後輩沢村くんと放課後

「先輩、こんな時間まで何やってるんですか?!」


集中していたからか後ろから近付いてくる気配に気が付かなくて、声をかけられて思わず肩が揺れてしまった。

「さ、沢村くん!ビックリしたー!」
「驚かせてしまいましたか!すみません!」

素直な後輩くんはガバッと効果音がつきそうなほど勢いよく頭を下げる。
相変わらず元気だなぁ、声が大きいのは良いことだよ、うん。

「で、何やってるんすか?もう他のマネさん帰っちゃいましたよ?」

さっきよりもかなり声を抑えてくれて、しゃがんでいたわたしの隣にちょこんっと並んで座り込む。
膝を抱えている姿がかわいい。

「備品の確認と、練習ノート書いてたんだよ」
「ほほう?」

ほほう、って。
沢村くんはたまに古めかしい言い方をする。
おじいちゃん子だって話を聞いた時、とても納得した。
手元にあったノートを見せたらずいっと顔を近付けてくるから少し驚いて身を引きそうになる。
パーソナルスペースが近い子なんだろうな。

「毎日練習終わりにボールの数とか合ってるか確認してるの」

ノートを見せて、今日の分はここだね、と指差せばまた「へぇー」と気の抜けた返事。

「毎日、っすか」
「うん。ボールひとつでも大切な備品だから、沢村くんも大事に扱ってあげてね」
「はいっ!」
「あとタイヤも」
「もちろんです!タイヤは俺の相棒ですから!降谷には渡しません!」
「いやいや、備品だからね、仲良く使いなさい」

そう言えば、ぐぬぬぬ…なんて擬音を発しながら少し顔を歪める。
沢村くんは見ていて飽きない。

「こっちは練習ノート。その日にやった基礎メニューと、みんなの様子とか気付いたこと書いてるよ」
「気付いたこと…」
「そう、今日はねー沢村くんが金丸くんにバッターボックス立ってもらって何球投げたーとか。降谷くんは暑さにやられてたーとか」

隣の様子を伺いながら話を進め、自分の話のときは目がキラキラとしているのに、降谷くんの名前が出るとまた少しむすっとなる。
本当に素直で良い子だなぁ、思わずぼさぼさの頭をよしよし、と撫でる。
弟がいたらこんな感じだったのかなぁ。

硬い髪の毛を整えるように撫でていたら、ノートを見つめていた瞳がこっちを向いた。

「先輩」
「ん?どうしたの?」
「それはちょっと、恥ずかしい、です」

沢村くんの頭に乗せていた右手を、沢村くんの左手で剥がされてる。

「あ…そうだよね、ごめん。馴れ馴れしかったよね」

すぐに手を離そうと思ったら、そのまま大きな手に包み込まれるようにして捕らわれてしまった。

「沢村くん?」
「…俺本当は、先輩のこと探してて。そしたら御幸一也が多分ここにいるって教えてくれて」

突然出てきた御幸の名前に首を傾げるけれど、沢村くんがぽつりぽつりと言葉を選びながら話してくれるから遮らずに目線で続きを促す。
さっきまで外で聞こえていたバッドがボールに当たる音はいつの間にか静まっていた。
他の選手たちも自主練を切り上げたのだろうか。
沢村くん、ご飯までにお風呂入りたいんじゃないかなぁ。

「降谷が、」

御幸の次は降谷くん?
言い淀む沢村くんは続きを言おうか悩んでいるようだ。

「先輩に爪やってもらったって聞いて」
「あぁ、うん、塗りにくそうにしてたから…」

昨日の練習後、いかにも面倒くさいって表情でヤスリとケアセットを持ち出しているのを見て、思わず「手伝おうか?」と声をかけたのだ。

「あいつ今日やたら爪見てんなって思ったら御幸一也が先輩にやってもらったんだろって、こっち見ながらニヤニヤした顔で言うから…俺もやってほしくて」

なんだ、そんなこと。
そう言おうとした言葉は飲み込んでしまった。
普段から降谷くんと張り合っているから、今回のことも対抗心からくるものなのかなぁと一瞬思った。
けど、沢村くんがとても言いにくそうに、自分の爪とわたしの顔を交互に見ながら言うものだから「そんなこと」なんて言えなくなってしまったのだ。

「沢村くんのも、わたしで良かったらやらせて?」
「…!いいんですか?!」
「もちろん。むしろわたしで良いの?貴子先輩とかの方が良くない?」
「先輩がいい、です」

いつも元気が良すぎて監督や先輩方に怒られている沢村くんとは全然違う表情。
手のケアをするだけ。
だけど投手にとってそれがどれだけ大切なものなのか、入部したての頃に沢村くんに口うるさく教えたのはわたしと御幸だ。

「うん、じゃあ明日のお昼休みに」
「はい!」
「沢村くんの教室まで行けばいいかな?」
「いえっ俺がお迎えにあがりやす!」
「じゃあ、ケアセット忘れないで持ってきてね」

沢村くんがもう一度「はい!」って大きく返事をしてくれた後、計ったかのようなタイミングで部室の扉が開け放たれて、倉持が「沢村ぁ!さっさと風呂と飯!!」なんて怒鳴り込んできたから二人して肩を盛大にびくつかせたうえに、沢村くんがわたしの手を握ったままだったものだから思いっきりタイキックをされて涙目になっていた。



次の日、三年B組まで来てくれた沢村くんに対して「弟みたい」なんて言ったら居合わせた御幸と倉持は爆笑して、沢村くんはなんでか少し拗ねたような顔をした。







(2016.09.16.)

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