4.あの頃と今

「えっ青城受けないの?!」
「うん。家から遠いんだもん」
「また俺たちのマネージャーやりたいとかは、」
「それだけで進路決められないよ」
「正論……!」

中学三年の冬だったと思う。
及川はもうスポーツ推薦で青葉城西への進学が決まっていて「高校あがったらさ、」と春になっても自分とわたしが同じ学校に通っていることを疑わずに話をしていた。
その時に及川に言ったのだ、青葉城西には行かないと。

「…部活はどうするの?」
「まだ受験終わってないのにそんなのわかんないよ」
「バレー部のマネージャーはやんないで」
「え、なんで?」
「だって!他校のマネとかやだ!」
「やだって。子供か」
「……高校生になってもなまえと部活できると思ってたのに」

いじけるようにして唇をとがらせた及川は本当に子供みたいだったのに、進学先が烏野に決まったと告げたときは「バレーまぁまぁ強いとこじゃん」ってこの人の頭の中はバレーボールばっかりなんだなと笑ってしまった。

「うん、だからマネージャーやるつもり」
「え?!俺との約束は!」
「約束?」
「マネージャーやんないでって約束!」
「やらないなんて言ってないと思う」
「えーもうやだ本当。やっぱり同じ高校がよかった」
「今更だなぁ。もう全部受験終わってるのに」
「青城って二次試験とかないのかな?それか編入してきなよ」
「はいはい。試合会場で会ったら話そうね」
「なまえ!!」

いつまでもそんなことを言う及川をあしらうように話していたけれど、北川第一でのマネージャーとしてのわたしを認めてくれていたんだなって嬉しかった。
結局烏野と青葉城西は今まで試合会場が重なったことはなくて会うことがないまま二年。
告白なんてされてしまったから連絡が来てもどう返せばいいのかわからないまま、わたしたちは三年生になってしまった。
まさか練習試合という形で再会するなんて思わなかったし、会うのちょっと気まずい…なんて思っていたのも本当だけれど、久しぶりに会う及川との空気はひどく懐かしくて居心地の悪さはない。



「なまえ、今彼氏いるの?」
「いるよ」
「嘘?!誰?バレー部?」
「うそ……だけどなにその反応、失礼じゃない?」
「ビックリしたー……会わない間に性格悪くなったんじゃない?」
「及川の見る目がなかったってことだね」

きゅっと手首を掴む及川の手に力がこもった。

「そんなことないよ」
「…及川は?相変わらずモテてそうだったけど」
「ファンの子たちはそういうんじゃないからね」

身近な騒ぐ対象がほしいんだよ、と爽やかにひどいことを言う。
あのなかには本当に及川のことが好きな子もいるだろうに。

「監督がさ、烏野と練習試合組んだって言ったときすごく嬉しかった」
「飛雄ちゃんがいるのに?」
「飛雄のことはいずれぶっ潰さなきゃと思ってたからね」
「…及川こそ性格のゆがみがひどくなってるのでは」
「茶化さないの。なまえに会いたかったんだよ、わかるでしょ」

だって、まさか、二年も経ってるのに。
さっき掴まれた手はずっと振り払うことができないままだった。

「フラれた理由、ちゃんと聞いておけばよかったな。二年も消化不良とか笑えるでしょ」
「……笑わないよ」
「うん。だけどもう一回ちゃんとフラれておこうかと思って」

及川はバレーボールが楽しいのだと、さっきの短いプレーだけでも伝わった。
もうこの人をおびやかしているものはないのかもしれない。
あるのは、上を向く強い気持ちだけ。

「なまえ、俺まだなまえのことが好きだよ」
「…ありがとう」
「彼女になってくれたらめちゃくちゃ優しくする」

彼女じゃなくたって、及川はすごく優しかった。
この人の特別になれたらきっと真綿に包まれるみたいな愛情をくれるんだろう。
だけど、

「……ごめん、わたし、」
「好きな奴がいる、とか?」
「…うん」

だからごめんね、と謝って掴まれていないほうの手で及川の手をはがそうと試みたら、その手もとられて及川のほうにぐいっと引っ張られた。
ぽすんとたくましい胸に抱き留められて、両腕は背中に回される。

「お、おいかわ」
「うん。最後にするから十秒だけ許して」

最後っていうかこんなことされるの初めてだよとか、十秒ってけっこう長くない?とか軽口を叩ける空気ではなくて、ふわっと優しく抱き締められる。
好きな人がいるというのは嘘だけど、支えになりたいと思う人がいる。
今、及川の言葉に頷くわけにはいかない。
ごめんねともう一度伝えた声は情けなく震えていて、わたしにとって及川徹は好きとか恋とかそういう対象じゃないくらい眩しい存在なのかもしれないと初めて気が付いた。
だから、どうかどこにいても輝いていて。
自分の道を迷っても立ち止まってもいいから歩き続けて。
いつか及川とわたしの進む道が交わることがあったなら、そのときは精一杯の声援を送るから。

そっと抱き締め返すように及川の背中をさすったら「ひどいなぁ、なまえは」と泣きそうな声で言われてぎゅっと唇を噛んだ。



「…なまえ、いつもそんな顔して男のことフるの?」
「いつもって…及川と違って告白なんてめったにされないよ」
「めったにってことはゼロじゃないんだ。妬ける」

そっと離れた身体はまだ緊張でガチガチで心臓は浮きそうなくらいバクバクと鳴っていた。
目の前の男は綺麗な顔で笑っていて、多分はたから見ていまわたしがこの人をフッたのだとわかる人はいないんじゃないだろうか。

「あーあ!なんか開き直れたかも」
「うん?」
「スッキリした。今度連絡したらちゃんと返事してよね」
「…善処します」
「無視したら家まで行くから」
「本当に来そうで怖い」
「本気だからね」
「及川、」
「んー?」
「足ちゃんと治してね。相手チームの研究して寝不足になるのも気を付けて。ちゃんと食べて、いっぱい寝て、」

それから、それから。

「ずっとバレーを好きな及川でいて」
「……すっごいこと言うね」

二人並んで体育館までの道を戻る。
肩を並べて歩くことはもうこの先ないのかもしれないけれど、別のチームのユニフォームを着ていてもわたしは及川徹というセッターがスパイカーにトスをあげる姿にわくわくしちゃうんだよ。
だからずっとバレーボールを好きでいて。

体育館に入る数歩手前で立ち止まって「またね」と見つめた瞳が宝石みたいで、この瞳に映る景色が光に満ちていますようにと願った。



(2020.08.28.)



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