8.

新生秋組公演「なんて素敵にピカレスク」、本日大千秋楽です。

「なまえちゃん、こっち」
「いづみさん?」

公演期間は、お手伝いできる日は劇場でチケットのもぎり、物販、客席での案内エトセトラ…その日人員の足りないところに配置をされた。
千秋楽の今日は、お客さんの入りが早くて開演五分前に入るアナウンスの頃にはロビーにはほとんどお客さんがいなかった。
MANKAIカンパニーの開演前アナウンスは、団員のみんなが日替わりで生で入れているからそれもお芝居の一部として楽しんでもらえているのだ。

そのアナウンスをロビーで聞きながら「今日で終わってしまうんだなぁ」と思っていたら、いづみさんに手招きをされた。
連れて行かれたのは客席の一番後ろの席。
千秋楽なこともあり完売していて空席なんてないのだけれど、最後列の座席よりも少し後ろにパイプイスが数脚置いてある。

「あの、いづみさん…?」
「パイプイスだし見切れちゃうところもあると思うんだけど…」

いづみさんが眉を下げて申し訳なさそうに言う。

「なまえちゃん、ゲネが中止になっちゃったから結局本番は観てないでしょ?よかったら今日、観劇してもらいたいなって」

どうかな?と聞いてくれるいづみさんの気持ちが嬉しくて、考えるまでもなく頷いた。
もう物販は大丈夫だからとそのまま座るように促される。
客席寒くない?とブランケットを持ってきてくれる気のつかわれようになんだか居たたまれなくなるけれど、開演のブザーが鳴って客電が徐々に落ちていくとわたしの意識は舞台に向いた。




「ありがとうございました!」

鳴りやまない拍手、何度もあがる幕。
そのたび満開の笑顔を見せてくれる秋組のみんな。
千秋楽でのお芝居は、わたしが何度か観た稽古場でのお芝居とはまるで違う演目のようで。
それぞれが、それぞれの役を生きていた。
直した衣装だって客席から見たら全然わからなくてとても一日でなんとかしたとは思えなかった。
最初は衣装に目がいってしまったけれど世界観に引き込まれていくにつれて衣装の事件は頭から抜けていた。


カーテンコールの終盤、みんながはけるよりも少し早く席を立って客席を出た。
立ちあがったときに舞台に目をやったら、客席に手を振っている摂津さんと目が合った、ような気がした。
これがライブとかで目が合った気がするってやつか…なんてことを思いながら、終演後の物販に備えるべくスタッフパーカーを羽織りなおした。

終演後物販は、観劇直後のお客様の熱を間近で受け止められるから好きだ。
飛ぶように売れていくパンフレットやブロマイドたちにわたしまで嬉しくなる。

「さっき万里くんと目ぇ合った〜!」
「こっち見て手振ってたもんね、やったじゃん」
「はぁルチアーノほんっとかっこよかった…万里くん推す…」

そうお友達と話していたお客さんがルチアーノのブロマイドを購入していて、本人はヤンキーですけどね、という言葉は胸にしまってお会計を遂行した。
お友達はランスキーを購入してくれて、「ありがとうございました」とブロマイドを手渡したときにいつもよりもにこやかに対応してしまった気がする。

十ちゃん、楽しそうだったな。
ずっと舞台への憧れがあったのにそれを声に出して言えずにいた十ちゃんが堂々と立ち回っている姿は小さい頃の彼を知っているだけに胸にくるものがあった。
最初は…お世辞にもお芝居が上手とは言えなかったけれど、たくさん練習してたくさん努力して。
秋組公演の初日に十ちゃんのグッズが売れたときはわたしが泣きそうになってしまった。
これからも十ちゃんが役者として進んでいけるように、自分にできる形でMANKAIカンパニーのお手伝いをしたい。

……そう、思っていたんだけどな。



夜には寮で秋組公演の打ち上げが行われた。
春組と夏組のみんなも集まって食べて飲んで、と言っても未成年ばかりなのでジュースだけれど、秋組のみんなは少し疲れてはいるものの初舞台を終えて緊張感から解き放たれたように見える。

「オーディションの時はどうなるかと思ったけど、みんな立派に役を全うしてくれて感動したなぁ…」
「本当にな。よくあれだけの大根が舞台に立てたもんだ」
「んだと?お前こそ一度出てったくせに、」
「万チャンと十座サンは相変わらずッスねー」

いづみさんが遠くを見つめてしみじみと言うと、また摂津さんが十ちゃんにつっかかるようなこと言うからそれに十ちゃんが言い返そうとしたら太一くんが止めに入った。
入寮の日に荷物整理を手伝った時はわたしもどうなるかと思ったなぁ。
十ちゃんのお芝居がどうとかじゃなくて、摂津さんと同室なんて心配で仕方がなかった。
それが今ではバディとして作品をやり遂げたのだから、二人を組ませたいづみさんや左京さん大人組の采配と綴さんの脚本のすごさを改めて噛みしめる。
打ち上げを行われている談話室のソファで繰り広げられているやりとりを、ダイニングテーブルに座りながらぼんやりと眺めていた。

ちまちまと飲んでいたオレンジジュースがもうすぐなくなりそうだった。
劇場の片付けやセットのバラシが一通り済んで、帰ろうと思ったところでいづみさんに「なまえちゃんも打ち上げ来るよね」とぐいぐい引っ張られて流れのままに参加してしまった。
だけど本当は団員だけが参加するべきもので、盛り上がってきたしみんなに気付かれないようにそっと抜けたほうがいい気がする。

「…お疲れ」
「摂津さん、お疲れ様です」
「帰んの?」

使ったコップを手にキッチンに向かったら後ろに気配を感じた。
摂津さんは氷を取りに来たみたいで、流しでコップを洗おうとするわたしに背を向けた状態でお疲れと声をかけた。

「はい、元々乾杯だけのつもりだったので」
「…ふーん」
「…」
「……」

最近はわりと、比較的、ちょっとだけ上手く話せるというか前のような感じの悪さはなかったのに沈黙が気まずい。

「まだ帰んな」
「え?」

なんでですか?と返した無意識に言葉にトゲができてしまうのは仕方ないと思う。
帰るなって言われても、わたしはここの人間ではないし。
寮に住む団員と違ってわたしは家に帰らなければいけないなんて考えなくたってわかる。
摂津さんが後ろ髪をくしゃくしゃとかく。

「ここに居辛ぇなら中庭でもいいから」
「でも、」
「あんた、このまま帰ったらしばらくここ来ないだろ」
「…なんで……」

なんでそんなことわかるんですか?と言いたかったのに、摂津さんが眉をしかめてこっちを見下ろしていてその表情がなんだか今までに見たことがないもので言葉が出なかった。

「コーヒー淹れてやっから、中庭にいて」
「…」
「帰んなよ」

もう一度念を押されて、中庭に出てベンチに座る。
どうして摂津さんの言うことを聞いているのか自分でもわからないけれど、さっき言われたことが図星だったからだろうか。
しばらくここ来ないだろ、って。
公演が終わった時のことなんて少し前は考えていなかった。
これからもカンパニーの手伝いをするものだと思っていたし、手伝いたいと自分の意志で思っていた。

だけど、わたしは役者でもプロのメイクさんでもないから。

部外者が立ち入ることは、どこまで許されるんだろう。
カンパニーが軌道に乗ったらわたしの手伝いなんて不要になる。
みんなとだって仲良くしすぎないほうがいいのかもしれない。
なんて、今更だけれど。

大人しく中庭に座って摂津さんのことを待っているのもバカみたいだ。
摂津さんだってわたしのこと本当はよく思っていないどころか最初から嫌悪感を隠そうともしていなかった。

溜息を飲み込んで、やっぱり帰ろうかなぁと思ったところで足音が聞こえてきてしまう。
摂津さんの持ってきてくれるコーヒーを飲んだらもう帰ろうと足音のほうを見たら、マグカップを持って立っていたのは太一くんだった。

「なまえちゃん、はい、コーヒー」
「…太一くん」
「淹れたのは万チャンっスけど」

へへ、と小さく笑って「隣いい?」と子犬のような顔で聞いてくれる。

「うん、もちろん」
「ありがと」

太一くんは両手にマグカップを持っていて、その一つを渡してくれた。
お礼を言って受け取ると太一くんが笑顔を返してくれるけれどお互いになんだかぎこちない。

「公演お疲れ様」
「うん、なまえちゃんもお疲れ様ッス」
「ありがとう…」
「……」

沈黙が、とてつもなく気まずい。
公演が始まる前に、寮に泊まって作業を手伝った夜。
太一くんに言われた言葉はわたしの中でずっとぐるぐると消えずに胸につかえている。

(なまえちゃんこそ、関係ないのに……ってきついなぁ)

椋の紹介でMANKAIカンパニーの手伝いをするようになって、十ちゃんが秋組として入団することになって自分にできることで貢献できたらと思った。
だけど、どこまで関わっていいのかという線引きは、必要だよね。

「あの、太一くん」
「なまえちゃん、」

言葉を発したのはほぼ同時だった。

「…なまえちゃん、先にどうぞ」
「うん…あの、わたし太一くんに謝らないといけないなって思ってて。太一くんにだけじゃないんだけど…」
「謝る…?なまえちゃんがッスか?」

何を言うかなんて考えていなかった。
だって太一くんと二人きりでこんな風に話すつもりなんて、なかったんだもん。

「わたし、今日の千秋楽観たんだけど。みんなすごくて。お芝居も衣装も小道具もセットだって、MANKAIカンパニーってすごいなって」

的を得た話し方ができないわたしの言葉に、太一くんが耳を傾けてくれる。

「それで、わたし出しゃばりすぎてたなぁって」
「…そんなこと」
「あるんだよ、その、ごめんね」

ただの手伝いなのに、という言葉は恨みがましく聞こえてしまいそうで言えなかった。
こんな風に打ち上げにだって参加するつもりなかったんだけど、となんとか口角を上げようとしてうまくできなくて、多分情けない顔のわたしを太一くんはジッと見ている。
太一くんに言われたことがキッカケで、なんてことを言うつもりはない。
そんなの責任をなすりつけるみたいで嫌だ。
これ以上、不愉快な思いをさせるのは、嫌だ。

「なまえちゃん、」
「…はい」

太一くんが持っているマグカップを持つ手にぎゅっと力を入れているように見える。
わたしも何を言われるのかなってさっきよりも心臓が早く動いていた。

「謝るのは俺っちのほうッス」
「え、」
「俺っち、公演が始まる前…っていうか、衣装作り直してるとき、ちょっと精神的に参ってて」

そりゃあ、幸ちゃんが一生懸命に作った衣装があんな風にされたらそうだろう。
太一くんだってへたくそって怒られながら手伝っていたのを知っている。

「なまえちゃんにあたっちゃって、無神経なこと言った」

きっと、太一くんが言わんとしていることはわたしに言った「関係ない」の一言だ。

「本当にごめん。ごめんなさい!」

ガバッと頭を下げた太一くんのつむじが見える。
手は少し震えているようで、それは夜で風が冷たいせいじゃない。

「た、たいちくん?!」
「謝っても済まないのはわかってるんスけど!ごめん、本当に」
「ううん、なんで、そんな、顔上げて?」
「なまえちゃんが無関係なわけないのに、みんなめちゃくちゃ頼ってるし俺っちだって、衣装作ってくれたの嬉しかったのに、」

ゆるゆると太一くんが顔を上げる。
その表情が今にも泣き出しそうで、思わず自分の持っているコーヒーをベンチに置いて太一くんの手を握った。

「太一くんは謝るようなこと言ってないよ」
「違うんス、俺が悪いのに…」
「本当のことだもん。わたしこそごめんね」
「だから、違くて。…なまえちゃん、これからも劇団の手伝い来てくれる…?」

頷いていいのだろうか。
わたし、これからもみんなのためにできることがあるのかな。

「なまえちゃん、」
「…来るよ」
「本当に?」
「うん、本当」
「……よかったぁ…」

さっきまでもう関わらないほうが、なんて思っていたのに謝って自分を責める太一くんを目の前に「もう来ない」なんて言えなかった。

「今回の衣装だって、なまえちゃんがいなくちゃ間に合わなかったッス」
「…そんなことないと思うけど」
「なまえちゃんがくれたコーヒー美味しかった」
「淹れたの綴さんだよ」
「それでも、なまえちゃんがあの時、優しくしてくれたのが嬉しかった」

このカンパニーにはなまえちゃんがいないといけないから、みんななまえちゃんのこと大好きだから、だから、

「これからも、一緒に頑張りたいッス」

今度は太一くんも無理矢理笑おうとして、いつもの笑顔じゃ全然なくて、そのちょっと変な表情になんだか涙が出そうになった。



(2019.11.12.)





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