15.

「MANKAIカンパニーって女もいるの?」
「え、」

冬組公演のチケットはGOD座とタイマンACTが話題になったおかげで売れ行き好調だった。
チラシ配りをしていても興味を持ってくれる人が増えたなと思っていたら聞いたことのある声に振り向く。

「あ、飛鳥晴翔さん……?」

GOD座トップの飛鳥晴翔さん。
近くで見てもかわいらしい顔立ち、私服だろうに華があって目立っている。
うちのチラシをもらってくれた人も「ねぇ、あれってGOD座の!」なんて言っていて、面と向かって二人で話すなんて大丈夫だろうかと視線が泳いでしまう。

「わたしは役者ではなくて、」
「なんだ、ただのスタッフか。MANKAIカンパニーなんかよりもっと良い劇団で働いたら?やりがいないでしょ」

あまりのオーラに気圧されそうになったけれど、劇団のことをけなされてまで顔を下げてはいられない。
もっと良い劇団?と思わず聞き返したら飛鳥さんはまっすぐこっちを見ていた。

「そ。GOD座とか?うちの舞台観たことある?」
「な、ないです…」
「タイマンACTする相手だっていうのに?仕方ないな、チケット手配してあげるから今度観に来なよ」
「えっ」
「対決当日は劇団員の座席は確保されるはずだけどスタッフ分はないからね」

いつ暇?と聞かれて、飛鳥さんがGOD座公演のスケジュールを携帯に表示して見せてくれる。
どうしてこんな展開に…だけど断ったらしつこそうだし、GOD座のお芝居を観てみたいという気持ちはある。
冬組公演とのスケジュールを確認して、うちの公演が休演の日なら…と伝えると「じゃあこの日だね。平日のソワレだけど大丈夫?」と聞いてくれる声は案外優しい。
自分たちの公演に誇りを持って観客に観てもらいたいという思いはどの劇団のどんな役者さんだって同じなんだろうな。

「本当にいいんですか?」
「しつこいな、僕がいいって言ってるんだからいいんだよ。チケットは劇団宛に送るから」
「わかりました」
「あんた名前は?」
「みょうじなまえです」
「わかった。その名前宛に送る」
「あ、ありがとうございます」
「GOD座とMANKAIカンパニーの格の違いを見せてあげるよ」

きっと根拠のない自信ではないんだろう。
自分の手伝っている劇団のことを悪く言われるのは良い気持ちはしないけれどビロードウェイで常に高評価を得ているGOD座のお芝居を観られるのは楽しみだ。
手を振って歩いて行く飛鳥さんの背筋はシャンと伸びていて、思わず見惚れてしまった。




「なまえちゃん!」
「いづみさん、こんにちは。ご連絡もらっちゃってすみません」
「それはいいんだけど!これどういうこと?」

これ、と差し出されたのは「みょうじなまえ様」と書かれたGOD座からの封筒だった。
いづみさんから携帯に「なまえちゃん宛にGOD座から何か送られてきたんだけど!」と慌てたように電話が来たのは数日前のことで、飛鳥さんからのチケットだろうとすぐに思いいたるけれどいづみさんの慌てっぷりに先に言っておけばよかったなと思う。
次に寮にお手伝いに言った時に話そうと思っていたのに飛鳥さんの手配が思っていたよりも早くてわたしも驚いた。

「飛鳥さんがチケット手配してくださって」
「それは電話でも聞いたけど…知り合いだったっけ?」
「いえ…この前チラシ配ってたら偶然会って」

MANKAIカンパニーなんかより良い劇団ってくだりは言わないほうがいいだろうからかいつまんで説明をする。

「GOD座の舞台を観たことないって言ったら、観に来いって」
「……今度は何を企んでるんだろう…」
「えっ?」
「あ、ううん。こっちの話!ちなみにいつ行くの?」
「うちの休演日に…」

いづみさんから受け取った封筒を開けて、チケットを取り出す。
演目をイメージしたデザインチケットは華やかで綺麗で、思わず「わぁ…」と声が漏れた。

「この日です。すみません、いづみさんに相談してからのほうがよかったですね…」
「それは全然。どの劇団の舞台を観に行くのも自由だからいいんだけど」

問題ないと言ってくれるけれどいづみさんの表情は冴えない。
チケットと一緒に入っていたメモを開くと飛鳥さんからのメッセージが書かれていた。
わざわざお手紙を入れてくれるなんてマメな人だな。

「なんて書いてあるか見てもいい?」
「はい」

『 みょうじなまえ様
 この前話したチケットを送ります。
 楽しんでね。
  飛鳥晴翔 』

「…普通だね」
「え?そうですね」

いづみさんが考え込むようにチケットと手紙を見比べている。

「なまえちゃん、この日って学校の後に行く?」
「はい、そのつもりです」
「そっか、制服だよね?危ないから行きと帰りは十座くんと一緒に行動してくれないかな」
「危ない…って、」
「最近このあたり、変質者が出るらしくって」
「え?!そうなんですか?!」
「う、うん……」

そんな話聞いたことがなかった、学校からの注意喚起はないからビロードウェイ周辺だけなのだろうか
舞台が終わるのは遅い時間だし確かにいづみさんが渋い顔をするのもうなずける。
家の最寄り駅からは明るい道が続いているから大丈夫なはずだけれどGOD座の近くの治安はわからないし慣れない場所に行くのにそんな噂があると少し怖い。

「十ちゃん、この日空いてるでしょうか…」
「いま部屋にいると思うから聞きに行こっか」
「はい、すみません」



総監督室を出て104号室の扉をノックすると二人分の返事が聞こえてきた。
もしかしなくても十ちゃんと摂津さんだろう、二人一緒に部屋にいることもあるんだな。
わたしが寮に来て部屋にいると摂津さんは決まって嫌そうな顔でどこかに行ってしまうけれど普段から言い合いをしたりケンカしたりってわけではないみたいだ。
やっぱりわたしが来るの、摂津さんはあんまりよく思ってないんだろうか。
劇団の手伝いならまだしも用もなく来るなと思われていても不思議ではない。
十ちゃんの部屋だけど、摂津さんの部屋でもあるんだもんな……。

いづみさんが扉を開けると、十ちゃんは勉強机に向かっていて摂津さんはロフトのベッドの上に寝転んでいた。

「十座くん、ちょっといい?」
「っす」
「この日なんだけど、十座くん何か用事あるかな?」

わたしが持っているチケットを、いづみさんが指さして日付を伝える。

「…特には。GOD座のチケット、っすか」
「そう。実はなまえちゃんが招待されて観に行くことになったんだけど」
「招待?」
「夜遅くなるし心配だから、十座くんに送り迎え頼めないかなって」

十ちゃんの眉間にめちゃくちゃシワが寄っていづみさんとわたし、それからチケットを睨むような目線になっている。
…そんなにまずいのかな、このあたりの治安。
よくよく考えたら、十ちゃんは観劇しないのに送迎だけ頼むっていくら親戚でも図々しくないだろうか。
考え込んでいる十ちゃんの顔をのぞきこんで「面倒だよね…?」と言うと我にかえったように表情をゆるめてくれた。

「いや…送るのも迎えも構わねぇ。けどどうしてなまえが?」
「飛鳥さんとこの前会った時に、観に来いって言われて」

チケットと一緒に持っていた手紙を見せても十ちゃんは納得していないようだったけれど、当日は天鵞絨町駅で学校帰りに待ち合わせようと言ってくれた。

冬組公演の開幕まであまり日数がない。
来週には小屋入りをして通し稽古、ゲネプロと進んでいくこの慌ただしい時期にいづみさんにも十ちゃんにも心配をかけてしまって申し訳ないな。
もう一度「すみません」と謝ると二人とも気にしないでと言ってくれたけれどどこかに複雑な表情に見えて、やっぱり相談してからにすればよかったなとまた思った。



(2020.10.14.)





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