2.日曜、午前六時

休みの日にこんなに早く起きていることもそうない。
目覚ましを止めて、同室の兵頭の方を見ればまだぐーぐーいびきをかきながら眠っている。
起きられたら面倒だと思っていたけれどいらない心配だったようだ。

携帯を確認すると、なまえさんから少し前にLIMEが来ていた。
寝坊遅刻防止のためにお互い起きたら連絡することにしていたのだ。
女の方が朝の支度は時間がかかるだろうし、なまえさんのほうが起きるのは早いだろうと思っていたけれど、朝起きてすぐに連絡が入っているというのはこんなにむずがゆい気持ちになるのだと初めて知った。

(おはよう、起きました!、ね)

簡潔に起きたことだけを伝える内容と、可愛らしいスタンプ。
顔がにやけるのも仕方がないと思う。
「おはよ。また後で」とだけ返したけれどすぐに既読は付かなくて、準備中なんだろうと俺ものそのそと布団から出た。

気合が入っていると思われないような服装、とか考えている時点でなんかもう色々駄目じゃねぇかとは思う。
なるべくいつも通りを心がけて服を選んで、髪のセットもいつも通り。
だけど時間は、正直普段よりも少しかかってしまった。

「あれ、万里さんおはよう。出かけるのか?早いな」
「はよ。ちょっとな。天馬は仕事か」
「あぁ、もうすぐ井川が迎えに来るけど車乗っていくか?」
「いや、いいわ。もう出るから」

玄関に向かう途中で起きてきた天馬と会ってしまった。
最近は映画の撮影期間らしく毎朝早いし遅いらしい。
俺がこんな時間に出かけることに不思議そうにしていたけれど「撮影頑張れよ」と会話を切り上げれば特に追及されることもなかった。
ここで会ったのが太一や一成だったらどこに行くんだ誰かと会うのかとぎゃあぎゃあ言われそうだし、左京さんだったら遅くなるなよと小言がついてきただろうから天馬で助かったかもしれない。

「お、万里さんそのアウターこの前買った春の新作だろ?やっぱりかっこいいな」

……けれど、見るところはしっかり見られていて妙な気恥ずかしさに襲われたからやっぱ誰にも会わずに寮を出たかった。


まだ寝ている奴らが多い寮を出ると春とはいえ少し肌寒い。
夜も冷えるかもしんねーな。
何時までいるのかわかんねぇけど、パレードとか花火とか、なまえさん好きそうだよなぁ。
電車に乗り込んだタイミングで到着時間を調べてもう一度なまえさんにLIMEを送ると今度はすぐに既読がついた。

お互い着く時間を報告して、電車に揺られながら昨日なまえさんと見た遊園地のサイトにまたアクセスした。
嫌いじゃないけれど自ら好んでは行かないから、行くのは少し久しぶりだった。
前回行った時は、当時付き合っていた彼女に無理矢理連れて行かれたんだっけ。
遊園地にカップルで行くと別れるっつーけど、お互いのテンションが同じじゃないと確かにあそこはしんどい場所だと思う。
実際ダルさを隠せずにいたら「なんでそんなにつまんなさそうなの」とキレられた。
なまえさん相手につまんねぇということはないだろうけど、逆にオレがつまらないと思われないようにしなければ…なまえさんはそんなこと思わなそうだけど。
至さんと二人の時ってなんの話をしているんだろうか。
あの人、中身あんなんだけど一応商社マンだし話すのは上手いのかもしれない。
土産買った方がいいのかな、とか事後報告にすればとなまえさんに言ったけれどやっぱ隠しておいた方がいいんじゃねぇかな、とか考え事をしていたら開いたサイトは結局あまり見なかった。




「万里くん!」

待ち合わせ時間の少し前に、遊園地の最寄駅に着いた。
駅前の待ち合わせなんて人混みで難しいんじゃねぇかと思っていたけれど改札を出て周辺を見回していたらすぐになまえさんから見つけられた。

「なまえさん、おはようございます。よくわかりましたね」
「おはよ!万里くん背高いからすぐにわかった」

迷子にならなそうだね、なんてこの歳で迷子にはならないだろと思うけれど「そっすね」と返す。
朝早いというのに開演時間を目指して来た俺らのような人で駅前は混んでいて、人の流れに逆らわずに入園ゲートを目指して歩き始める。
昨日もそうだったけれど、なまえさんの隣を歩いているというのが不思議だ。
本当ならあるはずがないことで、昨日みたいな偶然ならまだしも今日のは……俺が至さんならキレるな。

なまえさんがなんの警戒もなく来てくれたのは俺と至さんの仲を知っているからなんだろう。
「至くんがよく万里くんの名前出してるから会ってみたかったんです」と初対面言われた時は、なんとも言えない気持ちになったことを覚えている。
なまえさん、無防備っつーか警戒心のかけらもないっつーか、こんなチョロくて大丈夫なんだろうか。
もし誘ったのが俺じゃなかったらほいほいついていっちゃダメっすよ、なんて。

「わたし万里くんにチケット代払わないと」

なまえさんが歩きながら財布を出そうとする。
昨日ネットで二枚まとめて買ったからだけれど、ハナからチケット代なんてもらうつもりはなかった。

「あー、後でいいっすよ。財布出すタイミングで」
「そう?じゃあご飯の時とかに返すね」

金はいらない、と言っても頷かないだろうな。
昨日のコーヒーも結局別会計にされたし。
なまえさんは社会人で、俺は大学生というのもあるだろうけど、仮に俺が社会人でも奢られてくれたかは怪しい。

「なまえさん、こういうの付けない人?」

園内に入ってアーケードのような屋根のあるエリアを進んでいると、いたるところに風船やらカチューシャや帽子やらの小さな店が出ている。
友達同士や家族連れ、恋人同士で来ている人も被り物やサングラスなんかのグッズを身につけている人は多い。
Tシャツやパーカーでペアルックというのも、この場所だからできる楽しみ方なんだろう。

「カチューシャ?…これって何歳まで付けていいものだと思う……?」
「は?」
「大学生までは気にならなかったんだけど」

もう社会人だから、と言うなまえさんの表情はおもちゃ売り場で欲しいものを見つめる子供みたいで、年齢に関係なく似合うだろうし付ければいいのに。

「こういうとこで年齢とか気にしなくていいんじゃね、てかなまえさんまだ全然若いし」
「うーそうかなぁ」
「至さんと来た時はどうしたん?」
「至くんの前では欲しい素振りすらできませんでした」

なんだそれ。
至さん絶対付けてほしいと思ってただろ…そういや見せてもらった写真は付けていなかったような気がする。

「せめて…と思ってこれ見てたら至くんが買ってくれたんだよね」

これ、と首に下げていたチケットを入れるケースを少しだけ上にあげて見せてくれた。
なまえさんのはピンクのネズミのキャラクターで、確かこれの青いバージョンが至さんの部屋にあった気がする。

「ふぅん」

チケットケースは可愛い。
それを首からかけているなまえさんも、可愛い、と思う。

「なまえさんこのキャラ好きなん?」

首元を指差して聞けば「うん」と頷く姿がやっぱり子供みたいだ。
普段よりも服装がカジュアルなこともあってあまり年上だという感じがしない。

「じゃあこれのカチューシャ買おうぜ」
「えっいいの?」
「いいも何も。うわ、めっちゃ種類あるのな。どれにする?」

話しながらもアーケード内の一番デカい店に入る。
さっきなまえさんが「ここに来ればたいていのおみやげは揃います」と若干ドヤ顔で教えてくれた。
ズラッと並べられたカチューシャの数に驚いていたら、なまえさんが「これがシーズン限定でね」と一番目立つところにあったものを手に取った。

「いーじゃん。付けてみ」

まだ少し気恥ずかしそうななまえさんにそう促して、備え付けられている鏡の前へ。
チラ、と俺の方を一瞬見てから鏡に向き直ってカチューシャを付けた。

「……買っちゃおうかなぁ」
「おう」
「万里くんは?」
「いや俺がカチューシャとか笑えません?」
「似合うと思うけどなぁ……あ、じゃあ…」

ちょっとあっち見てもいい?と店の中を少しだけ移動してなまえさんが手に取ったのは、やたらポップなサングラス。

「これ、似合うと思う」
「まじか」

これをかけろと、と思うけれどなまえさんがめちゃくちゃいい笑顔でニッコニコ差し出してくる。
受け取ってかけてみたら「万里くんがかけるとオシャレに見える」とか言うけど顔が笑ってんだよな。
…まぁいいけど。

「じゃあ俺はこれで。貸して」

なまえさんが持っていたカチューシャをパッと手から奪ってまとめてレジで会計をした。

「すぐお使いになりますか?」
「はい」
「かしこまりました。いってらっしゃーい!」
「どうも」
「万里くん足が長すぎて追いつけなかったしお会計も早すぎるんですけど…」
「なんだそれ。はい、どーぞ」

なまえさんに財布を出す隙がないようにしたとはもちろん言わずにカチューシャを手渡す。
不満そうにされたけれど、多分チケット代とまとめて払おうとか考えているんだろう。
「ありがとう」と素直に受け取ってくれて少しホッとした。



「万里くん、お腹空いてる?」
「空いてる。なまえさんは?」

カチューシャを付けたなまえさんに見上げられて、顔が緩みそうで思わず右手で口元を隠して目を逸らしてしまった。
俺が買ったサングラスはカットソーの胸元にひっかけてあって「かければいいのに」と何度か言われたけれど「眩しくなったらかけます」と返したら納得したようだった。

「わたしも!万里くん甘いもの食べられるんだっけ?」
「甘いものも辛いものもなんでも。なまえさんのオススメは?」
「わたしはねぇ、いつもここでチュロス買って歩きながら食べて、何かしらのファストパスを取りに向かいます」
「じゃあそれで。ファストパスって何のアトラクションにあんの?」

朝から甘いもん食って、ジェットコースターに優先的に乗れるチケットを取ってその優先指定時間までの間に違うアトラクションに並ぶ。
入園時にもらったパーク内の地図や、行われているシーズンイベントの情報を見ながらなまえさんの希望を聞いていたら最初は遠慮がちだったのに少しづつ行きたいところを自分から言ってくれるようになってきた。
何も言わずに任されるのは好きじゃないから助かる。

遊園地という場所柄、次はどうする?何に乗りたい?休憩する?なんて会話がぽんぽんと途切れなく続いて、なまえさんの隣は心地が良い…なんて気付かないほうがよかったんだろう。



(2020.03.24.)



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