12.

「なんで断っちゃったんすか?!」
「なんでって好きとかじゃないから…」
「好きになるかもしれないのに!なまえチャン彼氏欲しくないんスか?」
「太一くんは好きじゃない子に告白されても付き合うの?」

質問に質問で返された太一が「えぇ?!」とおおげさに驚いてやたら真剣な顔で考え込んでから「…お断りするかもしれないッス…」とつぶやいた。
普段モテたいと言っているけれど誰でもいいわけではないはずだし誠実に付き合うタイプだろうな、太一は。
二人はこう言っているけれど、好きでもない相手と付き合うなんてよくある話だろう。
太一が言うように付き合ってみて好きになることだって多分ある。
俺はそんな経験ねぇけど。

別になまえの恋愛観は特殊なものではないと思うけれど、椋と恋愛映画で盛り上がっていたあたり理想とする恋愛みたいなもんがあるのかもしれない。

「なまえちゃんって彼氏いたことあるんスか?」
「太一くんすごい聞いてくるね…」
「だって女の子と恋バナする機会なんてないし!で、どうなんスか?!」
「え〜…幸ちゃん〜」
「すぐ俺に助け求めるのやめてよ、なまえの恋愛事情なんて俺だって知らないよ」
「もう臣さん早く帰って来て…」
「お、なんだ呼んだか?」

ただいま、とタイミングよく帰ってきた臣を見てなまえが駆け寄った。

「臣さん!おかえりなさい」
「あぁ、ただいま。なまえにおかえりって言われるのは新鮮だな」
「お邪魔してます」
「それにしても珍しいメンバーだなぁ」

談話室にいた顔ぶれを見て…っつーか多分主に俺のほうを見て臣が笑う。

「みんなで映画観てたんスよ!あと恋バナ!」
「恋バナ?」
「臣くんが言うと違和感がすごい…」
「そうか?俺だってするぞ、恋バナ。秋組が結成したばっかりの頃にみんなで初恋について話したよな」

懐かしいな、と言いながら臣が荷物からアルバムらしき冊子とCDディスクを取り出す。
なまえがこの話題を早く切り上げたいことを察してか、今日寮に来たなまえの本来の目的に話を移した。

「はい、文化祭の時の写真。遅くなって悪いな」
「全然遅くないです!嬉しいなぁ、ありがとうございます」

わざわざ現像してくれたんですね、と受け取ったなまえが早速アルバムを開くと他の奴らも手元を覗き込む。
さっき話題になっていた市川も当然写っていて太一がまた「もったいない…!」とつぶやくから事情を知らない臣が「何がだ?」と聞き返す。

「俺、そろそろ部屋戻るわ」
「えっ万チャン写真見ないの?」
「現地で見てんのになんで写真まで見んだよ」

つーか元々ここで映画を観るつもりも菓子食いながら世間話をするつもりもなかった。
すっかり腰を落ち着けてしまったソファから立ち上がる。

「あ…そうだ、摂津さん。文化祭来てくれたんですよね。他校の文化祭とか興味なさそうなのに…ありがとうございます」
「別に、芝居やるっつーから言っただけ」
「なんでも芸の肥やしにってやつですね!」
「そういうこと。じゃーな」
「万里、あとでまた呼ぶな。ケーキ食うだろ?」

今日はなまえとチーズケーキを焼くんだ、な?と臣が人の良さそうな顔をなまえに向ける。
ケーキって、さっきまで映画観ながらちまちま食ってたのにまだ食うつもりかよ、と思うけれど太一も椋も目を輝かせていた

「…焼き上がった時に腹減ってたら食うかもしんねぇ」
「はは、了解」

文化祭から二週間しか経っていないのにやたら長かったような気がする。
監督ちゃんは幸や椋の保護者みてぇなもんだから二人が楽しんでいてホッとしたのか、影もお化け屋敷も楽しかったと何度も言っていて、文化祭の話題になるとなまえの名前も何度か出ていた。
文化祭で取った写真は劇団員のLIMEでシェアされていて、現地で見てLIMEでも見たもんを本人の目の前でまた見るっつーのは勘弁してほしいと思っていたことに多分臣は気が付いていた。

どうせ部屋でゲームをしているであろう至さんのところへ行こうかとも思ったがそんな気分でもねぇなと結局自分の部屋に戻って寝転びながらゲームにいそしんでいるうちに眠ってしまったらしい。
コンコン、と部屋の扉がノックされて浅い睡眠からひっぱりあげられた。
臣がケーキが焼けたことを知らせにきたんだろうか。
返事をしなければ無理に起こされることもないことはわかっていたし、ごろんと寝返りを打ってまた寝入ることにする。
なまえが劇団に出入りすることにはもう不満なんてないけれど、俺も混ざって和気あいあいとしたいかと聞かれるとそれはまた話が別だ。
自分の住んでいる寮だっていうのに妙な居心地の悪さを感じてしまうのだ。
もう一度ノックの音がしたけれど無視をしたらカチャッと静かにドアノブが回される音がした。

「あれ、摂津さんいないですね」
「寝てるんじゃないか?ほら」
「…あ、本当だ」

なまえと臣の声だ。
多分ベッドを指して話している。

「起こすのもかわいそうですよね…」
「残念だな、チーズケーキ美味そうに焼けたのに」
「臣さんのレシピなら摂津さんはいつでも食べられますから」

かぶったタオルケットの隙間から部屋の入口あたりにいる二人を覗くように見るとなまえの表情が少し残念そうに見えてしまったけれど、ベッドから起きたのはそれが理由ではない。
やっぱり少し腹が減ったような気がしただけだ。

「…おい」
「え?」
「わりぃ、寝てた」
「万里、ケーキ焼けたけどどうする?」
「ん、食うわ」

髪の毛を後ろ手で軽く直して、のそのそとロフトのベッドから下りる。
先に戻ってもいいのに臣となまえは俺を待っていて、兵頭のいない部屋になまえがいるってなんか変な感じすんな。

「てか兵頭は?出かけてんの」
「さぁ…なまえ知ってるか?」
「今日は実家戻るって言ってましたよ。チーズケーキ残しておいてくれって頼まれました」
「そうか」
「全部食ってやろうぜ」
「摂津さんって十ちゃんにはいじわるですよね…」
「んなことねーだろ」

並んで部屋を出て談話室に戻る。
なまえは公演準備の期間はよく寮に来ていたけれど、秋組公演が終わって冬組の稽古が始まったばかりの微妙なこの時期にこうやって寮の中を一緒に歩くのは不思議だ。

「そういえば、中庭にお花植えたんですね」
「花?」
「あぁ、冬組にガーデニングが趣味だって人が入ったんだ」

通りがかった中庭を見ながらなまえが言うけれど、今まで気が付かなかった。
紬さんが植えたのであろう花を遠目に見て「綺麗ですね」と顔を綻ばせている。

「冬組の方にまだちゃんとご挨拶できていなくて」
「今もみんなで稽古場にこもっているみたいだからなぁ」

会えるの楽しみです、と笑っているなまえに秋組が入団した時もこんなんだったんだろうな、とふと思った。
夏組から手伝っていたらしいなまえは、俺が入った時には春夏の団員と打ち解けていた。
兵頭の引越しの手伝いをしていたなまえに朗らかに「はじめまして」と声をかけられたことも覚えている。
当時は、芝居はケンカの手段でしかねぇと思っていたし兵頭のツレの女と仲良くするつもりなんて微塵もなかったっつーのに、わかんねぇもんだな。

「冬組公演は俺たち秋組も手伝いに回ることが多いだろうからよろしくな」
「はい、こちらこそまたお願いします。…摂津さんも」
「おー」

律儀に俺のほうを向いて名前を呼ばれたから返事をしないわけにはいかず、そっけなく返したつもりなのになまえは嬉しそうに笑った。
ヤンキー耐性が兵頭のおかげでついているとはいえ変な奴だと思う。
強面の男といるよりも紬さんみたいないかにも優しいですっつー雰囲気の人の隣のほうがしっくりくる。
談話室に戻ると元々いた太一たちに加えて寮にいた他の奴らも集まっていて、どうやら手分けして呼びに行っていたらしい。
これだけ人数がいればワンホールのケーキもすぐになくなるなと思ったけれど、兵頭の分はなまえがしっかり確保していた。


(2020.08.03.)



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