32.僕の彼女を紹介しません

「お、白鳥沢だ」
「まじだ、ウシワカいる?」

すれ違う人にそういう類のことを言われることには多分俺だけじゃなくて部員全員が慣れていた。
それが試合会場なら尚更だ。

「あとほら、マネージャー。月バリの」
「あー!」

マネージャー、月バリの。
その二つの単語で思い当たる人物は一人しかいなかった。

「いない?」
「わかんねぇ、みんなデカすぎて壁になってる」

そう話している人もジャージを着ているからバレー部員だろうし背は低くないけれど。
みょうじ含めマネージャーは選手陣の最後尾にいるはずだからこの後ここを通ることになる。
…どうしようもないけれど、この人たちの目に触れさせたくないと思ってしまう。

「白布、みょうじ噂されてんぞ」
「おー」
「やっぱ全国区の雑誌載るとすごいな」

そう、つい先日発売された月刊バレーボールにみょうじが掲載されたのだ。
今までも白鳥沢の特集で話を聞かれたり、写真を撮られたりはしていたけれどあくまでも選手メインの取材でみょうじにスポットが当たっていたわけではなかった。
だけどインハイ前の特集号で、出場校のマネージャーが数ページに渡って大きく特集された。
撮影に来ているなとは思っていたけれどいつもみたいに参考程度に話を聞かれているものだと思っていたから、毎号買っている月バリを購入して家でめくり、見知った顔を見つけた時は思わず「は?」と部屋で独り言をもらしてしまった。

発売日の次の日には部内でもその話題になって、みょうじが気まずそうに恥ずかしそうにしていた。

「なまえちゃん、見たよ〜」
「え?」
「月バリ、大きく載ってたね」
「わ、見たんですか!恥ずかしい…」
「そりゃ見るだろ。毎月寮で回し読みしてんだから」
「かわいく撮れてたじゃない、写真」
「いやいや…」
「めちゃくちゃ恐縮してる」

天童さんと瀬見さんが朝一でみょうじに絡みに行って、みょうじは気付かれたくなかったと顔を赤くしている。
何人かマネージャーがピックアップされていて、一ページにつき六人が載っていたから一人あたりの写真はけっこう大きいし文量も少なくなかった。

「あんな特集だって聞いてなかったんです…!」
「あ、そうなの?」
「うちの取材のついでかと思ったのに…」

昨日、月バリを見て電話をかけた時に俺に言ってきたことと同じことをまた話していた。


『もしもし…』
「みょうじ?いま大丈夫?」
『大丈夫だけど内容によってはダメかもしれません』
「なんだそれ」
『白布が電話なんて珍しいから…』

俺の用件を察しているらしいみょうじがもごもごと話していて少しおもしろい。
別に文句があったりからかったりしたくて電話をかけたわけではないのになんでこんなにビクビクしているんだ。

「月バリ見た」
『……それはダメな内容だ』
「なんでだよ、毎号買ってるんだから見るだろ」
『あんな風に載るって知らなかったんだもん!』
「マネージャー特集?」
『そう、めちゃくちゃ恥ずかしい…なんかいい感じにインタビューまとめてくれてるけどそれも逆に恥ずかしい…』

チームのために心がけていること、今年のチームの強み、マネージャー業の楽しさなんかが簡潔にまとめられていて確かに読まれると思わずに話したことが人に伝わってしまうのは恥ずかしいかもしれない。

「これ、先月取材来てた時の?」
『うん…いつもみたいに参考程度にって写真撮ってくれて話も…いや今思うとお話はいつもよりも長かったかもしれない…』

なるほど、そのほうが特集のための取材と伝えるよりも自然な表情や素直な気持ちを引き出せるかもしれない。

『後日コーチを通して特集ページに載せたいってお話が来て。コーチがOKしておいたってもう事後報告でした』
「いや、なんでそんな怯えてんだよ。別に怒ってないだろ」
『怯えているというかもう本当に恥ずかしくて…今月号だけ白布が買いませんようにって祈ってたのに…』
「俺が買わなくても部の奴ら誰かしら買うだろ」
『そうだけど!』


今朝、体育館で顔を合わせてお互いに「おはよう」と挨拶をしたけれど、俺が「なぁ」とか「みょうじ、」と声をかけると思い切り肩をびくつかせて何を言われるんだって表情で振り返るのは勘弁してほしい。
太一にケンカでもした?と心配された。

部で話題になってみょうじが照れているだけならまぁいいけれど、まさか遠征先だとか試合会場で「月バリに載っていたマネージャー」と話題になるとは思っていなかった。
話題になるだけじゃなくて声をかけてくる奴もいる。
大抵他の選手やマネージャーと一緒に行動しているし危ないことはないだろうけれど気が気じゃない。
今だって「あんなマネージャーいいよな」と言って俺たちの集団の中にみょうじがいないか探されている。

「もうさ、ずっとみょうじの隣いれば?そのほうが俺も安心だわ」
「は?」
「だってずっと怖い顔してんだもん白布。彼女がマネージャーだと気苦労が絶えないね」
「太一おもしろがってんだろ」
「バレたか」

ずっと隣に、なんて無理に決まっている。
ベンチ入りしていない時なら準備や待機時間にマネージャーと過ごすこともできるだろうけれど、そうなりたいとは思わない。
別に声をかけられたからってせいぜい連絡先を聞かれるとかだろう。
それもすげぇ嫌だけど。
てか聞かれても教えないと思うけど。

…連絡先といえば、及川ってみょうじの連絡先知ってるんだよな。
思い出して腹が立ってきた。



昼前に行われていた今日の第一試合、白鳥沢にとってのインハイ第一試合は無事に勝利を収めた。
第二試合は二日後の予定だけれど空いている時間は他校の試合を見ることになっているから次の試合が始まるまで各自観客席で昼食をとっていた。

「みょうじ先輩!お茶が足りないんですけど、まだどこかにありますか?」
「え、さっき最後の箱開けたんだけど…何本足りない?」
「五本です!」
「そっか、じゃあ買って来るからちょっと待っててー」
「足りないなら自分が買いに行きます!」
「いやいや、選手は試合を見るのも大事だから。すぐ戻ってくるね」

みょうじと話していた一年生がやたら感動したように「みょうじ先輩…!」と言って財布を手にしたみょうじを見送っていた。
俺も追いかけようかと思ったけれど、さっき「試合を見るのも大事」と後輩の申し出を断っていたのを聞いてしまったし、今俺が手伝おうとしてもそれよりも試合を見るほうを優先しろと言われるだろう。
みょうじのそういうところが好きだし、あくまでも選手とマネージャーでありたいと俺だって思っている。

…のだけれど。
戻って来たみょうじは自分の財布だけを持っていて、隣に立っているデカい男がにこにこむかつく笑みを浮かべながらペットボトルを五本腕に抱えていた。

「みょうじ先輩、お茶ありがとうございます…?」
「う、うん。あの、」
「おう!はい、どうぞどうぞ〜粗茶ですが〜」

ふざけた言い方に一年生が反応に困りながらお礼を言って受け取る。
みょうじとその男が現れて観客席が騒がしくて、「あれ宮じゃね?」「稲荷崎の宮だ」とざわついていた。

宮…あれはどっちだ、侑か。
顔が同じすぎて髪の色でしか判断できないけれど、染め直していなければ多分侑、セッターのほうだ。
なんでみょうじと宮侑が一緒にいるんだ。

「あの、持ってくださってありがとうございました」
「ええよ〜てかこっちがごめんな、ぶつかってもうて」
「わたしは全然。宮さんこそ本当にどこも痛くないですか?」
「なまえちゃんみたいな小さい子にぶつかって怪我なんてせぇへんよ」

…セッターってなれなれしい奴しかいないのか。
俺もセッターだけど。
及川というう宮侑といい、瀬見さんだってそうだ。
いろんなアタッカーとコミュニケーションをとりながらやっていかなければいけないから社交性みたいなものは必要なのかもしれないけれど。
それともみょうじがセッターを引き寄せる何かを発しているんだろうか、なんてバカバカしいことを考えてしまうくらいにはイラだってしまう。
っていうか宮からしたらほとんどの女子が小さいだろ。

「いや〜月バリ読んどって白鳥沢のマネめっちゃかわいいやん!と思っとったから会えて嬉しいわ」
「あはは……」

みょうじがかわいた笑いで返事をしていて、及川よりも絡みにくそうな相手だということがそれだけでわかった。
てかデカい声であんなこと普通言わない。

「なぁ、連絡先聞いてもええ?てか白鳥沢ってホテルどこなん?」
「え?」

二人の様子を見守っていた全白鳥沢部員がみょうじと同じくポカンという顔をしていた。
ライバル校がいる観客席に来るというのも俺からしたら理解しがたいけれど連絡先だの宿泊場所だの、そんなことをここで聞くなんてて煽っているとしか思えない。

「……宮」
「ん?おー若利くんやん!」
「久しぶりだな。うちの部員が世話になったようで悪かった」

宮とみょうじの間に入ったのはまさかの牛島さんで、宮が持っていたペットボトルを受け取った。
それを見たみょうじが慌てているけれど牛島さんの視線は宮を向いていて気が付いていない。

「いや、俺がぶつかってペットボトルぶちまけさせてもうて」
「そうか」
「お詫びしたいし連絡先聞いとったとこやから邪魔せんといてもらえます?」
「連絡先はなんのために必要なんだ?」
「だからお詫びを」
「みょうじには交際している男がいる」
「は?」
「本当に詫びがしたくて連絡先を聞いているというのならそいつに許可を取るのが筋だろう」

まさかの乱入に牛島さんが意外すぎることを言うもんだから場の空気がかたまる。
みんなが固唾をのんで見守る中、みょうじがチラッと俺のほうを見た。

「え、もしかして若利くんとなまえちゃん付き合うてるん?」
「ちっ違います!」
「俺ではない」

傍観者でいることもできず、食べようとフタだけ開けていた弁当を置いて立ち上がる。
周りにいた部員の目が痛いけれど、みょうじたちのいるところまでの道をすぐに開けてくれて助かった。
俺はモーゼか。

「白布…」
「みょうじと付き合ってるのは俺です」
「今年から正セッターなった奴やん。白布くんやったっけ?」

ライバル校の情報収集なんて基本中の基本だから名前を知られていることには驚かない。

「まじかーえ、なまえちゃん俺可能性ない?」
「か、可能性…?」
「ありません、ぶつかったそうですみませんでした。じゃあ」

みょうじの手を取って、宮に申し訳程度の軽い会釈をする。
振り返ったところに牛島さんがいて、「牛島さんまで巻き込んですみません」と謝ってからさっき俺が座っていたところまで戻る。
牛島さんが抱えていたお茶は、呆然と会話を聞いていた一年生が回収して配ってくれるようだった。
後ろから宮と牛島さんの会話が聞こえてきて、「フラれた〜」と言う宮に「そうか」と淡々と返す牛島さんのいつも通りっぷりがありがたい。
後輩たちは驚いているけれど、同期と先輩は笑いを堪えられないという表情をしていて、席に戻ったところにいた太一は隠すつもりもなく爆笑していた。

「やべー白布まじ男前だった」
「うるさい」
「みょうじが嬉しそうだからいいじゃん」
「はぁ?」

繋いだ手を離してみょうじの顔を確認すると困ったように眉を下げているものの口元は緩んでいて顔が少し赤い。

「まさか牛島さんまで入ってくるとは思わなくて…しかも宮さんあれ絶対からかってるだけだったのに…」
「あー……」
「うちへの牽制かなって。そうじゃなくちゃあんな目立つことしないよね?」

うん、俺もそう思う。だけど。

「彼女が全国区になったな」

そうニヤつきながら言う太一の言葉も否定できなかった。



(2020.10.09.)


方言おかしかったらこっそり教えてください…!
どうせなら5日に間に合わせたかったお話、宮侑さんお誕生日おめでとうございました。




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