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※岩鳶に入学したての頃のお話






「みょうじさん、選択授業何取るか決めた?」
「美術か音楽だっけ?まだ決めてないよ」

橘くんは?と隣の席の彼に聞き返せば、俺もまだ、と柔らかい笑顔が返って来た。

「提出期限明日だったよね、どうしよっかなぁ」
「橘くんは七瀬くんと一緒の授業取るの?」
「うーん、ハルは美術じゃないかなぁ。絵うまいんだよ」

入学して一週間。
隣の席の橘くんはすごく社交的な人で、何かとこうやって話しかけてきてくる。
今まで幼馴染以外の男友達っていなかったから、なんだか新鮮だ。







「なまえって橘くんと仲良いよねー」
「え、普通じゃない?」
「その普通、が羨ましいんだよ!ずるい!」

そんな大きい声で話したら橘くんに聞こえちゃうよーと言っても照れるというよりおもしろそうに笑うから、橘くんが好きっていうよりも男子のことを話題にしたいだけなのかもしれない。

お弁当を食べながら何組にかっこいい人がいたとか、昨日やっていたドラマに出ていた俳優さんが好きとか、橘くんと七瀬くんだったらどっちがいい?とか、中学から高校にあがっても大して女子たちの話題は変わらない。
さすがに橘くんと七瀬くんっていう固有名詞がいきなり飛び出したのは驚いたけれど。

あんなにかっこいい二人が同じクラスだなんて、このクラスは当たりだ。
(って友達が言ってた)



女子っぽい会話だなーとちょっとふわふわした気持ちのままお昼休みが終わり、眠気と戦いながら5限目を終えたら6限目はHRだ。
担任の先生が教壇に立って発した一言で、教室が一気に騒がしくなった。

「今日は遠足の班決めをしまーす」

遠足ー?という生徒の声に、「入学式で配った行事表に載ってたでしょう?」とやんわりと返す。

「四月の終わりに遠足があります。まず男子同士、女子同士で二人組か三人組作ってね」

わたしはお弁当を食べている友達とペアを作って、クラス全体が大体落ち着いたか、というところで先生がまた間延びした声で指示を出す。

「はーい、じゃあ男女混合の班になるので適当にくっついてください」

一瞬静まった教室が、またドッとうるさくなった。

「どうする?橘くんいっとく?」
「いっとく?って…その言い方やめなよ…」

さっき橘くんと仲が良くて羨ましい、と話題になっていたこともあって真っ先に彼の名前があがる。
けれど、友達が橘くんに声をかける前に違う男子が「一緒に組もうぜー」と言ってきてくれたし、その間にも橘くんと七瀬くんは女子に囲まれていた。









四月の最終金曜日。
通常授業の代わりに課外授業ということで、いつもの制服を着ているけれどみんなで学校前に乗りつけた大きなバスに乗り込んだ。
行先は、町のはずれにある水族館。
バスの中ではみんなはしゃいでいて、わたしも例外ではなく固まって座っている班のみんなとおしゃべりをしていたら、あっと言う間に目的地に着いた。

水族館に着いてからは自由行動だ。唯一決められているのはイルカショーの時間だけで、回る順路やお昼ご飯のタイミングも自分たちの自由にしていいことになっている。


…のだけど。







「あれ、みょうじさん一人?」

どうしたものか…と途方に暮れていたら少しだけ慌てた様子の橘くんが通りかかった

「うん、携帯落としちゃったみたいで今事務局に問い合わせてるんだ」
「えぇ?!…班の人たちは?」
「待っててもらうの悪いから先に行ってもらったよ。橘くんこそ何かあったの?」
「実はハルが迷子で…」
「迷子?!まだ入館したばっかりなのに?」
「ハルは水を見ると我を失うからなぁ」

そう苦笑したあとに、本当に水槽で泳いでたらどうしよう…と真剣な声色で顔は真っ青になっているから、七瀬くんの変人っぷりと橘くんの心配性っぷりがよくわかる。

「他の班の子たちは?」
「悪いから別行動することにした…って俺たち同じこと言ってるね」

そんな話をしていていたら、水族館のスタッフのお兄さんが早足でこちらに向かってきた。

「携帯ありましたよ」
「え!よかったーありがとうございます」
「落とさないようにストラップでも付けといたほうがいいですよ」

お兄さんの手から戻って来た自分の携帯には何も付いていなくて、落としても気が付かなかったのも頷ける。
友人のほとんどは重たそうなストラップをぶらさげていて、邪魔じゃないのかなぁなんて思っていたけれど、確かに何か付けていたほうがいいかもしれない。


「そうですよね、何か付けよっかな」
「うちの売店で売ってるストラップとか。ペアのストラップが人気ですよ」
「ペア?」
「はい、彼氏さんとぜひ」

お兄さんが言っているのはどう考えても橘くんのことで。
隣に立つ橘くんを見上げたらきょとん、とした表情から徐々に顔が赤くなっていった。

「…彼氏じゃないですよ、でも売店行ってみますね」

もう一度携帯のお礼を行って、仕事に戻るのだろう、館内に戻って行くお兄さんに会釈をしたところで「あのさ」と、橘くんに話しかけられる。
顔色は平常通りに戻ったようだ。

「どうしたの?」
「みょうじさん班に合流する?」
「あー…どうしようかな、追いつくの大変そうだよね」
「よかったら…迷惑じゃなかったらなんだけど、俺と回らない?」
「え?」
「あの、ハルのこと一緒に探してくれないかなって。本当に、迷惑じゃなければ、なんだけど」

こんなにしどろもどろ話す橘くんはなんだか意外だ。
社交的なイメージしかなかったのに。

どうせ班に追いつくのには時間がかかるだろうし、だったら七瀬くんを探しながらゆっくり回ったほうがいいかもしれない。
一人で見るより、誰かと見たほうが楽しいし。
七瀬くんが迷子なのに楽しいなんて不謹慎かもしれないけれど。

「いいよ、一緒に探そっか」
「、ありがとう!」
「いえいえ、ていうか七瀬くん携帯持ってないの?」
「持ってはいるんだけど、持ち歩いてなくていつも家にあるんだよね…」
「何それー意味ないね」



そんなやりとりのあと、ようやく順路を歩き出して七瀬くんの奇行…と言ったら失礼だろうか、変わった趣味について聞いた。

なんでも無類の水好きで、家にいても暇さえあれば水風呂に浸かっているらしい。
そのせいで学校を遅刻する、なんて言うのは当たり前で、休んでしまうこともあるから橘くんが毎朝迎えに行くとか。


「そんなに泳ぐのが好きなのにどうして岩鳶に来たの?うち水泳部ないよね」
「俺たちもう水泳はしてないんだ。岩鳶に来たのは単純に家から近いから、かな。みょうじさんは?どうして岩鳶?」

家、遠いんじゃない?と首を傾げる橘くんの後ろの水槽で色とりどりの魚が泳いでいる。
その間を割くように大きな種類の魚…詳しくないからエイとか鮫くらいしかわからないけど、悠々と泳いでいる魚たちは水の中はどんな気分なんだろうと今まで何度も考えたことがまた浮かぶ。

「…水泳部がないから」
「え?」
「あ、えっと、家は遠いんだけど…制服がかわいいなって」
「あぁ、たしかにうちの女子の制服かわいいよね」



水泳部がない高校なら、幼馴染と離れられると思った。
宗介は絶対に岩鳶には来ないって妙な自信があった。
こんなときまで宗介のことが頭をよぎって、進路を彼によって左右されたのか…と改めて情けなくなる。
もちろん偏差値が見合うとか、校風とかは考慮したけれど。



「七瀬くんいないねぇ」

順路に沿って水族館内を進むけれど七瀬くんどころか、うちの生徒にはほとんど遭遇しない。
平日の昼間ということもあってお客さん自体がまばらだ。
人が少ない館内をすいすい進む。

「大きい水槽の前でボーッとしてるかなぁと思ったんだけど。付き合わせてごめんね」
「全然。どうせ回る順路は一緒だもん」

むしろ一人にならなくて助かったかも、と言ったら橘くんが柔らかく笑う。





…そう言えば、宗介と凛以外の男の子と二人で並んで歩くって初めてかもしれない。

デートみたい、だな。




「あ、もうすぐイルカショーだね」
「本当だ…ハルどうしようかなぁ」

困ったなぁと元から下がっている眉をもっと下げて言う。
橘くんは表情がころころ変わるけれど、どの表情も柔らかくて、怒ることなんてなさそうだなぁと思う。

「もしかしたらショー見に来るかもよ?」

なんて、冗談半分だったのに。




「…本当にいた」


ショースペースに足を踏み入れ、ぐるっと見回すと、最前列に目をキラキラと輝かせて水槽を見つめる七瀬くんがいた。

七瀬くんの斜め後ろにはわたしの班のメンバーもいて、「なまえー!」と手を振る友達にジェスチャーでごめんね、と伝えてから橘くんに向き直る。

「わたしも班のみんなのとこに戻るね。一緒に回ってくれてありがとう」
「こちらこそ。その、なんか、」
「ん?」
「デートみたいで、楽しかった。なんて言ったらみんなに怒られるかな」
「へ?!」

本当ありがとう、と捨て台詞みたいに言い逃げをして最前列にいる七瀬くんのところまで足早に歩いて行く橘くんの耳は真っ赤だった。


(2014.10.12.)


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