7.わかってるよ、ちゃんと

「本日のケータリングは七瀬さんがご用意してくださいましたー!」

深夜に放送されているSTYLE FIVE全員が出演しているドラマン撮影、ご飯はお弁当が出ることもあればケータリングの時もあって、スタッフさんが用意してくれることがほとんどなのだけれど、今日はハルが手配をしてくれたらしい。
たまにスタッフさんや共演者の方の士気を高めたり労いの意味を込めて出演者が準備することがあるんだ。
珍しいね、と声をかけたら「まろんのコーヒーが飲みたくなった」と返された俺は多分いま結構まぬけな顔をしていると思う。

「えっまろんに頼んだの?」
「あぁ。撮影続きで最近行けてないだろ。旭に聞いたらできるって言われた」

個人経営のお店なのにケータリングなんてできるんだ…と感心していたらなぜかハルがドヤっという表情をしていた。
いつもサバがないって嘆いているのにまろんのコーヒーが飲みたいなんてかわいいところがあるんだよな。
今日撮影に参加しているのは俺とハルと凛、それから事務所の後輩が数人とスタッフさんたち。
大所帯というわけではないけれど営業もあるのに大変だったんじゃないかなと茜さんの姿を探すとADさんと話をしていてちょうど終わったところだった。

「茜さん!」
「真琴くん、お疲れ様。七瀬くんも本日はご依頼ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます」
「スタジオでまろんのご飯が食べられるなんて嬉しいです!」
「持ち運べるものだから簡単なものばっかりになっちゃったけどね」
「まろんは何食べてもおいしいですから」
「ハル、真琴。俺にも紹介してくれよ」

茜さんと三人で話していたら肩に凛の肘が乗っかった。

「ごめんごめん。こちら栗宮茜さん。俺とハルがよく行く喫茶店の店長さん」
「旭のお姉さんだ」
「あーそうなのか。はじめまして、松岡凛です」
「松岡くん、はじめまして。旭と知り合いなの?」
「はい。俺、鴫野貴澄と小学校の同級生なんです。貴澄と旭が一緒にいる時に会ったことがあります」
「そうなんだ!世間狭いねぇ」

茜さんは中学生の時から面識があるから俺とハルを今更アイドル扱いすることはないけれど、凛に対してもすごくフラットというか「弟の知り合い」というカテゴリで接している感じがする。

「よく行く喫茶店っつーと、あの子がバイトしてるってところか?」

凛が意味ありげな目線を俺に投げた。
何もやましいことなんてないはずなのに、この前まろんでなまえちゃんと話をしてしまったことを報告していなくてギクリとする。

「あの子?」
「…なまえちゃんのこと?」

我ながら白々しい。
だけど茜さんが「あぁ、松岡くんもなまえちゃんと知り合いなの?」なんてあまりにもあっけらかんと話すから後ろめたさなんて感じる必要はないんじゃないかと思いたい。

「いや俺は知り合いっつーか、顔見知りっつーか」
「同じようなものじゃない」
「そっすね。じゃあ俺、休憩二人より短いんで飯食って来ます。ケータリングありがとうございます」
「こちらこそ!撮影頑張ってね、よければ今度お店にもどうぞ」
「はい、今度伺います」

凛が営業じゃない笑顔を浮かべてケータリングが並べられたエリアへ向かって行った。

「なまえちゃんって他のメンバーからも覚えられてるのね」

通ってくれていたら顔を覚えやすいというのはもちろんあるけれど、印象に残りやすい子っていうのはいると思う。
俺にとってなまえちゃんはすごく印象深くて、長年コンスタントに会いに来てくれたからというのもあるけれど、それ以上に何か理由があるのかと聞かれたら言葉にするのは難しい。

「はい…デビューしたての頃から応援してくれていて、まさかまろんで会うなんて思わなかったです」
「そっかぁ」

考え込むような様子で茜さんが眉を寄せた。。

「あの、別に俺は気にしないですよ…?なまえちゃんも他の子に言ったり騒いだりするような子じゃないと思いますし」
「うん〜わたしもそう思うんだけど、本人がね」
「本人?」
「なまえちゃん。ファンが働いているお店じゃ真琴くんがゆっくりできないって」
「…もしかして、辞めちゃうんですか?」
「とりあえずシフト減らしたいって相談された。てか、そんな相談してくる時点でなまえちゃんの信頼度が上がってしまったんだけど」
「俺もです」

茜さんと顔を見合わせて苦笑い。
休憩時間は限られているし、茜さんも仕事があるからとハルや他のスタッフさんに手短に挨拶をして帰って行った。

今でもそこまで頻繁にまろんに通っていたわけではなかったけれど、俺が行くとなまえちゃんが気にするだろうか。
俺のせいでなまえちゃんがバイトを辞めてしまったら茜さんにも申し訳ない。
仕事に慣れていて関係が良好なアルバイトさんが辞めるってお店側にも負担だろうし、だからこそなまえちゃんはいきなり辞めるのではなくシフトを減らしたいという相談から入ったんだろう。
俺は気にしないのに。
むしろ会えたら嬉しい…ってこれがダメなんだよなぁ。
会いに行くっていう発想がまずいことはわかるけれど、今まで通りならいいかな。
近くまで来たから、時間が空いたから、旭たちに集まっていると呼ばれたから、そういう理由があればこれまでと同じようにまろんには行く、と思う。
なまえちゃんがいたら少しくらい話したって自然なこと、だよね…?

誰にだかわからない確認を頭の中で繰り返していたらハルに「真琴、食わないのか?」とつつかれた。



「真琴、お前隠してるつもりかもしんねーけど何かあったのバレバレだからな」
「ば、ばればれ…」
「あの話しぶりだと真琴となまえが知り合いなのは茜さんも知ってるっぽかったし、もしかして店でまたなまえに会ったとか」

何かあった、と言ったけれどその「何か」がなんだったのか凛にあっさりと言い当てられてしまった。
俺はポーカーフェイスとか隠し事ができないらしいから、返事をする前に凛が「やっぱりな」と呆れたように言う。
会いに行ったわけじゃないんだよ、と伝えるけれど言い訳がましくなっていないか自分でも不安だ。

「…旭と、郁弥がまろんにいるからって俺とハルのこと誘ってくれて」
「まー元々知り合いの店だったんだもんな。急に行くなってほうが不自然か」
「うん…俺もどうしたらいいのか悩んだんだけど」
「……真琴、お前なまえがまろんで働いてるって知ってたのか」

黙って俺と凛のやりとりを聞いていたハルが会話に入って来る。

「うん、ごめん実は知ってた」
「だからあの時あんまり驚いてなかったんだな」
「…ハルは、どう思う?」
「別にどうも。俺たちのせいでなまえがバイト辞めることになるのはかわいそうだとは思うけど」
「は?バイト辞めろって店側からなまえに言ったのか?」

クビってことかよ、と凛が不穏な言葉を口にしたから慌てて否定する。
茜さんはそんなことをする人じゃない。

「いや、違うんだ。なまえちゃんから言い出したみたいで…とりあえずシフト減らしたいって相談があったって」
「真琴のためってか」
「うん…多分」

凛が左手で前髪をかきあげて「愛されてんなぁ」とつぶやいた。
恥ずかしいセリフなのに凛が言うと様になるんだからすごいな、さすが恋人にしたい芸能人ランキングに毎年ランクインしているだけのことはある。
STYLE FIVEのメンバーは個人でもドラマに出演させてもらっているけれど、恋愛ドラマの出演数が一番多いのが凛なのも納得だ。
ちなみに二番目に多いのはハル。

「まぁ、たまに行くくらいならいいんじゃね?なまえも毎回いるってわけじゃないだろうし、わきまえて…っつーと言葉が悪ぃけど、真琴のこと考えてくれてるっぽいし」
「凛〜…」
「ぅわ、なんだよ!コーヒー持ってんだからじゃれつくな大型犬か!」
「よくファンの子に言われる…ゴールデンレトリバーみたいだって」
「俺にはそんな一面見せなくていいんだよ!」

ったく…と言いながら溜息をはかれたけれど、凛のこういう態度は照れ隠しなことが多いのはもう知っている。

「っつーか、ケータリングって捨てられるものはいいけど、こういうのはまた取りに来てもらうんだろ?」
「あぁ…撮影終了の頃に取りに来るらしい」
「そっか。茜さんお店もあるのに申し訳ないね」
「遅くなってもいいんなら届けに行けばいいんじゃねーの?」
「え?」

コーヒーの入ったポットを指しながら凛がこともなげに言う。

「俺ら車だし。撮影終わってから届けに行けば?今日七時には終わるから閉店には間に合うだろ」
「でも事務所の車だと大きくて目立っちゃわないかな?」
「デカいポット持って降りれば業者っぽいし大丈夫だろ」
「そうかなぁ」
「てか俺も店行ってみたいし」
「えっ」

ブラックのままで飲んでいる凛が、ここのコーヒー美味いなと褒めてくれて俺まで嬉しくなるけれど会話の雲行きが怪しすぎる。

「…よくわからないがこのコーヒーポットは俺たちがまろんに返しに行くってことでいいのか」

ハルが冷静に聞いてきて俺と凛が頷いた。
車の運転はマネージャーさんだから、ハルがそれでいいのか確認に行ってくれてケータリング担当のスタッフさんと茜さんにも連絡しておくとてきぱきと動いてくれた。
ハルってこういう時けっこうしっかりしてるんだよな。

「…真琴」
「うん、何?」
「ハルがいたからさっきは言わなかったけど。まろんに行くのはいいけど、それだけだよな?」
「それだけ、って」

凛の言いたいことはわかっているつもりだけれど「それだけだよ」と言い切ることができなかった俺をジトっとした目で見るのはやめてほしい。

「わかってんだろ、自分の立場」

とんっと俺の胸のあたりを凛の握ったこぶしの甲が小突いた。

俺の、立場。
橘真琴という一人の人間であると同時に、STYLE FIVEのメンバー。
アイドルという看板を掲げている以上、一番大切にすべきなのはファンの存在だと思う。
ファンあっての俺たち。
ライブ会場やイベントで俺に手を振ってくれて名前を呼んでくれて、俺たちを輝かせてくれるのはファンのみんな。
そんな子たちの期待に応えられるように、傷付けることのないように、応援したいと思ってもらえる存在でいたい。
このドラマだって、観てくれるテレビの向こう側のファンあってこそだ。
多分、なまえちゃんはこのことを俺と同じくらい、もしかしたら俺以上に考えてくれている。

「…うん、だけどやっぱりなまえちゃんがバイト辞めるってことになったら申し訳ないな」
「それだよな…茜さんはなんて言ってんだよ」
「シフト減らすって相談されてなまえちゃんの信頼度が上がったって」
「はは、間違いねぇな」
「だよね」
「まぁ茜さんから話してなまえが納得してねぇんなら真琴から話すしかないんじゃねーの」
「えっ」

まさか凛にそんなことをいわれると思わなかった、と返したらハルが戻って来た。

「ポット、俺たちで返しに行くことになった。茜さんにも連絡した」
「おー了解」
「凛も行くのか」
「あぁ、そのつもり」
「わかった。ちなみに今日はなまえもラストまで入ってるらしい」
「おーまじか、会うの久々だな」

凛はよっぽどまろんのコーヒーが気に入ったのか「夕飯もそこで食おうぜ」と嬉しそうに笑っていたあとに神妙な面持ちになって、俺とハルに小さな声で釘を刺した。

「わかってると思うけどなまえが、っつーか俺らのファンの子がバイトしてるのはマネージャーには内緒な」
「…うん」
「わかってる」

あ、ハルもわかってたんだ、と意外だったのが顔に出ていたのか、ハルが俺と凛の顔を見て少し不服そうにしていた。


(2020.07.27.)


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