3.再会

「なまえ!」
「及川、捻挫したの?ちゃんとストレッチしてる?オーバーワークじゃない?」
「うっ二年ぶりの再会の第一声がそれ…?」
「こういうこと言われないように自己管理しなよ、主将なんでしょ」
「はい、スミマセン」

試合が終わって、選手たちはストレッチ、わたしたちはベンチの片付けをしていたら懐かしい声に名前を呼ばれた。
あまり汗をかいていないのは試合に出ていた時間が短いからだろうけれど、出場時間に関わらずアップもダウンもしっかりしなければ怪我の元だ。

「ダウンは?青城の人たちもまだやってるよ」
「でも、」
「でもじゃない。岩ちゃんー及川がサボってるよー」
「ちょ、ちょっと!」

わたしが大きな声で岩ちゃんを呼ぶと及川が焦ったように手をばたつかせている。
180センチ以上ある男子高校生がやるにはかわいらしい仕草に笑ってしまう。

「元気そうでよかったよ。ちゃんとダウンしてきて」

ね?と言いながら背中を押す。
Tシャツの上から触れただけでもわかる筋肉に、さっき試合で見たジャンプサーブに、会っていなかった二年間も彼がバレーにどれだけの時間を使ってきたのかがわかった。

「ダウンしてるうちに帰らない?」
「それはわからないかな、わたしだけの都合でみんなの動き決められないし」
「なまえ〜」
「あは、うそうそ。そんなすぐ帰らないと思うから」
「わかった、またあとでね」

帰らないでね!ともう一度振り返りざまに念を押されてまた笑ってしまう。
変わらないなぁ、及川。
あんまり会いたくなかったはずなのに、会うと言葉がぽんぽん出て来る。
チームのほうへ戻っていく及川の背中を目で追ってしまいそうになったけれど無理矢理視線をはがす。
振り向いたところで烏野のみんながこっちを見ていて驚いた。

「え…何?」
「なまえさん、あの男と妙に親しくないですか」

田中がわなわなと震えながら言ってきて、日向がこくこくと同調するように頷いている。
飛雄は何も言わないけれどジッと静かな瞳でこっちを見ていてその目がいちばん痛いかもしれない。

「そりゃ中学三年間同じ部活だったからね」
「でも!なんかさっきの岩泉って人よりも近い感じが!」
「気のせいだよ、はい田中ドリンクもう一本飲む?」
「飲みます!あざす!」

簡単にごまかされてくれる田中はかわいいなぁと思っていたら潔子に「あの人と何かあったんだ」と確信を込めて言われてしまった。
潔子の声がわたしにだけ届くくらの小さな声で他の人には聞こえていない。
何も言わずに無言で返すと、潔子は「言いたくないなら聞かない」と優しく言ってくれた。



ダウンを終えた及川が大股で近寄ってきながら「なまえ!」とまた大きな声で名前を呼ばれる。

「はーい」
「無感動な返事!」
「なにそれ」
「なまえちょっと来て」
「なんで?ここじゃダメなの?」
「ダメだから言ってんだよ。わかっててそういうこと言うの、変わってないね」

むっとしたような顔をした及川に手首を掴まれた。
さすがにこれは…と「ちょっと、」と止めようとしたら及川が武田先生に向かって「すみません、五分だけマネージャーさんお借りしてもいいですか」とよそいきの顔と声で言う。
及川が体育館に来た時にギャラリーの女子生徒たちから黄色い歓声があがっていたことを思い出して観客席のあるほうを見たけれど、今はもう誰もいなくなっていて息を吐いた。

「え…っとみょうじさんと清水さんが仕事に差し障らないようであれば大丈夫です、が」

事情をはかりかねている武田先生がわたしと潔子を交互に見ながら言う。
すっぱりダメですって言ってほしかったけれどこれは武田先生の優しさと気遣いだ。

「もう片付けも終わるので大丈夫です」と凛とした声で言う潔子のほうを見る目は多分少し恨みがましくなってしまった。
すぐに帰らないよとは言ったけれど、こんな風に連れ出していいとは言っていない。
元チームメイトとしての距離感を崩したくない。
昔何かあったのかなんて勘繰られたくない。

「ありがとうございます」
「〜〜〜わたしは良いって言ってないのに」
「はいはい」

引きずられるようにして体育館を出たけれどわたしの右手首を掴む左手は優しくてあたたかい。
五分だけって言ってたからそんなに遠くに行くつもりはないと思うけれどよく知らない場所で行先を告げられないというのは心もとなくなる。

「及川?どこ行くの」
「どこでもいいんだけど、二人で話せるとこ」
「それならここでもよくない…?」
「あとちょっと雰囲気出るとこ?」
「……」
「無視しないでよ」

及川が速度をゆるめてわたしのほうを振り返る。
振り返った表情が、今まで見た及川の表情の中でもいちばんじゃないかってくらい弱々しくて驚く。

「会いたかった」
「…うん」
「連絡無視するんだもん、ずっと」
「ごめんね」
「友達にすら戻れないんなら告白なんてしなきゃよかったかなって思ってた」



中学の卒業式のあと、及川に告白された。
ボタンが全部なくなった学ランを着た及川に、最後に体育館行こうよと誘われたから他の部員もいるのかと思ったら誰もいなくて。
不思議に思っていたら「なまえ」とじんわり胸に沁みる優しい声で名前を呼ばれた。
バレー部でわたしのことを下の名前で呼ぶのは及川だけで、及川が下の名前で呼ぶ女子は知る限りわたしだけだった。

「明日からあんま会えなくなるね」
「そうだね、青城部活厳しそうだもんなぁ、試合会場とかで会えるといいね」
「うん、あのさ、」

珍しく及川が言いにくそうに、タイミングをはかっているかのようで。
二人で話す機会ってそういえばあんまりなかったなぁなんて思っていたら真正面から強い瞳に見下ろされた。

「俺、なまえのことが好き」
「……え」
「付き合わない?俺たち」

まっすぐでシンプルな告白だった。
及川はいつだってバレーボールのことを考えていて、バレーボールは及川にとっての全てだった。
三年に上がってすぐに新入生の飛雄のことで爆発しそうになっていたことはわかっていたのにわたしは何も声をかけられなかった。
ある日、綺麗な顔に似つかわしくない鼻血を出してみんなが帰った体育館から出てきた時は飛雄と殴り合いのケンカでもしたのかと驚いたけれど「岩ちゃんに殴られた」と笑う顔はひどくスッキリとしていた。
わたしは、及川に何もしてあげられない。
近くにいた時だってそうだったのに、別々の高校に行ったら尚更だろう。
無力さをわかっているのに及川の時間を奪うようなことはしたくなかった。
答えはすぐに出たはずなのに、しばらく何も言えなかったのは言いたくなかったからかもしれない。

「…なまえ?」
「あ……ご、ごめん。わたし…」
「うん…」
「及川とは付き合えない、よ」
「……そっか」

これからも友達でいてね、といつもよりもへたくそに笑う及川の顔はいまだに忘れることができない。



(2020.08.19.)



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