6.合宿の夜

※いろいろ原作と違います。


一日の練習を終えて、選手たちは部屋で各々の時間を過ごしている。
潔子と武田先生とで協力して夕食を作るのはバタバタと忙しかったけれど、三年目ともなると段取りはスムーズにできるようになったし、今年は武田先生が手伝ってくれてすごく助かっている。
夕食の準備はあとはお皿によそうだけだ、お米も炊けた。
疲労が限界を超えると食欲がなくなってしまう月島くんみたいな子にどうやって食べてもらうか少し悩むけれど、もうこれは本人に頑張ってもらうしかない。
食べることも練習のうちって言うし。

準備が一段落して食堂で潔子たちと人一ついていたら武田先生の携帯が鳴った。

「嶋田さんだ。はい、もしもし武田です」

はい、了解です、ありがとうございます!と短い会話で終えた通話は、多分明日の分の食材を届けたという業務連絡だと思う。
烏野バレー部のOBである嶋田さんは、嶋田マートというスーパーで働いているそうで合宿中の食材提供をしてくれているのだ。
初日は食堂まで持ってきてくれたけれど、忙しいだろうから合宿所の入り口に置いて帰ってもらうようにお願いしたら「助かる…」とげっそりしていた。
GW中は人手が足りなくて忙しいらしい。
そんななか配達を頼まれてくれるなんてありがたすぎる。

「武田先生、わたし荷物取ってきます」
「すみません、お願いします」
「わたしも行く」
「大丈夫だよ、潔子はお味噌汁よそっててくれる?」

いつもカゴいっぱいに入れられている食材は軽くはないけれど一人で持てない量では決してない。
玄関に小走りで向かうとはいているスリッパがぱたぱたと音を鳴らす。
廊下は走るなって澤村に怒られそうだな、と思っていたら角を曲がったところにその澤村と東峰が真剣な顔で横並びに立っていた。

「どうしたの、こんなところで」
「みょうじ、」

澤村が人差し指を唇にあてて、不思議に思っていたら少し遠くのほうで話し声がした。
スガと、烏養さんだ。
澤村たちの表情からして二人が雑談をしているわけではないことはわかって、緊迫した空気に一気に酸素を奪われたみたいな気がする。

これからの烏野をどうしていくのか、とても、とても大切な話をスガと烏養さんがしていたからだ。

「迷わず影山を選ぶべきだと思います」

飛雄がセッターとしてレギュラーになるのだとしたら、押し出されるようにしてスガがスタメンから外れる。
ポジション数が決まっている、試合に出られる人数は決まっている。
スポーツなのだから仕方がないことだとわかっている、だけど。
わたしたちは高校三年生、最終学年だ。
聞いているだけでこんなにも苦しいのに、ひとつでも多く勝ちたいとそう烏養さんに告げたスガの表情に迷いなんてなかった。

二人の話が終わって、澤村と東峰が自分たちのこぶしを強く握っているのが目に入ってわたしは唇を噛む。
下から追い立てられる恐怖、自分よりも優れた才能の陰に隠れてしまえるという安堵、その両方をスガは乗り越えようとしている。

「…みょうじ、俺たち部屋戻ってる」
「あ、うん。ご飯もうできてるから時間になったら食堂来てね」
「了解。ありがとな」

部屋に戻るという澤村と東峰の顔は、スガの決意を聞いて一層引き締まったものに見えた。
わたしも移動しなければスガがこっちに来ちゃうかもしれない、だけど本来の目的だった荷物はまだ玄関に置いたままだし、どうしようと一瞬悩んでいる間に足音がこっちに向かってきた。

「あれ、なまえ。どうした?」

きょとん?といつものように穏やかな表情を浮かべたスガが首を傾げた。

「スガ、お疲れ様。…嶋田さんから届いた食材取りに来た」
「え?あー、玄関にあったカゴ?」
「そう。明日のぶん届けてくれたんだ」
「そっか。俺持つよ、食堂持ってくんだよな」
「えっいいよ。スガはご飯まで休んでて!」
「でもあと十分くらいで夕飯の時間だし。もう食堂行こっかな」

そう言うとすたすたと玄関のほうへ向かっていくスガの後を追いかける。

「全然重たくないからわたし持てるよ」
「まぁまぁ」

遠慮しすぎるのも感じ悪いかも、と思いつつスガの表情をうかがう。
「な!」という顔はいつも通りのスガだ。

「じゃあお願いしよっかな。ありがとう」
「おう。なぁ今日の夕飯なに?」
「今日はねぇ、肉野菜炒めと麻婆豆腐」
「え、まじ?辛さは?」
「激辛ではないけど唐辛子はお好みで足せるよ」
「おぉーさすが」
「辛すぎる食べ物って身体に悪そうだけど…」
「好きだからいーんだよ」

いつも通りだ、すごく。
食堂までの道をのんびり歩いて隣を見上げると「ん?」と優しい目線をくれる。
スガの思いははかりしれなくて選手じゃないわたしが言えることなんてないかもしれない。
中学の時と同じ無力さ。
だけどスガはもう前を向こうとしていて、チームとしての烏野のことを考えている。
だったら、わたしも自分にできることを真摯にやっていくしかない。

「バランスよく食べてね、副主将さん」
「お、なんだよ急に。あんま言われないから照れる」
「スガは影の支配者っぽいよ」
「それ褒めてる?」
「えー?」
「なんだよー」

両手がふさがっているからか、スガが身体ごと軽くぽんっと体当たりをしてきた。
全然痛くないけれどふざけてそんなことをしてくるスガになんだかホッとする。

「痛い、腰の骨折れた」
「ごめんごめん。なぁ、なまえ」
「うん?」

食堂に入る直前、スガがかしこまったようにわたしの名前を呼んだ。

「さっきのさ、烏養さんとの話聞こえてた?」
「え…っと、」

疑問形だけれど、聞こえていたという確信がなければこんなこと言わないと思う。
言い淀むわたしにもスガは優しく微笑んでいる。

「うん、ごめん…盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
「いや。あんなとこで話してたら誰か通るよな」

スガはまだ何か言いたそうにしていたけれど、廊下の遠くのほうから賑やかな話し声が聞こえてきた。
西谷と田中あたりかな。
もしかしなくても食堂に向かってきているだろうから、二人で目を見合わせて何事もなかったかのように食堂に入った。



慌ただしい夕食を終えて、片付けも済んでようやくお風呂に入ることができた。
毎年合宿に参加はするけれど泊まらずに通っていた潔子とわたしも「最後だし」と泊まることにして、家よりもずっと広い大浴場で手足を存分に伸ばした。
備え付けのドライヤーは風量が弱すぎて家から持ってくればよかったと後悔したけれど。

「なまえ、清水」
「スガ、」
「風呂入ってたの?」
「うん。合宿所のお風呂広くていいね」
「だな、温泉みたい」
「なまえ、わたし先に部屋戻ってる」
「え、うん」

わたしも潔子と一緒に戻ろうかと思ったけれど、取り残されてしまったというか。
スガが何か話したそうだなということはわたしだけじゃなくて潔子にもわかったみたいだ。
夕食前の会話が中途半端だったからな…とスガを見上げたら「コーヒー牛乳飲む?」と聞いてくれて、「飲む」と答えたらおごってくれてしまった。
談話スペースの硬いソファに二人で並んで座ると、覗き込むようにスガがこっちを見る。

「なまえ、髪の毛まだ濡れてない?」
「ドライヤー風弱くて。けどほとんど乾いてるよ」
「そっか」

いつも見下ろされているのに今は上目遣いみたいになっていて、丸くて色素の薄いスガの目が少し細められた。

「シャンプーのにおいが女子って感じする」
「女子ですからね」
「うん」

いつもよりスガの口数が少ない気がするけれど多分わたしもだ。
なんてことのない話をしているだけなのにやっぱり緊張している。
さっき聞いてしまった烏養さんとの話のこと、スガに聞いてもいいのかな。
スガから言ってこないのにわたしが踏み込んだようなことを聞くのはいくらマネージャーだからって違うかな。

「……スガ、合宿どう?」
「楽しいよ。しんどいけど。やっぱ一年が元気だからつられちゃうよなー」

からっと笑うと目尻が下がる。

「影山が入ってから、色々考えてた」
「……うん」
「なまえも心配してくれてたことだけど…あいつさ、本当すごいじゃん」
「そう、だね」
「負けたくないと思うけど、今の烏野のベストは影山を使うことなんだよな」

まるで言い聞かせるかのように言うスガの声にはやっぱり迷いはなくて、さっき優しくわたしのほうに向けられていた目線は強く、どこかもっと遠い先を見据えているみたいだった。

「だけど。逃げたって思われないように俺も頑張る」
「誰もそんなこと言わないよ」
「そうかもしれないけど。何より自分から逃げたくない。勝てないって逃げて、自分の力が足りないからだってただへこんでたって仕方ないんだよな。旭と西谷の一件でも思った」
「スガは…一年生の三対三のときも、青城との練習試合の時も、コートの外からでもみんなのこと見て考えててすごいよ」

わたしが何かを言ってもスガの悔しい気持ちを軽くすることはできないと思う。
うまく伝えられるかもわからない。
だけど、何も声をかけないままなんて嫌だった。

「わたしにできることあったら言ってね」
「ありがと」
「…こんなことしか言えなくてごめん」
「なんで、めちゃくちゃ嬉しい」

大きな手がふわっと頭に乗ってぽんぽんと優しく撫でられる。
こんなことをされたことがなくてびっくりして言葉を出せずにいたら「やっぱ髪の毛乾いてない」と丁寧な手つきで頭のてっぺんから毛先へとスガの手が下りてきた。



(2020.09.21.)

合宿メニュー調べたんですけど麻婆豆腐はなさそうでした笑。



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