13.


※原作と違うところがあります。


「あー!万チャンいいところに!」
「あ?なんだよ太一」
「コーヒーいれてくんないッスか?おいしいやつ!」

日曜の夕方、天馬と買い物をして帰ると太一にそう声をかけられた。
いつも冷蔵庫に入っている炭酸飲料を飲んでいるのにコーヒーをいれてくれなんて珍しい。

「いーけど。ちょい待ち、荷物部屋に置いてくるわ」
「うん!ありがとう!三人分お願いしたいッス!」
「三人分?」

談話室には他にも団員がいるけれど、各々自分のマグカップで好きなものを飲んでいる。
思わず聞き返したことに深い意味はないけれど、太一から返ってきた返事に眉の間に力が入ってしまった。

「幸チャンとなまえチャンのぶん!今衣装作ってるんスよ」
「あー…なる」
「万チャンもやる?」
「んな遊びに誘うみてぇに言ったら幸に怒られんぞ」
「だって万チャン教わったらすぐできるじゃないッスか」
「まーそうだけど。幸の部屋にいんだろ?コーヒー持ってってやるから太一は戻ってろよ」
「いいんスか?」
「おう」

新生冬組の稽古が進み、脚本があがってきたことで幸の衣装作りもスタートした。
手伝いがないとあまり寮に顔を出さなかったなまえも学校帰りや土日によく来るようになっていた。
顔を合わせても挨拶くらいしかしないことばっかだけど。

てかうっかり引き受けてしまったけれどなんで俺があいつらのためにコーヒーいれてんだ。
こぽこぽと熱湯をそそぎながらふと我に返りそうになるけれど太一に頼まれて、今特にやることがなかったから、それだけだ。

「お、万里何してるんだ?」

マグカップを三つ棚から出して、一人では持てないからトレーも準備したところで臣に声をかけられた。
夕飯の準備をそろそろ始めるのだろうか、スーパーのビニール袋を提げている。

「あー……幸たちに差し入れ。太一に頼まれて」
「あぁ、衣装作ってるんだっけな。昨日作ったフィナンシェまだあるけど持っていくか?」

冷蔵庫から取り出しながら臣がいつものように穏やかに笑って聞いて来る。

「なまえ、これ好きだって言ってたぞ」

レンジで温めるか?と聞かれて頷いた。



トレーにマグカップとフィナンシェの皿を乗せて二階にある幸の部屋に向かうべく階段を上がると部屋に入る前から賑やかな声が聞こえてきた。

「天馬くんおかえりなさい!」
「天チャンおかえりッス!」
「おかえり。帰って来たんなら少しは手伝えば?」
「ただいま。いや俺は今から読まなきゃいけない台本が、」

……帰宅早々衣装作りを手伝わされそうになるのは勘弁だな。
頼まれたもんだけ置いてさっさと部屋に戻ろうと思いながらコンコン、と201号室の扉をノックすると中から「はい」という声と「万チャンかな?」という声。
控えめに開けられた扉からひょこっと顔を出したのはなまえだった。

「摂津さん」
「よぉ」
「太一くんがコーヒー頼んだのって摂津さんだったんですね」

ありがとうございます、とトレーを受け取ったなまえの視線が、俺とトレーの上を交互に見た。

「わ、これ」
「フィナンシェは臣から」
「わぁーわたしこれ好きなんです」
「らしいな」
「摂津さんも食べますか?五つあるし」

臣が皿に乗せたのがたまたま五個だったのか、余っていたのが五個だったのかはわからないけれど。
今部屋にいるのは天馬と俺も入れると五人。
部屋の中に目をやれば差し入れが届いたからか少し休憩モードになったようで幸と太一も手を止めていた。

「コーヒーはないですけど…」
「…いや、まぁじゃあ食うわ」
「はい!どうぞ、ってわたしの部屋じゃないんですけど」

部屋の中央にあるローテーブルに広げていた作りかけの衣装を幸が丁寧な動作で部屋の隅に移動させて、なまえがクッションを俺の方にひとつ置いた。
トレーをテーブルに置くと太一と天馬も集まってきて、五人でテーブルを囲むことになる。

「何、ネオヤンがいれたの?このコーヒー」
「そうだけど…おい、なんだその顔」
「べっつにー?珍しいこともあるなって」
「摂津さん前にもコーヒーいれてくれて、すごく美味しかったです。ね、太一くん」
「うん!」
「へぇー…」
「だから幸その顔やめろ」

俺が人のために何かやんのがそんなに珍しいのだろうか。
頼まれたらめんどくせーけどハナから拒否することはそんなにない、と思う。
一人ひとつ食うことになったフィナンシェを無言で口に入れると甘さが広がってなんとも言えない気持ちになる。
隣に座るなまえはマグカップを両手に抱えてふぅふぅと吹いている。
猫舌なんだろうか。

「…てかポンコツの分の飲み物ないじゃん」
「あー俺は別に、」
「取りに行くよ」
「は?!」
「ほら、ぼさっとしないで。太一は?砂糖とミルクいるんじゃないの?一緒に行く?」
「え?あ、うん!取りに行く!」
「いやだから俺は別にいらない、」
「はいはい」

俺は差し入れだけ届けてすぐに部屋に戻るつもりだったのに、三人が連れ立って部屋を出て行ってしまったもんだから、「いってらっしゃい」なんて言っているなまえを横目に見る。
俺が兵頭を目の敵にしていた頃になまえとも出会って、最初は兵頭側の人間だと認識していたこいつに対しても態度がいいとは言えなかったことを幸はずっと気にしているらしい。
無理矢理にでも話せっつーことなんだろうか。
いじめんなとか言われたしな、そういや。

前よりも話すようになったとは思うし、それは劇団の連中もわかっているはず。
秋組公演が終わってからは話す機会は減ったけれどそんなもんだろう。
不自然な流れでなまえとふたりにされて居心地が悪いけれど、この状況で「じゃあ俺は部屋に戻る」なんてことも言えず部屋の隅にあるトルソーにかかっている衣装を眺めるしかない。

なまえは臣の用意した菓子を手に取って「あ、あっためてくれたんですね」と表情をゆるめている。
「臣がな」と短く返事をすると「あとでお礼言わなきゃ」と嬉しそうに食っていた。
自分でも作るくらいだし甘いもんは好きなんだろう。
この前臣と作ったチーズケーキも美味かった。
本人には「まぁまぁ」としか言わなかったけれど。

「…摂津さん、今日は出かけてたんですか?」
「あ?あー、天馬と買い物」
「そうなんですね、いいなぁ」
「そっちは土日最近ずっと幸の手伝いしてるもんな」
「楽しいから全然いいんですけどね」
「もうすぐできんだって?」
「はい。羽根の土台がもうすぐ完成で、最終的な仕上げは幸ちゃんがするんですけど…、っわ」

マグカップを置いて、さっきまで作業していたらしい羽根飾りのほうへ向かおうと立ち上がったなまえが自分のはいていたスカートを踏んで転びそうになる。
丈の長いスカートだからってどんくさいと思う暇もなく身体が勝手に動いて、なまえが倒れ込むほうに腕を伸ばすと俺の腕になまえの手がしがみつくみたいに触れてそのまま腕の中におさまった。

一瞬、時間が止まった。

腹のあたりに腕を回して後ろから抱き締めるような体勢になってしまって。
小せぇとかこのまま俺も倒れたらとかそんなことを頭をよぎった時にはなまえが俺の腕を押して身体を離した。

「ご、ごめんなさい…」
「いや、大丈夫か?」
「え、」
「なに」
「ドジとか言われるものかと…」

いや、たしかにちょっと頭を掠めはしたけれど。
俺の腕の中から抜け出したなまえの目線が泳いでいて言葉に詰まる。

「…言わねぇよ」
「摂津さん意外と優しいですもんね」
「意外は余計だわ」

てか優しい、とか。
そんなこと人に言われたことねぇんだけど。

「で、羽根がもうすぐできるんだって?」
「あっそ、そうなんです、これ」

もうすっかり元の調子に戻ったらしいなまえが今度はしっかりした足取りで立ち上がってもうすぐ完成だという羽根を見せてくれる。
冬組公演は天使がテーマで、これは主演の紬さんがつける羽根らしい。
四人分の羽根が用意されていてそれぞれボリュームが違うこだわりっぷりはさすがうちの衣装係だ。

「来週衣装を着てみてもらうんです」
「あー秋組んときもやったな、お前も来んの?」
「はい、その予定です」
「ふーん」

そういや前に冬組の団員と挨拶してないって言ってたけどもう顔合わせはしたんだろうか。
あれからけっこう経っているし俺が知らないだけでそれくらい済ませているかもしれないけれど、自分たちの公演じゃないとなると知らないことが多そうだ。
だからどうってわけじゃねぇけど。
公演準備のない組でも暇を持て余しているわけでは当然なくて基礎体力の強化や稽古は変わらずにある。
そこにこいつが関わってこないだけで、俺の生活はそこまで変わらない。

天馬が俺の分のコーヒーも持って来てくれたけれどその場では数口飲んだだけであとは自分の部屋に戻った。




翌週の土曜。
各稽古場の使用状況が書いてあるホワイトボードに監督ちゃんの字でデカデカと「衣装、メイク テスト」と書いてあった。
早起きするつもりはなかったのに目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまったもんだから冬組の面々と朝飯がかぶって話題はこの後の衣装試着のことだった。

「衣装楽しみだね」
「メイクもしてみるんだよな」
「はい。丞さんと紬さんは自分用のメイクボックスがあれば持ってきてください」
「わかった」

無言で朝飯を食う俺の横で朝から盛り上がっている。
紬さんは朝が苦手らしいのに今日はすっかり頭が冴えているようで丞さんと芝居の話をしていて、そこに監督ちゃんが加わると朝からなかなかカロリーの高いテンションだ。
誉さんは一人でティータイムみたいなノリだけれど密さんと東さんはここにいないということは多分まだ寝てんな。
冬組は他の組よりも平均年齢が高いからか落ち着いた雰囲気だと思うけれど、自由さが独特だ。

飯を食い終わって部屋に戻ろうと談話室を出たところでトントンと階段を下りてくる軽い足音がした。
誰か起きて来たのかと思ったら、自分の身長くらいあるのではないかという羽根を抱えたなまえが慎重な足取りで歩いていた。

「……それ前見えてんの?」
「えっ」
「羽根が歩いてるみてぇになってるけど」
「摂津さん?おはようございます」
「はよ。朝からやってんな」
「ちょっと待ってくださいね、階段下りてから…」

踊り場のあたりでもたついていたなまえのところまではすぐに辿り着いて、「持つ」とだけ言ったら羽根を抱え直していたなまえの瞳がこっちを見た。

「大丈夫ですよ、そこの稽古場までなので」

まぁ実際、幸に任されたのだろうから大丈夫なのだろう。
引きずるほど丈が長いわけではないし。
稽古場は階段を下りたすぐのところだし。
だけど言い出した手前なんとなく引く気になれなくて「いーから」と言ったら「…じゃあ、」と俺の方に抱えた羽根を渡そうと腕を寄せた。

「案外重いのな」
「そうなんです、すみません持ってもらっちゃって」
「おー」

てか俺が持つって言ったんだけど、とは言わずに一緒に階段を下りる。
なまえが稽古場の扉を開けて入るとまだ誰もいなかった。

「これ、ここでいい?」
「はい!ありがとうございました」
「……」
「なんですか?」

お互い何も持たない状態で向かい合うとなまえの髪の毛に羽根飾りがひとつ付いていた。
さっき持った感覚では簡単に取れるようなもんでもなかったから、部屋にあった余りがついてしまったんだろうか。

「羽根ついてる」
「え?」

なまえが自分の体を見下ろすけれど、そこではない。
「髪、」とだけ伝えて左耳の少し上についた羽根を取ろうと右手を伸ばした。
驚いたように息をのんだなまえの視線には気が付いたけれど、なんとなく無視をする。
そっと髪の毛をすくうようにして羽根を指でつまんだのと、稽古場に他の連中が入ってきたのは同じタイミングだった。

「えっ」
「おい紬、入り口で止まるな…って何してんだ」
「…いつの間にそういうことになったの?」

紬さんが驚いたように声をあげて、それに丞さんが少しムッとしたように疑問を投げたらその後ろから幸が顔を出した。
幸はなまえと同じように羽根を両腕で抱えていたけれど前が見えないような状況にはなっていなかったらしい。
俺がなまえの顔に触れているようにでも見えたんだろうか。
……あながち間違ってはいねぇけど、そういうんじゃねぇ。

「あ、みなさんおはようございます!」

俺の前からするっと抜け出したなまえはいつもと変わらない声色で入ってきた紬さんたちに挨拶をして「摂津さんありがとうございました」と少しだけ早口で言う。

「…おう」
「これ髪の毛についちゃってたんですね、すみません」
「いや別に」
「幸ちゃん、まだ他のお衣装部屋にあるよね?わたし取ってくるね」
「うん。ありがとう」
「ううん、いってきます」

そう言って稽古場から小走りで出て行くなまえの背中を見送る。
手のひらに残った羽根は握りしめたせいで少しひしゃげていた。



(2020.09.09.)


万里くんお誕生日おめでとう!




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