4.僕だって、

むかつく。

「なまえ!お昼一緒に食べようよ!」
「光くん、わたしは良いけど…」
「やった!じゃあ学食行こ!」

光と僕が学校内で別行動をすること自体が初めてなのに、光が誘った人物に目を疑った。
ケンカごっこの真っ最中だからって僕のカンにさわるとこを突いてくるあたりやっぱり光って性格悪くない?

ケンカごっこのキッカケはハルヒの「光の言動のほうが一割増し性格が悪そう」という発言。
片割れの僕が言うのもなんだけど、ハルヒの分析は的を得ていて思わず笑ってしまったら光と言い合いになった…ように周りに見せた。
あとはまぁ暇だったから。
ちょっとみんなをからかって最終的にはハルヒが僕らの「藤岡家訪問」というお願いに折れてくれるように仕向けることが目的。
本気のケンカなんて僕と光はしたことがない。

今朝はケンカしてるぞ!ということを印象付けるために別々に登校したわけだけれど、僕が光よりも後に教室に入ると髪の毛をピンクに染めた光が早速ハルヒに絡んでいた。
台本通りだ。
僕たちの席は窓際から光、ハルヒ、僕というように三人並んでいて、ハルヒを挟んでやり合っていたら椅子から落とされて後頭部を打った。
僕もやり返したからお互い様だけど痛いな、たんこぶ出来たよ、もう!

朝から一芝居打って楽しいけれど痛いもんは痛いな、なんて思っていたら光がガタンと音を立てて席を立った。

「なまえ〜おはよう!見て見て、僕ピンクって初めてしたんだけど似合うでしょ?」
「ふふ、おはよう。綺麗に染まってるね、似合う」
「でしょ?これで馨と間違えられることもないし」

なまえの席は僕から見て右斜め前だから、授業の準備をしようとカバンから教科書を取り出していたら視界に入る。
光が機嫌良さそうになまえに話しかけていて、なまえも光の髪を褒めている。
…ケンカってハルヒにわがままを聞いてもらうための演技で、そのためにクラスのみんなっていうか学院中に僕らのケンカを見せているだけで、なまえを利用するのは違くない?

巻き込む対象がハルヒなら僕だって迷わずそこに突入していくけれど、今はなまえが相手だからなんかそんなことできない。
光だって僕よりは普通に接しているってだけで、普段そこまで積極的になまえと話しているわけではないのに。

「あ、でもなまえって僕と馨のこと間違えたことないよね?」
「え?そういえば…あんまり意識したこともないけど、光くんと馨くんどっちかなぁって迷ったことはない、かも?」
「さっすが小さい頃から知ってるだけあるよね!」

…確かに。
海に行った後に電話した時も、通話の前は光からだと思っていたのに僕が話したら声だけで「馨くん?」とわかってくれたっけ。
……なんだよ、光より先に、僕が気付きたかった。
そしたら今光に向けているみたいな照れくさそうな笑顔を僕にも向けてくれたんだろうか。




「なまえ!お昼一緒に食べようよ!」

移動教室やら授業の合間の短い休み時間にもハルヒを取り合ったりいたずらを仕掛けたりと光と僕とのケンカは順調にエスカレートして、もちろんランチも別々の予定だった。
ハルヒを誘って学食に移動しようとしたら、光がなまえに声をかけに行って思わず動きが止まったし、クラスメイトがちょっとざわついた。

「光くんがなまえさんのことをお誘いになったわ…」
「あれは馨くんじゃなくって?だってなまえさんと婚約されているのは馨くんでしょう?」
「でもピンク髪が光くんだと先ほどおっしゃっていたわ」

だから!ピンクが光で僕が馨だし、なまえの婚約者は僕!
そんなことを大声で言えるわけもなくイライラしながらまだ僕の隣の席にいたハルヒの腕を掴んで「ハルヒ!お昼行こ!」と立ち上がらせた。

「えっ自分は教室でお弁当なんだけど」
「僕が一人で食べることになってもいいの?!」

なかば八つ当たりに近かったけれどそう言うとハルヒが光となまえのほうを見て「あぁ…」と溜息をついた。
渋々、という態度を隠そうともしないけれどなんだかんだ僕に付き添って一緒に学食に行ってくれたハルヒは優しいと思う。
僕の声が聞こえていたらしいなまえと光がこっちを見ていたけれど気付かないフリをして教室を出たのに、結局学食で鉢合わせるし同じテーブルで食べることになるし最悪。
…いや、光とのケンカはどうせ嘘だから最悪っていうのはなまえと同じテーブルで食べることになったことであって、でも決してなまえとお昼を食べたくないとかそういうんじゃ、ない。

「ハルヒくんは毎日お弁当をご自分で作っているの?」
「うん。夕飯の残りなんだけどね」
「偉い…わたしお料理苦手で」
「なまえちゃんも作ることあるんだ?意外だな」
「あっ」

ハルヒの庶民弁当を見ながら、なまえが目を輝かせているかと思ったら、「しまった」というように口を手で覆った。
なまえが料理なんて初耳だ。

「…たまに、シェフの作るところを見学させてもらっていて。危ないからと手伝わせてはもらえないんです」

眉を下げて笑うなまえは、どこからどう見ても良いトコのお嬢様だ。
料理なんてお抱えのシェフがやってくれるし、みょうじの家を出たってどうせ常陸院に入るんだから料理なんて自分でする機会はないだろうに、なんで。

結局話題の中心だった弁当は光が食べることになったし、ケンカ続行中の僕と光がカトラリーを投げ合ううちに教頭先生にスープをぶっかけてしまって居合わせたホスト部全員で放課後に罰掃除なんてするハメになった。


「馨のバーカ!あんな奴ほっといて早く戻ろ!」
「え、う、うん…」
「あらら、ヒカちゃんとなまえちゃん行っちゃった〜」

ガタン!と大げさに音を立てた光と、先輩達に慌てたように頭を下げたなまえが出口に向かう後ろ姿にやけにむかついた。
「僕も戻る」と先輩たちに伝えた声は自分でもビックリするくらい低くて、みんなも驚いたような顔をするからいたたまれなくて足早に学食を出た。
ケンカごっこ続行中とはいえ、光の言動にちょっと本気でイライラし始めてしまう。

(なんだよ、光の奴。ハルヒはともかくなまえは関係ないじゃんか)

自分でも険しい顔で歩いている自覚があって、すれ違う生徒たちがぎょっとしたように僕を見るからそれにも苛立つとか悪循環。
しかも廊下の角を曲がろうとして、見えない向こう側から聞こえてきた女子生徒の話し声を耳が拾ってしまった。

「ねぇ、ご覧になった?」
「馨くんとみょうじさんでしょう?ご一緒に歩いているなんて珍しいですわね」
「普段あまりお話していらっしゃらないけれど、やっぱり並ぶと絵になるわね」

……馨は僕だけど。
もしかしなくても、光と僕を見間違えたんだろう。
そんなのいつものことだし今更なんてことないはずなのに。

このまま足を進めたら、話し声の主と鉢合わせる。
別にだからなんだって思うけれど踵を返して遠回りして教室に戻った。


遠回りしたせいで教室に着いた頃にはもうすぐ予鈴が鳴りそうな時間で、学食やテラスでお昼休みを過ごしていたであろう他のクラスメイトも続々と戻って来ている。
まだまだ騒がしい教室に入ったところで自分によく似た声が聞こえてきた。

「うん、やっぱり似合う!」
「本当?ありがとう」
「光、器用だよね」
「まぁね〜!女の子の髪アレンジする機会ってあんまりないんだけど」

すとんと下ろされていたなまえの髪の毛が、バレッタでハーフアップにまとめられていた。
あんなの付けてるとこ見たことない。
毛先はゆるく巻かれていて、光の持っていたヘアアイロンでやったんだろうか。
ハルヒと光に褒められてなまえが照れたようにはにかんでて、光がなまえの毛先を摘まんだ。

「可愛い、さっすが僕!」

…光はパーソナルスペースが狭いとは常々思う。
ハルヒにだってべたべた触っているし、ホスト部の接客の時だって姫の手を取ったり髪に触れたりなんていつもの光景だ。
だからあんなのなんでもない。
光にとって深い意味なんてないし、僕の心臓がバクバクうるさくて見たくないとか思ってしまうのだって気のせいだ、きっと。






「馨、ハルヒんち楽しみだね!手みやげ何持って行こっか?」
「あー…うん」

その日のうちに光とは仲直りをして…というかハルヒのお宅訪問の言質を取った僕たちのケンカごっこは終了した。
だけど僕の心はなんとなくスッキリしない。

「お父さんのアフリカみやげから選ぶのとかどう?」
「それいいね。早速お父さんに聞きに行こ!」

僕の提案に表情を明るくさせた光と一緒にお父さんの書斎の扉をノックすると、穏やかな声で「どうぞ」と招き入れてくれた。

「どうしたんだ?光、馨」
「実は今度友達んちに遊びに行くことになってさ」
「この前のアフリカ土産から手みやげ選んでもいい?」

僕たちが友達の家への手みやげ、と伝えたら普段から柔和な表情のお父さんがもっと目元の笑い皺を深くする。

「そうか、それは楽しそうだね。こっちに保管してあるんだ、おいで」

これなんてどうだ?といくつか提案してくれたものを光と眺めながら相談する。

「友達ってホスト部の子かい?」
「うん、そーだよ。最近入ったんだ」
「そうか。楽しそうだなぁ」
「まぁまぁかな」

僕たちが満更ではない様子で話していたからだろう、もう一度「そうか」と嬉しそうに頷いて、そういえば、と言葉を続けた。

「なまえちゃんは元気かい?馨」
「えっなに急に…」
「同じクラスなんだろう?最近遊びに来てくれないからどうしているかなと思って」
「クラスは一緒だけど。別に元気なんじゃない?普通だよ」
「なまえ、最近料理とか勉強してるらしいよ」

お父さんが「お年頃だもんなぁ」と微笑ましげに言うけれど料理に年頃とか関係ある?
話せるようななまえとのエピソードなんて僕にはないから聞き手に回るしかないけれど、光が楽しげに今日の出来事を話すのがおもしろくない。

「あ、お父さん僕なまえの写真あるよ」
「は?」
「たまたま今日撮ったんだよね。いや〜タイミングいいな、僕って」

見て見て、と携帯を操作して光が画面を僕とお父さんに向ける。
今日の昼休みに髪の毛をアレンジしてあげたんだ、と光はニコニコ話していて、お父さんも「なまえちゃんお姉さんになったなぁ」なんて笑っていて。
僕だけぶりかえしたみたいに心臓が痛くて、うまく相槌を打てずにいた。



(2020.06.27.)


写真撮ってもガラケーだからな…とまたガジェット問題…。
双子はiPhone似合いますよね。




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