6.

稽古場での衣装付きでの通しを何度も何度も、何度も重ねて小屋入りをした。
それでも実際の舞台に立てば稽古場とはまた違う課題が見つかって、ゲネプロまでの数日ものんびりしている暇はなさそうだ。

毎回全て通すわけではなく、シーンごとに区切ってブラッシュアップを重ねる。
今は臣と左京さんのシーンだ。
出番のない奴らは客席に座って稽古を見たり、ロビーに出て自主練をしたり、身体と頭を休めたりと様々で、俺は衣装の外套を脱いでロビーに出た。

「あ、お疲れ様です」
「…おーそっちも」

ロビーはロビーで、物販の設営やら来場客に配る公演案内の準備やらで忙しそうだ。
なまえがいつもよりもラフな格好で段ボールを運んでいて、普通に話しかけられて返事をするのに一拍置いてしまった。

ベンチに座って、外套を置く。
ふー…と無意識に大きく息を吐いて天井を仰ぐと帽子のツバが後ろの壁に当たって邪魔で、帽子を外して前髪をかきあげる。
客席は絶賛場当たり中のため冷房を強めに利かせているのだけれど、ロビーは少し暑い。
ジャケットも脱いでようやく肩の力が少し抜けた気がする。

「あの…」

さっきまで段ボールに埋もれていたなまえに控えめに声をかけられた。

「飲み物、いりますか?その衣装じゃ暑いですよね」
「あぁ…なんかあんの?」
「お水か、スポドリならすぐ渡せます」
「じゃースポドリで」
「はい」

座り込んで作業をしていたなまえが立ち上がって、裏に消えたかと思うとスポドリのペットボトルを持って戻って来た。

「サンキュー、後で金返すわ」
「いえ、これ雄三さんからの差し入れなんです」

だから遠慮なくどうぞ、と言う顔は俺に向けるには珍しく笑顔だ。
…と、そこでなまえの着ているTシャツに見覚えがあることに気が付いた。

「そのTシャツ…」
「え?」
「兵頭のだろ」

チッと舌打ちが出たのは、こんな時でもあいつの顔を思い出さなければいけないのかという条件反射だ。
なまえは「あぁ」とさも今思い出したかのように自分が着ている明らかにオーバーサイズのTシャツの肩あたりを摘まんだ。

「今日、作業用の着替え忘れてきちゃって…十ちゃんに借りました」
「…あっそ」
「え、聞いといてその反応…相変わらずなんですね…」
「お前も相変わらず兵頭にべったりだな」
「べったり、ですか」
「少なくとも俺はいとことは年に一度会うか会わねーかだな」

そういうもんなんですかね、と首を傾げたなまえの髪がサラリと揺れた。



「あれ!万チャンとなまえチャンが二人って珍しいッスね!」
「太一くん、お疲れ様」

客席の扉が開いたかと思うとパジャマ姿の太一が出てきた。
漏れてくる音からして、まだ臣と左京さんのシーンの場当たりは続いているようだ。

「何話してたんスか?」
「十ちゃんのTシャツのこととか」

これ、十ちゃんのTシャツなんだ、となまえが今度は裾を引っ張り太一に見せる。
俺とほぼ同じデカさの兵頭のTシャツはやっぱなまえにはデカくて、ギリギリワンピースにならないくらいの長さ。
丈は下にデニムをはいているから問題ないけれど襟ぐりも余裕があって鎖骨が覗いている。

「あーどうりで見たことある!なまえちゃんが着るとぶかぶかッスね」
「うん…今日着替え忘れちゃったから借りたんだけどやっぱり大きいよね、椋に借りればよかったかなぁ」
「いやそこは監督ちゃんだろ」
「いづみさん忙しそうで、総監督のお手をわずらわせるわけには…」
「んだよそれ」

ぶはっと笑いがもれたら太一となまえが目を丸くした。
なんか驚くようなことあったか…と二人を見ると、なまえが口に手をあてている。

「わ、笑った……」
「いや万ちゃんけっこう普通に笑うけど、なまえちゃん相手に…いつのまにかめちゃくちゃ打ち解けたんスね」
「はァ?」
「さっきも普通に喋ってて実はちょっとビックリしたんスよ」

今度は俺となまえが目を見合わせる番だった。
打ち解け…てはいない。
つーか仲良くする気とかねぇし。
そこにいて、飲み物くれるっつーからもらって、目についたから服のこと話して。
それだけだろ。
笑っちまったのは確かだけれど。

「……わたしは、別に言い合いしたいとは思ってない、です」

小さくつぶやいたなまえがハッとしたように顔を上げた。

「休憩時間の邪魔してごめんなさい。太一くんも飲み物いる?」
「えっあぁ、うん!もらおうかな!」

水かスポドリか、と俺にも同じように聞いて太一もスポドリをリクエストしたからさっきのように裏に引っ込んでいった。
一瞬、微妙に空気が固まった気がしたから二人の切り替えに正直助かった。


言い合い、とさっきなまえは言ったけれど初めの頃に比べたらだいぶ関係は軟化したと思う。
周りにもそう言われることがあって、その度に苦い顔をしてしまうのは兵頭のせいだ。
人のせいにすんなってうるせー大人に怒られそうだけれど。
なまえ本人といがみ合いたいわけでは、別にない、多分。


太一が俺の隣に腰かけたけれど、なんとなく何も言えずに後ろ髪をガシガシとかくと太一がジッとこっちを見た。

「…んだよ」
「へへ、なんだかんだ仲良くなってて安心したなーって!」
「仲良くはねーだろ」
「二人とも素直じゃないんだから〜」

素直とかそういう問題じゃねぇだろ…。
なんとなく手持無沙汰になってしまって、ぎゅっと締めたままだったネクタイを緩めたら太一が不意に口を開いた。

「なまえちゃん、ルチアーノの衣装が一番好きらしいッスよ」
「……あー、そう…」

だから、なんだ。
五人しかいないメインの登場人物の中で、俺が演じる役の衣装がたまたま好きっつー話で、大体作ったのは幸だし。
そんなことを考えて少し腹のあたりがかゆくなるような感覚がすること自体おかしい。

やっぱダメだな、あいつと関わると調子狂う。

「俺っちもなんかこうマフィア!みたいな衣装着てみたかったな〜!」
「ベンジャミンが元気になってランスキーの相棒になるっつー続編でも綴に書いてもらうか」
「続編かぁ…」
「ま、そのパジャマも幸がお前のために作ったんだし似合ってるって」

太一が「幸ちゃんすごいッスよね」と俯いて笑った頃合いでなまえが戻ってきて、なんでかわかんねぇけどなまえの着ているTシャツに余計に目がいってしまった。



(2019.10.19.)



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