1.きっと奇跡みたいな

「橘真琴です、よろしくお願いします!」

これより、当事務所よりデビューが決定した五人組男性アイドルユニット『STYLE FIVE』の結成記者会見を始めます。
確かそんな言葉で始まった会見で、初めてたくさんのフラッシュを浴びた。
整えられたお披露目の場所で背筋を伸ばす。
緊張で笑顔が引きつりそうになったけれど隣には子供の頃から一緒にレッスンを重ねてきた四人がいて、みんなの顔を見たら手の震えは止まった。
何を話すか、どんな受け答えをするのかはマネージャーさんと事前にたくさん練習をしたし、記者さんも優しく見守ってくれている感じが伝わってきて会見は終始和やかに進む。
たくさんの人が笑顔になれるような、自分自身も笑顔になれるような、そんなアイドルになりたいですと話したら一層フラッシュが強く光った気がした。



「こんにちは」
「真琴くん、はじめまして。えっと…」

今日は初めて行われる握手会だ。
CDデビューして間もない俺たちがこんなイベントをやるのはもちろん初めてで、来てくれるファンの人全員と「はじめまして」だった。
俺だって緊張しているけれど、ファンのみんなも緊張している人がほとんどだった。

「これ、お手紙書いてきました!」
「わぁ、ありがとうございます!」

手紙やプレゼントを手渡しできると公式で発表があったから、こうして準備をしてきてくれる子も少なくない。
震える手で差し出された手紙を受け取ると、その子は嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。
封筒を見ると「みょうじなまえより」と彼女の名前も書いてある。

「なまえちゃん、ありがとう」
「えっあ、ありがとうございます…!」

お礼を言えばまたお礼が返ってきて笑ってしまう。
はは、と声に出したらなまえちゃんも笑ってくれて、そうしてやっと握手に辿り着いた。

「この間のデビュー会見と、その後のパフォーマンス観ました」
「本当?ありがとう」
「はい、あの、すごくかっこよかったです。けど会見で話してるときは優しそうで…会ってみたいなぁって思って」

嬉しくて、でも少し恥ずかしさもちょっとあって。
思わずなまえちゃんの小さな手をぎゅっと握ると驚いたように顔が赤くなった。

「ありがとう。まだまだこれからだけど、またなまえちゃんに会いに来たいなって思ってもらえるように頑張ります」
「う、うぇ……」
「え?」
「か、かっこよすぎて…」
「あはは、ありがとう」
「また会いに来ます、絶対に!」
「うん。待ってるね、手紙も大事にする」
「は、い」
「またね、なまえちゃん」

スタッフさんの「ありがとうございましたー」という声と共になまえちゃんが離れていく。
手を離したときに手を振ったら、小さく振り返してくれた。
まだまだこれからな俺たちにこうして会いに来てくれる人がいるんだって本当に言葉にならないくらい嬉しい。
何通かもらった手紙をその日のうちに読んだ。
積み重なっているものを上からランダムに手に取って、「みょうじなまえ」と書かれた封筒を見てあの子だと顔が浮かぶ。
そこにはかわいらしい文字でデビュー会見や、会見の後に披露したデビュー曲の感想が書いてあって、自分のことを見てくれている人がいるのだと改めて嬉しくて、でも不思議で、だけど明日からまた頑張ろうと思わせてくれた。


その後は、CDをリリースする度に各地でイベントができるようになった。

「真琴くん、お疲れ様です!」
「ありがとう、あっ手紙もらうね」
「はい、お願いします」

へへ、と照れくさそうに笑うなまえちゃんから封筒を受け取って後ろにいるスタッフさんに渡す。
最近は封筒の差出名を見なくても「あっなまえちゃんだ」と顔と名前が一致するようになった。

「新曲、すごく好きで毎日聴いてます!」
「本当?セカンドシングルは大事だって先輩に言われて緊張してて」
「デビュー曲はかっこいい感じだけど、新曲はなんかかわいいです」
「かわいい?」
「はい!…って男の子にかわいいは嬉しくないですか…?」

はっと握手をしていない方の手でなまえちゃんが口を覆って「しまった」という顔をした。

「いやいや!感想はなんでも嬉しいです」
「よかったぁ」
「かわいいはあんまり言われないけどね」
「かわいい担当は渚くんですもんね。真琴くんは、かっこいいです」
「ありがとう」

面と向かってかっこいいなんて言われると、やっぱり照れる。
しかも言った本人が顔を赤くしているから尚更。

「なんでなまえちゃんが恥ずかしそうなの?」
「えっ言ってて照れちゃって…ていうか名前、」
「うん、もう覚えたよ」

人の顔と名前を覚えるのは得意な方だ。
なまえちゃんが嬉しそうに顔を綻ばせた。

決められた時間が過ぎて「またね」と手を振ったら「はい、また」って泣きそうな顔で笑っていた。
俺が名前を呼んだだけでこんなに喜んでくれるんだ、と心臓のあたりがほかほかとあたたかくなった。


なまえちゃんが来てくれるのは恐らく彼女が住んでいるところから無理なく来られる範囲のところだ。
だけど、それだって少なくない回数で。
会えるのは嬉しい。
でも、無理をさせていないだろうかとふと心配になることがあった。

「真琴くん、こんにちは」
「こんにちは」
「お手紙お願いします」
「いつもありがとう」

会いに来てくれる度になまえちゃんはこうして手紙をくれて律儀にお願いしますと言って渡してくれる。
それを両手でしっかり受け取るのは、もう何度目のことだろうか。
手紙には俺の出演した番組のことや、観に来てくれたライブのこと、それと少しだけ彼女のことも書いてくれていた。
自分のことは本当にごくたまにで。
自己主張をするわけではなくて俺たちの曲やインタビュー内容を読んで、それに絡めて「わたしも学校でこんなことがあって、」と教えてくれる。
俺から返事なんて書けないけれど、そういう手紙を読むのは好きだった。

「なまえちゃんって高校生だよね?」
「うん。そうだよ」
「アルバイトとかしてるの?」
「え?」
「あっごめん、言いたくなかったらいいんだけど。いつも来てくれるから、大丈夫なのかなって」

握手会は、無料ではない。
CDを買ってもらった特典で参加できるから、こうして俺と話すためになまえちゃんだって他のファンの人だってCDをそれだけ買ってくれているということで。

「真琴くんは優しいなぁ」

返ってきたのは、予想していなかった言葉で、少し驚いた。

「アルバイト、好きでやってるから全然大丈夫です」
「そっか」
「うん、真琴くんに会いたいし頑張れるんだぁ」
「俺もなまえちゃんが会いに来てくれるとまた頑張ろうって思うよ」

それと同じなのかなぁと俺が言うと、なまえちゃんは「やっぱり真琴くん優しい…」と顔をくしゃくしゃにして笑った。
一度ぎゅっと手を強く握ったところで決められた時間が経って、「またね」と言い合って手を振った。





「あのね、」
「うん?」

その日、なまえちゃんは高校の制服姿でやってきた。
今日は日曜日なのに学校があったんだろうか。

「今日学校で模試だったです」
「あっだから制服なんだ?」
「うん。それでね、」

いつもよりも少し歯切れが悪いなまえちゃんに首を傾げて続きを促す。
前くれた手紙に「決められた時間の中で何話そうとかどう話そうってシュミレーションしてて、」と書いてあったように、なまえちゃんはいつもぽんぽんっと話題を振ってくれるから珍しい。

「わたし高校三年でね、受験生なんだけど。これから予備校とか、忙しくなりそうで」
「うん、」

さっきまで合っていた視線が外れて、なまえちゃんが俯く。
その瞳に涙が溜まっていて胸のあたりがヒヤリとした。

「受験が終わるまで、イベントとかライブとか、来れないかも」

かも、と言ったけれど来ないというのはなまえちゃんの中で決まっていることのように聞こえた。
学生の本分は学業で、受験するのであれこういうイベントに来ている時間はないのだろう。

「そ、っかぁ…」

ここで俺が寂しそうにしたら、なまえちゃんだって困る。

「仕方ないよね」
「ごめんね」
「なんで謝るの。受験終わったらまた待ってるから」
「うん…」
「勉強頑張って。たまに俺たちの曲聴いてね」
「うん、毎日聴く。聴きながら勉強…は集中できないか…」
「あはは、じゃあ寝る前とかに」
「それは眠れなくなっちゃいそうだなぁ」

よかった、笑ってくれた。
ファンの人だって、いつだってどこにだって来てくれるわけではない。
一度会いに来たファンの人が次の握手会やライブに来てくれる保証だってない。
それなのに、ちゃんと「しばらく来れない」ということを伝えてくれて泣き出しそうにする姿を見てなんか、こう、会いに来てくれる存在の大きさを感じた。
普段はファンの人と話す機会なんてないから、こうやって顔を見て話せて、いつもありがとうと伝えられる機会は俺たちにとっても貴重なんだ。

「あっでもCDは買うし出るテレビは絶対観ます」
「ありがとう、無理はしないでね」
「うん…終わったらまた会いに来てもいい?」
「もちろん。待ってるよ」

ちゃんと本心だって伝わるように、ぎゅっと手を握って言う。
そうしたらまたなまえちゃんは泣きそうな顔で笑って、「ありがとう」と言ってその日の握手は終わった。
俺が最後に言った「またね」に込めた気持ちがどうか伝わっていますように。




(2019.11.17.)

まこちゃんお誕生日おめでとう!



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