5.愛のありかた

「…真琴、お前なんかあっただろ」

雑誌の撮影の合間、凛がジト目でこっちを見ているなと思ったらこんなことを言われた。

「なんかって?」
「わかんねーから聞いてんだよ」


今日はSTYLE FIVE五人全員での雑誌の撮影だ。
いわゆるアイドル誌というものは毎月何冊も発売されていて、俺たちもレギュラーのように掲載してもらえている。
毎月色々なコンセプトを決めて撮影に臨むんだけれど、毎回違う企画を考える編集さんはすごいなぁと思う。

今回はクリスマス前に発売される号ということで、STYLE FIVEが家でクリスマスパーティーをするという撮影だ。
日当たりの良いハウススタジオはまるで本当にパーティーをするかのように飾り付けられていて、テーブルいっぱいに並べられた食べ物に渚が目を輝かせていた。

「これ撮影終わったら食べてもいいのかな?」
「どうだろう?後で聞いてみよっか」
「…鯖がない……」
「クリスマスパーティーですからね」
「ハルはそればっかだな」

この会話を聞いて「食べ物は今は食べるフリだけにしてください」と編集さんから言われた渚が残念そうだったけれど、最後は食べる写真を撮りますと微笑ましげに言われてテンションが上がったみたいだ。
飛び跳ねながら「撮影がんばろー!」と言う渚は昔から俺たちのムードメーカー。
それを怜がなだめようと慌てて渚を追いかけて、俺たち三人は顔を見合わせて笑った。

五人全員での撮影を終えたら、ペアとソロの写真を撮って最後にみんなで食べているシーンを撮るという段取りだった。
今は渚と怜のペアが撮影中。
俺とハル、凛はその間にインタビューを受けることになっていた。

「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。早速だけど、今年のクリスマスの予定は?」

顔なじみの編集さんが「定番の質問で何回も聞かれてるかもしれないけど」と付け足す。
デビュー前からお世話になっている出版社さんだから、インタビューといっても硬くならずに話せるからありがたい。

「今年も仕事だと思います」
「…俺も」
「えっ二人ともスケジュールもうもらってるの?」
「いや、わかんねーけど毎年仕事だろ」

凛はともかくハルが一ヶ月以上先のスケジュールを把握しているなんて!と驚いたら凛が「どうせ」とげんなりした顔をする。

「毎年クリスマスにイベントしてるんで、今年もそのつもりでいましたね」
「あぁ、なるほど。ファンクラブイベントですね」
「はい、まだ俺たちも聞いてないんですけど…」

マネージャーさんのほうを見ながら聞いたら含み笑いをしていたけれど、これはほぼ確定だろうな。

「ファンの方とイベントごとを楽しめるのは嬉しいです!」
「去年はリクエストを募ってクリスマスソング歌ったんだよな」
「クリスマス関係ない曲のリクエストも結構あった」
「そうだったね。カバーって普段はできないから新鮮だったなぁ」

この仕事をしていると、今受けているインタビューや撮影みたいに季節を先取りすることが多い。
クリスマスの時期は年末年始に向けて仕事も詰まっていてオフはなかなか取れないから、仕事とは言え楽しいことが出来るってありがたいなぁと思う。

「プライベートでクリスマスらしいことはしないの?」

サラサラと手持ちのメモに書き留めながらもにこやかに話を広げてくれる。
例えばデートとか、と言う表情が楽しそうだ。

「デート…は、まぁまずないっすね」
「あっても言わない」
「七瀬くん、他の出版社さんではそういうこと言わないほうがいいよ」

ハルの発言に苦笑した編集さんが「橘くんは?」と何も言わない俺を見た。

「えっ…で、デートですか…」
「会いたい相手とかいないの?」

これはもちろんオフレコだから大丈夫だよ、と笑う表情は楽しそうで、仕事相手というか昔から知っているお兄さんと話しているような感覚になる。

会いたい相手、クリスマスに。

これまで過ごしてきたクリスマスというと、最近は仕事ばっかりだったし仕事が軌道に乗る前は家族と過ごしていた気がする。
元々クリスマスは家族と過ごすものらしいけれど、改まって「会いたい人はいないのか」と聞かれると。

ぶわっと自分の顔に熱が集まったような気がする。

(うわ、俺いま顔赤いかも)

「…おい真琴」
「えっ」
「あはは、お年頃だね〜」

凛にいぶかしげに名前を呼ばれて、編集さんには笑われてしまった。

「す、すみません……」
「いやいや、若いうちに色々経験しておいたほうがいいと思うよ」

じゃあ次の質問だけど、と切り替えてくれた編集さんには感謝だけれど顔の熱は引かないしハルと凛の視線が痛いしでその後のインタビューはうまく答えることができなかった。



インタビューを終えても渚たちの撮影はまだ行われていて、俺はスタジオの隅に置かれたソファで待機することになった。
いつもよりも疲労感があって座ってすぐに脱力してしまう。

「七瀬くん、少しだけメイク直してもいいですか?」
「はい」

この後はハルのソロカットを撮るからとメイクさんに呼ばれたハルを見送ると、俺と凛だけが残されて何を話すでもなく渚と怜の撮影を眺めていた。
無邪気な渚と落ち着いている雰囲気の怜は、正反対なようでいて息がぴったりで次々にポーズを決めている。

「クリスマスかぁ…」

とこぼれた独り言は完全に無意識で、自分でびっくりして思わず右手で口を覆った。
チラ、と凛のほうを見たらジト目をこっちに向けているから聞こえてしまったらしい。

「…真琴、お前なんかあっただろ」
「なんかって?」
「わかんねーから聞いてんだよ」
「えぇ…」

何かあったかと聞かれてもどう答えればいいんどろう。
何もないと言えばないけれど、あったと答えても嘘ではない、多分。

俺が答えあぐねていたら凛が小さな声でも聞こえるように俺の座るソファに少しだけ椅子を寄せた。

「彼女でもできたか」
「えぇ?!」
「バカ、声でけーよ…!」

シッと人差し指を自分の唇にあてた凛が焦ったように言う。

「ご、ごめん」
「で?どーなんだよ」
「…彼女なんて出来てないよ」
「でも会いたい女がいんだろ」
「えっ」
「あんな反応しといて気付かねーのハルだけだぞ」
「そ、そうかな…」

もうその返事が肯定みたいなものだとは言ってから気付く。
バツが悪くて用意されていたコーヒーを飲んだら普段飲まないブラックだったから少しむせてしまう。

「…で、どこの誰だよ」
「……」
「言えないような相手なんじゃねーだろうな」

言えないような相手ではない、と思う。
少なくとも凛には。
だけどもし、そんなことは起きないけれど、もしも世間に公表するような事態になったなら。
…いや、公表って付き合ってないしそもそも知り合いと言えるのかも微妙なラインなのに何考えてるんだ。

俺が答えられずにいたら凛が眉をひそめた。
このままでは凛にあらぬ誤解をされてしまいそうだ。

「誰にも言わないでほしいんだけど、」
「おう」

こんな前置きをしなくても凛は人のことをぺらぺらと喋るような人間ではない。
俺が話す姿勢になると凛も少し背筋を伸ばした。

「……実は、この前なまえちゃんに会って」
「っ、は……?なまえって真琴のファンの?」
「うん」
「会ったってどういうことだよ」

凛が形のいい眉を歪ませるけれど、俺が「偶然だよ、もちろん」と伝えたら少しほっとしたような表情になる。
アイドルをしている俺と、そのファンであるなまえちゃんがどこかで会うというのは、そういうことなのだと客観的に突き付けられたような気がした。
イベントやライブ会場でだけ会う関係。
アイドルとファンなのだからそれが当たり前。
この前のことは示し合わせたわけではもちろんなくて、むしろ俺が一方的に見かけただけだ。
でももし俺が話しかけたとして、その状況を見た人から知り合いなのかと思われたら噂が一人歩きしたっておかしくない。

「ロケ場所の近くの喫茶店でバイトしてるみたいで、たまたま」
「へぇ…世間狭いな」
「本当だよね」
「で?大丈夫だったのかよ」

大丈夫か、と言うのは騒ぎにならなかったかってことだろう。
街中でファンの子に気付かれると握手を求められたりこっそり写真を撮られたりなんてこともある。
応援してます!と声をかけてくれることは嬉しいんだけど。

「うん。なまえちゃん俺に気付いてないと思う」
「は?マジかよ」
「奥まった席に座ってたし。接客はされてないから…」
「ふーん。まぁじゃあ会ったっつっても話したわけじゃねぇんだな」

そう、話したわけではないしなまえちゃんは俺には気付いていないはずで。
だから俺がもうあの店に行かなければなんの問題もない。
知り合いのお店だし居心地が良いあの場所に行けないのは残念だけれど、それで終わる話だ。

「てか今の話の流れおかしくね?」
「…おかしいよね」

歯切れ悪くしか話せない俺に、凛がまた眉をしかめた。
お前の会いたい相手って、と呟くように言う。

「それはまずいだろ」
「……だよねぇ」
「てかなんでいきなりそうなんだよ。なまえってもう来なくなった子だろ?」
「うん。だけど夏のライブは来てくれてて」
「はぁ?」
「会場にいたんだ」
「…すげーな、見つけたのかよ」
「これも偶然だけどね」

俺だって、会いたい人がいないのかと聞かれて浮かんだ顔がなまえちゃんだなんて自分でもびっくりだ。
アイドルとファンであって、なまえちゃんも俺のことをそういう意味で好きなわけではないということはわかっている。

「恋愛禁止ってわけでもねーし、彼女がいたって隠せてるんなら事務所もなんも言わねぇと思うけど」
「うん…」
「さすがにファンと繋がんのはな」
「うん、わかってる」

ずっと応援してくれていた子と会えなくなって、もう会えないのかと思っていたら大勢の中で見つけて目が合って。
応援してもらえる自分でいたいと思ったんだ。
ファンの子達のおかげで頑張れる、これはまぎれもない事実。
会いたい人は?と聞かれて、特定の誰かを思い浮かべるなんていけないことで「ファンのみんなです」と言うのがきっと模範解答だった。
テンプレートであろうとつまらない奴だと思われても、それが優等生の答え。

「顔と名前がわかるファンの子に偶然会うなんて初めてだったからちょっとびっくりして、それ引きずってるだけだよ」

凛に向けた顔はちゃんと笑えていたと思うんだけど、半分は自分に言い聞かせていることはバレている気がする。
最後に話した握手会で泣きそうだったなまえちゃんがちゃんと進学して今も俺を応援してくれている、それだけわかればもう胸のつかえはなくなったはずだ。
大切なファンの一人が、その子の人生をちゃんと歩いている。
そこに俺の歌やダンス、いろんな仕事が少しでも息抜きとかパワーになっていたら嬉しくて十分すぎるくらい幸せ、それだけだ。


大丈夫、これは恋じゃない。


(2020.06.15.)



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