▼ 5.日曜、午後七時
「なまえさん、夜のパレード見ます?」
「うん、見たいなぁ」
「りょーかい。そしたら場所取りしたほうがいいっすか?」
「んー…」
日が長くなったとはいえ、もうすっかり暗くなって園内のイルミネーションは点灯している。
隣を歩くなまえさんを見下ろすと少しだけ考え込む素ぶりをして顎に手を当てた。
「万里くん、パレード近くで見るのと俯瞰で見るのどっちがいい?」
「すげー…こんなとこあったんすね」
「わたしも人に教わったんだぁ、穴場だよね」
近くと俯瞰どちらがいいかと聞かれて「なまえさんのオススメで」と答えて連れて来られた先は、少しパレードの動線から離れはするけれどぐるっと遊園地内を回るパレード全体がよく見えるところだった。
高台とまではいかない緩やかな石段を登った場所には、俺たちともう一組しかいなくて落ち着いて見ることができそうだ。
先客のカップルとは間隔をあけて、見やすそうな場所に二人で収まる。
なまえさんが「綺麗だね」と見渡した視線の先にはイルミネーションが遊園地全体を照らしていて、昼とは違う顔をしている。
「寒くないですか?」
「うん、大丈夫」
「…至さんと来た時も、ここで見たんすか」
聞かなきゃいいのに、こんなこと。
やっぱ共通の話題といえば至さんのことで、今に限らず何回もいちいち覚えていないくらい至さんの名前が出てくる。
なまえさんの口からだけじゃなくて今みたいに俺も話題にしてしまうから嫌になる。
「それがね、」
デートで来た時のことを思い出したのか、なまえさんが「ふふ」と緩く笑う。
「至くんレストラン予約してくれてて、パレードが見える席だったんだけど。予約取るの大変だったんじゃない?って聞いたら取引先の人コネを私的乱用したって」
「……へーさすが商社マン」
「万里くんも彼女と来る時は至くんに予約できるか聞いてみたらいいかも」
「だから彼女いねぇって」
「万里くん絶対モテるのに。好きな子とかいないの?」
だから。
他に好きな女がいたらなまえさんとふたりでこんなとこにいない。
「あー…今はいないっすね」
隣に並んで柵にもたれているなまえさんの視線を感じるけれど、そっちは見ずに返事をした。
「何回観ても綺麗だよねぇ」
はぁ、と感嘆の溜息をこぼしながらなまえさんが両手を胸の前で合わせた。
昼のパレードはシーズンごとに変わるけれど、夜のこのパレードは通年変わらず行われていて演出自体も大きく変わることはないらしい。
俺もガキの頃からやっているこのパレードは何回か見たことがあった。
「そうです、ね…」
まだパレードの余韻を噛みしめながらパークを見下ろしていたなまえさんのほうを見たら、その奥にいるカップルが目に入ってしまった。
こんな場所だし、こんな時間だし。
気持ちはわからなくもねぇけど他にも人がいるっつーのに。
別に恋人同士がじゃれ合うように抱き合ったりキスをしたり、そんなもん見たからって照れるほどガキでもねーけど。
一緒にいるのがなまえさんだから妙に気まずさを感じてしまってなまえさんがそいつらを見ないように願った。
パレードの少し後は花火があがる。
夏の風物詩であるはずのもんを通年で見られるってすげーよな。
きっとここからなら花火もよく見えるだろうから留まっていてもよかったけれど少し冷えてきた。
なまえさんが肩のあたりをさすっていたし一旦屋内に入ったほうが良いかもしれない。
「なんかあったかいもん飲みません?」
「うん。夜はやっぱりちょっと寒いね」
「ですね。てか腹減ってたら飯でもいいっすけど」
夕方買ったポップコーンは多分俺が三分の二は食べた。
なまえさんが買ったもんだしいくら半分こしようと言ったとはいえ図々しく手を伸ばすつもりは全くなかったのに、途中から容器ごと渡されたのだ。
俺がミミ―のポップコーン容器を首からかけてんのシュールすぎません?と聞いたら「似合ってるよ」と笑いながら言われた。
たまに隣から伸びてくる小さな手がポップコーンをさらっていくその度に心臓がうるさくなっていたことは絶対に知られたくない。
そんなわけでめちゃくちゃ空腹というわけでもないけれど、夕飯食うなら今の時間しかないだろうと聞いてみると「わたしもご飯かなぁって思ってた」となまえさんが柔らかく笑う。
「万里くん何食べたい?」
「カレー以外ならなんでも」
「至くんと同じこと言ってる」
「…まじっすか」
「監督さんがカレー大好きなんだって?わたしも特製カレー食べてみたいなぁ」
「美味いことは美味いんですけどね」
毎日カレーはしんどいっすよ、とげんなりした顔をしたら、また「至くんも同じ顔してた」と言われた。
「うーん…ラーメン、ピザ、グラタン、ハンバーグ…あと和食とか?」
「甘いもんじゃなくていいんですか?ワッフル食いたいって言ってましたよね」
「えっなんで覚えてるの?」
本当に驚いています、というように目を丸くさせている。
「いや、だって言ってたじゃないっすか。チュロス食ってる時に」
「言ったけど、でもかれこれ十時間くらい前の会話だよ。万里くんすごい」
「かれこれって言う人初めて見たわ」
「ワッフル食べたいけどちゃんとご飯食べたほうがいいかなぁと思って」
「俺は別にどっちでもいーんで、なまえさんが食べたいほうに合わせますよ」
「本当?」
「もち」
「……うーんでもしょっぱいものも食べたい」
ごめんね、わたしこういうの優柔不断で、と唸っているなまえさんは正直けっこうおもしろい。
「じゃあ軽く飯食って、ワッフル半分こしましょう」
「えっいいの?食べてばっかりだなとか思わない?」
「俺も一緒に食ってるし」
「万里くんは男の子だから」
「なまえさんの腹が大丈夫なら問題ないっしょ。どーします?」
「じゃあ。ご飯は万里くんの食べたいものにしよう!」
正直本当になんでもよかったのだけど、ワッフルをデザートにすることも考えて重たすぎないホットサンドを食うことにした。
キャラクターの手の形をしているやつ。
なまえさんは単品とドリンクを注文していて、俺はポテトも頼んだ。
「万里くんのチョイスが完璧すぎる」
「なんすかそれ」
ホットサンドは小さいけれど味は文句なく美味くて、この遊園地は何を食べても美味しいとなまえさんが嬉しそうに言うのに頷く。
「だってワッフルのこと考えて重くなりすぎないものにしてくれたんでしょ?彼氏力がすごい」
「彼氏力って」
「絶対モテる……彼女いないなんてもったいないなぁ」
……もったいないとか言われても。
誰かを本気で好きになったことなんてなくて、告白されて悪くない相手だと思えば付き合ったことはある。
ほとんどが何考えてんのかわかんないとか自分のこと本当に好きなのかとか言われて、気持ちの良い終わり方ではなかった。
なまえさんにしているみたいに誰かのためになんて考えたことは、なかったのだ。
花火は広場の人が多いところから見た。
「綺麗だね」と上空を見上げるなまえさんの表情が花火の光で彩られるたびに心臓を掴まれるようだった。
肩が触れる距離、手を少し動かせばなまえさんの小さな手に簡単に届いてしまう。
(2020.04.18.)