2.夢の途中

それからも、俺たちの活動は変わらずに続いた。
少しずつリリースイベントの頻度が減ったり、ライブ会場の規模が広くなったり、テレビ出演が歌番組だけじゃなくバラエティやソロでのドラマ出演と幅が広がったりはしたけれど、与えられた環境で求められる以上の仕事をするという思いは変わらない。

季節が夏になり、秋を迎えて、年末年始もほぼ休みなく働いてまた春が来た。
真新しい制服に身を包んだ学生を見かけるたびに、頭に浮かぶのはなまえちゃんだった。

「そういや、真琴のファンのあの子、なんつったっけ」

不意に凛がそう口を開いて、「あの子?」と聞き返す。
メンバー内で特定のファンについて話をすることなんてそうそうないのにどうしたのだろう。

「名前わかんねーんだけどさ、最初の握手会から来てたっていう子。あのかわいい感じの」

かわいい感じの、なんて凛が言うのもまた珍しくて。
だけどなまえちゃんのことかなってなんとなくわかった。

「最近来てない子?なまえちゃんかな」
「あーそう、多分。受験だっけ?どうしたろうな」

なまえちゃんが「しばらく来れない」と言った日の俺は自分でも驚くくらいに落ち込んでいて。
もちろん握手会で他の人と話すときは顔に出ていなかったはずだけれど控え室に戻ったらみんなにどうしたんだと心配されてしまって、事の経緯を話したのだ。

「うん、受験は終わってると思うんだけど」

大体の大学入試は二月に終わっているはずで、二次募集でも三月中に結果が出ているだろう。
四月に入ってから行われたフリー観覧のラジオの公開録音や、アルバム発売時の握手会でなまえちゃんには会えなかった。
受験を終えても大学生活で忙しいのかもしれない。
もしかしたら浪人をすることになって今も予備校に行っているのかもしれない。

なまえちゃんにはなまえちゃんの世界があって、俺が知っているのは会いに来てくれたときの少しの時間と、手紙に書いてくれていたごくわずかなことだけなのだと気が付いてしまった。

「まぁファンが急に来なくなることなんて珍しくねぇからなぁ」
「うん、そうだよね」
「…誰にでも届くように、これからもやってくしかねぇな」

今日も頑張ろうな、と凛が楽屋に用意されていた野菜ジュースを俺の前にトンッと置いた。





この夏は大きなライブを控えていた。
リリースイベントのミニライブは定期的に行っているけれど、大きなワンマンライブは年に何回もあるわけではない。
ライブの規模がライブハウスからホールに変わったけれどそれでもチケットが取れないという声が届くようになった。
そして、初めてのアリーナ規模でのライブが開催されることになったのだ。
先輩アーティストのライブで来たことがある会場で、自分たちもいつか…と思ってはいたけれど、いざリハーサルでステージに立つと見える景色に驚いた。

お客さんが入ると、尚更だった。

歓声が身体に響く。
ペンライトの光が視界に収まらないくらい会場いっぱいに揺れる。

誰にでも、届くように。

テレビでのパフォーマンスは画面の向こうの誰かに。
ライブでは会場の一番後ろの人だって楽しめるように。
だけどもちろん目の前のファンの子たちにだって視線を配って、出来るだけ手を振りたい。

「アンコールありがとー!」

盛り上げるのがうまい渚の声をきっかけに二手に分かれてステージの上手と下手に待機していたトロッコに乗り込んだ。
そのまま客席をぐるっと一周する演出は、ホールサイズでは出来なかったことだ。

ハルと凛、俺の三人でひとつのトロッコに乗って反対側から回るトロッコには怜と渚が乗る。
登場した時も、トロッコに乗った時も、ファンのみんなは大きな歓声をあげてくれて自然に笑顔になってしまう。
テレビの仕事も雑誌の取材も全部精一杯やっているけれど、やっぱりライブは楽しいってこういう瞬間にも思うなぁ。
ライブでアイドルと目が合ったなんて気のせいだと言う人もいるけれど、あれは気のせいなんかじゃない。
ちゃんと目が合っている。

ほら、今だって目が合った子が、って、え?


もうすぐトロッコが外周を回りきってメインステージに戻るというあたりで、バチっと目が合った子。
その子も驚いたようにペンライトを振っていた手が止まる。
俺も一瞬何が起きているのかわからなくてピシリと、まるで一時停止ボタンを押されたかのようだった。


だって、そこになまえちゃんがいた。


自分のパートの歌い出しが一拍遅れて、隣にいた凛に肘でつつかれてしまった。
慌てて笑顔を浮かべて歌詞をなぞればまた歓声があがる。
そのまま一気にアンコールも終わりまで駆け抜けて、最後の挨拶でさっき歌い出しのことを渚につっこまれたけれど笑いに変わったしライブは大成功に終わった。
ライブで顔を知っているファンの子を見つけることは今までだってあった。
さすがにアリーナ規模になると難しいけれど、ライブハウスやホールツアーではよくあったことだ。
それでも今日、ここで。
元気かなぁと考えていた相手が来てくれていて目が合ったら、夢じゃないかと思考が止まるのは仕方がないだろう。

最後にはける瞬間、もう一度さっきなまえちゃんがいたあたりを見るけれど見つけることができなくて袖でメンバーとハイタッチをしながらも多分冴えない顔をしていたんだと思う。
みんなに「どうした?」と心配されてしまった。
楽屋に戻って、いつもなら仕分けされて置いてあるファンレターが今日はなくてマネージャーさんに行方を聞く。

「ファンレター?あぁ今日は数が多くて…後日それぞれに渡すよ」
「あ…そうなんですね…」

俺が息を吐いたのを見て、マネージャーさんにまで心配をされてしまった。

「まだ全部じゃないんだけど、仕分けできている分だけでよければ持って帰る?」
「えっいいんですか?」
「もちろん。用意しておくからシャワー浴びて着替えてきな」
「はい!ありがとうございます!」


ライブ終わりにメンバーとスタッフさんを交えて打ち上げをして、夜中に家に着いてまずファンレターを広げる。
封筒の差し出し名をひとつひとつ見て、ただ一人の名前を探す。
こんなこと普段はしない。
ファンの人に優先とか特別とか、そんなことしちゃいけないことはわかってる。

「…あった……」

思わず言葉をこぼしてしまった。
だって本当に久しぶりだったんだ。
「橘真琴くん」という宛名の字だけでなまえちゃんからだとわかってしまうくらい見慣れた文字。
封を開けるとやっぱり見慣れた文字で、「真琴くん、お久しぶりです」と少しかしこまった書き出し。

それだけでなんかもう胸がいっぱいだった。

無事に大学生になったこと、受験勉強の合間に俺たちの曲を聴いて頑張れたこと。
新しい生活のことや自分のことはやっぱり少しだけで、STYLE FIVEの活動についての感想がたくさん書いてある。

昔よりもファンの人と直接顔を合わせて話せるイベントは減ってしまった。
シングルCDでのリリイベは握手からハイタッチになって、アルバムを発売したときに行った握手会も外れた人がいたって聞いた。
なまえちゃんは「この前の握手会は応募はしたんだけど、」と書いてくれていた。

なまえちゃんの環境が変わったからだけではなかったんだ。
みんなそんな思いをしながら俺たちに会いに来てくれているのだと改めて思う。

ライブ会場の規模が広くなったしきっとお手紙もたくさんもらうだろうけど読んでくれてありがとう、と結ばれていた手紙を読み終えて、左胸のあたりがきしきしと痛む。
手紙でも、握手会での会話も、なまえちゃんはいつも俺のことを気遣ってくれていた。



(2019.11.30.)



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