8.IH予選

※いないはずの人が観客席にいます。



前回の大会ぶりに顔を合わせた伊達工業の選手たちは相変わらずちょっとガラが悪かった。
背が高いってだけじゃない威圧感。
だけど伊達工戦でズレたエースと守護神との歯車は、今は以前よりもずっと強くかみ合っているし何より東峰がしっかりと対峙する姿勢を見せてくれた。



「あ、」
「……」

ちょうどトイレから出たところで伊達工の七番、顔もブロックも怖い人と鉢合わせた。
近くで見ると迫力がすごくて「あ、」と発したらジロリと見下ろされて思わずビクついてしまう。
だけど目が合ってしまったし無視するのも感じ悪いよなぁと浅く会釈をしたら、意外なことに同じようにぺこりと頭を下げてくれた。

「今日、よろしくお願いします」

そうなると言葉が自然に出て来るもので、返事こそしてくれなかったけれど一度頷いてくれる。
悪い人ではないのかもしれない。
…と思っていたら。
伊達工のブロックが厄介なもう一人、茶髪のちょっとチャラい感じの選手がひょこっと顔を出した。

「おい、青根?どうした」
「……」
「は?あー、烏野の」
「どうも」
「どーも。今日も勝たせてもらいます」

一応敬語を使っているけれど、完全にバカにされている感じがする。

「今回は負けません」

多分わたしがムッとしたことがわかってニヤニヤしながら「お手柔らかに」とか言われた。
ライバル校だからって試合に関係ないところで選手に対して腹を立てることってそうそうないし、前回負けた時もこんな気持ちにはならなかったのだけど。
人の気持ちを逆撫でするような言い方は多分わざとやっているんだと思う。
それにしっかり煽られてしまった。

(何あの子…!)

青根くんは最後のほうはもうなんかおろおろしていた。
バレー部のマネージャーをやっているから背の高い男の子に見下ろされることには慣れているけれど、生意気なほうの彼、二口くんのはもう物理的にとかじゃなくて精神的に下に見られている感じがした。
ぷいっと顔をそむけるようにしてその場を後にしたけれど、みんなの元へ帰る足取りが荒いものになってしまう。

「戻りました!」
「おかえり」
「みょうじどうかしたのか?なんか怒ってる?」
「…東峰!」
「っは、はい!」
「勝とうね、絶対に!!」
「お、おう」
「なまえさん勇ましいっすね!旭さんも見習ってください!」
「お、おう…!」

東峰は頭の上にハテナが浮かんでいたけれど、そばにいた西谷がすぐに同調してくれた。
だけどわたしがはっぱをかけなくたってみんなもう大丈夫だ。
顔つきが違う、練習量だって違う。
勝つための練習をたくさんしてきたんだ。
伊達工業との試合、さっきの二口くんとの件がなくたって負けるつもりなんてさらさらない。
東峰の大きな背中をぱしんと叩いたら「いた、くはないけど」というから口元が緩んだ。


伊達工のブロックはさすが「伊達の鉄壁」というだけあると思う。
ベンチに入れるマネージャーは一人だけだから今回は潔子が入っていて、応援席から俯瞰で見てもブロックの組み立ては正直県内でトップレベルだ。
どんなチームが相手でも100%決まるスパイクなんてないけれど、気持ちよく決めさせてもらえない場面が続いて唇を噛む。
ぎゅっと手すりを握る両手にも力が入っていたけれど、後ろからかけられた声に反射的に振り向いた。

「一人で応援?寂しいね〜」
「っ、え、及川?」
「やっほー、久しぶり」
「久しぶり」

偵察かな、少し視線をずらすと他の青城の面々も応援席に座って試合を観ていた。
わたしがそっちを見たことに気付いた岩ちゃんが片手をあげてくれて、それに手を振って返す。

「みんなと見なくていいの?」
「あいつらの顔は毎日見てるから…って言いたいところだけどさすがに観戦中にこんなとこで烏野のマネといたら怒られそうだからすぐ戻るよ」
「そうしてください」
「え?!ひどくない?」
「わたしだってチームの試合中に及川といるところ見られたくないもん」

すぐに視線をコートに戻す。
悪いけど及川の相手をしている場合ではないのだ。

青葉城西との練習試合のあと、及川からは何度か連絡が来た。
無視しないでと言った時の及川の表情がふざけているようには見えなくてなぜかいつまで経っても浮かんできてしまうから、再会してからはちゃんと返事をするようにしている。
今までは会場で会うこともなかったのに、こんなバッタリがあるんだな。
青城の主将と烏野のマネージャーという立場があるから必要以上に親しくはしないほうがいいと思う。
だってライバル校だし。
浅からぬ縁が繋がっているような気がしてしまっても、立場や場所を考えなくちゃいけない。



伊達工との試合は烏野が2セットを先取して勝利した。
乗り越えなければいけなかった高くて頑丈な壁。
大丈夫だと信じていたけれど、勝負の世界に絶対なんてないから試合終了の笛が鳴って力が抜けたように安心したと同時に、コートの外で澤村と話すスガの表情が冴えないことに気付いてしまった。
いつもの笑顔じゃない。
ぎゅっと何かに耐えるように唇を引き結んでいるスガに、心臓がざわざわと痛い。
わたしもコートの近くにいたらすぐに声をかけられたけれどあんな表情のスガに何を言えるだろう。
勝てて嬉しい、だけど、

「二番の爽やか君は悔しいだろうね」
「っ、」

後ろからまた突然声をかけてきたのは及川だ。

「彼、三年生のセッターなんでしょ?」
「…うん」
「確か烏野って前回大会で伊達工に負けたよね。飛雄の力だけで今回勝ったとは言わないけど、自分でトスあげたかったんじゃない」
「…なんで……」

なんでそんなことわかるの?と言いたかった言葉は全部言えなくて、及川も同じセッターだから、三年生だから、飛雄に後ろから追いかけられたことがあるから、わかるんだろうか。

「…なまえの好きな人って彼?」

思わず及川の顔をまじまじと見てしまう。
こんな顔したら、また「それがもう答えみたいなもん」だと言われてしまうだろうか。
及川の目がすっと細められて、その目で見られると全部見透かされてしまいそうな気がして目をそらした。
ここで「そうだよ」と肯定したら及川はなんて言うんだろう。

「違うよ」
「…ふぅん」
「ごめん、わたしもう行かなくちゃ」

試合終了後の撤収は早い。
横断幕を外して、チームのみんなに合流しなければ。

「及川も、えーっと…頑張ってね?」
「なんで疑問形なの」
「一応ライバル校だから」
「まーね。次うちも勝てば烏野戦だ」
「うん、負けないよ」

青城は次もきっと勝ち進んでくる。
公式戦での対戦、はじめから及川が出てくるだろう。
ずっと、及川に宮城の一番上に立ってほしいと思っていた。
白鳥沢を倒して全国の舞台へ。
だけどそれは及川との目標ではなくなって、いまのチームでの目指すところになった。
近くにいたのに及川の苦しさをほどいてあげられなかったあの頃の歯がゆさは今も覚えている。
何かをしてあげたいなんておこがましいかもしれないけれど、及川にできなかったからってわけではないけれど、スガが頼ったり弱音をはいたり、そんなよりどころになれるなら、そうありたいと思う。
烏野のみんなが少しでも上を目指せるよう強くなれるよう、今はただそれだけだ。

視界の端でもう烏野のみんなが体育館から廊下へ出て行く姿が見えているのに、足が縫い付けられたみたいで踏み出した一歩はひどく重たかった。

(2020.10.02.)



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