14.

冬組の公演はGOD座とのタイマンACTに決まったと十ちゃんとお茶をしている時に聞いた。

「タイマンACTって…」
「お互いの公演を同じ客に観てもらってどっちがよかったか投票してもらうしい」
「優劣がついちゃうのってちょっと…感じ方はそれぞれだから難しいね」

そうだな、と難しい顔で十ちゃんが頷いた。
普段から交流がある劇団というわけでもないのにどうしてそんなことになったんだろう。
新生冬組に入った丞さんはMANKAIカンパニーに入る前はGOD座に所属していたというからその因縁とか…?
内部事情にまで首をつっこむことはできないけれど、対決なんてしてどちらかが傷付く結果にならないといいなと思っていたところで頼んでいたパフェが来た。

「秋組は最近どんなことしてるの?」
「昨日はエチュードをやった。リーダー中心に稽古の内容は相談しながら決めてる」
「そうなんだ。リーダーって摂津さんだよね」
「あぁ」

摂津さんの名前を出したら眉がぴくっと動いたけれどパフェはおいしいみたいで口に運ぶたびに嬉しそうに表情が緩む十ちゃんはかわいい。
表情があまり変わらなかったり背が高かったり、そんな理由で十ちゃんを怖いという人がいるみたいだけど本当はすごく優しくて甘いものが好きなんてかわいい一面もあるんだよなぁ。

「十ちゃん、最近摂津さんとどう?」
「……どうってなんだ」
「ケンカしてない?」
「あいつが一方的につっかかってはくる」
「相変わらずってことかぁ」
「…まぁ、それなりにやってる」

引っ込み思案な椋だけじゃなくて十ちゃんまでMANKAIカンパニーに入ると聞いたときは驚いたけれど椋にとっても十ちゃんにとっても大切な場所ができたことはいとことして嬉しいし羨ましいなと思う。
まだまだこれから大きくなっていくはずの劇団の一ファンとしてはみんなと、摂津さんとも仲良くしてもらえたら安心なんだけど。

季節限定のぶどうのパフェを食べて、十ちゃんと一緒に寮に向かった。
秋の空気は少しずつ冬に向かっていて昼間だというのに少し肌寒い。

「ちょっと寒いね」
「あぁ…これ着るか?」
「え?大丈夫だよ、それ脱いだら十ちゃん絶対寒いもん」

風が吹いたタイミングで身震いをしたら十ちゃんがいつも着ている上着を脱ごうとしてくれたけれど慌てて断る。
凍えるほど寒いってわけではないし、上着の下はカットソーだけの十ちゃんからそれを取り上げてしまったら絶対に寒い。
大丈夫、と伝えたのに無言でわたしのほうに差し出してくれてしまって優しいなぁと思うけれどもう一度しっかり断る。

「そこまでじゃないから大丈夫だよ。十ちゃんが風邪引いちゃう」
「俺は寒くねぇ」

こうなった十ちゃんはけっこう頑固だ。
寮まではあと数分というところだったし、あんまりかたくなに拒否するともしかして傷つけちゃうかもしれない。
結局十ちゃんの手から上着を受け取って袖を通すとほかほかあとあたたかくて、これは十ちゃんの優しさのおかげもあるなぁなんて思った。

「ありがとう」
「あぁ」

こういうのも、仲が良すぎると摂津さんなら言うのかな
いとことは年に一度顔を合わせるくらいだとわたしと十ちゃんのことを「べったり」と表現していたっけ。
隣を歩く十ちゃんを見上げるけれど、わたしの視線に気が付くことなく少し猫背の姿勢でポケットに手を入れて歩いていた。



「あれ、十座くんとなまえちゃん」
「紬さん!こんにちは」
「ただいまっす」
「こんにちは、十座くんはおかえりなさい。二人で出掛けてたの?」
「はい、昨日から始まった季節限定のパフェ食べてきたんです」

お店の名前を出すと紬さんが「あぁ、あそこかぁ」と穏やかに笑う。
寮の門のあたりで会った紬さんはどうやら家庭教師のお仕事帰りのようで大きなカバンを持っていた。
三人で並んで寮に入って、談話室には冬組のみなさんと咲也くん、天馬くんと摂津さんがいた。
冬組公演についてリーダーも交えて何か話し合っていたんだろうか。
「お邪魔します」と挨拶をしたらみんなの目が丸くなって、どうしたんだろうと首を傾げたら東さんが楽しそうに言った。

「十座となまえはデートだったの?」
「デート、というかカフェに行ってきました」
「っす」

いつものことなのにみんなどうしたんだろう?と思って十ちゃんのほうを見上げると、同じように少し不思議そうというか戸惑っているようだった
みんながからかうように言ってくるならまだわかるけれど、この空気は本当に驚いているような感じだから。

「なんだ。なまえが十座のアウター着ているからてっきりいつの間にか付き合い始めたのかと思った」
「え?」

そっか、そういえば十ちゃんの上着借りたままだった。
紬さんと話ながら寮に入ったから脱ぐのも返すのもすっかり忘れていた。
今更といえば今更だけれど、男の子の服を借りるっていうのははたから見たらそう思われてしまうのか。

「これは、寒いって言ったら十ちゃんが貸してくれて」

その場で脱いで、十ちゃんに渡しながらありがとうと伝えたら無言で頷いてくれる。

「なんだ、残念」
「残念?」
「だって十座となまえが付き合ったら楽しそうじゃない?いろいろと」
「冬組はついこの前みんなで過去の恋愛の話をしたばかりだからね!身近なところでそんなことが起きたら詩興もわくというものだよ!」

東さんはやっぱり微笑んでいて、何か言おうと立ち上がった誉さんを丞さんが「今は詩興はやめましょう」と座らせる。
密さんはマシュマロの袋を抱えたまま静かに座っているんだけど、あれ、寝てるんじゃないかな……。
紬さんが「俺もてっきり…」と言うからなんだか顔が熱くなる。
冬組のみなさんもわたしと十ちゃん、それから椋がいとこだということは知っているんだけど一緒に出掛けることがあるとか物の貸し借りがあるとかは知らなかったからか誤解されてしまった。
前にもTシャツ借りたことがあったし秋組のみんなは何も言わなかったんだけど……。

「違いますよ、たまに一緒に出掛けるんです」

咲也くんと天馬くんはその様子を二人して眉を下げながら見守っていて苦笑いで、摂津さんは…今日は機嫌が悪そうだ。
さっき談話室に入った時はこっちを向いてくれたのに、それからはずっと手元の資料に目を伏せていて眉間にシワが寄っていた。
あんな顔、久しぶりに見たかも。
知り合ったばっかりの頃は改めて言うのも少し悲しいけれど摂津さんには嫌われていて。
わたしだって十ちゃんにケンカを挑んでくるような人と仲良くなんてできないと思っていたけれど最近は普通に話せるようになっていただけに今日は挨拶もできなさそうでちょっと悲しい。

「あの、邪魔してごめんなさい。わたしたち十ちゃんの部屋に行くので続けてください」
「ミーティングは紬さんが返ってくるのを待って始めるつもりだったから全然気にしないで」

咲也くんがいつもみたいに笑顔で言ってくれて胸を撫でおろす。
天馬くんもその隣で頷いてくれた。
ありがとう、と返したけれど最後まで摂津さんはこっちを見なかった。





冬組とリーダー、それから監督ちゃんで行ったミーティングは正直頭にあんまり入ってこなかった。
理由は自分でもよくわかんねぇけど終わった後に監督ちゃんから「何かあったの?」と注意されるというよりも心配されるように声をかけられて戸惑う。 

「いや、別に」
「そう?急に寒くなったし体調悪いなら早めに部屋で休んでね」

部屋で、と言われてこめかみがひくつくような感覚がした。
今戻れば部屋には兵頭となまえがいる。
あいつ…衣装作りは落ち着いたしメイクやチラシ配りだとか今の期間に手伝うようなことはないはずなのにどうして寮に来たんだ。
二人で出掛けることも俺が知らないだけでよくあるんだろう、多分。
冬組の東さんたちが「デート?」と聞きたくなるのはわかる。
男女が二人で出掛けて、女が男の上着を借りている光景は、はたから見たらまずそう思う。
いとこだからって距離が近ぇんだよ。

ミーティングが終わって冬組は公演も近いし自主練をしようと稽古場にぞろぞろと移動していって、談話室に残った咲也と天馬が気遣わしげに俺を見る。

「万里くん大丈夫?」
「珍しいな、上の空だっただろ」

監督ちゃんから指摘されるのならまだしも、こいつらからもそんな風に言われるとは思わなくて居心地が悪い。
大丈夫だと返事をして立ち上がったけれど自分の部屋に戻る気にはなれなくて、至さんの部屋の扉をノックする。
室内からは大音量が流れていて多分これ聞こえてねーな。
構わずに扉を開けると案の定ヘッドホンをつけていつもの廃人スタイルの至さんがぶつぶつと独り言を言いながらネトゲをしていた。
俺には気付いていないようだけれど、定位置になっている黒いソファに身を沈めるとボスンと鈍い音がする。
至さんがひと段落するまで俺もソシャゲの体力を消費しようかとスマホを取り出すけれど、なんとなく起動する気になれなくてそのままソファに寝転んだ。

腹の奥がもやもやと気持ち悪い。
昼に食ったカレーが消化不良を起こしているんだろうか。
行き場のない名前のつけられない感情に髪をぐしゃぐしゃとかいて「あー…くそ」ともらしたところで至さんが「何いたの」とソファに移動してきた。

「来たばっかっす」
「あっそう。そーいやさっき廊下でなまえに会ったわ、来てたんだね」
「あー…みたいっすね」
「俺この格好で会ったの初めてでビックリされた」
「へぇ」
「十座と出かけてたらしいんだけさ、本当仲良しだよね二人」
「そっすね」
「いとことは言え子供の頃からの付き合いの異性がいるって現実に起こりうるのな。ギャルゲかよ、十座普通に羨ましいわ」

あいつらの顔を見たくなくて至さんの部屋に来たっつーのにまさか話題に出されるとは思わなくて自分の顔が歪むのがわかる。
羨ましい、ねぇ。
あんなにべったりされたら鬱陶しいだろ。

「てかなんか用だった?」
「いや、別に用はないんスけど」
「ふーん。ところで万里はなんでそんな不機嫌なわけ」
「別に……」
「は?なんなんだよ」

そんなの、俺だってわかんねーよ。



(2020.09.22.)



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