11.東京合宿

「女子が増えてる…!」

久しぶりの再会早々に山本くんが叫んだ。
音駒の山本くんはうちの田中と波長が合うのだと思う、なんか似てるし。
潔子はともかくわたしともまともに目が合わなくて、GW合宿の時も飲み物やタオルを渡すときは明後日の方向を見ながらやけに硬派な声で「ありがとうございます」と礼儀正しく挨拶を返してくれた。
声は聞こえるか聞こえないかというくらい小さかったけれど。

期末テストの結果、日向くんと飛雄が補習に引っかかってしまった。
悔しそうに「教えてもらったのにすみません」と眉間にこれでもかとシワを寄せて謝る飛雄はちょっとおもしろかったけれど笑いごとではない。
ちょっと優しく教えすぎたかなぁ。
遅れて合流できる手はずになったからよかったものの、せっかくの合宿なのだから一秒でも多く空気に触れてもらうべきだ。
田中のお姉さんが送ってくれることになっているけれど、早く到着するといいな。

今まで練習試合をしてきた青城や音駒にはマネージャーがいなかったけれど、今回合宿に参加している梟谷と生川、森然にはマネージャーがいた。
他校のマネと関わることが今までなかったから嬉しい。
一応ライバル校だけれど、合同合宿をやっているのだからこの期間は仲良く過ごしたいもん。
梟谷のマネージャーさんに何がどこにあるのか聞いてまずはドリンクを大量に作ることからこの合宿が始まった。



「みょうじ、ちょっと」
「はい!」

烏養さんと武田先生、それから音駒の猫又監督が話しているところにちょいちょい、と呼ばれた。
コーチに顧問に監督が集まっているところでなぜわたし…といつもよりも背筋が自然に伸びてしまう。
小走りで寄って行くと烏養さんが後ろ手で髪をかいていて少し眉を下げ「あ〜…」と言いにくそうにしている。

「何かあったんですか?」

もしかして日向くんと飛雄が迷子とか、と東京の街でさまよう二人を想像するけれど田中のお姉さんも一緒だというしそれはないだろうか。
それともわたしが何かしてしまっただろうかと不安になるけれど、猫又監督はにこにこ笑っているから悪い話ではないと思いたい。

「実はな、この合宿の間だけ音駒のサポートしてほしいんだ」
「えっ」
「サポートっつってもドリンク、タオル、あー、あとビブスの洗濯、はまとめてやるんだったか」
「みょうじさん」
「はいっ!」

猫又監督に名前を呼ばれるのは初めてというかちゃんと話すことが初めてだ。

「この前の練習試合の時、ドリンクとタオルをうちの選手にも配ってくれただろう」
「はい」
「あれだけでもかなり助かった。今回もお願いできないかね」

もちろん烏野を優先してもらってかまわないよ、とそんな風に言われたら断るわけにもいかないし、烏野のマネージャー業に支障が出るというほどのことでもないと思う。
烏養さんもこの場にいるのだからこれ以上主将である澤村や潔子に許可を取って…というのも必要ないのだろう。
GWにあった練習試合の時に選手陣がマネージャー業を担っていて練習時間が削られると黒尾くんと話したことを思い出して頷くしかなかった。

「わかりました。できる限りお手伝いさせていただきます」
「ありがとう。じゃあ早速、」

猫又監督が選手陣に顔を向けると一年生らしき子を呼んで、音駒のスポドリとスクイズボトルやらの備品について説明をしてくれた。
今回の合宿は一泊二日だけれど、夏休みが始まってから行われる合宿は一週間ある。
その時も手伝うことになりそうだなぁと思った。



「ぐぬぬ…なぜなまえさんが…音駒のマネージャーを……」
「俺たちだってなまえさんからドリンクを受け取りたい……」

その後、正式に烏養さんの口から烏野のみんなにわたしが音駒のサポートをすることになったと知らされて田中と西谷が頭を抱えてしぼりだすように言った。
夕方に日向くんとそろって合流した飛雄もおもしろくなさそうに唇をとがらせている。
毎日のようにドリンクもタオルも渡しているのにこんな風に言ってくれるなんて本当にかわいい後輩を持ったものだ。

「烏野の仕事ももちろんするよ。おざなりにならないよう気を付けます」
「おざなり……」
「いい加減に物事を済ませること!」
「飛雄は夏休み勉強も頑張ろうね…」
「でもなんでみょうじなんだ?」
「潔子と仁花ちゃんが他校のマネなんてできると思う?」

烏野の部員ですら未だに美しさに慣れることができていないうえ本人も照れ屋なところがある潔子。
かたやまだ入部したてでかなり高度な人見知りスキルを持っている仁花ちゃん。
誰が音駒の手伝いをするってなったら、まぁわたしだろうな…と思う。
マネージャーとしての能力とか経験とかって話ではなくて、なんてことはみなまで言わなくてもわかってくれたらしい。

「けど梟谷だってマネ多いのにな」
「梟谷は部員数も多いからねぇ」
「てかご指名だったりして、黒尾あたりの」

そうぽつりと言ったのはスガで、そんなわけないよって返したのに少しムスっとした表情のまま「わかんねぇべ」とか言うから、なんか。

「…スガかわいい」
「は?」
「あ、ごめん、つい。田中たちに嫌だーって言われるのは想像ついたけどスガも嫌そうなの予想外で」
「……嫌だよ、そりゃ」

珍しくスガが子供みたいな表情をしているから、もう一度かわいいと言ったら他のみんなもさっきまで怒っていたというか文句を言っていたのにあっという間にほのぼのとした雰囲気に変わった。



「なまえ」
「スガ、お疲れ」
「お疲れ。球出し頼んでもいい?」
「もちろん!」

練習試合がメインの昼間の練習を終えて、今は各々夕食の時間まで自主練に散っていた。
梟谷の合宿所は食堂を開けてくれているから今回マネージャーがご飯を用意する必要はなくて、洗濯班と備品整理班、手の空いたマネは選手のサポートという風に分かれている。

「あっちの体育館、人少なかったけど移動する?」
「おう」

いくつかある体育館、この土日はすべて合同合宿で使わせてもらえているから混んでいない体育館まで二人並んで歩く。
すっかり日が長くなっているからまだ外は明るい。

「梟谷広いね」
「な。合宿所に食堂があるのも羨ましい」
「好きなメニュー選べるしねぇ」
「なまえたちが作ってくれた飯うまいけどね。昼何食べたの?」
「お昼は、ウィダー食べました……」
「え、それだけ?」
「あと選手に差し入れしたおにぎり、みんなの握った時に食べたよ」
「何個?」
「ひとつです…」

じとーっとした目で見られて思わず目線を外してしまった。

「暑くて食べる気にならなくて…水分はとってるよ」

何か言われる前に言い訳をするけれどスガは顔をしかめている。
普段は「ちゃんと食べて!」と言う側なのに選手に食事の心配をされるなんてマネージャーとしていかがなものだろうか。

「夜ご飯はちゃんと食べます」
「本当かー?」
「ほんと!」
「じゃあ一緒に食お」
「え?」
「心配だから」

選手は選手同士、マネージャーはマネージャー同士で食べるというのがなんとなく暗黙の了解みたいな感じだったのに。
断る理由はないけれど返事にためらっていたら覗き込むような体勢で「いや?」と聞いて来る。
嫌なんて言うわけがないのにずるいなぁ、スガは。



(2020.10.17.)



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