30.砂糖菓子の夜空

「どんなときに白布くんのこと好きだなって思うの?」

そう聞かれて会いたいと思ったときと答えた。
だけど隣にいる今だって、あぁ好きだなって。
抱きしめてくれる腕も名前を呼んでくれる声も、特別なことのない日だって毎日好きだなって、そう思うよ。




及川さんと思いがけず遭遇してしまって、普段男子と恋愛の話をすることなんてないから隣を歩く白布を見上げてなんだか胸のあたりがむずがゆい。
部活仲間は必然的に男子ばっかりだし、男友達がいないわけではないけれど、それにしても白布とのことを話すのは川西くんくらいだ。

「みょうじ?」
「うぇ、はいっ」
「なんだその返事」
「ごめん…変な声出た…」
「いや、いいけど。疲れた?」

不意に声をかけられて肩が跳ねてしまった。
地元の花火大会は、毎年この時期に行われるお祭りの最終日に行われる。
大きなアーケードにたくさんの飾り付けが色鮮やかにずらりと並んでいて、お店毎に趣向を凝らした装飾は毎年楽しみのひとつだ。
アーケードの天井からぶら下げられる大きな短冊飾りを見上げて歩くのが、子供の頃から好きだった。
ここに住んでいる人で、このお祭りに来たことがないという人の方は珍しいのではないだろうか。

「ううん。白布こそ部活終わりで疲れてない?」
「俺は平気」
「わがまま言ってごめんね」

今日の部活は昼過ぎに終わった。
それぞれ一旦家に帰るだけの時間は十分あったから白布は私服姿だしわたしは浴衣を着付けてもらった。
慣れない浴衣と下駄で歩くのがいつもよりもゆっくりなわたしに白布は合わせてくれて、繋いだ手を優しく引いてくれる。

「俺もみょうじと来たかったから。だからわがままじゃない」




アーケードを抜けたところには大きな公園があって今日の目的地はそこだった。
たくさん屋台が出ていて、芝生が広がっているところには早くから場所取りをしていたのであろう人たちがシートを広げている。
花火の本会場はここから電車に乗らないと行けない川添いだから、少し離れているこの公園は比較的落ち着いて花火を楽しめる場所なのだ。

「とりあえず場所探すか」と言う白布の言葉に頷いて屋台の並びを横目に公園の奥へと進む。
花火大会以外にもフリーマーケットやフードフェスが行われていたり、何もない時でも親子連れがお散歩していたり、と地元の人ならば何度も来たことがあるはずの公園だからわたしも白布も迷わずに歩くことができた。

「幼稚園の時、ここでお弁当食べなかった?」
「あー食ったかも。そこの博物館行った後に寄った気がする」
「そうそう!やっぱりみんな同じだね」

さらに奥に進むと段差の低い階段が横長に広がっていて、その両脇には石造りの壁を人工の水が流れている。
階段に座って花火の開始を待つ人がたくさんいてまだ空いていたスペースにわたしと白布も収まった。
浴衣汚れちゃうかなぁと思っていたら白布がポケットからハンカチを出して引いてくれた。
……紳士だ。

「白布ハンカチ汚れちゃうよ、わたし自分のあるし…」
「いやもう置いたからどうせ使えないし」
「うっ確かに…」
「どーぞ、そのつもりで持ってきたから」
「えっ」
「ん?」
「やっぱり紳士だ…」

普通、男子高校生がこんな風にスマートにハンカチを出してくれるものなのだろうか。
白布としか付き合ったことがないからわからないけれどこういうことをしても嫌味な感じが全くしないというか、自然にしてくれるからずるいと思う。
ハンカチもティッシュもカバンの中に入っていたのだけれど、と手に持っていた巾着袋をきゅっと握るけれどここで座らないのは違うよなぁ。
白布が置いてくれたネイビーのハンカチの上に座ると、白布もわたしの隣に腰を下ろした。

「花火上がるのって七時半だよな」
「うん。まだ時間あるね」
「なんか食うか、買ってくる。みょうじはここにいて」

どちらかがここに残っていなければ場所を取られてしまうかもしれないし、わたしか白布が行くのなら慣れない浴衣を着ているわたしよりも白布のほうが良いだろう。
買い出しに行ってくれた白布を見送って、手持ち無沙汰になってしまったから携帯を見たら及川さんからメッセージが来ていた。

『さっきはありがとね!白布くんとデート楽しんで〜!』

及川さんらしい軽快さが文字から伝わってくるような文章の後、キャラクターがハートを飛ばしているスタンプ。
こんな可愛らしいスタンプ使うんだなぁと思わず笑いそうになるけれど、これも及川さんらしいかもしれない。
返事を返そうと思っていた、ら。

「あの…」
「?はい…って、あっ」
「やっぱりみょうじ先輩だ、お久しぶりです」
「わー久しぶりだねぇ!」
「先輩浴衣だ〜かわいいです〜!」
「えへへ、ありがとう」

俯いているところに頭上から声をかけられて見上げると、中学時代の部活の後輩がおそるおそる、という雰囲気で立っていて驚きて立ち上がってしまった。
膝の上に置いていた巾着袋が転がっていきそうになって後輩が拾ってくれる。
一学年下のマネージャーと、白布の後を継いで主将になった後輩が二人でこんなところにいる…ということは。

「…えっもしかして二人付き合ってたりする?」

やだ、にやにやしちゃう…と内心で思いながら聞いてみたら、照れくさそうに顔を見合わせた二人が「はい」と言うから自分の頬に両手を当てる。
思うだけじゃなくて実際に顔がにやけてしまっているのがわかったからだ。

「えーそうだったんだ、いつから?全然知らなかった〜!」
「三年になってからで…わたしたちが卒業するちょっと前に…」

卒業してからも中学の大会に顔を出すことはあったけれど、親しい後輩たちがそんなことになっていたなんて全く気が付かなかった。

「そっかぁ。なんか嬉しいなぁ、二人が付き合ってるなんて」
「みょうじ先輩は、白布先輩と何もなかったんですか?」
「秘密にしてるけど付き合ってるんじゃないかってみんな言ってたんですよ!」

まさか卒業して一年半経ってから白布とのことを聞かれるとは思わなくて、実際に付き合ってからは聞かれなくなったから久しぶりの感覚にそわそわとしてしまう。

「えっと…実は、わたしと白布もお付き合いしてます」
「そうなんですね!わぁ、お似合いすぎます…!ねっ」
「あぁ。部の奴らに言ったら嘆くな」
「あはは、なにそれ」
「白布先輩もなまえ先輩も、みんなにとって憧れでしたから」
「しかも二人で白鳥沢ってかっこよすぎるよなって。俺らは高校が別であんまり会えないんで羨ましいです」

二人がちょっと眉を下げて言うあたり、本当にあんまり会えていないのかもしれない。
わたしと白布もデートは久しぶりだけれど、毎日のように顔を合わせているからなぁ。

「なまえ先輩、今度遊んでください!白布先輩とのこと聞きたいです」
「もちろん!わたしも色々聞かせてほしいなぁ。あっ白布戻って来た」
「みょうじ?…と、お前らなんで」
「白布先輩お久しぶりです!」

かき氷を両手に持った白布が驚いたように目を丸くしていて、それに気付いた後輩たちが振り返る。

ちわっす、と後輩がガバッと頭を下げる。
こういうところはさすが運動部。
後輩の彼も高校でバレーは続けているんだろうか。

「先輩、お久しぶりです」
「あぁ、久しぶり」
「二人が気付いて声かけてくれてね、ビックリだよね」
「先輩達もデートだったんですね!お邪魔してすみません!」
「えっいやいや邪魔なんて」
「俺らも場所探しに行こう」
「うん。じゃあまた。なまえ先輩本当に遊びに行きましょうね!」
「うん、連絡するね」

白布が戻って来て積もる話もあるだろうに立ち去るのがめちゃくちゃ早かった。
多分、白布はあんまり状況を読み込めていない。

「えっ何。先輩達もってことはあいつら付き合ってんの?」
「そうみたい。二人が卒業する前にって言ってたからまだ四か月くらいかな?」

三月からだとして…と指を折って数えると今は五か月目だろうか。

「ふぅん」
「あっかき氷ありがとう」
「おう、座るか」

わたしが座り直してから、手に持っていたかき氷のいちごシロップのかかったほうを渡してくれる。

「白布もかき氷にしたの?」
「ん。暑くて固形物食う気が失せた」
「なるほど…暑いよねぇ、やっぱり」
「まぁ夏だからな」
「お腹空かないの?部活のあと何か食べる時間あった?」
「あった。家で軽く食ってたらみょうじから電話来たから、呑気に飯食ってる場合じゃなかったと思ったけど」
「う…ごめんない…」

話しながらかき氷に刺さっていたストローで出来ているスプーンを口に運ぶ。
ちゃんとしたお店で食べるふわふわのかき氷と違って、シャリシャリとした感触がしてこれはこれでお祭りって感じがして好きだ。

「そういえばね、さっき二人に白布先輩とどうなんですかって聞かれて、」
「どうって…あぁ、中学の奴らは付き合ってるって知らないのか」
「そうなの。なんか久しぶりに聞かれたから恥ずかしかったなぁ」
「なんて答えたの」

白布は相変わらずあんまり表情を変えずに話すし、かき氷も順調に食べ進めているけれど、なんて答えたのと聞いて来る口角は少しだけあがっていてこれはからかいが交ざっている。

「…お付き合いしていますと答えました」
「驚いてた?」
「うーん、やっぱり!みたいな感じだったかも」
「まぁ当時からよく聞かれたしな、付き合ってるんですかって」
「なんか懐かしいね、中学校」
「だな」

白布とはバレー部で一緒だったから一年生の時から他の男子よりも過ごす時間が多くて。
勉強を見てもらうようになるまでは特別仲が良かったわけではなかったし、中学を卒業して高校生になって、夏休みにこんな風に二人で花火大会に来るようになるなんて本当に不思議だ。

「…もし、わたしが他の高校行ってたら、今こんな風に一緒にいなかったのかなぁ」

ぽろっと零れた言葉は思っていたよりも暗く聞こえてしまって、今までこんなこと考えたことなかったのに自分でも驚く。
慌てて白布のほうを向いたら、白布も少しびっくりしたような表情をしていてかき氷を食べる手が止まっていた。

「なんてね」

変なこと言っちゃってごめんね、と固まってしまった空気をほぐそうとするけれど白布は考えるように口元を引き結んでいる。
白布はどんな時でもどういうことに対してでも適当なことは言わない人だから。

「みょうじがもし、白鳥沢じゃない高校に行ってたとしても俺はみょうじに告白してた」

視線はかき氷。
手もかき氷をすくって口に運んでいる。
だけどわたしから見えている左耳はほんのり赤くて。
夏でも日焼けしない白布の白い肌にその赤が鮮やかでわたしも自分の耳が赤いだろうな、と思った。





花火が終わって、人波が落ち着くまで公園にいたらぽつぽつと空から雨粒が降ってきた。
今朝見た天気予報だと明日は朝から雨の予報だったけれど、今夜は花火大会を無事に楽しめるでしょうってお天気お姉さんが言っていたのに。
確かに花火が打ちあがっている間は大丈夫だったけれど、頬に雨が当たって空を見上げる。

「雨…?」
「これ以上ひどくなる前に帰るか」
「うん」

食べ終えたかき氷のプラスチックカップは重ねて白布が持ってくれて、立ち上がる時はわたしに手を貸してくれる。
お尻の下敷きにしてしまっていたハンカチはそっと座っていたつもりだけれどやっぱりくしゃっとなっていて、このまま返すわけにはいかない。

「ハンカチ、洗って返すね」
「いいよ別に」
「いやいや。そういうわけには」

半ば無理矢理だけれど白布の了承を得て、自分のカバンに仕舞う。
それを見届けてからもう一度差し出された白布の手に自分の手を乗せると、ごく自然に指と指が絡んだ。
初めて手を繋いだ時は手のひらと手のひらが合わさるだけであんなにドキドキしたのに、今では二人きりで一緒にいたら繋いでいないほうが不安になる。
白布の顔を見上げたら「ん?」と微笑んでくれて、二人でいる時にしか見られないこの表情もホッとする。

結局、公園を抜けてアーケード街に戻る頃には「あれ、降ってる?」くらいの小粒だった雨がしとしとと降り始めてしまった。
駅までは屋根があるから問題ないけれど、雨だと電車が混むし家の最寄り駅に着いたときに止んでいなかったら傘を買わないといけないだろう。

「わー普通に降ってきたね」
「だな、足元平気か?」
「うん。大丈夫」

今度こそ自分のハンカチを取り出して白布の頬についた雨粒をそっと拭く。

「俺はいいから、」
「でも…」
「浴衣濡れたままにしとかないほうがいいよな、よくわかんないけど傷むだろ」

あっさりとハンカチは奪われて、顔も髪も少しだけしっとりとした浴衣もとんとんと優しい手つきで拭ってくれた。
ありがとうと伝えながらもされるがままにしていたら、隣で雨宿りをしていた大学生くらいのカップルが「かわいいねぇ」とこっちを見て言っていて、今更だけど恥ずかしさがむくむくとわいた。
付き合ってもう一年経つし、友達期間が長かったから初々しさみたいなものはあんまりないと自分では思うんだけど、はたから見たらちゃんと恋人らしく見えているということなのかな。
ハンカチをぱんっと水分を飛ばすように何度かひらひらさせた後、「駅向かうか」と言う白布はあんまり変わった様子がなかったから、「かわいい」と言われたことは聞こえていなかったみたいだ。




いつもの休日よりも混んでいる電車に乗って、家の最寄り駅に着いた時にもやっぱり雨は止んでいなかった。

「これは傘ないと無理だねぇ」
「だな…」

駅に併設されている売店の店頭には、雨の日にはビニール傘が出されているから今日もそのつもりで二人並んで売店に行く。
並べられた傘を白布が一本抜き取って「買って来るな」と店内のレジへ。

「わたしも自分のぶん買うよ」
「一本でいいだろ。どうせ送って行くし」
「えっいいよ」
「何言ってんだ、こんな時間にそんな恰好で一人で帰せない」

ぽんっと白布の手がわたしの頭に乗って、その表情が有無を言わないものだったから大人しく頷いた。
そんな恰好、と言われた自分の服装を見下ろす。
浴衣…似合うって言ってくれてよかったなぁと待ち合わせの時のことを思い出して一人で頬が緩んでしまった。



「…あれ、家の電気点いてない」
「出掛けてんの?」
「うん、ご近所さんと花火見てたはずだけどまだ帰ってないみたい」

宣言通りみょうじ家の前まで送ってくれた白布と家を見上げるけれど窓から光が漏れていない。
花火大会の日はご近所さんの屋上に集まって家族何組かでわいわい見るのが恒例だ。
わたしは中学にあがった頃から友達と行くようになってしまったんだけれど、今日も父と母は毎年のごとくお邪魔しているのだろう。

「…ちょっと雨宿りしてく?」
「……え、」
「嫌じゃなければ」

かばんから鍵を出して白布のほうを窺うと、少し眉を寄せていた。

「…嫌じゃ、ないけど」
「お母さん、帰って来る前に連絡入れてくれるはずだから」
「……うん」

はっきりと返事をしないけれどどうやら承諾してくれたようで、ビニール傘についた雨粒をばさっと何度か振って払うと傘を畳む。
家まで送ってくれたことはあるし、玄関までは入ったことがあって親に会ったこともある。
だけど誰もいない家の中に招き入れたことはなくて気軽に誘ってしまったけれど今更ながらちょっと緊張してしまう。

「…お邪魔します」
「どうぞ、雨降ったから家の中ちょっと蒸し暑いね」
「いや……」

とりあえず部屋に行こうと二階に上がるため浴衣の裾を持ち上げる。
少しお行儀悪いかなと思うけれど濡れて足にまとわりつくし階段を上がるために邪魔だし…とよいしょっと潔く裾をあげたら、階段の下を歩いていた白布から「おい」と声をかけられた。

「え?なに?」
「裾…」
「うん」
「足、丸見えだけど……」

振り返ると白布とバチっと目が合ったけれど、すぐにそらされて俯かれる。
言いにくそうに丸見え、と言われたけれど裾を上げただけだから見えているのはふくらはぎだけなんだけど……。
だけどそんなことを言える雰囲気ではなくて「ごめん…?」ととりあえず謝って少しだけ裾を下ろした。
部屋に招き入れてタオルを渡す間も白布がこっちを見なくて、怒っているとかじゃないことはわかるけれどどういう態度を取ったらいいのかわからなくなってしまう。

「…浴衣脱いでくるね」
「は?」
「濡れたから重たくなっちゃって。あと飲み物取って来るね」
「あ、あぁ…」
「部屋も暑いね、クーラーつけるね」
「おう」
「…っわ、」

ベッドのわきにあるエアコンのリモコンに手を伸ばしたら、裾を踏んづけてよろけてしまった。
自分の部屋の中で転ぶってどういうこと、と思うけれどわたしよりも白布がすぐに反応してくれて帯のあたりをぐいっと支えてくれる。
…もし転んだとしても、ベッドにダイブするだけだから怪我なんてしないのに、身体が反射的に動いたらしい白布が自分で驚いたような顔をしていた。

「ご、めん…ありがとう」
「あぁ、悪い」
「えっ何が?」
「いや……」

ぱっと離された身体と、やっぱり俯きがちな白布にもう一度お礼を言って、今度はちゃんとエアコンのスイッチを押した。
自分の部屋着を手に持って「じゃあ着替えてきます」と部屋を後にする。

……やっぱり、家に誘うのってまずかったかなぁ。
わたしも白布の部屋に入ったことはあるけれど、あの時は勢いでって感じだった。
さっきから全然目が合わないし、返事もそっけないし、明日も朝から部活だから早く帰りたかったのかもしれない。

和室でぱぱっと浴衣を脱いで、浴衣用のハンガーみたいなものにかけてしっかり乾くようにする。
アップにしていた髪の毛は、着替えたカットソー素材のワンピースには合わないから解いた。
ちょっとぼさぼさだし本当はすぐシャワーを浴びてしまいたかったけれど白布を待たせているからそういうわけにもいかないなぁ、と洗面所に置きっぱなしのブラシで軽くとかして、結んだ跡がついているところにヘアミストをかけて応急処置をした。

…このワンピース、膝まであるし大丈夫だよね、多分。
さっき丸見えだと言われてしまった足を見下ろすけれど丈が短いわけではない。
制服のスカートより全然長い、うん、大丈夫。




「白布?お待たせ」

キッチンに寄ってコップに冷えたお茶を入れて、両手に持って部屋に戻ると白布は床に座って何やら難しい顔をしている。

「あ、あー…いや、ありがとう、お茶」
「どういたしまして」

白布の前にあるローテーブルにコップをふたつ置いて、わたしも隣に座る。

「さっき携帯確認したらね、お母さんたちご近所さんの家にもう少しいるって、雨で帰るの面倒になったみたい」
「そうか…」
「うん」
「……髪、解いたんだな」
「さすがにこの服に合わないなぁと思って」

ワンピースの襟ぐりのあたりを摘まんで言うと、また「そうか」とだけ返ってくる。
この妙な空気をどうしたものか、と思い顔を覗き込むようにしたら白布が小さく肩を揺らした。

「っお前なぁ…」
「え、やっぱりなんか怒ってる?無理に家寄らせちゃったから?」
「なんでそうなるんだよ」

お茶を飲んだ白布が、テーブルにコップを置いて身体ごとこっちに向く。

「着替えてきたと思ったらそんな恰好だし」
「…へん?」
「危機感とかないの」
「白布相手に…?」

はぁ、と少し苛立たし気に小さく息を吐いたかと思うと白布の大きな手がわたしの右手を取った。

「俺相手じゃなかったらそりゃ警戒してほしいけど、」
「…うん」

危機感、と言われても白布以外とこんな状態になることなんてないんだけどなぁ。

「白布とは手繋ぎたいなぁとか思うんだけど、警戒したほうがいい?」
「……あのなぁ」

握られていた手に力が入って白布が呆れたみたいにジト目でこっちを見るけれど、まっすぐに見つめ返したら小さく息をはいて今度は眉が下がった。
珍しく白布の表情がころころ変わる。
手首をぐいっと引っ張られたかと思うと白布の足の間にわたしの身体がすっぽりと収まった。
白布の手が背中と頭の後ろに回って、顔を胸のあたりに押し付けられる。
とくんとくんと聞こえる白布の心臓の音が早い。

「俺とみょうじの考える警戒レベルが違うことはよくわかった」
「警戒レベル…」
「意味わかってないだろ」

そっと力を抜いた白布は、さっきまで全然目が合わなかったのが嘘みたいに色素の薄い、だけど意志の強そうな瞳でわたしを見下ろしている。

「俺だって手繋ぎたいし抱きしめたいし。キスも、もっとしたい」

熱を帯びた声の最後の方はほとんどわたしの口の中に消えてしまった気がする。
ふに、と柔らかい唇が降ってきたと思ったら、後頭部の後ろに添えられていた手に力が込められた。
いつもはちゅっと触れるだけで離れていく体温が今日はずっとそこにあって、何度も合わさっては角度を変えてひりひりと熱い。
心臓がドキドキ痛いくらいに鳴っていて、だけど嫌じゃなくて、もっとずっとくっついていられたらって思う。
わたしだって、白布に触れたいって思うよと伝えたらいつもみたいに微笑んでくれるかな。
それともさっきみたいに呆れた顔をされてしまうかな。
どんな表情だって、白布が向けてくれるものならなんでもいいやって思っちゃうな。

どれくらいそうしていたかわからないけれど、唇が離れるとまた白布の腕の中に閉じ込められて頭の上に白布の顎が乗っかる。
白布のTシャツの裾を掴んでいた手を、わたしも彼の背中に回したら抱き締められる腕がまたきゅっときつくなった。

「…白布」
「うん」
「わたしも、こういう風にぎゅってしたいし、キスするのも好き、です」
「……うん」

これ以上できないよってくらいきゅうっと力を込めたら、白布が小さく笑った。

「え、なんで今笑ったの」
「力弱いなぁと思って」

Tシャツ越しに伝わる白布の体温が熱いくらいで、だけど心地良くてどんなに言葉を重ねても抱きしめ返してもこの気持ちの全部を上手に伝えることはできないんじゃないかって、そんな風に思う。


白鳥沢バレー部のマネージャーじゃなかったら、白布がバレー部員じゃなかったら、もっと気兼ねなく二人で出かけられたんだと思う。
高校が一緒でも部活で毎日顔を合わせていたって、多分普通のカップルよりもわたしたちの進むスピードはすごくゆっくりだ。
もっと一緒にいたいな、とか触れたいな、とか思うことはある。
だけど、わたしたちの形はこれでいいし、こうあることが心地良くて当たり前で、一度も負けない春を迎えるっていう明確な目標がある。

「…高校が違っても、ずっと白布のこと応援してただろうなぁ」
「応援?」
「うん…やっぱりバレーしてる白布が好きだし、試合とか観に行ってたよ、きっと」
「俺は、みょうじが同じチームにいてくれないと嫌だよ」

白布の手が優しく髪の毛を梳く。
髪と髪の間を、白布の指が通り抜けると少しくすぐったい。


「一番近くにいてくれないと嫌だ、これからもずっと」


わたしが返事をする前に、優しくて甘いキスがもう一度贈られた。
このキスの後にちゃんとわたしからも伝えよう。


名前を呼ばれるたび、笑顔を向けてくれるたび。
手を繋いでキスをくれるたびに、好きが重なって積もって行く。


気持ちを、想いを、同じだけ返したいと思った。




(2020.05.04.)


白布くんお誕生日おめでとう。大好きです。
内容はお誕生日かすっていませんが…季節感…。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -