▼ 28.やっぱり君がいい
「みょうじさんって夏休みも部活忙しいの?」
二学期の期末テストが終わって、白鳥沢では全校あげての大掃除が行われていた。
ゴミ捨てジャンケンに負けたわたしと、クラスメイトの男子で大きなゴミ袋を手にぶらさげ廊下を歩いていたら夏休みの予定について聞かれる。
「うん、ほとんど毎日かなぁ。インハイもあるし」
「だよなー」
「サッカー部もそうじゃないの?」
「うちもほぼ毎日。けど今年は全国逃したからバレー部の応援行くよ」
そう言われて、なんと返すのが正解か悩む。
白鳥沢はスポーツにも学業にも力を入れているから部活動はバレー部に限らず強豪が多い。
サッカー部も全国大会出場常連だけど今年は残念ながら叶わなかったのだ。
大会の応援は全校を上げて来てくれて、強制ではないけれど費用は学校持ちだし参加する生徒が多い。
応援の人数が多いのは嬉しい。
だけど来られるようになった理由を考えると素直に喜ぶことはできなかった。
「そっかぁ、ありがとう。…サッカー部残念だったね」
「おう。まぁ冬に向けてまた鍛え直しだな」
カラっと笑うからつられてわたしも笑う。
強豪校だから、全国常連校だからって必ず勝ち進めるわけではないのだと改めて痛感する。
「みょうじさん、明後日も部活?」
「うん。朝から」
「おっじゃあ夜は暇?」
「夜…は、確か空いてたと思うけど」
自分のスケジュールを頭に思い浮かべる。
夏休みの予定はほとんど部活で埋まっているけれど、部活が終わった後は空いていることがほとんどだ。
「まじ?花火行かない?」
「えっ」
「クラスの奴らで行こうって話してんだよね」
何人かクラスメイトの名前を挙げてくれて、花火もクラスの子と遊ぶのもとても魅力的だ。
部活漬けの夏休みに友達との予定が入るって嬉しい。
だけど。
花火と聞いて浮かんだのは白布の顔で、白布と行きたいなぁと、そう思ってしまった。
結局ちゃんと行くかどうかの返事はできなくて、だけど「行けそうだったら教えて!」とまたしてもカラッと言ってくれて助かった。
「みょうじ、サッカー部の奴に花火誘われただろ」
花火に誘われたその日、部活が終わって片付けをしていたら川西くんに急に話を振られた。
誘ってもらったし、確かに彼はサッカー部だけれど、言い方にちょっと語弊がある気がします。
近くに白布がいるときにそんな言い方するのって絶対にわざとだ。
思わず白布のほうを見たら表情は全く変わっていなかったけれど。
「クラスのみんなで行こうって声かけてもらったんだよ。なんで川西くん知ってるの?」
「みんなでって口実っぽかったよ。廊下でサッカー部の奴らがみょうじ誘おうぜって盛り上がってた」
「盛り上がってたのは気のせいじゃ…」
「で、なんて答えたん?」
「…行けたら行きます、と」
川西くんはにやにやと笑っている。
たまに意地悪なところあるんだよなぁ。
「花火って明後日だろ、部活終わるの早いし行けるじゃん。な、白布」
たしかに時間的にはなんの問題もなく行けてしまう。
もう一度チラッと白布のほうを窺えば手にしているボールをくるくると扱いながら川西くんをジロリと睨んだ。
「太一うるさい」
「はは」
「……チッ」
えっ今小さく舌打ちしなかった?
わたしじゃなくて川西くんに向けたものだと思う、けど、どうやら機嫌が悪いようだ。
「まー行く行かないはみょうじの自由だもんな。じゃ、お疲れ」
「おっお疲れ様…」
内心では「えっこの状況で帰る?火種投下したまま?」と思うけれど川西くんは足取り軽く部室へと去って行った。
白布と二人、取り残された体育館でなんだか空気が重たい。
いや他にも部員はいるんだけれど。
今の会話はみんなには聞こえていないはずだし、各々クールダウンや片付けを行なっている。
「白布は、もう帰る?」
「うん」
普段なら一緒に帰ろうって言ってくれるのに、降下した機嫌はそうすぐには回復しないようだ。
「一緒に帰ろ?着替え待たせちゃうかもしれないけど…」
「ん。じゃあ正門のとこで待ってる」
仏頂面のままだけれど、待っていると言ってくれて少しホッとする。
待たせないように急いで着替えよう。
そう思っていたら「急がなくていいから」と言われてしまって、なんで考えていることわかっちゃうんだろうなぁ。
隣を歩いていて、白布の不機嫌だという空気がビシビシと伝わってくる。
彼の機嫌の上下に接することは初めてではないけれど、その原因は部活のことがほとんどで。
だけど今日はきっとわたしのせいなんだろう。
自惚れではなくて、花火に誘われたことを知ったから…だよね。
クラスのみんなとだからとちゃんとわたしが断らなかったから。
「…白布?」
「なに」
うわぁ……いや、いつも受け答えはサラッとしているけれど、「なに」の二文字に棘がすごい。
呼びかけたもののどう話をすればいいのか言いよどむ。
「……えっと、」
「………ごめん」
え?と白布の顔を見上げたら眉間にめちゃくちゃシワを寄せてまっすぐ伸びる通学路を見つめていた。
ごめんと呟いた声はひどく小さかったし唇をきゅっと引き結んでいるけれど、たしかに白布が言ったのだ、ごめんって。
「花火行かないでほしい」
「…うん」
「友達と遊ぶなとか言うつもりはないんだけど。さっきの太一の話聞いたら、やっぱり行かないでほしい」
ぎゅう、と胸を締め付けられるみたいな感覚がした。
「行かないよ」
「…あー……ごめん、俺ダサいな」
「わたしもごめんね、ちゃんと断わればよかった」
もし逆の立場だったら。
白布がクラスの女の子にどこかに出かけようって、例え二人きりじゃなくても誘われたら胸に引っかかるものがあると思う。
「あのね、予定は空いてるから行こうと思えばすぐ行くって返事できたの。でも誘われた時にね、」
白布のYシャツをくんっと引っ張る。
制服のズボンに入れられたシャツが少し出てしまったけれど、さっきから全然目が合わないんだもん。
こっち、向いてほしいなぁ。
「白布と行きたいなぁって思って」
「え、」
「明後日の夜みたいなんだけど、一緒に行かない?花火」
ようやく顔を向けてくれた白布が驚いたように目を瞬かせている。
「みょうじ怒ってるかと思った」
「怒ってたのは白布では」
「…ムカついてはいた」
「ごめんなさい」
「いや、みょうじは悪くないんだけど」
ばつが悪そうに話す白布って、珍しい。
学校から駅までの道でこうやって手を繋ぐことも、すごく珍しい。
シャツを掴んでいた手がわたしのものより大きな手に包まれた。
夜とは言え七月の気温はもうすっかり夏らしく暑いけれど、白布の手の温度はいつだって心地良い。
「花火、行こう」
「…部活終わった後だけど、いいの?」
「うん。俺もみょうじと行きたい」
デートしようって期末前に約束してたし、と言う声はいつもの白布のもので胸を撫で下ろす。
自分で誘ったものの、部活の後で疲れているだろうし、こんな空気の中で誘ってしまったし、断られても仕方ないと正直思っていた。
「クラスの方はちゃんと断っておくね」
「…ん」
繋いだ手に少し力が込められて思わず頬が緩む。
誘ってくれたクラスメイトには申し訳ないけれど後で連絡しておこう。
「こういうのよくあんの?」
「こういうのって?」
「どこか行こうって男に誘われること」
「ううん。ないよ」
「…さっきも言ったけど、友達と遊ぶなって言ってるわけじゃないから」
念を押すように、だけどやっぱり気まずそうに言う白布がなんだかかわいく見えてしまった。
翌日の朝練で、川西くんが「どーすることにした?花火」と眠たそうな顔で聞いてきたから「秘密」と答えたら目を丸くしていた。
きっと、そんな風に答えても明日にはわかってしまう気がするけれど。
(2019.12.16.)
季節感のなさ