4.日曜、午後五時

「なまえさん、ポップコーン食います?」

園内にはフードワゴンがたくさんあって、歩いているといたるところから食い物のにおいがしてくる。
昼飯は食ったけれど、歩き回っているし小腹が空いてくる時間帯。
なまえさんは甘いにおいのするエリアできょろ、と視線を巡らせた。

「えっ」
「キャラメルポップコーン、あそこにワゴン出てますよ」
「すごい、なんで食べたいってわかったの?」
「なんとなく?」
「物欲しそうだった…?」

恥ずかしそうに上目遣いで聞かれて、その様子が本当に年上とは思えなくて笑ってしまった。
だけど心臓が締め付けられるみたいな鈍い痛みもあって、めんどくせぇなぁと誰にでもない苦い感情が湧く。

「けど今食べたら夜ご飯食べられなくなっちゃうかなぁ」

時計を見ると夕方五時。
夕飯は何を食べるかという話はまだしていなかったけれど、レストランに入ってしっかり食べるのならこの時間にポップコーンはなまえさんには重たいのかもしれない。
うーん、と顎に手を当てながら悩んでいて、なんか動きがいちいちおもしろいんだよな。

「余ったら持って帰れば?」
「んーでも油使ってるから悪くなっちゃいそうで」
「あー、なる。じゃあ半分こします?俺も食いたいし」
「えっ本当?」

多分何も言わなくても俺にも分けてくれただろうけど、背中を押すようなことを言ったらパッと表情が明るくなる。
昨日カフェでチケットを買おうとしているときと同じだと思った。

少しだけ列になっていたワゴンの列に俺たちも並ぶ。
うきうきと効果音がつきそうなくらいなまえさんが嬉しそうでこっちまで嬉しくなるんだから不思議だ。
喜んでくれたら嬉しい。
笑ってくれたらこっちまで顔が綻びそうになる。
不思議だ…なんて、理由は明確になってしまっているのに。

「なまえさん、ポップコーンケースのほう買うんすか?」

ポップコーンはシンプルな紙の容器と、キャラクターモチーフのプラスチックで作られた容器がある。
プラスチックであれば次に来た時もまた使えるし、持っているだけでアクセサリー代わりになるからか小さい子供や若い女子はわりと持っている率が高い。
なまえさんもこういうの好きなんだろな、というのはもう把握済みだ。
もっと早くポップコーンを買うか聞いてみればよかったかもしれない。

「ううん、紙のでいいや」
「いいんすか?この店、ミミーちゃんのケースっすよ」

ミミーちゃん、というのはなまえさんが好きだというキャラクターで、さっきこのケースを持っている子供を見て「かわいいなぁ」と言っていたのも知っている。
店によって売っているケースが違うから、たまたま買いたいタイミングで通りかかった店に好きなキャラのものが売っていたのだから買えばいいのに。
欲しかったんじゃないっすか?と言葉を足せば目を丸くさせてぱちぱちと瞬き。

「万里くんって、本当すごいね」
「は?」
「なんでもない!そうだね、せっかくだからケース買っちゃおうかな」

本当は買ってあげたいところだけれど、なまえさんは既に財布を手に準備していてオレが出す隙はなさそうだ。
元々自分が食べたいものだから言いそうだし。

「あとはなんか乗りたいもんとか見たいもんとかないんですか?俺相手に遠慮することないっすよ」
「んー…乗りたいものは結構乗れたからなぁ」
「意外とスムーズに乗れましたよね」
「ね、日曜日よりも土曜日のほうが混んでること多いみたいだよ」

全く並ばないということはなかったけれど主要なアトラクションには乗れたし昼間のパレードも遠巻きにだけれど見ることができた。
そうだなぁ、と園内のお知らせのパンフを開いて俺にも見えるようにしてくれてなまえさんの手元を覗き込むように少し身をかがめる。
なまえさんは何度も開いたそのパンフをじっと見ていて、欲しいものでもあんのかと思ったけれどどうやらパレードやショーの時間帯が時系列で記載されているところを見ているようだった。

「……なまえさん、このミミーちゃんのとのグリーティングとかいうのってこの近くなんじゃね?」
「えっ」
「行きません?写真撮れるやつですよね」
「ま、間に合うかな」
「もう買えそうだし急げば大丈夫だろ。地図見せて」

やっぱり。
なまえさんが見ていたのは好きなキャラクターと会って一緒に写真が撮れるスポットの、ミミーの登場時間だった。

「いいの?万里くんつまらなくない?」
「全然いいっすよ。遠慮すんなって言ったっしょ」

ありがとう、と言うなまえさんの目尻が下がった。

ポップコーンを無事に買って、歩きながら少し食べた。
と言っても次の目的が決まっていて時間も余裕がなかったからあとはグリーティングが終わってからにしようと少し早歩きで移動をする。
俺となまえさんの歩幅は、のんびり歩いていても違うなと思うけれど急いでいると殊更だ。

「大丈夫っすか?」
「うん!今日スニーカーだから」

いや、そこかよ。
思わず声に出して笑ってしまったらなまえさんも笑う。
こういうところに来ると自然にテンションが上がってしまうのは不思議だけれど、一緒にいる相手がなまえさんだからっつーのもあるんだろう。
ずんずん進んで辿り着いたグリーティングの場所にはもう列が出来ていたけれど、まだ締め切られてはいなかったからキャストのお姉さんに「まだ大丈夫ですか」と聞いて最後尾に並んだ。

「よかった、間に合ったね」
「っすね。ポップコーンこぼれてないですか?」
「うん。大丈夫だよ」

早歩きで乱れた前髪を撫でつけながらなまえさんが言う。

「写真、万里くんも撮ってもらうでしょ?」
「あー…そっすね。せっかくだし」

正直別にどっちでもよかったのだけれど、せっかくだからと言えばなまえさんが嬉しそうに笑った。

「どうしよう、何話そうかな」
「ミミーちゃんへの愛を伝えればいいんじゃないっすか」

カチューシャとチケットケース、ポップコーンのケースまで持っている。
俺らが劇団の公演後に見送りをする時も、モチーフフラワーのグッズを身に付けているファンは「あぁ、この人は俺のファンなんだな」とわかりやすい。
まぁここに並んでいるという時点でミミーのことが好きということは伝わるだろうけど。
列は順調に進み、他の人たちがグリーティングをしている様子を見るとミミーは言葉は発さないけれどジェスチャーを使ってうまくコミュニケーションを取っているようだった。

「ふわぁ、かわいい……」

心の声もれてますよ、とは言わずになまえさんのほうを見ると、瞳をキラキラさせて両手を胸の前でぎゅっと組んでいた。
至さんは、なまえさんのこういう顔見たことあんのかな。

「次の方どうぞ、カメラお預かりします!」

俺らの順番が来て、なまえさんに「万里くん先にどうぞ」と促されたけれどなまえさんの腕を弱く掴んで一緒に進む。

「えっ」
「一緒に行きましょーよ。俺ひとりはさすがに」

お願いします、とキャストの女性に携帯を渡す。
ミミーは俺らを見た瞬間に、なまえさんが自分のことを好きだと認識したようで両手を広げてなまえさんを迎えた。

「わ、わぁーありがとう…!」

広げられたミミーの腕の中になまえさんが収まってハグ。
ぎゅっぎゅっと効果音がつきそうなくらいしっかり抱きしめていて、羨ましいとか別に思っていない。
なまえさんとのハグを終えたあと、ミミーは俺の方を見て手を伸ばしてくれた。
さすがになまえさんのように腕の中に飛び込むのは、と思ったのに問答無用でハグされた。
すげーなミミー……。

「え?そ、そうなの。これもミミーちゃんで、かわいいよね、大好きなの」

ミミーがなまえさんのカチューシャや身に付けているものを指して喜びをジェスチャーで表現している。
それに答えるなまえさんの顔はとろけそうに嬉しそうで、グリーティングに来たのは正解だったなと思う。

写真のポーズは特に指定がなく、ミミーを挟んで俺となまえさんが立ち何枚かシャッターを押してくれた。

「彼女ひとりでも撮ってもらっていいっすか?」
「もちろんです!」
「え、いいの…?」

なまえさんが俺とミミー、キャストさんの顔を代わる代わる見て、ミミーも「もちろん」というように首を縦に振る。
サービス精神全開のミミーは最後の最後もなまえさんのことをぎゅっと抱きしめて、俺の方にもしっかりと手を振ってくれた。
ファンサが やばすぎて俺も見習わなければと思わされたほどだ。
劇団ではカーテンコールで手を振るとか、お見送りの時にハイタッチと一言かわすくらいのことしかできないのだけれど。

「ミミーちゃんかわいかったぁ」
「よかったっすね。写真めっちゃ撮ってくれてますよ」
「本当?見せてー」
「ん」

俺の携帯を預けて撮ってもらったから、なまえさんに見えるように画面を下げる。

「わー…ミミーちゃんかわいい…」

嬉しいなぁ、かわいかったなぁ、と何度も繰り返すなまえさんが子供みたいでこっちの顔まで緩む。

「万里くんありがとうね」
「どーいたしまして」
「嬉しいなぁ、これLIMEのアイコンにしちゃおうかなぁ」

それは、と思わず返事に詰まる。
もちろん俺とのスリーショットにはしないだろうけれど、アイコンを変えたら至さんのことだから「いつ行ったの?」と聞くだろう。
俺が彼氏だったら聞く。
他意の有無に関わらず、ただの世間話のノリで聞く。

そこで俺と言ったなんて聞いたら至さんまじでキレんだろうな。
こんなかわいい顔した彼女の横に違う男がいたとか、俺ならキレる。

未だ至さんへの対応を決めかねているけれど、なまえさんが「あとで写真ください」と俺のことを見上げるから「もちろん」と平静を装って返事をした。



(2020.04.02.)



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