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江ちゃんに勝手にエントリーされていた筋肉コンテストからようやく解放されて、みんなのところに戻ったらなまえとハルがいなかった。

「あれ、なまえとハルは?」
「ハルちゃんがどっか行っちゃってさーなまえちゃんはハルちゃん探しに行ったよ!」
「えぇ?!もうすぐリレー始まるのに…」

携帯を取り出して通話履歴の一番上にあるなまえの番号を表示させて電話をかけるけれど、
何コールか鳴っても出ない。
ハルは…どうせ家に携帯置いてきてるよなぁ。

俺も探しに行くよ、と手に持っていたジャージを羽織ろうとしたところで「あっ遙先輩どこに行っていたんですか!」という怜のうわずった声が聞こえた。
振り返るとハルが少し、多分ハルと親しくない人だったらいつもと同じ表情に見えるくらい微妙にだけど、眉間に皺を寄せてこちらに近付いてきた。

「ハル!…あれ、なまえは?」
「なまえちゃん、ハルちゃんのこと探しに行ったんだけど会わなかった?」
「会った」

みんなの頭にハテナが浮かぶ。
一瞬、ハルが俺を見て難しそうな顔をした。

「会ったけど、山崎があいつと話があるって」
「え、なまえちゃんのこと置いて来ちゃったの?ていうかハルちゃん山崎くんといたの?」

コクっと頷いたハルを見て心臓がどくんって大きく鳴った気がした。

「まこちゃん、なまえちゃんのこと探しに行ったほうがいいんじゃない?」
「…でも山崎くんもリレー出るしもうすぐ戻ってくるよ」

正直、渚の心配そうな顔を見たら情けないけれど不安が増す。


山崎くんの話ってなんだろうか。
そりゃあ数年ぶりに会った幼馴染なんだし、積もる話はいくらでもあるだろうけど。

ハルもハルだ。
二人で置いてくることなんてないじゃないか。
無理矢理にでもなまえのことを引っ張って来てほしかった。

なまえだって。
さっきのなまえの態度、本当はちゃんと理由が聞きたかった。
でも、何も言わないから。
なまえの揺れる瞳を見ていたら問い詰めたい気持ちなんて消えた。
聞くのが怖かった。
何も言わないってことは、きっとなんでもないからだ。
そう自分に言い聞かせて、気付いていないフリをした。

不安になっていたらキリがない。
惚れた弱味?
多分、なまえより俺の好きって気持ちのほうがずっと大きい。








「あ、よかった。ハル戻って来てる」

少し空気が重たくなったところで、話題の中心だったなまえ…と山崎くんが揃って現れた。

「なまえちゃん!もーなまえちゃんまで迷子になってどうするの!」
「渚、俺は迷子じゃない」
「わたしだって迷子じゃないよ!」

ごめんね、となまえがみんなに謝っているうちに山崎くんは鮫柄のみんなが待つほうへ行ってしまう。
なまえはそれに気付いていたようだけど何も言わなかった。
「宗介どこ行ってたんだよ」という凛の声が聞こえた。



「なまえちゃん、宗介くんと何話してたの?」

江ちゃん、それ俺が聞きたくても聞けなかったこと…。

こんな風に気軽に聞けるのは女の子同士だからか、俺が気にしすぎなのか。
多分、後者だ。

「岩鳶でマネージャーやってるよって」
「え、宗介くん知らなかったの?」
「そうー凛が言ってるもんだと思ってたのに」

山崎くんとの話をするなまえの声が少し寂しさを含んでいるような気がして、笑ってる顔が痛々しく見える。
それが自分の勘違いであることを願うばかりだ。
さっきから我ながら情けないことばっかり考えている。

ふと鮫柄のほうを見ると山崎くんがこっちを見ていた。

山崎くんは中学生のときしょっちゅうハルに突っかかってきていて。
ハルは興味なさげにかわそうとするんだけど、それでも食い下がる山崎くんとハルの間に何度割って入ったことか。

だから、リレー前だしハルを意識してるのかなって思ったけど。
思いたかったのだけど。

山崎くんの表情はハルを見るような鋭い目つきじゃなくて、なにか大切なものを見るような、優しくて、それでいて寂しそうで、一言じゃ表せない。
そんな瞳の色で、なまえを見ていた。





「真琴?」

ぼんやりとそんなことを思っていたら肘のあたりを突つかれる。

「え?あぁ、なに?」
「なにってもうリレー始まるよ」

ジャージ持ってるよ、となまえが手を差し出す。
その小さな手に自分の手を重ねた。

「真琴?」
「…勝つから見てて」

きょとん、と俺を見上げるなまえの手を握る。

「?うん、頑張ってね」

不思議そうななまえにジャージを渡して先に行ってしまったハルたちを追いかけた。

チラっと山崎くんのほうを見ると、もうなまえのほうは見ていなくて凛たちと穏やかな顔で話していた。
さっきとは別人みたいだ。

…さっきの、俺がなまえの手を取ったところ、見せつけてやろうとか思ってやったわけでは決してないんだけど。
渚に「らしくない」だとか「顔が怖い」だとか言われて無自覚って怖いと思った。


















いつもと様子が違う真琴から受け取ったジャージを思わず抱き締めるようにして持つ。

不安にさせた、よね。
真琴が人前で手を繋いでくるなんて今までなかったし、あんな顔をさせたのは自分かもしれないと思うと、ごめん、なんて言葉じゃ足りないと思った。

ハルたちのところに追いついた真琴はいつも通りの真琴だ。
リレーに向けて士気を高めている四人の姿は頼もしい。

リレーの結果は、僅差でチームドルフィン…岩鳶水泳部が勝った。
オレンジ頭の子はどうやら水泳部ではないらしくて、(道理で凛に引っ張られるようにして来たわけだ)このリレーをきっかけに入部を決めたらしい。

「歓迎する」なんて言いながら御子柴くんに手を差し出す凛は、すっかり部長らしくなったなぁと思わず笑みが漏れた。


それと、

「…江ちゃん、」
「なぁに?」
「凛と宗介が一緒に泳いでるなんて嘘みたいじゃない?」
「うんっ!わたしも同じこと思ってた!」

宗介と凛が小学生のとき、一度だけリレーを泳いだことをよく覚えてる。
結果は決していいものとは言えなくて、リレーのあとに二人が言い合いになっていたのを観客席から見ていた。

だから今、正式なものではないけれど二人が同じチームとしてリレーを泳いで、笑い合っていることが不思議で、すごく嬉しかった。

今すぐにでも二人のところに行ってまとめて抱きしめたいような気持ちだけど、もうそんな年ではないし、鮫柄の良い雰囲気を邪魔するのは違うし、なにより真琴がいるから。
今のわたしには、隣にいる江ちゃんと「嬉しいね」って笑い合うだけで十分だった。

愛ちゃんはちょっと緊張していたみたいだったけれど、八人が自分の持ち味を発揮したリレーで会場はすごく盛り上がって、イベントのメインだっただけに笹部コーチも満足気だった。

運営の手伝いをしたお礼に、とコーチがみんなにアイスをおごってくれた。
傾きかけている日差しの下で食べるソーダ味のアイスは今まで何回も食べた味のはずなのに、今日はなんだか味がしない。

疲れたのかな。
わたし何もしてないのに。

「なまえ?どうかした?」

一口かじって、アイスを手に持ったまま今日の感想を話しているみんなをボーっと眺めていたら、わたしと半分こにしたアイスをとっくに食べ終えた真琴に顔を覗き込まれて思わず身を引いた。

「わ、ビックリした」
「疲れた?アイスいらなかった?」
「あ…ううん、わたし今日見てただけだし、疲れるようなことしてないよ」

真琴の垂れた眉がまた下がる。
そんな顔しないで。

「真琴、アイス食べる?」
「いらないの?」
「なんかお腹すいてないかも」

一口かじっちゃったんだけど、と言いながら真琴に差し出すと、差し出した手を掴まれてグイッと引き寄せられたかと思ったらそのまま手に持ったアイスを食べられた。

「おいしいのになぁ」
「…みんないるのに恥ずかしくないの?」
「うーん、ちょっと。けど、なまえは俺のだよってもうちょっとアピールしたほうがいいのかもって思った」
「な、いきなり、なに?」
「あれ、違った?」
「違くないけど」

わたしが言うと、いつもみたいに眉と目尻が緩く下がる笑顔をくれる。

よかった、なんて言いながら髪を撫でられたら胸につかえてたものがなくなっていくみたいだ。
いつだって真琴のこういうところに助けられてる。

悲しい顔も、不安な思いもさせたくないな。
真琴のことが大切だよ。



わたしの手の中にあったアイスは、あっと言う間に真琴の中に溶けていった。



(2014.09.09.)


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