7.おとぎ話なんかじゃない

夜の薄暗い教室、隣には大切な女の子。
ドキドキとうるさい心臓の音は、さっきまで行われていたクラスの肝試し大会のせいではない。



夜の学校に入れるなんてこんなにわくわくすることがあるだろうか。
今日はクラスの親睦を深めるという目的のもと、一年A組で肝試し大会が行われていた。
クラスをAとBの半分に分けていてAチームがおばけ役の時はBチームが肝試しを回る、というように全員がおばけと肝試しをできるようになっていた。
AとBに分かれたところからさらに四人一組の班を組むことになって、僕と光とハルヒ、それからクラス委員長の四人組。

「…ちょっと委員長、おばけ役がそんなに怖がっててどうすんのさ」
「しょっしょうがないだろ!暗いんだから!」
「まぁたしかに夜の学校って不気味だけどさ〜」

Bチームになった僕たちはおばけ役のターンで、早くAチームの奴らが回ってこないかなとわくわくしていたわけだけど、極度の怖がりである我らがクラス委員長は一人で縮み上がっていた。
ハルヒが怖さをまぎらわそうとしてあげているけれど、多分今まともに人と会話できる状態じゃないんじゃない?

「あっ倉賀野姫たち来たよ」
「え?!」
「うっそ〜」

光が委員長の想い人である倉賀野姫の名前を出したらめちゃくちゃ肩をビクつかせたけれど、それと同時に僕も過剰に反応してしまったことには気付かれたくない。
僕と光の作戦としては、倉賀野姫を目一杯驚かせてその後に委員長に慰めてもらって男らしいとこをアピールさせようって計画なんだけど。

(…なまえ、倉賀野姫と同じ班なんだよなぁ)

倉賀野姫を驚かせるってことはなまえにも怖い思いをさせるということで。
光には「なまえのことは馨が慰めてあげれば〜?」なんてあっけらかんと言われたけれどそんなことできないってわかってて言ってるでしょ。
人のことなら進んでお節介を焼いてやろうと思うのに自分のことになると二の足を踏んでしまう。
っていうか、おばけの待機ポイントはもちろん僕たちだけではない。
他の班のおばけに驚かされて半泣きとかになっていたらどうしよう…なまえが泣いてるとこ、他の奴には見せたくないな。

「てか馨もそんなに心配ならなまえと同じ班になればよかったのに」
「な、なんでいきなりなまえの話になんのさ!」
「だって今、委員長並みに肩跳ねてたよ」
「それは光がでっかい声出したから!」
「まぁそういうことにしといてあげる」

はぁ〜なんてわざとらしく溜息を吐かれる。
最近の僕となまえに対して、光の態度にからかいが交じって来ているのは気のせいだろうか。
班決めのときは迷うことなく光とって思ったし、ハルヒと委員長と組んだことに不満なんてない。
だけど少しだけ、なまえと同じ班だったらどうなっていたかなと考えてしまったことが光にもバレているんだろうか。
双子ってすごいな。


ずっと暗い所で待機していて委員長を驚かすことに飽きてきた頃、首にひんやりとした何かが触れた。

「…何?光」
「は?」
「今首んとこ触ったでしょ」

ハルヒが作ってきた驚かしアイテムであるこんにゃくかと思ったけれど光は違うというから気のせいかな、と思ったら今度はハルヒが白い影が見えたと言い出した。
泣きそうになっている委員長が「ふ、藤岡までやめてよ…」とへっぴり腰になっているけれど、僕たちもハルヒも若干ビビりながら立ち上がって白い影とやらを確認しようとした、ら。
ガラガラと音を立てながらガイコツの頭が転がってきた。
嘘だろ!なんだあれ!
明らかに敵チームのいたずらではないガチのホラーが起きて走って逃げる。

「ぎゃああ!」
「ちょっと委員長?!ストップ!落ち着いて!」

こういう時の人間の力っていうのは恐ろしいもので、委員長が叫びながら猛スピードで逃げるけど、速いのなんのって。
追いかけて呼び止めようと思っていたら、誰かにドンっと押された僕は委員長もろとも近くの教室に押し込まれてしまった。

バタン!ガチャリ、って待って鍵かけられた?
男とこんなとこに閉じ込められても何も生まれませんけど?

光とハルヒとははぐれてしまったのに携帯はなぜか繋がらないし、委員長が腰を抜かして動けそうにない。
「怖すぎてどうでもよくなってきた…」と座り込んだ委員長の隣に座った。

委員長と二人で話す機会ってそういえばなかったな。
僕と光はいつだって二人でいて、殿に誘われてホスト部に入ってからは少しずつクラスの人とも話すようになったけれど。
ハルヒと関わるようになってからかな、こんな風にみんなと打ち解けたのって。
クラス行事も参加していなかったのに肝試し大会に進んで参加するようになるとは。
まぁよく話すようになっても僕と光を見分けられる人ってほとんどいなくて、今も委員長に「あれ、ていうか君どっち?!」と聞かれて肩の力が抜けてしまった。

「馨だよ」
「ご、ごめん…」
「いや、いーよ別に。今更じゃない?」

ぽつりぽつりと倉賀野姫との話を聞いていたら、本当にピュアっていうか、純粋に倉賀野姫のことが好きなんだなっていうのが伝わる。
…なんか、いいな、そういうの。
からかいもそこそこに、思いの外まじめな恋愛の話になってしまったと後ろ手で頭をかく。

「僕は倉賀野さんとの関係を変えたいとは今のとこ思ってないからいいんだ」
「ふぅん、そういうもん?」
「うん。馨は、みょうじさんと最近ちょっと仲良くなったよね」
「は?!」

委員長から振られる話題だとは思わなくて過剰に反応してしまった、ダサい。

「文化祭の時とかビックリしたな。ダンスパーティーでさ、僕も広間にいたけどちょっと騒ぎになったんだよ」
「騒ぎ…?」
「馨とみょうじさん、二人で手繋いで会場から出て行っただろ?二人って政略結婚じゃないのかーって女子も男子も」
「…まだ婚約者だよ」
「そうだけどさ。なんか王子様がお姫様のことをさらうみたいでかっこよかったよ」
「委員長…意外とロマンチックなこと言うね…」
「えっそうかな」

別に褒めたつもりではないのに委員長が照れくさそうにする。
内心僕も結構恥ずかしいことは、多分委員長にはバレていない。



結局ガチのホラーと思われたものは黒魔術部の仕業だったらしいことが、みんなが教室に戻って来てわかったんだけれど。

「ねぇ、なまえは?」

なまえと班を組んでいた倉賀野姫と桜塚姫はいるのに、なまえがいない。
少し前だったら気にしないフリをしていたと思うけれどこんな時間だしどの班も教室に戻って来ているはずなのに…と何気ない顔をして二人に尋ねる。

「なまえさんならハンカチを落としてしまったと取りに」
「一人で?」
「えぇ…待機していた場所に置いてきたことはわかっているから一人で大丈夫と…」
「そっか、ありがと」

ならまぁ大丈夫か、と思っていた僕の肩を光が掴んで会話に入ってきた。

「なまえ、やばくない?」
「は?なんでだよ」

表情や声のトーンを作り込んでおどろおどろしい雰囲気を出してくる光に、もう肝試しは終わってるぞと思わずツッコむけれど周りの女子たちは素直に怯えた表情をしている。

「だってさ、黒魔術部はクラスのみんなが戻って来て肝試しは終わったことなんて知ってるのかな」
「それは…終わりましたって宣言なんてしてないけど」
「だろ?だったらうちのクラスの生徒が歩いているところを見かけたら…何されるか…」

あぁ、恐ろしい!なんて一人芝居みたいな口調の光を冷めた目で見ているのは僕とハルヒくらいで、他のクラスメイトは口を揃えて悲鳴を上げた。

「馨、探しに行ったほうがいいよ…!」
「でもハンカチ取りに行っただけでしょ」
「わたくしたちの待機場所って少し遠かったし…一人で行かせてしまうなんて軽率でしたわ…」
「どうしましょう、なまえさんの身に何かあったら…」
「おい馨!迎えに行かなくていいのかよ!」

いつもこういう小芝居に率先して乗る側なのに、やられると面倒でハルヒの気持ちがちょっとわかった気がする、とハルヒに助けを求めるように視線をやる。

「馨が行かないなら自分が探しに行くよ、心配だし」
「ハルヒまで…」

日頃の自らの行いをかえりみていたら「はい」というように挙手をされて、なんだよ、あぁもう!

「〜〜〜僕が行くよ」
「それでこそ馨!男らしい!」
「光うるさい!」

半分やけくそだったけれど、こうまで言われて迎えに行かないのも逆にダサいし暗い校舎を一人で歩かせるのが心配じゃないわけではないからみんなに見送られながら教室を出る。
扉を開ける動作が少し雑になってしまったのは恥ずかしかったからでは断じてない。

教室を一歩出ると、少しひんやりとした空気が肌を撫でた、気がした。

(いやいやいや…おばけとかいないし、さっきの怪奇現象は黒魔術部だし)

こういう時、無駄に広い校舎って嫌だ。
廊下の遠いところになまえの後ろ姿が見えて後を追う。
「一人で大丈夫」と言ったらしいけれど、恐怖心からか早歩きかつ少し俯き加減で歩いていて、追いかけてきてよかったと思った。
制服の白いワンピースが暗いところで浮き上がるみたいで近付くにつれて心臓の音が大きくなる。

「なまえ、」
「っ!」

名前を呼ぶと肩をビクつかせて固まった。
恐る恐る、というように振り返った顔は今にも泣きそうで、そんなに怖かったんなら教室を出る時に誰かに付いて来てと頼めばよかったのに。

「かおるくんかぁ……」

振り向いて僕を視界に入れた時のホッとしたような顔を見て、こっちは胸の奥のほうが痛くなるなんておかしな話だ。
立ち止まったなまえの隣に並ぶと胸の前でぎゅっと手を握って、見上げてくる瞳は潤んでいる。

「追いかけて来てくれたの?」
「…ん」
「ありがとう」
「うん。ハンカチ落としたんだって?」
「そうなの、三階の踊り場だと思うんだけど」

僕が歩き出すとなまえも小さい歩幅で付いて来て、こうやって並んで歩くこともそうないから落ち着かない。
文化祭のときに手を繋いだまま引っ張るように歩いた時とも違う緊張があってなまえのいる右側だけピリピリとする気がしてしまう。
こういう時ってどう呼吸をしていたのかわからなくなるんだな。
会話が続かなくて、僕となまえの上履きがリノリウムの廊下を歩く音だけがきゅっきゅっと鳴っていて、何か話さないと…と思った時。

「っ?!」
「きゃっ…!」

左側からドンっと勢いよく誰かに押されて、つい数十分前にもあったように誰もいない部屋に押し込められる。
押された時になまえにぶつかる、と咄嗟に身体の向きを変えたけれどそれが失敗で。
なまえのほうを向いてしまったことで、彼女の小さい身体を抱き締めるようにして倒れ込むことになってしまった。
なまえが頭を打たないように後頭部に手を当てる判断が出来た自分を褒めたい。

「いってぇ…」
「だ、大丈夫?馨くん」

腕の中のなまえが僕の胸のあたりでもごもごと喋る。
やばい、どういう状況だこれは。
僕よりはだいぶ小さいと思っていたけれど、すっぽりと腕の中に収まったなまえの身体は華奢で柔らかくて香水とか柔軟剤とかそういう人工物とは違ういい匂いがした。
手を添えた髪の毛が絡まることなくサラリと指の間に入り込む。
なまえがもう一度「馨くん…?」と僕の名前をつぶやいたことで我にかえってパッとなまえを解放する。
離れる時に掴んだ二の腕の感触も、当たり前だけれどなまえが女の子なんだって突き付けられるみたいだった。

一瞬の沈黙、ぱちりと瞬きをしたなまえの顔が赤く染まっていてすぐに目をそらした。
絶対僕の顔も赤い。

「ごめん、踏ん張れなかった」
「う、ううん…あの、痛くなかった?大丈夫?」
「僕は平気。なまえは?」
「わたしは大丈夫だよ。…今のって……?」
「誰かに思いっきり突き飛ばされた。さっきの肝試し中も同じことあったんだよね」
「えっじゃあ黒魔術部のいたずら、かな…」
「多分」

立ち上がって、ドアを開けようと試みるも案の定開かないし携帯の電波もない。
部屋を見回すとさっき委員長と閉じ込められた教室とは違ってこじんまりとした部屋。
置いてある物からして社会科準備室だろうか、地図やら資料やらが散らばっている。

「どうしよう…ごめんなさい、わたしのせいで」

さぁっと顔の血の気が引くように真っ青になっているけれど、さっきもいつの間にか開くようになっていたしあんまり時間がかかるようなら光たちが探しに来てくれるはず。
そのことを伝えたらなまえはきゅっと唇を引き結んで頷いた。

僕と倒れ込んで起き上がった時の体勢のまま、ぺたりと床に座り込んでいるなまえに「立てる?」と手を差し出す。
準備室にも一応椅子と机くらいはあって、そこに座ってもらおうと思ったのだけれど僕の手と顔を交互に見て困ったように眉を下げた。

「なまえ?」
「…立てない……」
「えっ」
「腰が抜けたみたいで」

恥ずかしそうに俯いてつぶやいた声がギリギリ聞き取れるくらいのボリュームだったけれど、聞き返したらもっと縮こまるだろうと思うからなまえの隣に少しだけ距離を空けて僕も腰を落とす。

「あの、」
「うん?」
「ごめんね」
「さっきも聞いたよ」
「どこか打ったり怪我とかしてない…?」

さっき倒れたとき…と窺うようにこっちを見るから二人とも座っているのに上目遣いになる。
…その顔、苦手なんだよなぁ。
なまえのほうを見ていられなくて、彼女がいる右側の腕を曲げて顔を隠す。
「あれくらいで怪我なんてしないよ」と言おうとしたら言葉を途中で遮られてしまった。

「あっ、やっぱり…肘のところ擦りむいてる」

そう言って右肘を指差したかと思うとわざわざ空けた距離を詰められた。
座ったまま身体を寄せて「痛そう…こういう床で擦りむくのって痛いよね」となまえのほうが怪我をしたように悲しそうな表情をされたかと思ったら、そっと腕に手が触れた。

「あとで保健室、」
「だ、いじょうぶだから」

なまえの手を振り払ってしまって、瞳が丸く瞬く。
拒絶してしまった小さな手が行き場を失ったようにしていて、思わずついさっき払ったその手を今度は自分の手の中に仕舞いこんだ。

「……」
「…あの、馨くん?」
「嫌だったら離して」

ここで「いや」なんて言われたら立ち直れる気がしないけれど。
子供の頃の無邪気さなんてなくて、ダンスの延長でもない。
ただ手を繋ぐことに意味とか理由とか言い訳とか、そんなの考えなくてもいい関係ならいいのに。

ふわふわとさまよっていた視線がまっすぐに僕を捉えて、握った手に力が入ってしまう。
身体がなまえのほうに向くように座り直すとお互い向かい合うような体勢。
この手を引っ張ったら、素直に倒れ込んで来てくれるんだろうかと、あんまり回っていない頭で思う。

「いやじゃないよ」

一度触れてしまったらもう戻れなくて、離したくなくて、もっと欲しくなる。
なまえが言葉と一緒に握り返すようにしてくれた手から、僕のこんなかっこ悪い気持ちが伝わりませんようにと願った。


(2020.07.04.)



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