31.世界は奇跡でできている

「お母さんたち、ご近所の家に泊まってくればいいのに」

ぎゅっと抱きしめ合ったまま、深く考えずにぼろっと言葉をこぼしたら背中に回された白布の手がぴくりと動いた。

「…泊まってくることなんてあるの」
「わたしが小さいときはみんなで泊まったことあったよ。そのお家にも年の近い子がいて帰らないでって泣かれてそのまま」
「へぇ、幼馴染みたいなもんか」
「うん。最近全然会ってないけど」

白布の足の間にすっぽりと収まって、胸のあたりに頬がくっついているから心臓の音がとくとくと聞こえる。
高校生だし、実家に住んでいるし、部活もあるし。
こんな風にゆっくり二人で過ごせる時間なんて全然ない。
もう少し一緒にいたいな。
だけどお母さんから連絡が来たら白布は帰ってしまう。
腕の中から白布の顔を見上げると「ん?」と少しだけ微笑んでくれる表情も声も優しい。

「…キス、してもいい?」
「……は?」
「したいなぁ、と思いまして」

だめ?と聞いたら白布がきゅっと唇を引き結んだ。
これで拒否されたらけっこう傷付く。

「聞かなくていいよ、そんなこと」

白布の手がわたしの頬を包むように撫でて親指が唇をなぞる。
自分の心臓の音が大きくなったのがわかった。

「……、」
「しないの?」
「…する」

白布が少しだけ顔の位置を下げてくれて、背筋と首を伸ばす。
一瞬触れるだけでこんなに胸がいっぱいでしあわせだなぁと思う、好きだなぁと思う。
こんな気持ちになれる人に自分のことを好きになってもらえるなんて両想いって奇跡みたいだ。
もう一回したいな、してもいいかな、と回らない頭で考えていたら白布の腕が背中に回った。
エアコンの音と、外を通る人の話し声だけが窓越しに聞こえてくる。
二人だけ切り離された世界にいるみたいで、ずっとこの時間が続けばいいのに。

「みょうじ」
「うん?」
「あんまり彼氏らしいことできてないと思うんだけど」

そんなことないよって言っても多分頷かないし、わたしだって彼女らしいことができているかと聞かれると自信はない。

「今日、花火一緒に見れて嬉しかった」
「わたしも、楽しかったよ」
「夏休みも部活ばっかだけどたまにこういう二人の時間があると頑張れる、と思う」

後頭部に白布の手が添えられて、髪をとかすように撫でてくれる。
付き合う前から頭を撫でられることも手を引かれることもあった。
だけどオフのときは恋人の距離感というのがあるな、なんて。

「白布、」
「なに?」
「好きだなぁ」
「うん、俺も、好きだよ」

へへ、とあんまりかわいくない声がもれてしまったけれど白布が小さく笑ってくれる。
言葉にするたびにもっともっと気持ちがつのるような気がする。
抱きしめられるのもキスも、名前を呼ばれるのも何回でも嬉しい。
白布がわたしの前髪を指でよけて、おでこにそっと唇が触れてすぐに離れる。
両手が肩に置かれて目と目が合う。
何度か瞬きをしてから白布がふぅ、と細く息を吐いた。

「…そろそろ帰る」
「えっ」
「キリないから」

きり?と首を傾げたら苦い顔をされた。
意味はわかっているつもりだけれど、キリかぁ…なくていいのにな、そんなの。
だけどそんなこと言ったら困らせると思うし、どんどん離れがたくなるもんなと腕を緩めた白布を見上げたら眉間にしわが寄った。

「…そんな目で見ないで」
「……どんな目?」

聞き返したのに返事をくれない白布の顔を覗き込むようにしたら、また小さく息を吐いた。

「帰らないでって目に見える」
「…白布って、本当にたまにエスパーかなって思う」
「みょうじがわかりやすいんだよ」
「そうかな、白布以外にはあんまり言われないけど」
「俺以外にはわかんなくていいよ」

そう言った白布の顔が優しくて甘くとろけるみたいに見えて、これで最後と言って合わさった唇の温度の心地よさにやっぱり離れたくないと思ってしまった。



「じゃあ、また明日ね」
「おう、また明日」

白布がサンダルをはいて振り返る。
男の人のくつが玄関に並んでいるのなんて家族と住んでいるから特別な光景ではないのに、白布のサンダルと自分の下駄が並んでいるのはなんとなく顔が緩んでしまう。
スポーツシューズだとこんな風には思わないのに不思議だ。
玄関の段差でいつもよりも白布との顔の距離が近くて、さっきまで触れていたTシャツの裾をつまんで引き止めたくなってしまう。
好きだなぁ、大好き。
だけどわたしばっかりって思うことはなくて、ジッと見ていたら白布が向かい合わせのまま両手を繋いでくれた。
握るというよりも触れているくらいの弱い力だけど、それだけでも充分すぎるくらい心がぽかぽかあたたかくなる。
触れるだけのキスをして、さっき最後って言ったのにね、と笑いながらゆっくり手を離した。



「みょうじ、昨日楽しかった?」
「え?」

おはようという朝の挨拶もそこそこに、川西くんにそう聞かれて反射的に聞き返したけれど何が?とは言わずともわかる。

「花火。白布と行ったんでしょ」

昨日の部活終わり、五色が白布に「トスあげてください!」っていつもみたく突撃してたけど冷たく断られてたよ、と教えてくれる。
いつも工くんにはわりと厳しい態度だけど、なんだかんだ練習には付き合ってあげているのに。

「工くんに悪いことしたなぁ」
「いや、イベント事がある日に白布に声かけるほうが悪いだろ」
「……そういう気遣いはやめてほしいかも」
「まぁまぁ。で?どうだった、花火」
「綺麗だったよ」
「羨ましいな、彼氏と花火大会」
「川西くんも見に行けばよかったのに」
「むさくるしい男と行ってもつまんないだろ」
「そういうもの…?」

わたしは女友達と行っても楽しいけれど男の子はどうやら違うらしい。

「川西くんって彼女いないんだっけ」
「それ今更聞く?俺が一度でも彼女とのデートの話したことある?」
「いやそれを言うならわたしだってデートのことは川西くんと話したことないと思う」
「聞かなくても白布とみょうじがラブラブなのは伝わって来る」
「ラブラブ……」
「違った?」

少しからかうような声色で聞かれてどう返事をしようか悩む。
違うと答えるのも変だけど肯定するのもどうなんだろう。

「太一」
「お、白布、はよーっす」
「おはよう。みょうじもおはよ」
「おはよう」

眠そうだなぁ、昨日帰るの遅くなっちゃったもんな…と思うけれどそれ以上何か言うわけにもいかず今日も練習が始まる。
昨日と今日、頭も心も切り替えて今年も始まる暑くて長い夏を勝ち続けるためにわたしも自分にできることを。
体育館に掲げられた「強者であれ」の文字を見上げて胸に刻んだ。


「白布、なんか今日機嫌いいな」
「……別に普通だけど」
「昨日なんかあった?みょうじと」
「…何もない」
「ふーん。君たち口かたいよね、似た者同士っつーか」
「みょうじにも聞いたのかよ」
「いや、楽しかった?ってだけ。なんか幸せそうな顔してたよ」
「……」
「口かたいくせにけっこう顔に出るとこも愛がダダもれなとこも似てるわ」
「うるせぇな」


(2020.07.23.)



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