3.ふたりだけの秘密にしよう

「ハル!お疲れ様」
「お疲れ」
「大丈夫?眠くない?」
「……前の仕事終わってから仮眠とったから大丈夫だ」

俺の言葉に少し眉を顰めてハルが答える。
多分、またお節介とか思ってるんだろうなぁ。

今日はラジオの生放送だ。
STYLE FIVEの冠番組で、毎週土曜夜十時からはこの仕事。
メンバー五人全員で出るときもあれば今日みたいに俺とハルだけ、みたいにメンバーがいろいろな組み合わせで少人数のときもある。
誰とペアになるかでラジオの雰囲気がけっこう変わるから、それも好評みたいだ。

「今日は俺、橘真琴と、」
「七瀬遙の二人でお送りします」
「ハルとだとラジオって感じがしないなぁ、ちゃんと喋ってね」
「…努力する」
「ラジオで喋らないって放送事故だよ」

ハルは口数が多い方ではないけれど、ぽつりぽつりと話すトーンが好きって人も多い。
渚とハルが当番だと、渚が一方的に話して終わる…なんてこともあるみたいだけれど。

「先週のライブの感想がいっぱい来てるよ」
「あぁ…初めてのアリーナだったからな」
「楽しかったなぁ」
「真琴、アンコールで歌い出しミスしただろ」
「えっそれ掘り返す?!」
「ファンサービスばっかりしてるからだ」

アンコールでのことを言われると、必然的に浮かぶのはなまえちゃんとの再会で。
再会なんて呼べないかもしれないけれど確かにあの時、目が合ったんだ。

「だって…」

俺が目を伏せたらハルが首を傾げながら続きを促す。
ラジオだから映像は流れない、よかった、こんな情けない顔をしているところはファンの人には見せられない。

「トロッコでさ、みんなの近くに行けたの本当に嬉しくて」
「そうだな」
「ひとりひとり、ちゃんと顔が見えたでしょ?」
「あぁ」
「目が合って、手を振ってくれて、あぁこの子が俺たちを支えてくれているんだって」
「うちわも嬉しかった」
「そうだね」

俺たちの顔が印刷された公式で販売されている大きなうちわもあれば、みんなが手作りしてくれた名前の書かれたうちわもあった。
中には「ピースして」とか俺たちにやってほしいことを書いてあるものも。
客席の様子はちゃんと俺たちからも見えている。

「久しぶりに来てくれたファンの子もいたし、続けてきてよかったなぁって。あんな景色が見られるなんて思ってなかった」
「…また、やりたいな」

ハルが優しく笑う。
またやりたい、というのはメンバー全員が心から思うことだった。

「大きな会場でやることが全てじゃないし、みんなとの距離があいたって思っちゃうファンの人もいるかもしれないけど、俺たちは変わらずに歌い続けるからこれからも応援してほしいな」
「アリーナでも、小さなライブハウスみたいなとこでも両方やればいいだろ」
「たしかに!それいいね」
「また握手会とか直接会えるイベントもやりたいって他の三人とも話してる」

どう言えば気持ちが正しく伝わるのかわからなくて、つい話しすぎてしまうけれどハルが上手いこと繋げてくれる。

「昔はよくやってたもんね」
「あぁ」
「あの頃から来てくれてる子も、少し離れちゃってるって子にも、また会いたいなぁ」
「初めましての人も」
「もちろん!」

その後は何通かメールを読んでリクエストのあった曲をかけた。
俺たちの曲へのリクエストが多かったのはライブの影響だろう。
今日もたくさん話したなぁと思うけれど、昔から一緒にいるメンバーとの会話は何も意識をしなくてもつらつらと続けられる。
本当、ただの世間話みたいになってしまうこともあるけれど。

「来週は凛と怜が担当だ」
「来週も聞いてね、おやすみなさい!」

締めの言葉を言うと、毎回お馴染みのエンディング曲が流れた。



「お疲れ様でした」
「お疲れ様です!ありがとうございました」
「橘さん、これ今週分のメールです」
「あっありがとうございます!」

ラジオで読み上げるメールはスタッフさんが選んでくれるんだけど、読めなかったメールにも目を通すようにしている。
収録前に読む時もあれば時間がなくて収録後の時もある。
ファンレターやラジオのメールを読むのは好きだ。
束になった紙をパラパラとめくりながら読んでいて、一通のメールで手が止まる。

(…やっと受験が終わって久しぶりにライブに行けて、って)

これ、もしかしてなまえちゃん…?

俺たちのラジオは翌週の当番があらかじめ発表されているから、出演するメンバーのファンからメールが来ることが多い。
つまり今週分は俺とハルのファンからのメールがほとんどだ。
ラジオネームは書いていなかったけれど、文章を読み進めるともしかして、ではなくきっとなまえちゃんだという確信に近いものに変わる。

ライブが終わった後にくれたメールだから、アリーナライブの感想が書かれていた。
大きな会場で俺たちのパフォーマンスを見ることができて感動したとあって、小さな会場で開催していた頃から来てくれているもんなぁと俺も感慨深い。
そしてリクエストの曲は、アンコールで歌った俺となまえちゃんの目が合ったあの曲で。

(トロッコで回ってきてくれたみんなが一人一人と目を合わせてくれていて、かぁ)

俺とハルが読むであろうメールに、俺と目が合ったなんて個人的なことを書かないあたりがなまえちゃんらしくて頬が緩む。


たしかに繋がっているんだ。
ファンとアイドルだし、握手会で会えないとお互いに一方通行のやりとりしかできないけれど、繋がっていると思う。
その繋がりはなまえちゃんが断とうと思えばすぐに切れてしまう細い細い糸みたいなものなんだということにも気が付いてしまったけれど。

その日更新したSNSにはハルとのツーショットと、メールの束を載せた。
もちろん文面とか名前は見えないように。


「たくさんメールありがとう!
ライブの感想が多くてついこの間だったのに
懐かしい気持ちになったなぁ。
広い会場だったけど、
目が合ったと思った君とは
ちゃんと合ってるし
手を振られたと思った君にも
たしかに俺は手を振っています。
たくさんの人に応援してもらえて幸せです!
支えてきてくれた一人一人にお礼が言いたい気分。
本当にありがとう。
また会いに来てくれたら嬉しいな。」


伝わるだろうか、君に。




(2020.02.29.)



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