10.

「そーいえばなまえのクラスは何やんの?」

突然至さんから飛び出したなまえの名前に携帯を操作していた手がぴくりと止まったのは本当に突然だったからだ。

「なまえのとこは演劇やるって言ってたよ」
「えっそうなんスか?!めっちゃ観たい!」

話題は週末に行われる聖フローラ学園の文化祭についてだ。
椋はカフェ、幸はお化け屋敷というなんとも定番なラインナップ。
なまえが演劇をやると聞いて太一が身を乗り出した。

「演劇もいくつかあるんです。教室でやるクラスもあるんですけど、なまえちゃんのクラスは体育館の大きいステージでやるんですよ」

そんなことを聞いたら、ここの人間たちが食いつかないわけがなかった。
フラ学の文化祭が行われるという土日に行ける奴らで観に行こうとあっという間に話がまとまる。

「万里くんも行くでしょ?」
「俺はパス」
「え!」
「行きたい奴だけで行けよ」
「摂津、予定空いてんなら行ってこい」

監督ちゃんに話を振られて断ろうとしたのに、コーヒーをすすっていた左京さんの言葉は有無を言わせないもんがあった。

「…左京さんは来んのかよ」
「俺は仕事だ」
「んだよ、ずりーな」
「万チャンも一緒になまえチャンの勇姿観に行こーよ!」

演劇やるっつっても、どうせうちでやってるみたいな裏方だろう。
手伝いとは言え経験者がいるのは強いのかもしれない。
なんで俺まで…と思うけれど、行かねぇとつっぱねるほうが体力を使いそうだ。

面倒だが、断るほうが面倒だと首を縦に振った。





寮から連れ立って来た聖フローラ学園は、なかなかの混雑だった。
校門は手作りの看板やバルーンで飾り付けられていて足を踏み入れる前から楽しげな声が聞こえてくる。
デカい男連中がぞろぞろと歩いていたら目を引くようで生徒にも来場者にも物珍しそうに見られて視線が鬱陶しい。

なまえのクラス演目までの時間で椋のクラスへ行こうと事前に決めていたから、まずは中等部の校舎へ足を進めた。
歩いている廊下もそこかしこが飾り付けられていたり、教室の外で客引きみたいに声かけを行なっていたり。
どこも文化祭は同じようなことをしてんだなと思う。

「花学も文化祭もうすぐッスよね?」
「あー、来月。多分」
「多分って!花学のもみんなで行きたいなー」
「はぁ?来んなよ保護者か」
「何言ってるの万里くん、行くのは決定事項です」

太一くんの提案がある前からそのつもりです、とやたらキリッとした顔で監督ちゃんが言った。



「わー!みんな来てくれたんですね!」
「大勢でごめんね、席あるかな?」
「はい、今用意しますね!」

教室にいる他の生徒とお揃いのクラスTシャツを着た椋が、空いている机をつけて大人数用にしてくれた。

「なまえちゃんのクラス観に行くんですよね?」
「そうッスよー!むっくんも行ける?」
「はい!休憩時間そこに合わせてもらえたので僕も行くつもりなんですけど、早めに席取った方がいいかもしれないです」

どデカイはずの体育館でやるというクラスの出し物なのに、席取りが必要なのか?と一同首を傾げる。
そんなに埋まるもんなんだろうか。
うちの劇団もチケットを完売させるために四苦八苦していたというのに。

「…体育館狭いのか?」

頼んだワッフルを無言で食べていた兵頭が口を開く。
椋がオーダーを通したからかワッフルの上に山盛りに乗せられた生クリームは見ただけで胸やけがしそうだった。

「ううん、そういうわけじゃないんだけど。前の方の席はすぐ埋まるかもしれないなって」
「フラ学って演劇好きな人が多いの?」
「さっき中庭に市川先輩いたよ!もう衣装着てた!」
「えっ舞台の宣伝?写真撮りたかったなぁ」
「なまえ先輩は?!」

目を輝かせて言った監督ちゃんの言葉に、廊下から飛んできた声がかぶさった。
なまえという名前はさして珍しくもないからあいつとは別人の可能性もあるけれど、「舞台の宣伝」と聞こえたし椋が反応したから俺らの知っている人物のことだろうとみんなが顔を見合わせた。

「なまえ先輩はいなかった!」
「えーそっかぁ、観に行かないと拝めないやつだ」

……どうやら「なまえ先輩」は俺らの知っているなまえで間違いないようだ。
それよりも最後に聞こえた声がやたら耳に残ったのはどうやら俺だけではないらしい。

「え、なまえちゃんってもしかしてフラ学で有名人なのかな?」
「拝むって言ってたッスね!ってことはなまえチャン舞台上がるってこと?!」

咲也がつぶやいて太一がすぐさま食いつく。

「なまえちゃんもだけど、相手役の市川先輩って先輩が人気があって」
「ちょっと待って。相手役って何?なまえ、何役なの?」

椋が瞳を輝かせながら、至さんのほうを向きよくぞ聞いてくれたという風に両手を胸の前で合わせた。

「それが!ヒロインであるお姫様の役なんです!」

たしかに本人はおろか椋や幸にもなまえが演劇で何を担当しているのか、という確認はしていなかったけれど。
まさかメインどころとは…つーか姫役って主役じゃねーか。

太一がぎゃんぎゃん騒ぎ始めてその場にいた奴らの携帯が一斉に鳴った。
グループLIMEに至さんが「なまえ、姫役だって」と送信したらしい。
一気に既読が付いて「今から行く」やら「撮影可能だったら写真頼んだ」やら。
一成のスタンプ攻撃がやばい。
劇団カメラマンの臣は後から合流する予定だけれど「席取りが必要か?」って運動会の父兄かよ。
そもそも綴が言ってきたように撮影できんのかもわかんねーのに。

まぁ良い席で観るに越したことはないと言う話になり、予定よりも早めに体育館へと移動することにする。
カフェのシフトがちょうど終わる椋も一緒だ。

「楽しみッスねーなまえちゃんのお姫様!」
「うちの劇団は女の子がいないからなんか新鮮だよね」
「女の子を募集する予定はないけどできる作品の幅は広がるよねぇ」

太一と咲也が目を輝かせていてそれに監督ちゃんが頷く。
椋の案内のもと広い校舎を迷うことなく進むと少しずつ人が増えていて、恐らく多くの人が体育館に向かっているんだろう。
いたるところから「舞台楽しみだね」「市川先輩さっき衣装着て歩いてたけどやばかった」と話し声が聞こえてきた。




幕が明ける前のひりひりするような緊張感。
自分が袖にいるときは心地良さを感じるようになったけれど、普段舞台に立たない人間がこれだけの規模の体育館で芝居をするのは観るこちら側が落ち着かない気持ちになる。
それは俺だけではないようで、さっきまでは「なまえが姫役?!」と騒ぎまくっていたのに開演が近付くと「大丈夫だろうか」とそわつき始めた。

開演前アナウンスが鳴って、ざわついていた体育館が静まる。


舞台の上に立つ姿が、いつもと違って見えて。
服もメイクも違うのだから当たり前だとわかっているし、演じることで化ける奴がいることだって知っている。
冒頭ではなんてことないグレーのワンピースを着ていて多少のむずがゆさのようなものを感じながらもまぁ悪くはねぇなと思いながら観ていた、のに。

場面が進み知らない顔で、知らない男の手を取ってドレスの裾をひるがえしながら踊るなまえを見たら息がしづらい。
体育館のあちらこちらから感嘆のような溜息が聞こえてくることも気に障る。
十二時の鐘が鳴ってなまえの演じるシンデレラが我にかえるシーンで、俺もハッとしたなんて他の奴らには絶対に気付かれたくない。

話は王道から逸れることなく進んだ。
ガラスの靴を落として城を後にした女を王子が国中探し回り、最後には再会した二人が見つめ合いハッピーエンド。
カーテンコールでは舞踏会の時に着ていたドレスに着替えたなまえが王子にエスコートをされながら舞台の中央に立った。
大きな拍手、女子生徒の黄色い声援。
自分が舞台に立っている時に浴びるそれらとは違って聞こえる音がなぜかそわつきをぶり返させた。


「なまえチャーン!」

太一が女子生徒に負けない声量でなまえの名前を呼んだ。
客席の様子というのは舞台から案外見えているもんだというのは経験則だが、でかい男がかたまって席を陣取っていればまぁ目立つだろう。
すぐに俺たちに気付いたなまえが、一瞬目を見開いて照れたようにはにかんだ。

「なまえチャン綺麗ッスねー!」
「うん、本物のお姫様みたいだね」
「いいなぁ、いつか僕も王子様に…って別になまえちゃんの王子様になりたいとかそういうわけじゃなくて僕みたいなチビでノロマなちり紙がなまえちゃんの隣に立つなんて恐れ多いんだけど…」
「…椋、なまえはそんなこと言わねぇ」
「十ちゃん…そうだよね、あとでみんな一緒に写真撮ってもらおう!」

拍手を送りながらも口々になまえを褒める声が耳に入ってくる。
俺も手は叩くけれど、劇団の他の組の作品を観た時とは全く違うこの気持ちがなんなのか、腹に落ちない。



「ばーんり」
「至さん、なんすか」
「なまえ綺麗だったねぇ、シンデレラ」
「……まぁ、それなりには見えましたね」
「みんな写真撮ってもらおうってはりきってるけど万里はなんでそんな今にも人殴りそうな顔してるわけ」

カーテンコールの終わりに、このあと出演者が衣装のまま中庭に行くというアナウンスがあった。
身内や友達はもちろん集まるだろうが、ファンサービスのようなものなのだろうか。
王子役を演じた市川という男子生徒が人気なのだろうということは観劇前の一件からもわかったし、なまえも。
カーテンコールで歓声とともに呼ばれる名前は市川となまえが多かった、多分。

つーか普通は学校の文化祭の劇ってこんなに盛り上がらねぇんじゃないのか。
いくら演劇が盛んな地域とはいえ、花学もここまでではなかったように思う。
文化祭なんてまともに参加していないから実際のところはわからないし、ファンクラブがあるっつー真澄が王子役でもやったら話は別かもしれねぇけど。
文化祭という特別感のせいだろうか。

またもやぞろぞろと連れ立って中庭に移動しながら至さんと話をしていて、やたらニヤニヤとされるから虫の居所が悪い。

「万里ってたまにめちゃくちゃ高校生だなって時あるよね」
「…どういう意味っすか」
「えっわかんない?」

携帯片手に「なまえとツーショ撮ってもらお〜」と声を弾ませている至さんの横顔に舌打ちを飲み込んだ。



「ちょっと、そろいもそろって男共がカメラ構えてるの怖すぎるんだけど……」
「幸チャン!どこにいたんスか〜?!なまえちゃんの舞台観た?!」
「デカい声出すな。観たに決まってるでしょ、デザインした衣装の出来も見たかったしね」
「えっあの衣装って幸くんが作ったの?」
「作ったのはなまえのクラスの衣装担当だよ。俺はデザイン案出しただけ」
「ドレスめちゃくちゃかわいかったッス!」
「当然。本当は仕上げまでやりたかったんだけど、他のクラスのことにそこまで手出しできないしね」

そんな話をしていたら、体育館から中庭に繋がる道、さっき俺たちも通ってきたほうからざわめきが聞こえてきた。

「あっなまえちゃんたち来たみたいだよ!」
「わぁ本当だ…!」

終演してそのまま着替えずに移動してきたらしい出演者たちと、その一行についてきた野次馬のような生徒たちがぞろぞろとやってきた。
元々中庭にいた生徒や来訪者たちからも小さくはない歓声があがる。

「市川先輩やっばい、まじで王子」
「てかお似合いすぎない?なまえ先輩きれい〜」

なんて聞こえてきた声に太一と咲也が頷いている。
兵頭は身内だけになんとも言えねぇ顔になっていて、臣は撮影用のカメラを持ってきていたから、さっそく構えて何度もシャッターを押していた。

「臣、その写真あとでちょうだい」
「てかLIMEにアルバム作ってほしいッス!」
「本人のいないグループで写真共有してどうすんだよ」
「えーだってみんなも見たいって言ってたし!」
「万里だって写真ほしいでしょ」
「はぁ?誰が、」

あいつの写真なんて、と我ながら低い声が出たと思ったらそれにかぶさるように「十ちゃん!」ともはや聞き慣れた声と呼び名が飛んできた。

「みんな来てくれたんですね」

いづみさん〜!なんて抱き着かんばかりの勢いで監督ちゃんと手を取り合っていて、普段はこんなテンションじゃないくせに。

「舞台からみんなが見えてビックリしました!」
「なまえちゃんすっごく綺麗!舞台も素敵だったよ」
「本当ですか?クラスに演劇部の子がいてめちゃくちゃスパルタだったんです」

監督さんに褒められちゃった、と頬を赤らめながら兵頭のほうを見上げている。
ドレスを着たなまえの横に並ぶと兵頭の強面がいつも以上に不釣り合いだ。

臣が似合ってるなぁと穏やかに言いながらシャッターを切って、なまえが「臣さんそんなに撮らないでください」とはにかむ。
舞台映えするようにしっかりとメイクをしていて、衣装も幸のデザインというだけあって悪くねぇし居心地の悪さはそのせいだろうか。
太一がみんなで撮ろうと騒いで至さんがツーショットを撮ると他の奴らも代わる代わるなまえの隣に立っている様子を周りの生徒たちが「なまえ先輩の知り合い…?」と不思議そうに見ていた。

「ほら、十座も照れてないで。二人で撮ってやる」
「っす」
「十ちゃん、どう?ドレス」
「……結婚式みてぇだ」
「えっ何その感想……?」

的外れな兵頭の言葉にみんなが笑う。

「万里くんは撮ってもらわないの?」
「いや、俺は、」
「なまえ!そろそろ戻らないといけないってさ」

監督ちゃんにぽんっと肩を叩かれ、なんで俺があいつと写真なんか…と顔の表情筋を総動員して伝えようとしていたあたりでなまえのことを呼び戻す声がかかった。
相手役だった男子生徒だ。

…つーか、こいつ恥ずかし気もなく王子の衣装のままよく学校歩けんな。
まぁ人気があるらしいから注目されんのには慣れてんのかもしんねぇけど。

「市川くん。ごめんね」
「ううん。なまえの知り合い?」
「そう。親戚とお世話になってる劇団の人たち」
「なまえがお世話になってます」
「なんで至さんがんなこと言うんだよ…」
「え?牽制しといたほうがいいかなって」

牽制…?となまえが首をかしげて市川を見上げたら、市川は一瞬きょとんとした後に笑顔を浮かべてなまえに向かって手を差し出した。

「行こっか。後夜祭の準備もあるし」

市川の手に、なまえが自然に手を乗せてカーテンコールで観た光景のようだった。
まだ二人とも舞台の役が抜けきっていないからこんな公衆の面前で手を繋ぐのだろうか。
いや、繋いでいるわけではなくてあくまでも王子がシンデレラをエスコートしてるっつーことなんだろうけど。

「じゃあ、」
「写真あとで送るな」
「ありがとうございます、臣さん。みんなも」

またね、と手を振ったなまえのドレスの裾が揺れた。

「…あの二人、もしかして」
「えっサックンもそう思う…?」
「そういえばなまえちゃんに彼氏いるのって聞いたことなかったなぁ」
「監督先生まで!」

俺たちの後も写真撮影に応えているなまえと市川のことを眺めながら、やっぱり来なきゃよかったと、なぜか思った。



(2020.02.29.)


むっくんの自虐は公式様より



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