11.

「あ、」
「…おう」
「こんにちは、摂津さん」

日曜の昼間、寝起きの頭をガシガシとかきながら談話室に足を踏み入れれば、テレビの前のテーブルに菓子やら飲み物の入ったコップやらが広げられていて、今からパーティーでもすんのかよって空気だった。

「万チャンおはよー!」
「おはようございます!」

そこに太一と椋と、それからなまえがいた。
目が合ってしまった時になまえが小さく「あ、」と声を発したから一応返事をした。
顔を見るのは文化祭以来で、その時もろくに話さなかったからか、どう返そうか少し考えてしまった。
秋組公演の期間中は毎日のように顔を合わせていたからか、普通に話せるようになっていた気がするのに。
「おう」なんて挨拶になっていないことはわかっていたけれどすぐに視線をズラして太一たちに声をかける。

「何してんだよ」
「映画観るんスよ!天チャンが出てた学園もの!」

じゃーん!と太一がBlu-rayのパッケージを顔の横に掲げた。

「あぁ、それもうリリースされたんだな」
「はい!天馬くんがもらったらしくて、貸してくれたんです。この映画の原作の少女漫画がすっごく面白くて、天馬くんは主人公のクラスメイト役なんですけど」

椋がキラキラと目を輝かせてその漫画の良いところを語り始めようとするけれど、今から観る映画の内容に触れちゃまずいんじゃねぇの?
太一となまえは原作読んでんのかよ、という懸念があって椋の言葉を遮る。

「おい、ネタバレすんなよ」
「えっ万里くん一緒に観てくれるんですか!嬉しいです!ちょっと待ってくださいね、万里くんの分の飲み物も持ってきます、何がいいですか?」
「は?」
「とりあえずお茶持ってきますね!」
「おい」
「万チャン、あぁなったむっちゃんは誰にも止められないっスよ…」

なぜか俺まで一緒に映画を観ることになった。




「うわわっ今の天チャンめちゃくちゃかっけー!」
「ヒロインの手を取って優しく微笑む天馬くん…かっこいいです…!」
「…本当だねぇ」
「……」

なるほど、少女漫画の実写映画だけあって爽やかな男子高校生役の天馬は「かっこいい」を詰め込んだような役…と椋が言っていた。
普段の俺様な態度とは全く違ってさすがだ。
女はこういうの好きなんだろうな、とどこか俯瞰的な目線で見ていたけれど太一と椋は大興奮でシーンごとに感想が止まらない。
きゃっきゃっと話す二人と対照的になまえはわりと静かに映画を観ていた。
たまに太一たちに「そうだねぇ」とかって相槌は打っているけれど。
チラッとなまえのほうを見ると、ソファの隅で膝を抱えてその膝の上に顎を乗せる姿勢で小さくなっている。
黙ってはいるけれど口元がふわっと緩んでいて楽しんで観ているようだ。
なまえに気付かれる前に視線を映画に戻した。




「〜〜〜!やばいめっちゃよかった…」
「うんっ……!ラストのシーンで天馬くんがヒロインのこと抱き寄せたところ、かっこよかったね、王子様みたいだった!ねっなまえちゃん!」

太一は涙ぐみながら鼻をすすっているし、椋は興奮気味になまえに話を振った。
静かに観ていたなまえがどんな反応をするのかと思ってそっちを見たら両手で口を覆っていた。

「えっなまえちゃん、大丈夫っスか?!」
「だ、大丈夫…ちょっとトキメキすぎてしまって胸が苦しいだけだから…」
「わかるよ、なまえちゃん…!」
「椋〜!」

……兵頭となまえがいとこっつーことは、椋とこいつも親戚同士なんだよな。
顔はそこまで似てねぇけど思考や行動は似るのだろうか、手を取って二人して涙ぐんでいて、さっきまで大人しく観てたからビビる。

「天チャンかっこよかったっスねー!」
「天馬くんはいつもかっこいいけど今回は役がずるいよね、あんなのみんな好きになっちゃうよ!原作の漫画でもあった教室でヒロインと話すシーンはすっごくドキドキするんだけど、映画だと演出と音楽も最高で天馬くんの間の良さもドキドキを加速させたし…!ね、なまえちゃん!」
「わかる…普段きさくに話してくれるけど、やっぱり天馬くんってすごい…」

なまえが噛みしめるように「かっこよかった」と言う。
まぁ確かに映画の内容も、天馬の芝居もよかった。
少女漫画の実写なんてあまり興味はなかったし、原作はそれなりの巻数出ているのだから約二時間の尺に収まんのかよと思っていたけれどよくまとまっていた。

「万里くんはどうでした?!」
「あー、まぁよかったんじゃね」
「それだけ?!ヒロインと、そのライバル役の子かわいかったっスよね!万チャンはどっち派?!」

俺っちはやっぱり主人公の子っスかね〜と太一が聞いてもいないのに自分の好みを伝えてくる。
主人公はかわいらしい雰囲気で守ってあげたくなるような女子で、ライバルの女は気の強そうな綺麗系の役どころ。
どっち派、と聞かれても……と思いながらチラッとなまえのほうを見ると、バチっと目が合ってしまった。
なまえを見たことに他意なんてなくて視線をやったのは女がいるところでこういう話題すんのがどーなんだと思っただけだ。

「…別にどっち派とかねーよ」
「さっすが絶食系万チャン…かっけー!」
「それ褒めてんの」
「太一くん、絶食系ってなに?」

食いつくんじゃねーよ!と思うけれど、純粋にわからないという様子でなまえが首を傾げた。

「いや俺っちも実はよくわかってないんすけど、万チャンが恋愛に興味ないって話したらカズくんが絶食系だーって!」
「草すら食べないってこと?」
「いやそこ掘り下げんのかよ、どーでもいいだろ俺の話は」

なまえがきょとんとした表情で首をかしげていて、なんとなく居心地が悪くなってしまいテーブルの上に乗っていたクッキーを食べる。
他にもポップコーンとかポテチとか甘いもんもいくつかあったから、それを手にしたのはたまたまだったのだけれど。

「あ、そのクッキーなまえちゃんが持ってきてくれたんスよ!」
「なまえちゃんの手作りなんだよね!」

ちょうど口に放り込んだタイミングで言われたから、もごもごと噛むのに妙に力が入ってしまった。
前のプリンみたいに、なまえが作ったことを知っていたら食わないとかそんなことはもう思わないけれど、本人の前でこう言われるとコメントを求められているようで気まずい。

「美味しいッスよね〜なまえちゃんの作るお菓子!」
「うんうん、僕もなまえちゃんのお菓子大好き!昔から十ちゃんに作ってたよね」
「うん、おばさんに教わりながらよく作ってたなぁ」
「……」

話を振られないよう、無言で食べていたのに太一が勢いよくこっちを向く。

「ねっ万チャン!」
「…まぁ、食えるわ」

何に対する「ねっ」だよとは思ったけれど感想を言わなくてはいけないような気がして、これが臣とか監督ちゃん相手だったら普通に美味いって言うんだけどな。
この場に左京さんがいたら殴られてた気がする。

「よかったです」と少し恥ずかしそうになまえがはにかんだ。


「てかさ!俺っちなまえちゃんに聞きたかったことがあって!」
「ちょ、ちょっと太一くん…!」
「えっなに?」

太一がうずうずとしているな、というのはなんとなく感じていた。
椋も太一が何を聞きたいのか察しているようで少し慌てたように太一の名前を呼んでいる。

「なまえちゃん、彼氏いたんスね!」
「えっ?」
「僕も知らなかったからビックリした…」
「え、え?」

くそ、俺がいる時に聞くんじゃねーよ……。
呑気にクッキーとか食ってないで映画終わったらさっさと部屋に引っ込めばよかった。
人の恋愛なんて興味ねーよ…と思うのに太一と椋が瞳を輝かせてなまえの返事を待っている。
恋愛に興味津々な奴らが一緒になると圧がすごい。

「ごめん、誰のこと…?」
「隠さなくていいんスよ、みんな知ってるんだから!」

なまえがいぶかしげに言うけれど、太一は「ねっ万チャン!」ってだから俺に振るんじゃねーよ。

「いや、俺は知らねーけど」
「万チャンだって一緒に見たじゃないッスか!」
「えっ待って。見たって何を?」

本当に心当たりがありません、というようになまえが首を傾げて椋のほうを見た。
俺だって見たくて見たわけじゃねーし、あれだけで付き合ってんだなと思うのは早計だと思うけれど。

「文化祭で、その、なまえちゃんと市川先輩がお似合いだって学校のみんなが言ってて」
「市川くん?」
「舞台終わった後も、手繋いで歩いてたでしょ?本当の王子様とお姫様みたいで!」
「む、椋ちょっと待って」

また椋のスイッチが入りかけたことを察したなまえが両手を胸の前で振って「あれはお芝居だよ」と訂正を入れた。

「けどあの王子役の人、なまえちゃんのこと呼び捨てにしてた!」
「え、えぇ…?」

太一の恋愛偏差値が小学生並みなことはさて置いて、確かにあの中庭での空気はなんとも言えないものがあった。
至さんが「牽制」と言った時の市川の表情も何か含みを持たせているように見えて、二人の関係をあの場にいた奴らが疑うのも無理はないと、俺も思った。

「…付き合ってないよ」

そうなまえはハッキリと否定をしたけれど、何もなくはないんじゃねーかなと思わせる声のトーン。

「で、でもクラスの子が後夜祭の時に二人だけで歩いてるの見たって」

それは初耳だ。

太一も「えっそうなんスか?!ほら〜!」とさっきよりもデカい声を出してなぜか俺の肩を揺さぶる。やめろ。

「え、えっと、たしかに後夜祭のとき一緒にいる時間もあったけど、」

しどろもどろに答えるなまえの顔がみるみるうちに赤くなった。
あー……これは。
何があったのか簡単に想像できてしまった。
太一と椋は多分わかってないけど、なまえの言葉の続きを早く早くというように待っている。

「ずっと二人だったわけじゃないよ。ほら、後夜祭で表彰式みたいなのあって、その後クラスのみんなといたし」
「なまえちゃんたちのクラス、三位だったんだっけ?」
「そうなの、学食のお食事券もらえたんだよ」

なまえが話をそらそうとしているのが手に取るようにわかってしまって、別にさっきの市川のくだりを聞きたいわけではないけれど腹立つな。
…いや待てなんだ腹立つって。

手元にあったクッキーをまた一つ食べて、舌打ちを飲み込んだ。

「あれ、なまえじゃん」
「幸ちゃん〜…」
「えっなに、どうしたの?」

部屋にいたらしい幸が談話室に入ってきて、その姿を見たなまえが弱々しく幸を呼んだ。

「なまえちゃんと恋バナしてたんスよ!」
「もう勘弁してください…」
「あぁもしかして文化祭の時のこと?」
「幸ちゃんまでそんなこと言うの…」
「市川先輩と付き合ってるんだっけ?」

幸にしがみつくようにしていたなまえがうなだれながら幸の首元に顔を埋めている。
ぽんぽんっとなだめるようにして幸がなまえの頭を撫でながら、なぜか俺のほうを見た。
なんだよ、俺はさっきからずっと発言してねーよ。

「違います…」
「でも告白されたんでしょ?」
「幸ちゃん?!」
「あれ、違うの?」
「〜〜〜〜…なんで知ってるの」
「噂になってたからね」


えぇー!と太一と椋がデカい声を出した。



(2020.04.16.)



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