舞台をも観に来てくれたし、どんな作品でも機会があれば観てみるのかもしれない。
劇団に入った頃は十ちゃんに勝つことが目的だったと聞いたけれど今は真剣に取り組むようになったみたいで、キッカケはなんであれ夢中になれるものがあるっていいな。

「お前席どこ?」
「えっと、七列のセンターブロックです」

慌ててチケットを取り出して確認すると七列二十番、摂津さんが「マジか」と言ってチケットを見せてくれると七列の十九番。
まさかの隣だった。
飛鳥さんが用意してくれた席だから、わたしのチケットも関係者用の席なのかもしれない。
見やすそうな席でありがたいなぁなんて思っていたらこんな展開になるなんて。

(摂津さん、嫌じゃないかな)

表情をうかがうように見上げるけれど特に変わった様子もなくて「つーかだったら帰りも俺が送るわ。兵頭に連絡しといて」と言われた。
そういえば、十ちゃん以外の男の人とこんな風に一緒に歩いて、カフェに行って、舞台を観るなんて初めてだ。
摂津さんにとってはなんてことなくて、面倒な送迎に観劇という有意義なことを付け足したってくらいのことなんだろうけれど。

二人でカフェなんて気まずい…というかこんなに長い時間一緒にいることもないからどうしたらいいのかわからないと思ったけれど店内には公演にちなんだ装飾や劇団の歴史が飾ってあって会話に困ることはなかった。
劇場に入ってからはパンフレットを買って、二人で座席に並んで読む。
ゲネプロでも隣の席だったけれど一緒にひとつのパンフレットを読むと必然的に肩が近くて少し落ち着かなかった。
見る?とも聞かれずに開いたパンフレットを間のひじ掛けに置いてくれて「ありがとうございます」と言ったら「ん」とだけ返ってきた。
いろんなことをサラッとやるからきっと女の子の扱いに慣れているんだと思う……違うか、わたしは多分摂津さんの中では女子枠じゃない。
でもモテるんだろうなぁ、太一くんが絶食系って言っていたけれど。

「…えっと、丞さんってうちに来るまではGOD座でトップだったんですよね」
「あーらしい。王子役とかやらされてたって言ってた」
「そうなんですね、丞さんの王子様かっこいんだろうなぁ」
「本人わりと無愛想なのにな」
「でもなんでGOD座やめちゃったんですかね」
「さーな」

場所が場所だから大きな声で話す内容ではなくて小声になる。
MANKAIカンパニーの役者たちの経歴は様々だ。
学生もいれば社会人もいる、外国人も芸能人もいるしあんまり踏み込んだことは聞かないようにしているけれどGOD座のトップなんてなりたくてもなれるものじゃないだろうに。

「今度王子様役した時の写真見せてくださいって頼んでみます」
「ぜってー拒否られんだろ」




カフェで食べたメニューは美味しかったしGOD座の舞台はすごかった、
うちとはお金のかけ方が違うというか、きっとセットにも衣装にもとんでもない予算が組まれているのだろう。
それに負けない役者のお芝居に圧倒されていたらあっという間に終演を迎えていた。
スタッフの方に呼び止められて楽屋に通されたときはビックリしたけれど摂津さんがついてきてくれたから安心した、なんて数か月前の自分に言っても信じないだろうな。

「飛鳥さん、お疲れ様です!チケットありがとうございました」
「どうだった?ってなんで秋組の奴がいるんだよ!」
「どーも。俺はチケット買ったんで純粋に客っすよ。そんな口の利き方していーんすか」
「楽屋にまで押し掛けるとかMANKAIカンパニーの奴らは礼儀ってもんがないわけ」
「いやそっちが呼んだんだろ」

飛鳥さんは摂津さんの顔を見て「お前は呼んでない!」と怒っていた。
摂津さんは摂津さんで、わたしがチケットのお礼と感想を伝えていたら「早く帰ろうぜ」と遮ってくるから終演後はなんだか慌ただしかった。

「悔しいけどさすがだったな」
「はい。うちとは全然作風が違うのにどっちが良いとか勝ち負けを決めるのって複雑ですね」
「…今日は泣かなかったな」
「え、」
「この前。冬組公演観たときは号泣だっただろ」
「冬組のお芝居はなんか、ミカエルの気持ちが痛かったから…ですかね」
「痛い?」
「はい。叶わない恋なのに相手のことを想って自己犠牲でもかまわないって、すごいなぁって」

幸せだって笑うミカエルのお芝居がずっと頭から離れないです、と言うと摂津さんからの返事が返ってこない。
いつも短かったり雑だったり、会話する気あります?って感じでも何かしら言ってくれるのに不思議に思って隣を見上げるとジッと夜空を見ていた。
夜公演の終演後だからもう時間は遅い。
空気も冷たくて、もうすぐ吐く息が白くなる季節だ。

「好きになっちゃいけないってわかってるのになぁ」
「……は?」
「え?あ、あの…ミカエルのこと、思い出しちゃって」
「あー…そう」



(2020.10.24.)




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