9.三年生

六月、インターハイ県予選が終わった。
三日かけて行われた大会の最終日、わたしたちは学校にいて昨日まで感じていたひりつくような緊張感が嘘みたいだ。
青葉城西と白鳥沢の決勝戦が始まった頃に時計を見て、こみあげてくる悔しさや祈るような気持ちで授業なんて頭に入ってこなかった。


「なまえ?」
「スガ、どうしたの?」
「武ちゃんが呼んでる、三年全員。…多分春高残るのか受験専念するのかって話」

昨日までの試合をまだ消化できていないのに突き付けられる現実に、迫って来る未来に息が詰まる。
だけど答えはもう出ていて、昨日潔子とも話をした。
廊下に出ると澤村と東峰、潔子ももうそこいにいる。
みんなで顔を見合わせて一度頷いて、気持ちは同じなんだと思えた。

大体の部活動は夏の大会を最後に引退すると思う。
春高予選は十月に行われて、宮城県代表の座を掴めば一月まで部活漬けだ。
武田先生は、わたしたちに選択を委ねてくれた。
高校の部活でマネージャーをしていたことなんて将来何か役に立つのかわからない。
だけど、役に立つとか立たないとか、そういうんじゃないんだよ。
このチームでもっと上を目指したい。
それができるチームになりつつある、ここで諦めたくない。

三年生全員が、今日も部活のジャージをカバンに詰めて登校していた。
それがもう答えだった。




「優勝は白鳥沢、青城は準優勝だ」

放課後の部活、ミーティングで青城が白鳥沢に負けたことを知った。
みんなは驚いたように息をのんでいたけれど中学の三年間ずっと味わってきた苦さが胸に広がる。
青葉城西は強かった。
それでも届かないのかと昨日の及川の背中を思い出して唇を噛んだ。

落ち着かない気持ちのまま過ごした一日を終えて寝る前に携帯を確認すると一通のメールが届いていた。
連絡が来るだろうかとは思っていたけれどいざ目にすると開くのをためらってしまう。
落ち込んでるかな、奮い立ってるかな。
多分どっちもだけど及川も烏野のみんなと同じく春高まで残るだろうし、落ち込んでいる暇なんてないと動き出している、きっと。
及川からのメールを確認すると短く「負けちゃった」とだけあった。
たった六文字を何度もなぞって、込み上げるものを飲み込む。
思うところがないわけでは決してないけれど変に気をつかうのもおかしいから「お疲れ様」と短く打って、ちゃんと寝てねと足そうとしてやめた。
メールを送って、ふぅ…と小さく息を吐いたとき、時間にしたら送信完了して一分も経っていないはずなのに携帯が着信を知らせる。
画面には及川徹の文字。
一瞬見間違いかと思うくらいには心臓が跳ねたけれど、通話ボタンを押して携帯を耳にあてた。

『もしもし、なまえ?』
「及川?どうしたの?」

練習試合で会ってから何度かメールでのやりとりはあったものの、電話がかかってきたのは中学を卒業してから初めてだ。
いつもよりも落ち着いたトーンで響く声が落ち着かない。

『んー…なんか話したい気分だった』
「珍しいね、電話」
『うん、…』
「…及川?」
『うん。ねぇ、なまえなんか喋ってよ』
「え、電話かけてきたのそっちじゃん」
『そうだけど』
「ん〜…今日ね、バレー部の顧問の先生に進路のことで呼ばれた」
『成績やばいから春高まで続けさせられないって?』
「違うよ!」
『あはは』
「続けるのかよく考えなさいって」
『うん』
「わたし選手じゃないし担任の先生にも受験に専念したらどうかって言われてて」
『……そう』
「なんか今更だけど、三年生なんだなぁって思った」

あっという間だね、というと及川は小さく「本当にね」と返してくれる。
電話だと意外と静かに話すんだなぁ。
いつも口数が多いのに今日は疲れているのかもしれない、大会の後なのだから当たり前か。

『で、どうすることにしたの?』
「春高まで残るよ、及川もでしょ?」
『もちろん。うちは三年生全員残るよ』
「うちも。また戦うことになるね、きっと」
『なまえには悪いけど次も負けないよ』

次は、次も、そう言えるのはこれで最後だろうか。
高校最後の春高予選だ。
悔いのないようになんてことは難しいかもしれないけれど、みんなが120%の力を出せるようにサポートしたいと思うし、及川にもそうであってほしい。
及川の120%なんてライバル校としては厄介すぎるけれど、努力に裏付けられた自信であることは痛いくらいにわかっている。
報われてほしいと、そう思う気持ちがないと言えば嘘になる。

「及川、もう寝たら?疲れてるでしょ」
『うんーけど頭冴えちゃって。なまえの声聞きたくなった』
「またそういうこと言って」
『けどなまえもやることあるよね、ごめん』
「わたしは大丈夫だけど…」
『ん、ありがとう。話せてよかったよ、またね』
「うん、また。おやすみなさい」
『おやすみ』

電話を切ってから、今日の試合のことに何も触れなかったことに気が付いた。
だけど残念だったねというのも違うし、「おやすみ」と言った及川の声は少し明るく聞こえたから、多分それでよかったんだと思う。
どうか今夜、及川がゆっくり眠ることができますように。



(2020.10.12.)



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