3.日曜、午後一時

何かを買ってあげたいとか、美味いもんを一緒に食いたいとか、楽しさを共有したいとか。
多分そのどれもに共通する感情は「喜ぶ顔が見たい」なんだと思う。



「…万里くんって本当に十九歳?」
「なんすかそれ」
「うちの弟より全然しっかりしてて驚いています」
「…なまえさん弟いんの」
「うん。大学三年生だから万里くんより年上なんだけど」

しっかりしている、なんて言われたら普段っつーか少し前までの俺なら「当たり前だろ」と思っていたし口にも出していたと思う。
さすがに相手は選ぶからなまえさん相手には言わなかったかもしんねぇけど。
本当に十九歳かと問われて年齢差がもどかしいと思ったことなんてなかったのに妙な苦さを感じる。
俺となまえさんの場合、問題なのは年齢じゃねえんだよな。

「身内相手だからかもしれないけど扱いが雑というか自由というか」
「あー…まぁ俺も姉貴いるんすけど、姉貴となまえさんに同じ対応はしないっすよ。うちのは大人しくしてないとうるさいんで言うこと聞くようにしてますけど」
「あ、やっぱり万里くんお姉さんいるんだ」

やっぱりとは…となまえさんの方を見ると「どうりで話しやすいわけだ」とうんうん一人で頷いている。

「至くんもお姉さんいるんだけど、姉持ちの弟って話しやすいんだよねぇ。うちがそうだからかな」

ガキの頃から女の人に気ぃ遣うことに慣れているからだろうと思ったけれどなまえさんに対しては、他の女よりもずっと丁寧に接している自覚はある。

「なまえさんって至さんのひとつ下?」
「うん、そうだよ」

彼女ができたと報告があったとき、聞いてもいないのにうだうだと絡まれるようになまえさんの情報を聞かされた。
至さんの一年後輩。
秘書課に綺麗な子がいると話題になったという新入社員で、社内広報誌の取材で一緒になって顔見知りになったらしい。
その広報誌を見せろと寮ではもちろん騒ぎになったけれど、見せないし見せたくないし社外持出厳禁だからと拒まれた。
見せらんねーなら自慢すんなよ。
社内とは言え広報誌に載るというから事前に監督ちゃんに相談をしていたことは俺も知っていて、後日「取材どうだったんすか?」とからかい半分で聞いたら「めっちゃ楽しかった」と予想外の返しで耳を疑ったんだよな。
かわいい子がいた、と三次元の女にそうそう興味を示さない至さんが言うのは珍しいと思ったことも覚えている。

「秘書って何するんですか?」
「えー多分イメージ通りだよ。スケジュール管理とか会食の予約にお客様のご案内とか」
「ふうん」
「万里くんは演劇科なんだっけ?どんな授業があるの?」

社会人と、大学生。
年齢が問題なのでは決してないし一緒にいてすげー年上みたいな感覚もないけれどやっぱり話していて俺はこの人よりもガキなんだと思わされる。

「まだ一年なんで一般教養も結構あるんですけど」
「うん」
「演劇の歴史とか体力作りとか基礎の部分が今は多いっすね。後期からは実践的な授業もあるっぽいです」

何に関心したんだか「おぉ…」と声を上げてなまえさんが俺を見上げている。

「すごいね、劇団でももちろんお稽古あるのに学校でもかぁ」
「まー楽しいっすよ」
「そっか。万里くんのお芝居も観てみたいなぁ。MANKAIカンパニー、チケットなかなか取れないんだよね」
「至さんに頼めば関係者チケットもらえると思いますよ」

もちろん俺経由でもいいんだけど、それはやっぱちげーだろうし至さんに怒られるのが目に見えている。
今日も当然だけれどなまえさんの右手の薬指には指輪がおさまっていて、首には買ってもらったのだと嬉しそうにしていたチケットケースが揺れて至さんの存在を主張していた。

「じゃあ自分で取れなかったら至くんにお願いしてみる」
「おう」
「そういえば万里くんって彼女いないの?」
「はぁ?」

いきなりなんだ。
アトラクションに並びながら飲もうとさっき買ったコーヒーをちょうど口に含んだとこほでそんなことを聞かれて噴き出すところだった。
なまえさんの手には俺が買ったココア。
別会計が面倒だからと言うと最初は遠慮されたけれど俺が折れないことをいい加減わかってきたらしい。
まとめて何かで返されそうな気もするしチケ代はさすがに、とさっき昼飯のときに強引に返されたけど。

彼女がいたらこんなとこにあんたと二人で来てねーよ、と言ってやりたいけれど、至さんっつー彼氏がいるのに上手いこと言って連れて来た俺がそんなこと言えるわけがなかった。

「いませんけど」
「えっそうなの?」

めちゃくちゃ驚かれた。

「万里くんってわたしにもこんなに優しいんだから彼女できたら甘やかしそうだね、意外と尽くすタイプなんだなって」
「……そっすね」

優しいと言われたことは喜ぶべきところなんだろうけれど、これはあれだ、「無害で」という意味が込められた「優しい」だ。
もちろんなまえさんはそんなこと考えずに言っているんだろうけど。

なまえさんとどうこうなりたいとかは思っていない。
至さんと別れろなんてことも思わない。
じゃあどうして今日誘ったんだと聞かれたらうまく説明できねーんだけど、なまえさんの顔が寂しそうに見えたから、それだけなのかもしれない。



一時間程並んで辿り着いた乗り場で「二名様ですか?」と人数を聞かれてなまえさんが「はい、二人です」と指を二本たてて答えた。

「三番乗り場へどうぞ!カチューシャは外してお待ちくださいね」
「はい」

案内された番号の乗り場に向かうなまえさんの後に続こうとしたら、スタッフの女性に「彼氏さんもサングラスはおかばんにお願いします」と付け足された。

…はたから見たらまぁそう見えるよな。
なまえさんに聞こえていないようでよかった。
俺が「彼氏」に見えていることがわかったらこれがデートみたいなもんだと意識されてしまう。
意識されたら、きっとさっきまでの笑顔を向けてくれない。
至さんと仲の良い劇団員だから、年下だから、弟みたいだから。
悔しいけれど今俺がなまえさんの隣にいられるのはなまえさんがそう思っているからだ。

「楽しみだなぁ、この前来た時は工事中でやってなくて。その前には至くんと来たんだけど…」
「あーあの人ジェットコースター駄目だもんな」
「そうなの、コーヒーカップも無理って言ってた」

丸太を模したジェットコースターが乗り場に到着する。
少し濡れているのは丸太が川を下っているような演出だからだろう。
さっき降りて行った人たちがもろに水をかぶったらしくびしょ濡れになりながらも楽しそうにしていた。

「夏にね、ウォーターショーみたいなのもやってるんだよ。水鉄砲持ったダンサーさんとかキャラクターとかいるの」
「CMでやってんの観たことあります。なまえさんあぁいうのも好きなんすか?」
「学生の頃は自ら浴びに行ってたよ」

まじか、意外。
そういや至さんもサバゲーみたいなのやってなかったっけ。
運動神経が悪すぎて監督ちゃんに守ってもらったと嘆いていたような気がする。
まぁサバゲーがへたくそだったことよりも山奥で電波がなかったことが辛かったらしいけど。

「最近はのんびり観るのが好きかなぁ。このアトラクション落ちるとこ少ないけどのんびりゾーンかわいいよね」

丸太の船に乗り込みながらうきうきと話すなまえさんの横に俺も座る。
平均身長よりもデカい俺が座ると狭いけれどなまえさんはちょこんと収まっていてそんなことだけでも落ち着かない。
並んで座ると体格差がわかるし、安全バーを下ろすとなまえさんの腹の薄さや脚の細さがわかった。
至さんは力弱ぇけど、俺が抱きしめたらつぶれてしまうんではないか、と起こりえない状況を心配しても仕方ねぇんだけど。


なまえさんが「のんびりゾーン」と称したゾーンは、森の動物たちが釣りをしたり歌ったりお茶会をしていたりと音楽もあいまって陽気な雰囲気だ。
そこで油断した子供は突然暗くなって高いところから下に落ちる演出は怖いのではないだろうか。
しかも滝の下に落下するから運が悪いとさっきの人たちのようにびしょ濡れになる。
それが醍醐味なんだろうけど、濡れんのは勘弁だわ…とか考えていたら、その数分後に頭から水をかぶった。


「……つめてー」
「冷たいね…まだ四月だしね…」

眉を下げて困ったような表情を作っているけれど、口も目も笑うのを堪えきれていない。
滝の下に落ちる途中で写真撮影があるからシャッターを切られる瞬間は顔をあげていて、頃合いを見て頭を下げれば濡れずに済むことは経験上知っていた。

知っていたんだけれど。

落ちる前に「この席は最後まで前向いてても濡れないよ」となまえさんがドヤ顔で言うからそれを信じた。
一番後ろの座席だったし確かに前に座っている人たちが顔を上げていたらそうだったのだろう。
なまえさんも落ちる瞬間しっかり顔をあげていて、小さく悲鳴をあげながら落下したわけだが、シャッターが光った後になまえさんが「あっ」と言って固まった。
それに気を取られた俺も、前に座っていた人たちが全員頭を引っ込めていることには気が付いていたのに反応が遅れた。


「万里くん、タオルどうぞ」
「どーも…ってかなまえさん先に拭いてくださいよ、前髪やべーっすよ」
「えっ嘘」

ジェットコースターに乗った後だから、というのもあるけれど濡れてしまったなまえさんの髪はさっきよりも暴れていた。

俺がこの人の彼氏なら。
タオルを受け取って、水滴を拭ってあげたと思う。
ままならねーな、なんて生きていて初めて感じたかもしれない。


「よし、じゃあこれを乾かしにゴーカート乗りに行きましょう」
「乾かしにって」
「お天気いいし、オープンカーでドライブしたら乾くかなぁって」
「ものは言いようっすね」

ジェットコースターよりもだいぶ短い待ち時間で乗れたゴーカートの運転席にはなまえさんが座った。
俺は別にどっちでもと言ったら「じゃあ運転したい」と言うからこのアトラクションが好きなんだなと思ったら、運転はめちゃくちゃへたくそたった。


「……ケツいてぇ」
「あはは、ごめんなさい」
「なまえさんレーシングゲームとかへたくそっしょ」
「マリオカートは身体も一緒に動くタイプです」

走るコースは決まっているしレーンがしっかり引いてあるからコースアウトすることや他の車とぶつかるなんてことはないけれど、その引かれたレーンにガツガツぶつかるもんだからゴールする頃にはケツが痛くなった。
何度か助手席からハンドル操作を手伝ってしまって身を乗り出すたびに心臓が変な方に跳ねたのは俺だけなんだろう。

「でも楽しかったー」
「ならよかった」
「万里くんも運転したかったらもう一回並ぶ?まだ待ち時間短いよ」
「いや、俺は」

なまえさんが楽しそうにしている姿が見られて満足しました、なんて言葉は飲み込んだ。



(2020.03.28.)



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