9.

「…」
「……」

だから、沈黙が気まずいんだってば。
何も話さない摂津さんをチラリと見れば、何か考え事をしているように夜空を見上げていた。




太一くんと話をして、二人して少し鼻をぐすぐす言わせながらコーヒーを飲んだ。

「わたし、そろそろ帰らないと」
「えっ」
「元々乾杯だけのつもりだったんだ」
「あ、そうなんスね。引き留めてごめん…」
「ううん。太一くんと話せてよかった」

二人で小さく笑い合って、中庭から寮に戻ろうとベンチを立つ。
飲み切ったマグカップは太一くんが洗っておいてくれるというからお言葉に甘えることにして、談話室に置いていたカバンを持って今度こそ帰ろうとみんなに一声かけた。

「あの、みんな本当にお疲れ様でした。わたしもう帰りますね」
「なまえちゃんもう帰っちゃうの?カレー食べて行かない?」
「夜ご飯、家で食べるって親に言っちゃって。カレーはまた今度いただいてもいいですか?」

いづみさんはすごく、ものすごく残念そうにしていたけれど「またおいしいカレー作って待ってるね」と言ってくれた。
冬組のオーディションが終わるまではお手伝いできることもないし、しばらくここには来ないだろうけれど、いづみさんのカレーも臣くんや綴さんのご飯も大好きだからそう言ってもらえて嬉しい。

さっきまでは暗い気持ちが渦巻いていたけれど、太一くんと話せてよかったな。
摂津さんにもお礼を言わないと、とソファに座っている摂津さんのほうを向くとパチッと目が合った。

「摂津さん、ありがとうございました」
「別に」
「摂津…」
「万里、そういう時はどういたしましてだろ」
「…臣までなんだよ」
「はは、なんだろうな」

相変わらず摂津さんはそっけなくて、それに対して左京さんが表情を曇らせた。
慣れているしお礼を伝えられればよかったのだけれど、臣さんにたしなめるように声をかけられた摂津さんはバツが悪そうだ。
臣さんも、きっと左京さんも事情をわかっている。
十ちゃんは少しだけ眉間にシワを寄せているけれど、いつもわたしと摂津さんの間に入ってきてくれるのに今日はジッと座っていた。

「そうだ、万里くんなまえちゃんのこと駅まで送ってあげて?」
「はぁ?なんで俺が」

名案!というようにいづみさんが手のひらをぽんっと打った。
いつもは十ちゃんに送ってもらっているんだけど、十ちゃんはちょうどケーキを食べ始めたタイミングだったようで。
目の前には大きくカットされたショートケーキが一口だけ食べた状態で置かれていた。

「いや、監督、俺が」
「十座くんはケーキ食べかけでしょ?」

十ちゃんが、俺が行くと立ち上がろうとしたらいづみさんがそう返す。
摂津さんは思いきり眉をしかめていて、顔に「嫌だ」と書いてある。

「いづみさん、別に一人でも大丈夫なので」
「何言ってるの。もう暗いし、引き留めたのはわたしと万里くんだし、ね?」
「ね?じゃねーよ…」

チッと舌打ちをしながら摂津さんが立ち上がる。
テーブルに置いていた携帯を無造作にポケットに入れた摂津さんが、わたしの横を通り過ぎて談話室を出る扉に向かう。
まだまだ打ち上げは続くだろうに、部屋に戻ってしまうのだろうか。
摂津さんの背中を見送っていたら、急にくるっと振り返った。
こっちを向いた顔が怖くて、うん、これはヤンキーの表情。

「…おい」
「え、わたしですか?」
「帰んねーのかよ」







「…」
「……」

みんなに見送られて寮を出て、並んで歩く暗い夜道はとても静かだった。
だけど沈黙が心地良いなんてことは思えなくて、二人の足音だけが響く空気は居心地が悪い。

チラッと見上げた摂津さんの横顔は空を見上げていて、視線に気付かれたわけではなさそうだったけれど摂津さんが口を開いた。

「今日、」
「はい」
「観たんだろ、千秋楽」
「あぁ、はい。いづみさんが席用意してくれて」

こっちを見ようとはしないけれど、なんだかんだ歩幅を合わせてくれる。
前にカフェまで送ってくれた時よりは存在を認めてくれているのかな、なんて。

「おもしろかったです、すごく」
「ふぅん」

気の利いた感想を言えなかった自覚はあるけれど、聞いておいて「ふぅん」って…会話する気あります?
摂津さんの冷たい態度は慣れたけれど思わず隣を見上げたら少しだけ口角が上がっているように見えて、わたしも少し素直に話せる気がして言葉を繋ぐ。

「摂津さん、なんか前より…こう、楽しそうに見えました」
「あー…まじか」
「はい。十ちゃんとのバディ感もよかったです、って褒めてるんですけど」

褒めたのに顔をしかめている摂津さんに思わず笑ってしまう。
条件反射なんだろうなぁ。

「笑ってんじゃねーよ」
「笑ってないです」

変だなぁ、口は相変わらず悪いし舌打ちされるし目だってほとんど合わないのに、隣を歩いていても嫌な感じがしない。
真剣にお芝居に向き合う姿を見たからなのか、摂津さんの態度が前よりも優しいからなのか。
いや、優しいは言い過ぎたかも。

「摂津さん、十ちゃんに勝つのが目的だったんですよね」
「…まぁな」
「何をもって勝ちになるんですか?」
「んなの決めてねーしなんなら初めから勝ってたわ」
「えっじゃあもう辞めちゃうんですか?」

辞めるなんて今の摂津さんは言わないだろうなということは予想できたけれど。
低く、だけどしっかりと届く声で「辞めねーよ」と返してくれて自然に笑みがもれた。

「あと、」
「あ?」
「ありがとうございました」
「…何が」
「コーヒー美味しかったです」
「そっちかよ」
「何がって聞いたのにわかってるじゃないですか」
「はぁ?お前案外めんどくせーな」
「あはは、コーヒーもですけど…太一くんとのこと。話せるようにしてくれてありがとうございます」

摂津さんが思い浮かべたであろうお礼の本当の対象を伝えたら、やっぱり「寮でも聞いた」ってそっけない返事が返ってきたけれど照れ隠しなんだろうなぁというのはなんとなくわかった。

「話せてよかったです」
「そーかよ」

摂津さんが前髪をかきあげて、その仕草がやけに様になっている。
髪の毛サラサラだなぁ。

「またお手伝い行ったらコーヒー淹れてくれますか?」
「綴にでも頼めよ」
「えぇ…」
「……気ぃ向いたらな」

めんどくさそうに息を吐きながら言われる。
道が暗くて表情が見えにくいからか、摂津さんがこちらを見ていないからか、いつもよりわたしも図々しく話してしまう。
だけどコーヒーが美味しかったのは本当。
舞台が面白かったのも、太一くんと仲直りができてホッとしたのも。
十ちゃんとの勝負とか関係なく摂津さんのお芝居がまた観たいと思ったのも。
全部本当。


「送ってもらっちゃってすみませんでした」
「ん」
「あの…」

駅に着いて、結局ここまでの道のりで摂津さんと目が合うことはなくて立ち止まってようやく顔と顔が向き合う。

少しだけ、言い淀む。

「わたし、MANKAIカンパニーが好きだなぁって。舞台観てまた思いました」

だから自分にできることは手伝いたい、みんなの助けになれたら嬉しい。

「摂津さんのルチアーノ、観れてよかったです」
「…どうも」
「衣装も似合ってました」

あと、伝えておきたいこと。
きっと今を逃したら本音なんて言えない。
千秋楽の余韻を引きずっているのかな、普段なら恥ずかしくて言えないことも言えてしまう。

「摂津さんが話してくれるようになったのも、嬉しいです」
「っはぁ?!」

相変わらずツンとした表情でわたしの言葉を聞いていた摂津さんが、思い切り顔を歪ませた。

「ちょっと声大きいです、駅前なのに」
「お前のせいだろ!急になんなんだよ…」

そう言うとまた舌打ちでもしそうな勢いだったのに、唇をぎゅっと噛み締めている。

「また、冬組公演でお世話になります」
「おう…つか世話になるのはこっちだろ」

ほんと、随分丸くなったなぁ、なんて。
言葉にはしなかったのに表情に出ていたのか、睨まれてしまったけれど怖くはない。
摂津さんと別れた帰り道は、緩みそうな頬をきゅっと引き締めながら歩くのが大変で胸がぽかぽかと温かかった。






「あ、万チャンおかえり!」
「ただいま」
「おかえりなさい、万里くん。ちゃんと送ってくれた?」
「どんな心配だよ、駅まで送ったっつーの」

監督ちゃんの言葉にそう返すと、やたら生温かい視線を全員が送ってきて気持ち悪い。

「…なんだよ」
「いやぁ、セッツァーがなまえちゃんのこと送ってあげるなんて、秋組発足したばっかのときは考えらんなかったなーって!」

一成がやたらデカい声でそんなことを言って他の奴らも同調していて、監督ちゃんが送れっつったからだ、と言い返す。

だけど、俺だってそう思う。
また世話になると言ったあいつに返事をしたら顔をくしゃくしゃにして笑っていた。
駅で改札に入っていったなまえの後ろ姿を見送っていたら、くるっと振り返って俺がまだいるのを見つけたあいつが手なんか振ってくるもんだから柄にもなく振り返してしまって。
ハッとして振った手を速攻で下ろしたところまでしっかり見られてまた笑われた。



(2019.11.29.)



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