11.魔法にかけられて

二人三脚は三着だった。
微妙すぎる。

最初は白組の圧勝かなって空気だったけれど赤組の猛追を受けて最終的には白組が逃げ切って勝利を収めるというなんとも熱い展開の体育祭になったと思う。
実行委員は最後に集まって反省会…の予定だったけれど、殿が白組と赤組の委員で集合写真を撮ろうと騒いだおかげで時間なくなってしまって、反省会は後日ということになった。
一般生徒は自由解散だったから、なまえはもう着替えてどこかで待っているだろう。

「かーおる!早く着替えて帰ろ!」
「光、うん、でも僕ちょっと用があって」
「用?」
「なまえと約束してるんだ」
「えっ一緒に帰るの?」
「いや…ちょっと話したいってだけで」
「えっ何それどういうこと?わざわざ約束してする話って何?!最近の痴話喧嘩に関係ある?!」
「光うるさい!なんだよ痴話喧嘩って!」

だって何かあったんでしょ?と問いかけてくる声はからかいよりも心配が大きく聞こえる。

「馨わかりやすく落ち込んでるしさ、なまえも元気ないし」
「…元気ない?」
「ないでしょ。作り笑顔だもん」

僕のせいだ、と思う。
うぬぼれとかじゃなくて婚約者に「鬱陶しいだろ」なんて言われて平気な女の子は多分いない。
自分の不安や苛立ちをごまかすためにあんなこと絶対に言っちゃいけなかった。
さっき絶対に気まずかったのに普通に話してくれたり、競技にも一緒に参加してくれたり、僕はなまえの寛容さに助けられているのだと思う。

「馨がいつまでも解決しようとしないなら僕が慰めようかと思ってた」

笑いながら光が言う言葉がどこまで本気なのかわからないけれど、「そんな必要ないよ」と返したら目を細めてにんまりと笑う。

「出番なしか〜」
「ありがとね」
「隙あらば僕がなまえのこと奪っちゃおうと思ってるとか、馨は思わないんだね」
「はぁ?」
「いや、ジョーダンだけど!」

てかなまえ待たせてるんなら早く着替えに行こう、とグラウンドから校舎への道を歩き始めたところで光が「奪っちゃおうと思ってる」なんて言うから心配してくれていたんじゃないかと耳を疑った。

「だけどさ、なまえと馨がそこまで仲良くないって認識の人ってけっこういるだろうし」

…心当たりがついこの間あったばかりだ。

「婚約解消〜とかってことはまぁよっぽど何か起きない限りはないだろうけどあわよくばお近づきに、とか思う男っているんじゃないの?風間とか風間とか?」
「……」

光もなまえと風間が一緒にいるところは目撃しているしここであいつの名前が出て来ることに驚きはしないけれど、図書室での一件はなんとなく光には言えずにいたからまるで見ていたのではないかと思えるような口ぶりに何も言えない。

「あれ、噂をすれば」
「え?」
「なまえと風間じゃん」

グラウンドから校舎に戻る途中、今まさに光と話題にしていた人物が連れ立って歩いていた。

「なんで…」

僕も話があるって。
待っててくれるって言ったのに。

「馨、落ち着いて深呼吸!」

多分一人だったらまたカッとなっていたと思う、光がいてくれてよかった。
言われるまま素直にスーハ―と息を大きく吸って吐いてから、光と顔を見合わせる。

「追いかける?」
「うん」

覗きなんて悪趣味って言われるかもしれないけど、ここで見て見ぬフリをできるほど僕は大人ではない。
乱入はこの前のことがあったしさすがにできずに、二人が立ち止まった花壇が見える柱の陰に光と隠れた。
風間が咲いている花を指してそれになまえが頷いて。
この前も園芸部がどうのって言っていたし、本当に手伝いをしているんだろうか。
花なら僕の家にだってたくさんあるのに。

「なまえ、人当たりいいからね〜頼まれたらなんの疑問も持たずに手伝いそう」

光がフォローするように話しかけてくれるけれど正直頭に入ってこない。
和やかな雰囲気で話しているようだけれど、風間の表情が明らかに緊張の色に変わったのが遠目でもわかってしまった。

「みょうじさん、この前図書室で言いかけたんだけど」
「?はい」
「僕、みょうじさんのことが好きなんだ」
「え、」
「婚約のことは知ってたから…高校の間だけでも付き合ってくれないかなって思ってた」
「……えっと」
「けどそんなのダメだよね。みょうじさんがそんなことする子じゃないってわかってるのに」

風間もなまえも顔が赤い。
何を言われたのかここからじゃ聞こえない。
だけどなまえが風間のほうをまじまじと見た後に俯いたのが見えた。

「…何話してんだろう」
「告白っぽい雰囲気だけど…なまえすごい照れてるし」
「…照れてる……」
「好きとかそれっぽいこと言われたら誰でもあぁいう反応になるって!」
「僕たち告白されてあんな風になったことある?」
「いや、多分僕らちょっと特殊だから!」
「ハルヒだって中学の時は告白されてもスルーしてたって」
「ハルヒは規格外に鈍いからでしょ」
「……」
「馨〜」

なぜかこんな時にハニー先輩に言われた言葉がよみがえってくる。
「体育祭とか文化祭とかイベントごとってわくわくするでしょ?お祭り気分に乗じていろんなことがうまくいく魔法みたいなことなんだって!」
これって何も僕だけに言えることじゃない。
なまえと風間が…なんてこと考えたくないけれど、人を好きになると些細なことでも気になって弱気になってしまうものなんだ、と気付きたくない発見だ。

「馨も、なまえと約束してるんでしょ?そんな顔で会ったら仲直りできるもんもできないよ!」

バシッと背中を叩く光の手には多分優しさとか気遣いがこめられていた。



「ごめんなさい、お付き合いはできません」
「うん、聞いてくれてありがとう」
「…本当は、男の人と二人っていうのもあんまり良くないなって思ってて、」
「あー…この前の図書室でのことだよね。常陸院くんってみょうじさんのことすごく好きみたいだもんね」
「え…馨くんが…?」
「うん。僕すっごくにらまれたもん」
「そんなこと、ないと思うけど…」



風間となまえの話が終わるまでそこにいるわけにもいかないし、僕らはまだジャージのままだったから着替えるために校舎に戻った。
更衣室には僕と光以外にはもう誰もいない。
手早く、だけどいつもよりも丁寧にネクタイを結んで、髪の毛を鏡でチェックした。
最低限のみだしなみなんて当たり前のことだけれどひとつひとつ意識するたびに深呼吸して落ち着かない。
前になまえが褒めてくれた香水をつけようか悩んでいたら光に不思議そうにされた。
結局ほんの少しだけつけて香りを身に纏うことで勇気をもらえたような気がする。

なまえは風間に告白、されたんだろうな。
様子からして多分受けてはいないと思うけれどそれでもあんな光景を見てしまって心が重たすぎる。

着替えを終えて教室に戻りカバンを取ると光は「話し終わるまで待ってたほうがいい?」と聞いてくれたけれど、待たなくていいと断って帰ってもらった。
なまえの携帯に電話をかけると何コールか鳴って応答してくれる。

『もしもし?』
「なまえ?僕。終わったんだけど、今どこにいる?」
『今は…園芸部の温室に』
「温室?」
『うん、馨くんは?そっちまで行くよ』
「あー…うん、いいよ。僕がそっち行くから待ってて」

園芸部の温室にいると言われて、そこに風間もいるのかって思ってしまった僕は本当に心が狭い。
カバンを持って教室を出る。
園芸部の温室なんて入ったことなかったな、そういえば。
はやる気持ちと、不安な気持ちと、ないまぜになる感情を落ち着けようと大股で歩きながら何度も大きく息を吸う。
辿り着いた先にはガラス張りの小さな建物。
温室は学院にここしかなくて、外から見ても緑が生い茂っているのがわかる。
入ってすぐのところでなまえは待っていてくれて「なまえ?」と呼びかけると僕を見るなり少し顔が赤くなった、ような気がする。

え、なに、なんで?
僕まだなんにも言ってないんだけど。

「馨くん、お疲れ様」
「うん、なまえも」
「あの…話って?」

顔が赤いままいきなり本題に入ろうとするなまえにちょっと待ってとストップをかける。

「どうしたの、顔赤いけど…熱でもあるんじゃ、」
「え、そんなことないと思うんだけど…」
「でも……なんかあった?」
「なっなんでもないよ」

なんかあった?なんて探りを入れるような聞き方らしくない。
なんでもないってなまえが言うのに耳まで赤くなっていて、やっぱりさっき見たことを黙っていることなんてできないと思ってしまった。

「…風間になんか言われた?」
「えっなんで風間くん…?」
「さっき一緒にいたでしょ、見ちゃった」

怒っているわけではないことを伝えようとできるだけ軽く聞こえるようにするけれど表情が全然作れていない。

「温室、園芸部のなのに一般生徒も入っていいんだね」

あ、これはちょっと嫌味っぽかったかもしれない。
なんて今更か。

「温室は誰でも入っていいんだって。その…教えてもらってからたまに一人で来るんだ」

誰に教えてもらったかなんて聞かなくてもわかるし、なまえもあえて言わなかったことくらい伝わってしまった。
温室はないけど、うちにだって庭はあるし家の中も花でいっぱいだ。
遊びに来てって言ったら頷いてくれるかな。

「あの…ごめんない、この前、その…言われたばっかりなのに」

怒られたとか、怒鳴られたとか、そういうことを言わないなまえに心臓がぎゅっと痛くなる。
多分これは罪悪感。

「…いや、僕もごめん。この間のこと謝りたくて話したいって言ったんだ」

なまえが「え?」と少し驚いたような表情になって「なんだ……」と弱く笑って小さく息をついた。

「体育祭の時も謝ってもらったよ」
「うん…二人になるなとか無茶言ってごめん。ただのやきもちだから」
「……え?」

やき、え…やきもち?となまえがなんと言われたのかわからないというように首を傾げたり目をぱちぱちと瞬かせたり、意味を飲み込めていないみたいだ。

「僕、妬いたんだ。風間に」

自分でも驚くくらいするっと言葉が出た。

「光とか鏡夜先輩と一緒にいるのも、たまに嫌だなって思う」
「二人にまで…?」
「困るよね」
「こまりは、しないけど」
「よかった」
「でも男の子とまったく話さないのは難しいかも…」
「うん…僕も気にしないようにする、ある程度は」

なまえの顔には相変わらず戸惑いが滲んでいるけれど困らないと言ってくれてホッとした。
ひとつひとつ伝えて、絡まった糸をほどくように、ずっと素直に言えなかった気持ちを届ける。

「なまえ聞いたよね、僕はなまえのこと鬱陶しいと思うのかって」
「…うん」
「思わない、そんなこと。どう思ってるのって聞かれて改めて考えたんだ」

この前すぐに応えられなくてごめん、と謝ればなまえが首を横に振る。

「大切な婚約者だって思ってる」

元々感情を表に出しまくって生きてきた。
なまえに対してだけはうまくできなくて隠したりごまかしたり見ないフリをしていたらどんどんがんじがらめになってしまったけれど、言葉にしたらこんなにも簡単なことだった。

「だから風間に告白されたなら断って」
「な、なんで告白されたの知ってるの…?」

やっぱりされたんだ、と僕がつぶやいたらなまえが「あっ…」と手を口にあてた。

「なんとなくそうなのかなって。なんて返事したの」
「なんてって…お断りしました」

そんなこと聞くな、というようになまえが俯いたけれどまだ耳は赤い。
断ったと聞いてホッとした、本当に。

「よかった……」
「婚約者がいるのに他の人とお付き合いなんてしないよ」

思わずしゃがみこんだ僕に合わせて、なまえもその場にしゃがむと僕の顔を覗き込む。

「…僕がいなかったら、彼氏とかほしいって思うの」
「彼氏…?考えたことないなぁ、馨くんは?」
「えっ僕?」

これだけやきもちとか告白断れとか言っているのにそんなこと聞かれるとは思わなかった。

「僕だって考えたことない」
「…そっか」
「うん」

しゃがみこんだ自分の膝に腕を回してそこに顎を乗せる。
なまえは膝に手を置いていて、その手に思わず僕の手を重ねようとしてハッとした。

「…手、触られるの嫌?」

きょとん、と丸い目をまたたかせたなまえが、またほわっと頬を染めて首を横に振る。
それを確認してそっと包むように、優しくこの前のこととか今までのことも全部ごめんって伝わるように手を取った。

「二人三脚のとき、ごめんなさい。エスコートしてくれようとしたのに」
「あー…うん、いいよ」
「嫌だったとかじゃないの、ただ」
「うん」
「他の生徒も保護者のみなさんも見ているところだったし、馨くんのファンの方も良い気がしないんじゃないかと思って」

今度は僕が目を丸くさせる番だった。
そんなこと考えていたなんて思わなかった。

二人三脚で手を差し伸べたのに断られたのは僕を拒否したい気持ちの表れなんだと思って、だからこそ今までに味わったことがないくらいショックだった。
だけど、なまえなりに考えていてくれたんだ。

「馨くん、部活とっても楽しそうだから。邪魔になるようなことはしたくないなって」

……多分、逆の立場だったら僕はこんなこと言えない。
僕が言うのもなんだけど、婚約者がホスト部ってよっぽど心が広くなければ許容できないんじゃないか。
考えなくてもなまえよりも僕のほうが異性と接している時間は部活とはいえずっと長い。

「僕が部活やってるの嫌だなとか思わないの?」
「思わないよ」

こんなに即答されるのもどうかとは思うけれど、嫌だと言われても辞められるかって聞かれたら答えはノーだ。
繋いだ手を少しだけ引いたら、しゃがんだままのなまえがバランスを崩した。
僕は尻もちをつくみたいな体勢になって、足の間に倒れ込んできたなまえの身体を受け止めて腕の中に閉じ込めた。

「馨くん…?」

もぞ、となまえが身じろぎをする。
背中に腕を回しても嫌がられないのを良いことに少しだけぎゅっとしてみたけれどなまえは緩く僕の着ているベストの裾を掴むだけだ。
子供同士のハグみたいでもそこに込めた気持ちは昔とは全然違って、くすぐったさもあるけれど愛しいって気持ちがどんどん大きくなる気がした。
手を繋ぐのも抱きしめるのも理由とか確認とかそんなのなくてもできるようになりたい。
触れたら触れただけもっと欲しいと思ってしまう。
だってほら、僕ってわがままだから。
意味がちゃんと伝わるように、小さな手をぎゅっと両手で包んで、丸い瞳をまっすぐ見る。

「なまえ」
「ん?」
「僕、なまえのことが好き」

たっぷり三秒は間をあけてなまえが僕の腕の中で「え?!」と珍しく大きな声を出した。
だけどやっぱりちょっと不安になってしまって「女の子としてって意味ね」と付け足した僕は、なまえの前ではとことんかっこ悪い男なのかもしれない。



(2020.07.25.)


お読みいただきありがとうございました!
後日談も書けたらいいなと思いますが、一旦完結です。




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